その日。敵、トリニティの襲撃もなく、穏やかな朝を迎えたラストガーディアンの甲板で、
3人の少女が、洗濯物を干していた。
北斗 楓、北斗 忍、朱南 学である。

「…」
「ん。ありがと学」

人形のような少女、学が差し出した朱南 柳のシャツを、物干し竿に干していく楓。
が、一瞬強い風が吹き、受け取ったシャツが風に飛ばされ、フェンスに引っかかってしまった。

「あちゃ〜!」
「結構高いところに引っ掛かっちゃったね。どうする?姉さん」

上を見上げる3人。人が落ちないようにできているので、かなり高めのフェンス。
その、一番先端にシャツが引っ掛かっている。もう少しで飛ばされてしまうかもしれない。

「取りに行く!」
「え!?危ないよ〜姉さん」
「大丈夫大丈夫♪」

妹の心配をよそに、楓はフェンスをよじ登っていく。

「よっと、ほら楽勝楽勝♪」
「姉さん、早く降りて!」
「分かったわよ、もう。心配性なんだから…」


グラリ。


「あ…!」
「ね、姉さん!?」

楓の体が、グラリと傾き、フェンスから外へと落ちていく。
現在ラストガーディアンは上空を飛行中だ。ここから落ちれば、間違いなく命はない。

「姉さん!!」
「わああああああああああ!?」


ガシッ!!


「…へ?」

が、楓の落下が急に止まる。何者かに抱きとめられていた。

「柳…!?」

いつも彼女を助けてくれる少年の名を呟く楓だったが、帰ってきた声は、柳のものではなかった。

「悪いね、お目当ての相手じゃなくて」
「あ!志狼さん!?」

楓を抱きとめていたのは、志狼だった。
片手で楓を抱きかかえ、もう片手でフェンスを掴んでいる。

「上れるか?」
「あ、はい」

フェンスに楓を寄せると、上るよう促す。
楓がフェンスを登りきり、甲板に着地すると、志狼はひょいと後に続く。

「あの、ありがとうございました。助かりました」
「おう。まぁ、気持ちは分からんでもないが、あまり無茶するんじゃねぇぞ」
「は、はい」

頭の上に手を軽く乗せると、そう言い聞かせる志狼。
どうやら彼も洗濯物を干しに来たらしい。忍が呆然としたまま志狼の持ってきたものであろう洗濯籠を持っていた。

「持っててくれてさんきゅ」
「あ、いえ…こちらこそ。ありがとうございました」

ペコリと頭を下げ、籠を志狼に渡す忍。
うんうん、と頷いたところで、不意に志狼の視界の端に、拳が迫っていた。

「楓たちに近寄るな!!」

拳を振るった主は、柳だった。


バシンッ!!


志狼は冷静に拳を受け止める。
拳を突き出した腕と、それを受け止めた腕の力が拮抗する。
それを止めたのは楓だった。

「柳!志狼さんは落ちそうになった私を、助けてくれただけだよ!」
「?落ちそうになった?」
「うん。フェンスの上に、柳のシャツが引っ掛かっちゃって…取ろうと思ったら落ちそうになっちゃって…」
「…そうだったのか」

柳は腕を引く。志狼はふぅ、と一息ついてから手首をぷらぷらさせた。

「その…悪かったな」
「大丈夫だって。怪我もなかったし」

少しは言い訳でもしてくれればいいのに。柳は内心苦笑した。

「楓を助けてくれた礼をしなきゃな…ん〜、何がいいかな」
「いいって、そんなの」
「まぁ、そういわずに。ん〜…」

そんなつもりじゃなかった志狼は慌てて手を振るが、柳はう〜んと考え込んでしまってそれを聞かない。

「そうだ!後で俺の部屋に来てくれ!な?」
「う、うう〜ん?」
「私からもお願い!ね、後で柳の部屋に来てよ」
「わ、分かったよ。洗濯物干したら行くよ」

やれやれ、と苦笑する志狼。
このとき志狼がもう少し注意力を発揮していれば、この後起こる事件を回避できたかもしれない。
柳は、邪気はないが、悪戯っぽい笑みを浮かべていたのだから。



謎の黒い美少女



西山音彦は今日も今日とて、ナンパにいそしんでいた。
このラストガーディアンはとにかく広い。
まだ見ぬ女の子を追い求め、愛の狩人は今日もひた歩いていた。
そんな彼の視界の端に、1人の少女が入る。

(お!?メッチャかわいいやんか!?)

