「おい、志狼」

路地裏に入ると瞬治は志狼の肩を掴む。

「おまえ、まさか?」
「ああ。俺が助けに行く」
「な、なに!?正気かよ!!?あいつ等銃を持ってたぜ!!?」

誠也は驚いて志狼を問いただすが志狼は平然とした様子で答える。

「銃ぐらいでビビッてられっかよ。そんなもん」

志狼は路地に落ちている鉄パイプを蹴り上げると右手で掴む。

「これで十分だぜ」
「俺も行こう」
「兄貴!なに言うんだ!?」

飛鳥は雫に向かって決意の表情を見せる。

「大切な人が危険にさらされているんだ。じっと大人しくしては居られないさ。雫だってそう思うだろう」
「俺も・・・行きてえ。けど、俺たちは武器でもないと!」

雫は自分たちに志狼のような生身の戦闘力はほぼないに等しいことを痛いほど良く分かっている。

「武器ならあるわよ?」
「どうわッ!!」

いつのまにかいなくなっていた奈美がいきなり現れた。

「な、奈美さん!!どこいってたんですか!!?」
「ちょっと用事をね。事情は大方わかってるから。ちょっとまってね」

奈美は携帯電話を取り出すとどこかにダイヤルを回し電話をかけだした。

・・・コッコッコッコ・・・

電話をかけてから数秒でサングラスをかけた黒ずくめの男が靴音を響かせながらどこからともなく現れた。

「これを・・・」

黒ずくめの男はすれ違いざまにアタッシュケースを奈美に差し出す。

「ご苦労様。もういいわ」
「ご武運を・・・」

・・・コッコッコッコ・・・

現れたときと同様に男は靴音を響かせながらどこともなく消えていった。

「はい。これの中に雫君用の超電磁警棒と飛鳥君用の麻酔銃が入っているわ。
 ついでに志狼君用の木刀もあるわよ。パイプ使うぐらいだったらこれ使ったほうがいいわ」

奈美はアタッシュケースを雫たちに差し出す。

「ど、どうも」

雫はアタッシュケースを受け取りはしたがその目は半眼になっている。
恐らくこの場の誰もがこう思っているに違いない。

「いや。ていうか、今のはダレデスカ?」

「ここまで来たら俺も行くぞ!!」
「やれやれ。やはりこうなったか」

誠也と瞬治も名乗りをあげたが志狼は首を振る。

「やるんなら二人とも。あっち、頼めるか?」

志狼は壁の向こうにむかって顎をしゃくる。見ろ、ということらしい。
誠也と瞬治は壁からそっと顔を出すと銀行の裏口にトレーラーが止めてある。
トレーラーの中から数人の話し声がする。

「強盗の仲間だな」
「そゆこと」

あのトレーラーで現金を運び出そうとでもしているのだろう。

「ちょっと待て!俺もなかにいってエリィちゃん助けるぞ!!」
「つらい現実が待っていてもか?」

瞬治は志狼のほうをチラッと向いてから誠也に突っ込む。

「!!!」

そのたった一言を受けてハニワのような顔になってしまった誠也の首もとを掴んで瞬治は力強く頷く。

「まかせてくれ」
「んじゃがんばってね〜」

奈美の暖かい声援を受けた一行は一瞬不安に刈られるが気を取り直す。

「奈美さんは?」
「私は後始末を担当してあげる。がんばってきてね」
「後始末?」


『今度はなにする気だろう』


そう思ったが聞くのをやめた。
なぜか聞いてはいけないような、そんな気がする。

「さて、突入するなら裏口からだよな」

志狼はトレーラーを睨む。とりあえずアレを引離してから突入したい。
とりあえず後ろから挟み撃ちに遭うのだけは避けねば。
そんなことを考えている志狼の目の前に奈美は紙切れを差し出す。

「あ、忘れてたわ。これ、この銀行の内部地図よ。役立てて」
「・・・ありがとうございます」

もはやなにも突っ込むまい。ありがたく地図を頂戴すると志狼は再び思案に戻る。

「そうだ!」

雫は頭に電球でも出てきそうな勢いで叫ぶとレイバータブレットをかざす。

「『コール・レイバー』!!!」

タブレットから赤い光が飛び出すとビークル形態のレイバーが現れる。

「レイバー!やつらを追っかけまわして来い!!」
「了解!!」
「そうか!!レイバーか!!」

そう。雫のパートナー、レイバーのビークル形態はパトカーだった。

プアアアアア!!

