「ようし!」

ハロウィンパーティーが終わったあとの、真夜中。
エリス=ベルこと、エリィは、愛用のパジャマを着て、ベッドに軽く腰かけ、その手にリンゴを持っていた。
パーティーの最中、マッコイ姉さんの粋な計らいによって貰ったリンゴである。

「ハロウィンの真夜中にリンゴを食べて、後ろを振り返らずに鏡をのぞくと、そこに将来の伴侶の面影がうつる…だったよね」

胸を高鳴らせ、無意識にリンゴを握る手に力を込めるエリィ。

「てゆーか、なんでこんなにキンチョーしてんのかな、私」

ひとり呟くエリィ。
いや、分かっている。
分かっているのだ。
鏡に映る将来の伴侶が、誰であるのかが無性に気になるのだ。
いや。
正確には、それも違う。
期待しているのだ。
『彼』が、鏡に映ることを。

「な、ななな、なんで!?違う、だって、シローとはそういう関係じゃないし!」

自らの考えを否定し、ブンブンと左右に大きく首を振るエリィ。
つられて頭の後ろと右に生えた尻尾がブンブンと左右に揺れる。
仕舞いにはその尻尾が顔面をぺしぺしと叩き、痛みで涙が出てきてしまった。

「な、なにやってんのかなー、私」

なにやら、とほほな空気が流れてくる。
気を取り直し、リンゴを唇の前に持ってくる。

「いっせーの、せ」

言いながら、リンゴは口の中へ入らず、ひょいと下へ降ろされる。

「…で食べる」

と呟きつつ、項垂れるエリィ。

「なにやってるの、私は」

またもトホホな空気が流れる。

「こ、今度こそ!」

再び、唇の前にリンゴを構える。

「い、いっせーの、せ!」


シャリッ


皮ごと、一口齧る。

「!さすがマッコイ姉さん…甘い♪」

先ほどまでの姿はどこへやら。甘みの効いたリンゴを食べて、ご満悦のエリィ。
パクパクと次々に口の中へとリンゴが消えていく。
果たして実は完全に消え去り、芯だけが残された。
そこでハッとなるエリィ。

「か、鏡、鏡…」

当初の目的を思い出し、後ろを振り向かないように、細心の注意を払いながら部屋備え付きのドレッサーへと向かう。
こきゅ、と、細い首を鳴らし、エリィはドレッサーの椅子に腰掛ける。
鏡は…まだ見ていない。

「いっせーの」

ゆっくりと、目線を、鏡へ。

「せ!」

鏡を見る。

「!」

自分の後ろ。
後ろの方に、誰かが見えた。
何しろ、本格的な呪術や魔法の類ではない。ただの占いだ。
心のどこかで、嘘だと思っていたのだが…実際に、何かが見える。

「え、え、え?」

誰?
混乱と期待が交じり合う頭を、必死にクールダウンさせ、鏡を覗き込んだ。
次の瞬間。

「おい、エリィ」
「うひゃあ!?」

謎の人影に声をかけられた。

「な、なんだよ。そんなに驚くこたねーだろ」
「し、ししししし、シロー!?」
「お、おう。真夜中にワリーな」

ちょっと体をのけぞらせつつ、軽く手を上げる御剣志狼。

「いやー、ユーキがアップルパイできたっつーもんで、運んできたんだけど」
「…」
「ノックしてもコールしても出てこねぇから、もう寝たもんだと思って部屋に帰ろうとしたんだが、偶然会ったおじさんが、今日中に部屋に持っていったほうがいいだろって」

