その日。敵、トリニティの襲撃もなく、穏やかな朝を迎えたラストガーディアンの甲板で、 「…」 人形のような少女、学が差し出した朱南 柳のシャツを、物干し竿に干していく楓。 「あちゃ〜!」 上を見上げる3人。人が落ちないようにできているので、かなり高めのフェンス。 「取りに行く!」 妹の心配をよそに、楓はフェンスをよじ登っていく。 「よっと、ほら楽勝楽勝♪」
グラリ。
「あ…!」 楓の体が、グラリと傾き、フェンスから外へと落ちていく。 「姉さん!!」
ガシッ!!
「…へ?」 が、楓の落下が急に止まる。何者かに抱きとめられていた。 「柳…!?」 いつも彼女を助けてくれる少年の名を呟く楓だったが、帰ってきた声は、柳のものではなかった。 「悪いね、お目当ての相手じゃなくて」 楓を抱きとめていたのは、志狼だった。 「上れるか?」 フェンスに楓を寄せると、上るよう促す。 「あの、ありがとうございました。助かりました」 頭の上に手を軽く乗せると、そう言い聞かせる志狼。 「持っててくれてさんきゅ」 ペコリと頭を下げ、籠を志狼に渡す忍。 「楓たちに近寄るな!!」 拳を振るった主は、柳だった。
バシンッ!!
志狼は冷静に拳を受け止める。 「柳!志狼さんは落ちそうになった私を、助けてくれただけだよ!」 柳は腕を引く。志狼はふぅ、と一息ついてから手首をぷらぷらさせた。 「その…悪かったな」 少しは言い訳でもしてくれればいいのに。柳は内心苦笑した。 「楓を助けてくれた礼をしなきゃな…ん〜、何がいいかな」 そんなつもりじゃなかった志狼は慌てて手を振るが、柳はう〜んと考え込んでしまってそれを聞かない。 「そうだ!後で俺の部屋に来てくれ!な?」 やれやれ、と苦笑する志狼。
謎の黒い美少女
西山音彦は今日も今日とて、ナンパにいそしんでいた。 (お!?メッチャかわいいやんか!?) 音彦は、少女をロックオンする。 「なぁ、そこの可愛いお嬢ちゃん。食堂で一緒にお茶でも飲まへんか?」 音彦の言葉に、ピクリと反応する少女。 「誰がお嬢ちゃんだ!!」 と叫んだ。 「うおっと!?」 ビックリして一歩後ろに下がる音彦。しかし、彼はそこで引き下がるような男ではなかった。 「あ、ああ…いきなりで馴れ馴れしすぎたな。堪忍やで」 片手を立てて、軽く頭を下げる音彦。 (か、可愛い…!ますますええやないか!!) 心の中でガッツポーズをとる音彦。何かこのまま会話をつなげて、是非とも仲良しになりたいものだ。 (あぶねーあぶねー…地が出ちまった。よかった、バレねぇで) そう。少女の正体は…御剣志狼その人だった。 『今日一日楽しめ。 −柳−』 慌てて自分の体を確かめてみると、今のゴシックファッションに身を包んだ自分が居た。 (畜生、柳…!見つけ出してぶっ殺す) 普段の彼からは想像もできぬほどに物騒なことを考えていた。 「どないしたんや?」 音彦の問いに、は、ははは…と苦笑する志狼。 「あ、あの…柳はどこにいるか、知りませんか?」 とっさとはいえ、いい言い訳ができたかも、と志狼は冷や汗を流しながら思った。 「柳とはどういう関係や?」 よかった。恋人とかそういうのじゃないらしい。音彦はホッとして胸をなでおろした。 「ん〜、そやなぁ。どこにおるかは分からんが、ブリッジにでも行って呼び出してもろたらどうやろか」 ブリッジからの呼び出しともなれば、恐らく柳もやむを得ずとも来るだろう。 「じゃあ、ブリッジに行ってみます」 なるべく誰かと行動を共にはしたくなかったが、音彦の剣幕には逆らいがたい何かがあった。 「なあ、名前はなんて言うん?」 