レイバーがサイレンを鳴らすと「やべえ!ずらかれ!!」とかいいながらトレーラーは一目散に逃げていった。

「レイバー!適当に巻かれた振りして来い!!」
「了解!雫!気をつけていけ!」
「俺達の出番ないじゃん」

誠也のつぶやきももっともだが

「大丈夫。ていうのかわかんねぇけどあいつ等また戻ってくる。
 仲間がいるからな。戻ってこないなら来ないで後は警察に任せりゃいいだろ?」

雫のとった方法は一時凌ぎのものだった。
もしかしたら中にいる強盗たちにも気付かれたかもしれない。
だが志狼にとってみれば裏口からトレーラーを引き離せさえすればそれでよかった。

「さすが雫!あったまいいぜ!!」

志狼はニッと笑うが

「・・・」

雫はまた視線をずらす。

「ありゃりゃ」

志狼は苦笑するが、めげずに瞬治、誠也、奈美に親指を立ててニカッと笑うと裏口に向かって走り出す。
三人もそれに応じて親指を立てる。やはり一番様になっているのは瞬治だった。

「どうしたんだ雫。お前があんな態度を取りつづけるなんて」
「兄貴。き、気にすんなよ!ほら行こうぜ!」
「・・・」

雫は志狼の後を追って裏口に入っていく。
飛鳥は釈然としないまでも雫を追って走り出す。

「んじゃ、行ってくるぜ!」
「怪我すんなよ」

誠也の声援を背に三人が裏口に消えた。

「さて、トレーラーが帰ってくるまで一休みだな」
「警察に任せなくてもよかったのかよ?」
「言って聞くような奴じゃないさ。志狼はな。確かにあいつなら警察よりも速く事件を収集できるだろうな」
「バカに肩入れするじゃん?」
「そうだな。なぜか気が合うからな。志狼とは」
「はは!そういやなんか似てるかもなお前等」

フッ・・・と瞬治は笑うと次の瞬間キッと表情を引き締める。

(無事に帰って来い志狼。こっちは安心して任せてくれ)

「あれ?そういや奈美さんは・・・?」

誠也の問いに答えるものはいなかった。




銀行内に侵入した志狼たちは奈美にもらった内部地図を元に迷わずに進んでいた。

「このまま突破するぞ!」

志狼は先頭にたって二人に声をかける。
角を曲がると強盗と鉢合わせになった。

「なんだ!!」
「ふぅっ!」

志狼は強盗の誰何に応えることなく呼気を出し、右手一本で木刀を振り下ろす。

「な・・・!?」
木刀は強盗の拳銃を持っている手首に当たり、拳銃を跳ね飛ばす。
即座に突然の攻撃に驚く強盗の腹に向かって突きを撃つ。

「グアッ!?」

短い悲鳴をあげて強盗は気絶して床に倒れる。

「どうした!!」

騒ぎを聞きつけてさらに二人の強盗が姿をあらわす。

「な、なにもの!てめえらあ!!!」

ゴッ!ズンッ!

言葉よりも先に手が出るとはこの事。
志狼は一足で増援の強盗を間合いに捉えると、一人目の首を塚頭で強打する。がくりっと膝を崩す強盗。

「死ね。ガキども!!」

しかし、強盗のもう一人が志狼に向けて拳銃を構えていた。

ドガッ!!

「な・・・!!!!?」

急に手元から拳銃がなくなって強盗は驚く。

「遅えよ」

左手をポケットに突っ込んだまま木刀を振切った体勢で志狼が不敵に言い放つ。
再び神速の一撃で強盗の銃を叩き落したのだ。

「三人目だ・・・!」

ズン!!

回転を加えた木刀による強烈な突きを強盗の鳩尾に叩き込む。
強盗は悲鳴をあげるまもなく卒倒する。

「死んだのか?」
「こんなモンで人が死んだら俺は毎朝死んでるって事になるな?」

こめかみに汗を浮かべた飛鳥の言葉に志狼はしれっと答える。

「・・・」

一体どんな稽古をしているんだ。
志狼の父親で師匠でもある剣十郎の稽古を想像し、飛鳥は言葉を失った。

「先に進むぞ」
「・・・」

秋山兄弟を促し歩を進める志狼の背中を雫は睨んでいた。

「どうした雫。先に進むぞ」
「あ、ああ」

飛鳥は雫を促すと自分も走り出す。

(雫・・・?)