音彦は、少女をロックオンする。
フリルをふんだんに盛り込んだ、黒の、いわゆるゴスロリファッションに身を包んでいる。
普段街中では見かけることもほとんどないが、ここラストガーディアンだと、バツゲームで着せられることや、異世界の装束に身を包むものも居るために、違和感がない。
髪の毛は肩までのストレート。頭には服と同色の黒のフリルつきのカチューシャを乗せている。
リップだろうか?ほんのりとピンク色の唇。瑞々しく、これがまた少女の可愛さを引き立てている。
音彦は迷わず少女に声をかけた。

「なぁ、そこの可愛いお嬢ちゃん。食堂で一緒にお茶でも飲まへんか?」

音彦の言葉に、ピクリと反応する少女。
グルリと急に振り返ると、

「誰がお嬢ちゃんだ!!」

と叫んだ。

「うおっと!?」

ビックリして一歩後ろに下がる音彦。しかし、彼はそこで引き下がるような男ではなかった。

「あ、ああ…いきなりで馴れ馴れしすぎたな。堪忍やで」
「あ、いえ…」

片手を立てて、軽く頭を下げる音彦。
少女の方は、ハッとして口元を押さえると、顔を赤くして俯いてしまった。

(か、可愛い…!ますますええやないか!!)

心の中でガッツポーズをとる音彦。何かこのまま会話をつなげて、是非とも仲良しになりたいものだ。
一方の少女は、音彦に背を向け、冷や汗を拭った。

(あぶねーあぶねー…地が出ちまった。よかった、バレねぇで)

そう。少女の正体は…御剣志狼その人だった。
お礼のため、と招待された柳の部屋に入るまでは覚えている。
だが、入った瞬間、何かの衝撃を受け、不覚にも気絶してしまったらしい。
気が付くと、置手紙のみが残されていた。

『今日一日楽しめ。 −柳−』

慌てて自分の体を確かめてみると、今のゴシックファッションに身を包んだ自分が居た。
音彦が気付かぬことから分かるように、声まで何か細工をされたらしく、女声になっていた。
ご丁寧に、パットまで入っていて、立派な胸まで形成されていた。
服を脱ごうにも、どこからどうやって脱げばいいのか、皆目検討が着ず、おまけに志狼の服もなくなっていた。
その場に居なかったことから、彼が怒り出すのも分かっていてやったのは目に見えている。

(畜生、柳…!見つけ出してぶっ殺す)

普段の彼からは想像もできぬほどに物騒なことを考えていた。

「どないしたんや?」
「あ、いえ、なんでも…」

音彦の問いに、は、ははは…と苦笑する志狼。
とにかく、柳を見つけ出して、一刻も早く元の姿に戻らなければ。
今の自分の正体がばれるところなど、想像もしたくない。
だが、彼は気付いていない。
声だけで、正体がばれないはずない。顔を見れば、普通は直ぐにでもばれてしまうだろう。
そう、全く気付いていないのだ。自分が、どれほどの美少女に変身しているかを。
元々筋肉で体が覆われている志狼だが、見た目はきわめて細く、肩幅も広くはない。
そのため、こういった衣装を着ると、全く違和感が出ないのだ。

「あ、あの…柳はどこにいるか、知りませんか?」
「ん?柳の知り合いかいな」
「は、はい。彼にこの艦に呼ばれました」

とっさとはいえ、いい言い訳ができたかも、と志狼は冷や汗を流しながら思った。

「柳とはどういう関係や?」
「えっと…友達です」

よかった。恋人とかそういうのじゃないらしい。音彦はホッとして胸をなでおろした。
そう。それだけに重点を置いていた音彦は、少女の顔が青筋を浮かべて、微妙に引きつっているのに気がつかなかった。

