「ようし!」 ハロウィンパーティーが終わったあとの、真夜中。 「ハロウィンの真夜中にリンゴを食べて、後ろを振り返らずに鏡をのぞくと、そこに将来の伴侶の面影がうつる…だったよね」 胸を高鳴らせ、無意識にリンゴを握る手に力を込めるエリィ。 「てゆーか、なんでこんなにキンチョーしてんのかな、私」 ひとり呟くエリィ。 「な、ななな、なんで!?違う、だって、シローとはそういう関係じゃないし!」 自らの考えを否定し、ブンブンと左右に大きく首を振るエリィ。 「な、なにやってんのかなー、私」 なにやら、とほほな空気が流れてくる。 「いっせーの、せ」 言いながら、リンゴは口の中へ入らず、ひょいと下へ降ろされる。 「…で食べる」 と呟きつつ、項垂れるエリィ。 「なにやってるの、私は」 またもトホホな空気が流れる。 「こ、今度こそ!」 再び、唇の前にリンゴを構える。 「い、いっせーの、せ!」
シャリッ
皮ごと、一口齧る。 「!さすがマッコイ姉さん…甘い♪」 先ほどまでの姿はどこへやら。甘みの効いたリンゴを食べて、ご満悦のエリィ。 「か、鏡、鏡…」 当初の目的を思い出し、後ろを振り向かないように、細心の注意を払いながら部屋備え付きのドレッサーへと向かう。 「いっせーの」 ゆっくりと、目線を、鏡へ。 「せ!」 鏡を見る。 「!」 自分の後ろ。 「え、え、え?」 誰? 「おい、エリィ」 謎の人影に声をかけられた。 「な、なんだよ。そんなに驚くこたねーだろ」 ちょっと体をのけぞらせつつ、軽く手を上げる御剣志狼。 「いやー、ユーキがアップルパイできたっつーもんで、運んできたんだけど」 何故かしどろもどろの志狼。 「む、無理やり部屋に押し込まれちゃってさ。え、えーと、その」 真夜中に、眠っているかもしれない娘の部屋へ、無理やり押し込む父親の心境が全く理解できない志狼だったが、自分が何故うろたえているのか位は見当がつく。 「べ、別に何かしようって気は、これっぽっちもなくて、えーとその」 志狼が早口に話をしていたが、エリィの呟きがそれを止める。 「出てって!シローのバカー!!」 急に立ち上がり、志狼に向かって怒声を浴びせるエリィ。 「ぅわ、悪かった!出てく!コレ、おいとくな!」 普段見せることが無い、エリィの怒りに驚き、アップルパイをドレッサーに置くと、一目散に部屋から出て行く志狼。 「もぅ…!シローのバカぁ…!」 絞り出すような呟き声は、上擦っていた。
数分後。 「靴をT字形にぬいで、歌を歌いながら、後ろ向きのままで、一言も口をきかないでベッドに入ったら、夢の中で未来の旦那に会えるらしい…だよね」 覗いていたメモを閉じる。 「んで、歌を歌う…と」 頭の中で、例の歌を反芻する。 「Tの字形に靴をぬぎ、ハロウィンの夜の夢を見る♪ トーコに教えてもらった通りに歌い上げる。 (…おやすみ) そして、エリィはゆっくりと眠りに落ちていった。
エリィが、目を開けると、そこはピンク色の靄が支配する、不思議な空間だった。 (ここ…は) ひどく頭がぼんやりしている。 (…?) ぼんやりと視線を泳がせると、目の前に、一人の男が現れた。 (あなたは…だぁれ?) エリィは、男に向かって手を伸ばす。 (…あ、この手…知ってる) はっきりしない頭で、そう確信する。 (…あったかい。それに、力強い…) 次の瞬間、突然エリィは、首から順に、肩、腰、膝の力が抜け、倒れてしまう。 (あなたは、だぁれ?) 体中に力が入らない。
「エリィ、起きろ」 ゆっくりと瞼を開けるエリィ。 「おはよ〜、シロー」 自分の顔を覗き込んでいた志狼に、微笑みながら挨拶をする。 「その、ごめん、昨日の夜は…その」 エリィはニコリと笑いながら、首を振った。 「着替えるから、表で待ってて?」 普段の彼女と違う雰囲気に、ドキリとしながら、志狼は部屋を出た。 「うん、今日も良い一日になりそう!」 エリィは強く頷いて、ベッドから跳ね起きた。
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