ラストガーディアン艦内のリクレーションルーム。
音響機器やテーブルなどといったものが置かれていて、
とても戦艦の中とは思えないほどのリラクゼーション施設が整っている。
これこそがラストガーディアンのラストガーディアンたる所以である。
と、そこへリクレーションルームに足を踏み入れてきた人物がいる。
御剣志狼だった。
その表情は苦虫を噛み潰したような渋顔だった。
彼は先ほどから耳の奥で、何か不快な物音が止まずにイライラを募らせていた。


ゴロゴロ、ガサガサ。


「う・・・うっとおしい・・・」

どうやら手入れを怠ったせいで耳垢がたまっているらしい。
とても気分爽快と呼ぶには程遠い、最悪の気分だった。

『・・・大丈夫か志狼』
「・・・あんま大丈夫じゃねえ」

腰に下げているナイトブレードから語りかけてくるヴォルネスに、不機嫌そうに返す志狼。
どうしてこんなにも気になってしまうのか。
やはり音を聞き取る器官の、それに近い位置で発生する音だからだろうか?
どうも体調まで崩れてきそうだった。

「おこまりですかあ?」


こちょこちょ・・・ぞわわあ!!


「どぅえあ!!」

突然背後から首筋を何か綿のような物で撫で付けられ、首を抑えて飛び上がる志狼。
慌てて背後を振り替えると、そこには・・・

「はあい♪」
「・・・エリィか」

緊張させた体から力を抜き、ため息をつく志狼。
全く気配を感じなかった。耳が不調なせいだろうか?
ともあれ、いつの間にやら背後にエリス=ベル・・・エリィが立っていた。
その手には竹製の杓子・・・耳掻きが握られていた。
先ほどの感触は柄頭についている綿毛によるものだったらしい。

「お使いになります?・・・これ」

微笑みながら、エリィは言った。
いきなりエリィがまばゆい光りを放ち始めた。
・・・様な気がした。
まぶしい。
まぶしすぎる。
今の志狼の瞳には、エリィが天使のように映っていた。
その気になれば背後には純白の翼。
頭の上に、光り輝く輪っかさえ見えたような気がした。
しかし天使は左手の人差し指を交互に揺らし、ちちち、と舌を鳴らした。

「た・だ・で・・・というわけには参りませんなあ」

気分は名探偵、といったところだろうか?
甘いねワトスン君、と今にも言い出しそうな表情でエリィは言った。


ズ〜ン


そんな効果音が聞こえてきそうなほど、志狼の肩が重力に引かれてずり落ちた。
それもそのはず、いつの間にやら天使の微笑みは消えうせ、子悪魔が悪戯っぽく笑みを浮かべていたのだ。
ニヤリ、と。多少の艶を含みつつ。
今やエリィの頭上の輪っかは存在せず、純白の翼は漆黒の、まるで蝙蝠のような羽に早代わりしていた。
後には『矢印型』のしっぽが見える気がする。
ゴクリと喉を鳴らし、意を決して志狼はエリィにたずねた。