「ん〜、そやなぁ。どこにおるかは分からんが、ブリッジにでも行って呼び出してもろたらどうやろか」
「あ、そうですね」

ブリッジからの呼び出しともなれば、恐らく柳もやむを得ずとも来るだろう。
そう考えた志狼は、ペコリと頭を下げて言った。

「じゃあ、ブリッジに行ってみます」
「ああ、ワイが案内したるわ。この艦の中、広いよってな」
「あ、え、ええ。ありがとうございます」

なるべく誰かと行動を共にはしたくなかったが、音彦の剣幕には逆らいがたい何かがあった。
結局音彦の同行を許してしまった志狼だった。

「なあ、名前はなんて言うん?」

歩きながら、少女に音彦は聞いた。
お嬢ちゃんじゃ気分を悪くしてまうんやろ?という音彦だったが、実は名前を知りたいだけだったのは言うまでもない。

「あ、え、ええっと」

志狼です、なんて口が裂けてもいえない。
なんて言おう?名前、名前、名前…!

「や、闇夜 美月です」
「闇夜 美月ちゃんか…可愛い名前やな」
「あ、ありがとうございます」

御免母さん。名前借りちゃったよ。しかも思いっきり情けない理由で。
志狼は心の中で、目の幅涙を流した。

「美月ちゃん、普段は何してる人なん?」
「え、っと、普通に学校に通ってます」
「普通に学校通ってる子が、ここに来るわけあらへんやん」

ここは、世界を破滅に追い込もうとしているトリニティに対抗するために作られた、秘密組織の戦艦なのだ。一般の住人が乗り込むことなどありえない話だ。
それゆえ、美月がこの艦に乗り込んでいるのには、それ相応の理由が有ると踏んだのだろう。

「なぁなぁ、教えてや〜」
「え、えっと」

音彦にしてみれば、単に話題を振っただけなのだが、当の美月(笑)は答えに困った。

(ど、どうすりゃいいんだ)

半端なことを言っても、多分直ぐにばれる。
勇者のパートナーやってます、なんていった日には見せてくれとか、どういう勇者なん?とか言われるに違いない。

(え、えっと、えっと…!!)

志狼は俯いて汗をだらだら流しながら必死に考えた。

「なあ美月ちゃん。教えてぇな」
「ひ…」
「ひ?」

唇に人差し指を当て、

「秘密ですv」

ウィンク。

(か、可愛ええ…ッ!!!!)

音彦は振り返って、逸る鼓動を必死に押さえつけた。

(た、助かった…?)

なんだか分からないが、のけぞって荒い息をついている音彦に、志狼はホッと胸をなでおろした。
今の攻撃力が、どれほどのものかなど、本人には知る術がなかった。

「着いたで」
「ありがとう。音彦さん」

ペコリと頭を下げる志狼。どことなく、仕草が女の子らしくなってきてるのは気のせいだろうか。
とにもかくにも、音彦は美月を連れて、そのままブリッジに入ろうとした。
が、突然扉がスライドし、中から人が出てきた。

「あら、西山君」
「あ、かんちょー!ええとこに」
「?」

音彦の言葉に、首をかしげるラストガーディアン艦長の綾摩律子。

「実は、この子が柳に用があるんやけど、当の柳が見つからへんらしいのや」
「朱南君に?」
「は、はい…」
「艦内放送で呼び出したってくれへんか?この艦広すぎて捜すのも一苦労やろ?」
「そうね…」

顎に手を当てて、律子は美月を見た。

「あなた、お名前は?」
「や、闇夜、美月です」
「ふぅん…?あなた、いつ乗艦したの?」
「え?」
「現在ラストガーディアンは航行中。しかも乗船許可が下りている人間は、素性その他のデータを私がチェックしているの。でも…あなたの顔と名前に覚えがない」
「えっと…」

志狼はうろたえた。音彦とは一味違う。やはり律子は鋭かった。
この場で正体を明かした方がいいだろうか?

