「うわったっとッ!」

ラストガーディアンの訓練道場内で、陸丸はつんのめって転びそうになるのを必死に堪え、体勢を立て直した。

「あ、あの…、だ、大丈夫ですか?」

「平気平気!このくらいへっちゃらですっ」

陸丸に相対し、木製の薙刀を構えているのは、勇者忍軍の巫女の1人、孔雀だった。

薙刀の訓練をしていた孔雀を捕まえて、唐突に練習に付き合って欲しいと申し込んだのは陸丸だった。

「だあッ!!」

同じく木製の薙刀を持って果敢に飛び込む陸丸だったが、

孔雀の操る薙刀に軽く払われ、反対側へと体が勢いよく流れていく。

「おわったったったぁ!?」

今度は体勢を立て直す間もなく転倒する。

「あ、あのっ」

「大丈夫大丈夫ッ」

倒れた陸丸を心配してオロオロする孔雀に、陸丸はニッコリ笑いながらガッツポーズをとる。

「あー…ダメだぁ。軽くあしらわれちゃうやぁ」

うーん、と頭を抱える陸丸。

先ほどから何度試しても、どう攻めても、彼の薙刀は孔雀に掠りもしない。

さすがに何か策なり、体捌きなりを変えないと何時までたっても変わらないと感じ始めていた。

「えっと…がむしゃらに突っ込んでもだめです。体の流れ、薙刀の流れを考えながら動かないと…」

「? ? ?」

頭にハテナマークを浮かべる陸丸。

頭では理解しているが、納得し切れていないような、そんな表情だ。

教え方がまずかっただろうか。

手をパタパタと忙しなく動かしながら孔雀は説明を続ける。

「えっとですね…得物がこれだけ長くて重いですから、力任せに振るうよりも、重心に注意して、

 流れに沿って振るう方が効率がいいんです。流れの中に必殺の瞬間を見出したら、その時にこそ、力を込める、と

いいますか…」

上手く説明できているだろうか。

そもそもが誰かに者を教えるほどに自分が強いとも思えないし、こういう事は苦手だ。

「んと、最初は考えながら反復して練習して、考えなくても出来るまで、修練を積む事です。

 ここまでの域に達しない限り、実戦での訓練成果の発揮は難しいと思います」

「…」

ん〜、と腕を組んで考え込む陸丸。

やはり難しかっただろうか。動かなくなった陸丸を前にして、孔雀はしゅん、と項垂れる。

「つまり、孔雀さんはそれだけ訓練して強くなったって事ですよね!」

「へぅ?」

「凄いですっ!尊敬しちゃいますっ」

「あ、いや、そ、そうでしょうか」

「はいっ」

目を輝かせて自分を見つめてくる陸丸に、孔雀はたじたじになった。

「あの…でも、私、巫女としては落ちこぼれですし…」

「戦士としては超一流じゃないですか!」

「う…」

確かに薙刀の腕前で言えば、超かはともかく、実力的に相当なレベルである事は間違いない。

それこそ、自ら言ったとおり、考えずとも体が勝手に反応するまでに修練を積んできた。

だが、それでも忍巨兵の巫女としては最低ランクに位置付けられる。

忍巨兵の巫女として上位にランクされるには、何よりも先天的に備えられた巫力の大きさによる所が大きい。

彼女は巫力の素養が何より低かった。

それを補うために、と薙刀を習得したのだが、やはり巫女としての評価は低いままだった。

それが、皇である釧に必要とされた。それが彼女の中で大きな物を占めていた。

たとえ、武器としてしか必要とされていなくとも。孔雀はそれでもよかった。

だが、この同年代の少年が自分に対して持っている評価はどうだろう。

「すげーなぁ…っ、やっぱ俺も頑張らなきゃっ」

「…」

何やらうんうん、としきりに頷いている。

なんだか、胸の辺りがポカポカとしてきて、むず痒いような。

「っと、すみません孔雀さん!俺これからイサムさんのところに行かなきゃいけないんですっ」

「え?」

ガバリと立ち上がると、木製の薙刀を持ったまま出口へと向かう陸丸。

「このあと、イサムさんにも稽古つけてもらうつもりなんです」

「!そうなんですか…!」

驚いた。

かなりの時間を道場で過ごしていたはずだが、彼はさらに訓練を続けるという。

「練習すればするほど強くなれるって、改めて思いました!ありがとうございます孔雀さん!」

「え…」

「志狼兄ちゃんに続いて、2人目ですっ。オレにそれを教えてくれたのは」

「…」

頬を軽く染めながら孔雀は首を振った。

そんな、大層な事を言った覚えも教えた覚えもない彼女は、ただただ照れるばかりだった。

「強くなれない、なんてウジウジするのは、やっぱり志狼兄ちゃんとか、

 …孔雀さんくらいに練習した後にしなきゃ…!よし、頑張るぞ!!」

拳をぐっと握って、陸丸は笑った。

(…強くなれない、なんてウジウジするのは…)

孔雀は陸丸の言葉を心の中で反芻する。

巫力は先天的なもので、修行などで大きくなるものではない。

ゆえに、薙刀を習得した時点で、孔雀は自分が強くなるのを半ば諦めていた。

生れ落ちた瞬間に、巫女としての優劣を決められるのだ。そう思ってしまうのも仕方がないとも言える。

だが、陸丸の言葉を聞いた孔雀は、ハッとなった。

(私は、釧さまのお力になりたい)

そのためには、今よりも強くなる必要がある。

だが、巫力を上げることは叶わない。

ならば、何もしなくて良いのだろうか。

否。

何か、できることがあるはずだ。

そうだ。悲観するのは後でも良い。

ガムシャラに何かをして、少しでも強くなるのだ。

「…あのっ」

「?」

今にも道場を出て行こうとしていた陸丸に、孔雀は声をかけた。

少しでも良い。

今の自分よりも、ほんのすこし、強くなる為に。

一歩、彼女は足を踏み出した。

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