歩きながら、少女に音彦は聞いた。 「あ、え、ええっと」 志狼です、なんて口が裂けてもいえない。 「や、闇夜 美月です」 御免母さん。名前借りちゃったよ。しかも思いっきり情けない理由で。 「美月ちゃん、普段は何してる人なん?」 ここは、世界を破滅に追い込もうとしているトリニティに対抗するために作られた、秘密組織の戦艦なのだ。一般の住人が乗り込むことなどありえない話だ。 「なぁなぁ、教えてや〜」 音彦にしてみれば、単に話題を振っただけなのだが、当の美月(笑)は答えに困った。 (ど、どうすりゃいいんだ) 半端なことを言っても、多分直ぐにばれる。 (え、えっと、えっと…!!) 志狼は俯いて汗をだらだら流しながら必死に考えた。 「なあ美月ちゃん。教えてぇな」 唇に人差し指を当て、 「秘密ですv」 ウィンク。 (か、可愛ええ…ッ!!!!) 音彦は振り返って、逸る鼓動を必死に押さえつけた。 (た、助かった…?) なんだか分からないが、のけぞって荒い息をついている音彦に、志狼はホッと胸をなでおろした。 「着いたで」 ペコリと頭を下げる志狼。どことなく、仕草が女の子らしくなってきてるのは気のせいだろうか。 「あら、西山君」 音彦の言葉に、首をかしげるラストガーディアン艦長の綾摩律子。 「実は、この子が柳に用があるんやけど、当の柳が見つからへんらしいのや」 顎に手を当てて、律子は美月を見た。 「あなた、お名前は?」 志狼はうろたえた。音彦とは一味違う。やはり律子は鋭かった。 (で、でも…) 志狼の最後の理性が、それを拒んだ。恥ずかしすぎる。 「まさかあなた…トリニティの刺客じゃないでしょうね?」 律子の思いがけない言葉に、志狼は体をビクつかせた。 「正体の分からない少女…そう考えても不思議じゃない」 美月の前に出てかばう音彦を手で制して、ホルスターから拳銃を引き抜く律子。 「西山君、下がって。この子自身が自分の正体を話さない限り、私は心を許すつもりはないわ」 いきなり銃口を向けられ、志狼は焦った。 「あ、待ちなさいッ!」 律子の制止も聞かずに、そのまま走り続ける。 (あ、阿呆か俺!?逃げてどうする!?) そう思ったが、時既に遅し。 「止まりなさい!止まらないと撃ちます!!」
パァーン!!パァーン!!
音彦を押しのけ、引き金を引き、発砲する律子。 「わあああああ!!」 頭を抱えてそのまま走り去る志狼。 「逃がした…!」 律子はブリッジに引き返した。 「艦内放送!!急いで!!」 そんな律子の声を聞きながら、音彦は焦りを隠せなかった。 「え、えらいことになってもうた」
「はあ、はあ、はあ、はあ…。参ったな」 志狼は、かなりの距離を走り、ベンチを見つけると、そこに腰掛けて息を整えた。 「どうすりゃいいんだ」 そこまで呟いた志狼の耳に、緊急艦内放送が流れる。 『緊急事態発生、緊急事態発生!艦内にトリニティと思われる侵入者あり!!繰り返す!艦内にトリニティと思われる侵入者あり!!発見し次第、捕獲、やむをえない場合、射殺も許可します!!特徴は、黒の…』 そこまで聞いて、志狼は青ざめた。 「じょ、冗談じゃねぇぞ」 立ち上がったところで、 「いたぞー!!」 艦内の警備員に見つかった。 「う、うわあああ!?」 銃口を向けてこちらに迫る警備員を前に、思わず逃げ出す志狼。 「待てーーーーーッ!!」 今の彼は、ナイトブレードすら携帯していない。 「止まれ!止まらんと撃つぞ!!」 志狼は叫びながら必死に走る。 「ちぃ!」 警備員が引き金を引いた。
パァン!!
「うわああ!?」
パァン、パァン!!