(で、でも…)

志狼の最後の理性が、それを拒んだ。恥ずかしすぎる。
いつまでも答えを窮したままの志狼に、律子は鋭い視線を向ける。

「まさかあなた…トリニティの刺客じゃないでしょうね?」
「い!?」

律子の思いがけない言葉に、志狼は体をビクつかせた。

「正体の分からない少女…そう考えても不思議じゃない」
「ちょ、ちょ〜待ってぇなかんちょー!!そんないきなり」

美月の前に出てかばう音彦を手で制して、ホルスターから拳銃を引き抜く律子。

「西山君、下がって。この子自身が自分の正体を話さない限り、私は心を許すつもりはないわ」
「わ…!!」

いきなり銃口を向けられ、志狼は焦った。
そして、そのまま踵を返して走り出してしまった。

「あ、待ちなさいッ!」

律子の制止も聞かずに、そのまま走り続ける。

(あ、阿呆か俺!?逃げてどうする!?)

そう思ったが、時既に遅し。

「止まりなさい!止まらないと撃ちます!!」
「ちょ、かんちょー!!」
「どきなさい!!」


パァーン!!パァーン!!


音彦を押しのけ、引き金を引き、発砲する律子。

「わあああああ!!」

頭を抱えてそのまま走り去る志狼。

「逃がした…!」

律子はブリッジに引き返した。

「艦内放送!!急いで!!」

そんな律子の声を聞きながら、音彦は焦りを隠せなかった。

「え、えらいことになってもうた」




「はあ、はあ、はあ、はあ…。参ったな」

志狼は、かなりの距離を走り、ベンチを見つけると、そこに腰掛けて息を整えた。

「どうすりゃいいんだ」

そこまで呟いた志狼の耳に、緊急艦内放送が流れる。

『緊急事態発生、緊急事態発生!艦内にトリニティと思われる侵入者あり!!繰り返す!艦内にトリニティと思われる侵入者あり!!発見し次第、捕獲、やむをえない場合、射殺も許可します!!特徴は、黒の…』

そこまで聞いて、志狼は青ざめた。

「じょ、冗談じゃねぇぞ」

立ち上がったところで、

「いたぞー!!」

艦内の警備員に見つかった。

「う、うわあああ!?」

銃口を向けてこちらに迫る警備員を前に、思わず逃げ出す志狼。

「待てーーーーーッ!!」

今の彼は、ナイトブレードすら携帯していない。
警備員とはいえ、銃を所持している彼等と戦うのは得策とはいえなかった。

「止まれ!止まらんと撃つぞ!!」
「止まれません!!」

志狼は叫びながら必死に走る。

「ちぃ!」

警備員が引き金を引いた。


パァン!!


「うわああ!?」


パァン、パァン!!


複数の警備員が、銃を乱射してくる。
銃口から弾丸の軌道を見切り、それらを必死に回避する志狼だったが、これがまたまずかった。

「ちぃ!!あの身のこなし…!やはり只者ではない!!」
「油断するな!確実に当てるんだ!!」
「だぁあああ何でそうなるの!?」

志狼は滝涙を流しながら、一層激しくなった銃撃を必死にかわし続けた。
が、彼の目の前に、艶やかな黒髪が印象的な女性が躍り出た。

「貴様か、刺客というのは。よもや生きて出られるとは思うておるまいな?」

刀を抜き放ったのは、ラストガーディアン屈指の剣客、観崎葛葉だった。

「嘘お!!」

志狼は冷や汗を流しながらも、突破口を見つけ、前に進んだ。

「覚悟!!」

剣を振りかぶり、志狼に迫る葛葉。
だが志狼は、葛葉に接近する直前、左の曲がり角に素早く走りこむ。

「む?!逃がすか!!」

志狼の後ろから、葛葉と警備員が迫る。

「あーもう!どうすりゃいいんだぁ!?」

止まれない。止まったら、命が危うい。
今から正体を明かせば、まだ笑い話ですむかもしれない。

(…いやだ、笑い話にもなりたくないッ!!)