何故かしどろもどろの志狼。

「む、無理やり部屋に押し込まれちゃってさ。え、えーと、その」

真夜中に、眠っているかもしれない娘の部屋へ、無理やり押し込む父親の心境が全く理解できない志狼だったが、自分が何故うろたえているのか位は見当がつく。

「べ、別に何かしようって気は、これっぽっちもなくて、えーとその」
「でてって」
「へ?」

志狼が早口に話をしていたが、エリィの呟きがそれを止める。

「出てって!シローのバカー!!」

急に立ち上がり、志狼に向かって怒声を浴びせるエリィ。

「ぅわ、悪かった!出てく!コレ、おいとくな!」

普段見せることが無い、エリィの怒りに驚き、アップルパイをドレッサーに置くと、一目散に部屋から出て行く志狼。
志狼が部屋から出て行ったのを確認すると、エリィはドレッサーへと体を預け、両手で頭を抱えた。
その顔は、耳まで真っ赤だった。
決して、怒りで赤くなったのではない。

「もぅ…!シローのバカぁ…!」

絞り出すような呟き声は、上擦っていた。


数分後。
ようやく持ち直したエリィは、トーコに教えてもらった、もう1つの占いを試してみることにした。

「靴をT字形にぬいで、歌を歌いながら、後ろ向きのままで、一言も口をきかないでベッドに入ったら、夢の中で未来の旦那に会えるらしい…だよね」

覗いていたメモを閉じる。
実は、メモを取った時点で歌は全部覚えた。
後は、実践するのみである。
まずは…靴をT字に脱ぐ。

「んで、歌を歌う…と」

頭の中で、例の歌を反芻する。

「Tの字形に靴をぬぎ、ハロウィンの夜の夢を見る♪
 晴れ着姿の彼でなく、さりとてボロも着ておらぬ♪普段のままの彼の夢♪」

トーコに教えてもらった通りに歌い上げる。
同時に後ろ向きのまま、ベッドへと入り、布団をかける。

(…おやすみ)

そして、エリィはゆっくりと眠りに落ちていった。


エリィが、目を開けると、そこはピンク色の靄が支配する、不思議な空間だった。
綿菓子を思わせる、ピンク色の雲のような床。
青い空にも、やはりピンク色の雲が浮かんでいる。

(ここ…は)

ひどく頭がぼんやりしている。
何故自分がここにいるのか、そもそもここはどこなのか、思い出せない。
いや、もしかしたら、知らないのかもしれない。
わからないことだらけだった。

(…?)

ぼんやりと視線を泳がせると、目の前に、一人の男が現れた。

(あなたは…だぁれ?)

エリィは、男に向かって手を伸ばす。
すると、男は微笑み、エリィの手に向かって、手を差し伸べた。
きゅっ、と、お互いの手と手を握り合う。

(…あ、この手…知ってる)

はっきりしない頭で、そう確信する。
だが、誰だったかは、思い出せない。

(…あったかい。それに、力強い…)

次の瞬間、突然エリィは、首から順に、肩、腰、膝の力が抜け、倒れてしまう。
男はそんなエリィを抱きかかえる

(あなたは、だぁれ?)

体中に力が入らない。
だが、エリィは倒れながらも、問いかけ続けた。
と、男は微笑み、耳元で何かをささやいた。


「エリィ、起きろ」
「…へ」
「エリィ、もういい時間だぞ」
「んぅ」

ゆっくりと瞼を開けるエリィ。
そこには、彼がいた。
いつも自分の傍にいる彼。

「おはよ〜、シロー」
「もう、昼近いが。おはよう、エリィ」

自分の顔を覗き込んでいた志狼に、微笑みながら挨拶をする。

「その、ごめん、昨日の夜は…その」
「…いいの、もう」
「?」

エリィはニコリと笑いながら、首を振った。
志狼が首をかしげると、エリィはクスクスと、更に微笑みを強くした。

「着替えるから、表で待ってて?」
「お、おう」

普段の彼女と違う雰囲気に、ドキリとしながら、志狼は部屋を出た。
似ていた。多分。
夢に出てきた、あの男の人に。
夢だし、曖昧にしか覚えていないけれど…

「うん、今日も良い一日になりそう!」

エリィは強く頷いて、ベッドから跳ね起きた。


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