自分の半身が取る、わけのわからない行動に飛鳥は疑問を感じずにはいられなかった。




一方人質にされてしまったエリィ達は、

「人質って。退屈」

あくびをしていた。

「そんなこと言ってる場合ですか」

エリィのまるで場違いの言葉にこめかみに汗を浮かべながら突っ込むリオーネ。
エリィ達6人は銀行内に入ると腕を後ろに回されて縄で縛られ、座らされていた。

「星王」
「大丈夫だよ雪姫!僕が守ってあげる」

海白の小さな双子は身体を寄せ合いお互いに励ましあっていた。
強盗たちにより正面の入り口はシャッターが閉められ、野次馬たちからの無遠慮な視線浴びることはなくなったものの、外との遮断は逆に自分達が捕まっていることを知らしめる為のことだろう。
この空間には強盗はもとより捕まっている銀行員も大勢いるが、怯えている人間はさらなる不安を呼ぶ要素でしかない。

「ねえねえ、この世界の警察って優秀なの?」

エリィは『この世界』の警察のことについてリオーネに質問する。

「そうですね。事態の大きさにもよりますが、この程度の規模であればあと半日もあればこの銀行も制圧できるでしょう」
「半日かあ。来ちゃうなあ」
「え?」

エリィは「いや〜参った参った」とか言いながら苦笑している。
リオーネは訳がわからずエリィに問いただそうとしたが

「おう。おもしれえ事言ってくれんじゃねえか。嬢ちゃん」

近くにいた強盗がリオーネにむかって拳銃を向けた。

「う・・・あ・・・?」
「うかつなこと言わないほうがいいぜ。死んでみるかい?」
「やめてよ!!リオーネに何するの!?」

ほのかが立ち上がって叫ぶが、強盗はほのかにむかって無造作に照準を合わせて発砲する。

ドウ・・・ン・・・

「ほのかッ!!!」

リオーネは必死にほのかの名前を呼ぶ。

ツウ・・・

幸い弾はほのかの頬をかすめただけだった。
だが撃たれたほのかは呆然とする。

「うかつなこと言わないほうがいいといったはずだ。黙ってろ」

ほのかはストンと腰をおろす。

「こ・・・のッ!」

リオーネは気丈にも強盗を睨みつけるが唇をかみ締める以外成す術はなかった。
星王と雪姫は星王が雪姫をかばう形でからだを合せじっと恐怖に耐えていた。

「む〜。いけないなァ〜」

一人、状況と場違いな雰囲気を持ったエリィは「む〜」と唸ると急に表情をパッと明るくする。

「そーだ!歌でも歌って元気になろっかね♪」

そういうとエリィは茫然自失しているほのかの肩に顎を乗せてハミングし始める。

「ん―――――――――――〜♪」
「そんな事してる場合・・・じゃ?」

リオーネの言葉は途中で止まってしまう。

「ん――♪ン―――♪」

「・・・?」
「エリィお姉ちゃん?」

星王と雪姫も恐怖を忘れてエリィに目を向ける。

「オケ!いっくよ〜♪」

すぅ・・・

エリィは目をつむって緩やかに息を吸い込むと、歌い始めた。

「聞いてみて 風の音♪
忘れないで 風の声♪

あなたは忘れているだけ♪
風はいつでも あなたに語りかけている♪

耳を澄まして 聞いてみて♪
ほら、いつでもあなたに語りかけている♪

聞いてみて 風の音♪
あなたに元気を運んでくるよ♪

忘れないで 風の声♪
ほら、あなたを癒してくれるよ♪」

「綺麗・・・」

リオーネはエリィに見とれている。
エリィは普段と打って変わって、まるで神に仕えるシスターのように、透き通った綺麗な声で歌をつむいでいる。
その場にいた人間・・・強盗さえもがエリィの歌声に耳を傾けていた。




「ぐあッ!!」
「4人目だ」

志狼は気絶した強盗を淡々とカウントする。
三人は志狼を先頭にして雫と飛鳥の三角陣形で強盗に応戦していた。

「どうでもいいけど、なんで俺たち専用なんだこれ?」

自分たちが持っている電磁警棒を見ながら雫が呟いた。
奈美から渡された武器にはそれぞれ『雫君専用』『飛鳥君専用』と彫られている。
ご丁寧にハートマーク付だ。
専用の名前は伊達ではなく、電磁警棒や麻酔銃は雫たちの手のサイズに不自然なほどにフィットしていた。

「俺にはなんとなくわかる」

彼らのパートナーから連想した独断と偏見・・・そんなところだろう。

「や、野郎!!」

この場に残り一人になった強盗は雫に銃の照準を合わせる。

「あ!!」
「雫!!」
「ちっ!!!」

志狼は強盗と雫の間に体を割り込ませる。

ドウ・・・ン!!