志狼は足にマイトを集中させると、一気に加速した。

「む?!だが、まだまだ!」

葛葉も常人を遥かに上回る速度で、それに続いた。志狼はそれでも必死に走り続ける。
だが横の通路から、更に追っ手が増えた。

「待てッ!そこまでだ!!」
「ぶ、ブレイバー!?」

クロノテクターを身につけた草薙咲也…ブレイバーが、後ろから猛烈なスピードで追いかっけてきたのだ。

「バスターショット!!」

ビームガンを抜き放つと、それを発砲してくる。

「やーめーてー!!」

警備員のそれとは比べ物にならない精密射撃に、志狼は泣きながらそれを必死に避けつつ、超スピードで走りまくった。




「はあ、はあ、はあ、はあ」

志狼は追い詰められていた。
いまやここ、食堂には、ラストガーディアン内で腕に覚えのある強者達が、びっしりと彼の周りを取り囲んでいた。

「観念するのだな」

神崎慎之介が刀を構え、そう言い放った。
シルバーウルフこと、桜神刃。闇騎士サガこと、相良円。観崎葛葉。ロード。カイザードラゴン。ブレイバー。ゼルビートこと、不知火誠。エトセトラエトセトラ…
つまり。
逃げ場なし。

(も、もう駄目だ…?)

葛葉やブレイバーから逃げるのに、ほとんどマイトを使い尽くしてしまった。

(正体を…)

志狼が目線をめぐらせると、監視カメラがばっちり彼を捕らえている。
恐らくこの場の状況を、艦の全員が見ていることだろう。
こんな場で正体を明かしたら、どうなることやら。

(嫌過ぎる…ッッ!!)

この期に及んで命と恥が天秤にかけられる辺り、案外大物かもしれない。
志狼に、人生最大の選択のときが、迫っていた。

「あ…う」
「ん?」

志狼が何かを言おうとしているのに気付き、皆が耳を傾けた。

「あの…」
「なんだ」

慎之介が、皆を代表して先を促した。
目を潤ませ、頬を上気させて。口元に手を当てて一言。


「ここを、通していただけませんか?」


ズキューーーンッ!!


銃声が聞こえた。物理的なものではなく。
男も女ものけぞり、胸を押さえた。

「?、?」

駄目もとで自分でも訳の分からないお願いをしてしまった志狼だったが、なんだか知らないが、皆が皆のけぞって震えている。
と、その時、誰かが志狼の手を引いて、取り囲んでいた戦士たちの合間を縫って走り出した。