複数の警備員が、銃を乱射してくる。 「ちぃ!!あの身のこなし…!やはり只者ではない!!」 志狼は滝涙を流しながら、一層激しくなった銃撃を必死にかわし続けた。 「貴様か、刺客というのは。よもや生きて出られるとは思うておるまいな?」 刀を抜き放ったのは、ラストガーディアン屈指の剣客、観崎葛葉だった。 「嘘お!!」 志狼は冷や汗を流しながらも、突破口を見つけ、前に進んだ。 「覚悟!!」 剣を振りかぶり、志狼に迫る葛葉。 「む?!逃がすか!!」 志狼の後ろから、葛葉と警備員が迫る。 「あーもう!どうすりゃいいんだぁ!?」 止まれない。止まったら、命が危うい。 (…いやだ、笑い話にもなりたくないッ!!) 志狼は足にマイトを集中させると、一気に加速した。 「む?!だが、まだまだ!」 葛葉も常人を遥かに上回る速度で、それに続いた。志狼はそれでも必死に走り続ける。 「待てッ!そこまでだ!!」 クロノテクターを身につけた草薙咲也…ブレイバーが、後ろから猛烈なスピードで追いかっけてきたのだ。 「バスターショット!!」 ビームガンを抜き放つと、それを発砲してくる。 「やーめーてー!!」 警備員のそれとは比べ物にならない精密射撃に、志狼は泣きながらそれを必死に避けつつ、超スピードで走りまくった。
「はあ、はあ、はあ、はあ」 志狼は追い詰められていた。 「観念するのだな」 神崎慎之介が刀を構え、そう言い放った。 (も、もう駄目だ…?) 葛葉やブレイバーから逃げるのに、ほとんどマイトを使い尽くしてしまった。 (正体を…) 志狼が目線をめぐらせると、監視カメラがばっちり彼を捕らえている。 (嫌過ぎる…ッッ!!) この期に及んで命と恥が天秤にかけられる辺り、案外大物かもしれない。 「あ…う」 志狼が何かを言おうとしているのに気付き、皆が耳を傾けた。 「あの…」 慎之介が、皆を代表して先を促した。
ズキューーーンッ!!
銃声が聞こえた。物理的なものではなく。 「?、?」 駄目もとで自分でも訳の分からないお願いをしてしまった志狼だったが、なんだか知らないが、皆が皆のけぞって震えている。 「こっち!早く!」 志狼は突然現れたエリィに手を引かれるまま、走り続けた。
「はあ!ここまで来れば大丈夫♪」 エリィの私室に連れ込まれ、エリィはベッドに勢いよくその体を沈めた。 「なんで助けてくれたの?」 エリィはクスクスと笑いながら、隣に座るように促した。 「君、名前は?」 クスクス、からプププに。そしてついに 「あっはっははははははははは!」 エリィは大声で笑い始めた。 「それ、旧姓!?御剣美月ちゃんっていうんじゃないの?!」 最初から、エリィにはバレバレだったらしい。志狼は真っ赤になって俯いた。 「な、なんで…」 エリィは志狼を鏡の前に立たせる。 「あ…」 ゆっくりと鏡を見る暇もなかった志狼は、その姿を見てハッとなった。 「にしても、なーんでそんな格好?」 志狼は事の顛末を、エリィに話して聞かせた。 「なーるほどなるほど。んじゃ一緒に探しましょう!」 エリィにまたも手を引かれながら、志狼は部屋の外に出た。 「あのさ」 志狼の言葉に、エリィはニッコリと笑った。
「美月ちゃん」 声のするほうを振り返ると、音彦が肩で息をしながらそこに居た。 「見つけたで、柳!」 ブリッジで分かれた直ぐ後、音彦は柳を必死に探し続けてくれていたらしい。 「…ありがとう。音彦」 目の端に浮かんだ雫を拭うと、笑顔でそう言った。
ズキューンッ!!
志狼の言葉の直後、銃声があたりに響き渡った。 「…!!」 直接言われたわけでもないエリィすらも、志狼の言葉と仕草に顔を赤らめている。 (こりゃ凄い。天性のものだわね) エリィはドキドキしながらそれを見ていた。
「あー…まさかここまで騒ぎが大きくなるとは思わなかったなぁ」 あるベンチに座っている柳に、楓が肩を揺さぶりながら言った。 「その必要はありません」 柳の頭を、何かが掴みあげた。 「やっと会えましたね。少々用があるのですが、よろしいでしょうか?」 掴まれた頭が、凄まじい握力で圧迫されている。 「一緒に来ていただけますよね?や・な・ぎ・君☆」 女性の誘いを断るなど野暮というものだ。柳は快く承諾した。
「あ〜、昨日はどうなることかと思ったぜ」 食堂で遅めの朝食を食べている志狼は、未だに消えぬ昨日の記憶に渋い顔を浮かべ、エリィはにゃははと苦笑した。 「結局誰だったんだろうあれ」 剣持誠也は、食堂でコーヒーを飲みながら、隣に座る音彦に言った。 「ふっふっふ」 ナンパライバルである音彦の言葉に、荒々しく席を立つ誠也。 「…また会えるやろか」 柳の居場所を教えたあの後から、忽然と姿を消した美月に、音彦は思いをはせた。 「へぇっくしッ!!」 となりのテーブルに座っていた志狼に声をかける音彦。 「いや?誰かが噂してたんじゃないか?」 音彦と志狼はお互い、同じテーブルに座っている相手に視線を戻し話を始めた。
その後、購買にて謎の美少女のブロマイドが発売され、密かにとてつもない売り上げを出したという…
FIN |