強盗の放った弾は志狼の頬をかすめる。

ブバッ!!

志狼の頬から派手に血が吹き出る。

『志狼ッ!!』

ヴォルネスは叫ぶが、志狼は気にとめずに強盗に向かって駆ける。
一瞬志狼の足に電光が煌くと強盗に近づくにつれ志狼のスピードがグングン速くなっていく。

「御剣流剣術、『電光石火(でんこうせっか)』ァ!!」

ドウッ!!

「・・・!!」

一瞬にして強盗は壁にその身を叩きつけられていた。

「5人目っと」
『無茶をする』
「結果オーライ!」

ヴォルネスがぼやいても志狼は漂々としたまま強盗をカウントする。
志狼は未だに左手をポケットに入れたままだ。

「志狼。血が!」
「平気平気!どうってことねえよ。さて、そろそろあいつらが捕まってる部屋だ。気ィ引き締めていこうぜ」

志狼は手の甲で頬を血を拭うと、雫を見ながら怪我がなかったかを確認する。

「雫。怪我なかったか?」

ガッ!ダンッ!!!

その瞬間、雫は志狼の襟首を掴んで壁に押し付ける。

「なんで・・・、なんで俺なんかかばった!ヘタしたらお前が死んでた所だぞ!!」
「・・・!?」
「俺なんか、俺なんかかばってよ・・・!
 せめて左手出して本気でやれよ!余裕ぶりやがって!!今度やったら死ぬ・・・!?」

雫は志狼の左手を強引にポケットから引きずり出す。が、雫の言葉は最後までつむがれなかった。

ポタッポタッ・・・パタタ・・・

「!!」

飛鳥も驚いて目を見張る。
志狼の左腕は血だらけになっていたのだった。
銃に撃たれた傷では・・・ない。
志狼が自分で拳を握り締めていた結果だ。

「まさか、銀行に入る前からずっと!?」

雫は今までの志狼の行動を思い出してみる。
タブレットを掲げる手を止められたとき・・・
先ほど強盗を相手にしていたとき・・・

「全部右手だけ!?なんで!」
「雫、もういいだろう?」

飛鳥は雫の方をつかんで少し離れているように言って、ズボンからハンカチを取り出して志狼の左手に巻き始める。

(手が震えてる。っと、頬の傷の方は)

頬の傷はもう完全に血が止まっている。とんでもない体質だった。

「志狼。なんでこんな無茶を?」

飛鳥の問いに志狼は答える。

「自分を戒めるためかな」
「自分を、戒める?」
「俺は自分が情けない。あの時・・・もっと俺に力があればこんなことにはならなかったかもしれない。
 そう思うといても立ってもいられなくってな・・・
 こうして・・・ここにいる」
「・・・」

(あれだけ実力があってもまだまだ志狼の理想には程遠い・・・?)

飛鳥は驚愕に包まれるが志狼の言葉は止まらなかった。

「もしエリィの言葉がなかったら頭に血が上って、
 あの場にいた人間が全て死んでも俺は強盗どもに斬りかかっていたかもしれない」

今度は雫が驚愕して志狼に質問する。

「じゃあ、俺を止めたのは」
「半分は自分に言い聞かせる為さ」
「・・・!」

雫も、飛鳥も、何も言えなかった。

言うことができなかった。
もしも自分が志狼の立場だったら、同じ思いをしていたに違いない。
自分の大切な女性を奪われそうになったら。
命に関わることに直面したら。
そして、相手を殺すことができるであろう『中途半端な力』を持っていたら。
果たして自分は正気を保っていられただろうか。


否。


相手に対する想いが深ければ深いほどに、それはできなくなるに違いない。
だからこそ、志狼は左手を握り締めて必死に理性を保っていたのだ。

「エリィには表立って動かない方がいいなんて言っときながら
 俺がそれをやっちまってよ。ほんと、なにやってんだかな」
「・・・」

自嘲気味に笑う志狼を見て飛鳥達は言葉を失う。
そして雫は自分こそ何をやっていたと、拳を震わせて自分を責めたてていた。




最初のきっかけは些細なものだった。

ほのかの部屋から聞こえてきていた声。
ほのかが自分以外の男と楽しそうに会話している。
その程度の認識からだった。
それから徐々に志狼に視線が行くようになるのにさして時間は掛からなかった。

毎日手伝っている大食堂の厨房で。

「はじめまして!御剣志狼っす!料理長の八道さんですよね?
 俺、和食しか作れないっすけど、よかったら手伝わせてください」 
「え?いいのかい!?わりいね!んじゃ頼むよ!」