「こっち!早く!」
「…エリィ?」

志狼は突然現れたエリィに手を引かれるまま、走り続けた。




「はあ!ここまで来れば大丈夫♪」
「あ、ああ。ありがとう…」

エリィの私室に連れ込まれ、エリィはベッドに勢いよくその体を沈めた。
志狼はなんとなく、その場で立ったままだ。

「なんで助けてくれたの?」
「ん〜、困ってたし、悪い子には見えなかったから?」

エリィはクスクスと笑いながら、隣に座るように促した。
志狼は隣にちょこんと座りながら、エリィの顔をうかがった。

「君、名前は?」
「えっと…闇夜、美月」
「美月…ちゃんね」

クスクス、からプププに。そしてついに

「あっはっははははははははは!」
「!??」

エリィは大声で笑い始めた。

「それ、旧姓!?御剣美月ちゃんっていうんじゃないの?!」
「げッ!?」
「にゃはははははははは!!」

最初から、エリィにはバレバレだったらしい。志狼は真っ赤になって俯いた。

「な、なんで…」
「わかったかって?モニターチェックしてたら、美月おば様そっくりの子が映ってたんだもん。一発で分かっちゃったよ」
「え!?」
「ほら」

エリィは志狼を鏡の前に立たせる。

「あ…」
「ね?」

ゆっくりと鏡を見る暇もなかった志狼は、その姿を見てハッとなった。
確かにどこか、生前見た、母を思わせるものがあった。

「にしても、なーんでそんな格好?」
「じ、実はな…」

志狼は事の顛末を、エリィに話して聞かせた。

「なーるほどなるほど。んじゃ一緒に探しましょう!」
「へ?」
「ほらほら!急がないともっと大騒ぎになっちゃうよ」
「あ、ああ」

エリィにまたも手を引かれながら、志狼は部屋の外に出た。
普段悪ふざけが過ぎるエリィだったが、こっちが本気で困っていると、本気で助けてくれる。そういう娘なのだ。

「あのさ」
「うん?」
「ありがと」
「うん」

志狼の言葉に、エリィはニッコリと笑った。




「美月ちゃん」
「おりょ?」
「!お、音彦…さん?」

声のするほうを振り返ると、音彦が肩で息をしながらそこに居た。

「見つけたで、柳!」
「ほ、本当!?」
「ほんまや。柳がおらんと、あかんのやろ?」
「音彦君…」

ブリッジで分かれた直ぐ後、音彦は柳を必死に探し続けてくれていたらしい。

「…ありがとう。音彦」

目の端に浮かんだ雫を拭うと、笑顔でそう言った。


ズキューンッ!!


志狼の言葉の直後、銃声があたりに響き渡った。

「…!!」

直接言われたわけでもないエリィすらも、志狼の言葉と仕草に顔を赤らめている。

(こりゃ凄い。天性のものだわね)

エリィはドキドキしながらそれを見ていた。




「あー…まさかここまで騒ぎが大きくなるとは思わなかったなぁ」
「ね、ねぇ柳。そろそろ志狼さんのところにいった方がよくない?」

あるベンチに座っている柳に、楓が肩を揺さぶりながら言った。

「その必要はありません」
「!!」

柳の頭を、何かが掴みあげた。

「やっと会えましたね。少々用があるのですが、よろしいでしょうか?」
「…」

掴まれた頭が、凄まじい握力で圧迫されている。
視線をちらりと向けると、満面の笑みを浮かべた美月がそこにいた。

「一緒に来ていただけますよね?や・な・ぎ・君☆」
「…おう」

女性の誘いを断るなど野暮というものだ。柳は快く承諾した。
あわわわわと慌てふためく楓、忍、学をよそに、美月は柳の頭を掴んだまま歩き始めた。
無論、柳は地に足が着いていなかった。




「あ〜、昨日はどうなることかと思ったぜ」
「ほんとだね」

食堂で遅めの朝食を食べている志狼は、未だに消えぬ昨日の記憶に渋い顔を浮かべ、エリィはにゃははと苦笑した。
結局あの後。
服を返してもらった後、ナイトブレードで柳をぶった斬ろうとしたところ、3人娘に必死に止められたために、お咎め無しということになった。
流石の3人も、柳の悪ふざけをしかり、柳も一応は反省の色を示した。
だが、ラストガーディアンの艦内では、昨日の謎の美少女の噂で持ちきりだった。

「結局誰だったんだろうあれ」

剣持誠也は、食堂でコーヒーを飲みながら、隣に座る音彦に言った。

「ふっふっふ」
「な、なんだよ音彦、その不気味な笑いは」
「ワイはな。あの子と親しくなったんや」
「な、なんだと!?」

ナンパライバルである音彦の言葉に、荒々しく席を立つ誠也。

「…また会えるやろか」

柳の居場所を教えたあの後から、忽然と姿を消した美月に、音彦は思いをはせた。

「へぇっくしッ!!」
「なんや?志狼、風邪かいな」

となりのテーブルに座っていた志狼に声をかける音彦。

「いや?誰かが噂してたんじゃないか?」
「ふ〜ん?さよけ」

音彦と志狼はお互い、同じテーブルに座っている相手に視線を戻し話を始めた。




その後、購買にて謎の美少女のブロマイドが発売され、密かにとてつもない売り上げを出したという…


FIN

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