「・・・要求は何だ」
「ん?私も耳が詰まってるのかな〜?よっく聞こえなかったなァ〜♪」
「・・・何がお望みでしょう」

もはやこの男に、恥も外見もプライドも存在しなかった。
耳から脳に響くこの不快音を、一刻も早く取り除きたい一心が志狼を傅かせた。
それを見たエリィは、

「安心して。別に取って喰おうって訳じゃないわ」

うふふ・・・と妖艶に笑うと、志狼の顎を掌で包み、顔を上に向かせる。

「ここじゃあちょっとあれだから・・・こっちに来て」

頬を少々赤らめるエリィに手を引かれるまま、志狼はソファに近づいていった。




シュ・・・シュ・・・シュ・・・


「・・・おお・・・」
「どう?気持ちいい?」
「ああ。あ、もうちょっと上・・・そう、その辺をもうちょっと重点的に・・・」
「ン・・・こう?」


シュ・・・シュ・・・シュ


「う・・・気持ちいい・・・」
「ほんと?よかった」
『・・・膝枕か』

ヴォルネスがポツリと呟いた。
エリィの要求は、単に膝枕で自分が志狼の耳掻きをしてみたい、という単純なものだった。
真っ向に交渉しても、恐らく断られるだろうと踏んだのだろう。
エリィの膝に頭を乗せた瞬間、やはり飛び起きた志狼だったが、耳掻きの強力な誘惑にはとうとう勝てなかった。
今ではなすがまま、というよりも指示を出してすらいた。
なんとも順応性が高いというかなんというか。

「やっぱりさ、こういうのって・・・な人とやってみたいって願望、女の子なら誰でもあるよね♪」
「?なんか言ったか?」
「な、なんでもにゃいよ!?うはははは!ほらおっきいのが出た!はい次反対側!」
「?、?、?」

ハテナマークを浮かべながらごろりと反対側を向かされる志狼。
と、反対側を向くと今までよりもより間近にエリィの体が目線に入ってくる。
もはや反射的に体が飛び上がった志狼だったが、上からエリィが被さり脱出を完全に阻んだ。
簡易横四方固め、といったところだろうか。

「大人しくする!」
「・・・はい」
『・・・君達は・・・』

ヴォルネスはため息をついた。
色気も何もあったもんじゃなかった。
チャンピオン・エリス=ベル。挑戦者・御剣志狼。
ラウンド2、ファイッ!


カーンッ


どこかでゴングが鳴り響いた気がした。




第2ラウンド開始2分・・・といったところだろうか。
耳の掃除も大半すんだ所で、思わぬアクシデントがチャンピオンを襲った。
睡魔という、生物が生まれて以来の好敵手が、彼女にその牙をむいたのである。
適温状態に保たれた部屋。
ゆったりとした空気。
そして、自分の膝の上には・・・
眠くなるなという方が酷である。
そのまま寝かせてやりたいが、時と場合による。
彼女は耳掻きを志狼の耳に突っ込んだままで、頭をコックリコックリさせていた。

「耳を掃除するはずが、耳を聞こえなくするつもりかアホ」

それに気付いた志狼は慌ててエリィの腕を取り、耳掻きを取り上げる。
そして上体を起こし、エリィの隣に座ると、自分の頭を左右にゆする。

「・・・うん。だいじょぶだ」

ようやく不快の元が取り除かれた。
う〜ん、と背筋を伸ばす志狼。
気分爽快!とは、こういう時に使う言葉なのだろうなと、志狼はしみじみ思った。
と。


ぽす


「!」

エリィが、志狼の膝に頭を乗せて、静かな寝息を立て始めた。
満足しきった笑顔で。

「ありがとよ」

志狼は苦笑しながら静かに呟いた。


クー・・・スー・・・


規則正しい寝息を立てる、かわいい寝顔。
それをじっと見る志狼。

「・・・綺麗なもんだな」

思わず、志狼はそう口にしていた。

『・・・なにがだ?』
「ヴォ、ヴォルネス!?」

完全にヴォルネスの存在を失念していた志狼は、突然の声にビックリしてしまった。
次の瞬間ハッとなると、口を片手で抑える。
エリィを見るが、起きた様子はない。どうやら起こさずにはすんだらしい。

『志狼。何が綺麗なんだ?』
「そ、それは・・・だな」

他意はなく、そうたずねるヴォルネスに、志狼は言葉に詰まった。
再び、エリィの寝顔を見る。
少し頬が熱くなる。
目を瞑ると、直ぐに苦笑いを浮かべる。

「・・・耳の中、だよ。俺と違ってね」

耳掻きの綿毛で、エリィの小さな耳をちょんと弾いた。

「ん・・・」

少し身じろぎしただけで、エリィが目を覚ます事はなかった。
リクレーションルームに、規則正しい静かな寝息が、響いていた。

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