こんな会話。

ラストガーディアンの甲板で。

「ふう。これでよし!」
「ありがとうお兄ちゃん!私、竿に手が届かなくて」
「気にしなくていいって雪姫。『俺の』のついでだからな」
「志狼お兄ちゃんもお洗濯するの?」
「・・・家事全般は俺の仕事さ」
「あ!な、泣かないでお兄ちゃん!!」

こんな光景。

ラストガーディアン内稽古場。

「ガハッ!!」
「どうした志狼。その程度か?」
「まだまだだ!くそオヤジィ!」
「フッ。まだまだ未熟!」
「グアァッ!」
「ここまでか?」
「ま、まだまだあ!!」

こんな光景。




飛鳥がハンカチを志狼の手に巻き終わるのとほぼ同時に、雫は志狼に対して独白する。

「俺は・・・」
「・・・?」
「雫?」
「俺はただ、うらやましかった」
「うらやましい?俺が?」
「料理、洗濯、極めつけに剣術も!!なんでもできるのがうらやましかった!」
「・・・」
「そのうえ、そのうえ誰にでも気さくに話し掛けてた!誰にでもやさしかった!」
「・・・」
「ここに突入するときだって!自分一人だったらもっと身軽に動けたんだろう!?」
「・・・」

雫の不可解な行動。その答えをやっと聞くことができた。

うらやましい。

自分にはなくて、相手にはあるもの。
自分にはできなくて、相手はできること。

自分と、他人を比較してしまう。
同じ人間だから。

ほのかが人質にとられてしまった。
実力のない自分が、無力で、惨めだった。

たいして志狼は「助けに行く」とまで言い出した。
それだけの実力が、そして余裕がある証拠だ。

そう思った。
うらやましかった。

そこまで余裕のある志狼が。
家事だけしかできない自分とは違う。
そう思った。

でも違った。
余裕なんてなかった。
必死だった。
自分と同じだった。
確かにそれだけの実力を持っている。

でも。
あいつも同じ気持ちなんだ。
実力があるというだけで、人間じゃないような錯覚をしてしまっていた。
でも違う。大切な人を必死で助けたいのだ。
同じ人間なのだから。同じ男なのだから。

雫は激情をさらけ出した為にゼイゼイと肩で息をしていた。
飛鳥は雫に言葉をかけようと肩に手を伸ばすが、それよりも早く志狼が喋りだした。

「飛鳥」
「な、なんだ志狼」
「助かったよ。痛くて痛くてしょーがなかったんだよな〜実は。タハハ!
 助けような。あいつ等」
「ああ・・・。必ず助ける」

志狼と飛鳥はピッと親指を立ててニッと笑う。

「雫」

ビクッ!

雫はまるで子供のように飛び上がる。
何を言われる?
怒声を浴びせられるに違いない。
自分の一方的な思いのせいであれだけ不快な思いをさせてしまったのだから。

ヒュッ

「おわ!?」

ガシッ

志狼から何かを投げ渡されて雫は思わずキャッチする。
雫が渡されたもの。それは短剣サイズのナイトブレードだった。

「貸してやるよ。今回は使うつもりはねえし。俺が敵の目をひきつけるから
 お前は飛鳥と一緒に捕まってる人の縄をそれで切って助けてくれ」
「でもよ。これ!?」
『雫殿。騎士にとって命とも言える剣を預けるということは、最大級の信頼の証だ』
「最大級の、信頼の証・・・!?」

思いがけない志狼の行動に雫はただ狼狽するばかりだ。

『皆を助けるまでの間は私が君のパートナーだ。よろしくたのむ。』
「雫」
「!?」

雫は志狼のほうを振り向く。

「俺はお前のそんなまっすぐな性格がうらやましいぜ。
 普通言えねえって、『うらやましい』だなんてよ!ニヒヒ♪」
「・・・!」

明るく笑う志狼は、あらぬ方を見ながらは続ける。

「家事ならお前だってできるだろう、雫。
 俺なんか和食しか作れねェモンなァ。
 他にも、そうだ。あれだあれ。お前あんだけいっぱいいる聖霊の主なんだろう?
 うらやましいぜ〜。おまけにあんなかわいい彼女までいてよ〜」
「・・・」

飛鳥は何も言わずに雫の肩に手を乗せる。

「自分の事って、意外と見失っちまうモンさ。いい所って特にな」
「・・・!」
「雫」

スッ・・・と志狼は奥に向かって歩き出す。

「行こうぜ」

「ああ!」

雫はナイトブレードを強く、握り締めた。




 

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