パクパクパク

「…」

ガツガツガツ

「…」

ラストガーディアンの大食堂。

大勢が一片に食事できるこの大きな空間の一辺に、一際異彩を放つ異様な光景があった。

テーブルを埋め尽くす皿、皿、皿の山。

テーブルを挟んで体面に座ってどんぶりをかっ込む1組の男女。

1人は巷で噂の郵便戦隊の制服に、赤のリボン。頭に巻かれたハチマキがトレードマークの少女。

1人は、燃える炎のような、紅の頭髪を持つ少年。

ガツガツパクパク。目の前のどんぶりと格闘するこの2人。

名を赤沢卯月と、龍門拳火と言った。


「あのさー」
「あんだよ」

箸を止めて卯月が拳火に言った。

「なんであたしに付きまとうの。弟君」

「拳火だ」

「…拳火。なんであたしに付きまとうのさ」

「腕相撲、負けただろ。勝つまであんたにくっついて、強さの秘密を盗んでやろうってのさ」

「あたし以外にそれやったら、捕まるよ」

傍から見たらストーカー行為だ。

(まぁ、四六時中付きまとってるわけじゃないけどさ)

先日、腕相撲で彼を負かしてからというもの、暇さえあればくっ付いてくるようになってしまった。

何度も付きまとうのはよせ、と言ったのだが。

「なんとでも言え。俺はやめねえからな」

これである。

「はぁ」

とは言ったものの、卯月には訴える気など蚊ほども無い。

卯月の表情は呆れと言うより、苦笑いだった。

(変な奴)

それが正直な感想だった。

自分はストーカーされるほど女らしくないと思っていたし、相手もそのつもりが無い。

なにより卯月は、最近この少年に、少し興味を持ってきた。

妙に気が合うのだ。

他愛の無い事1つとっても、彼とは意見がよく一致した。

以前、温泉好きだと語った時もそうだった。

「年寄りくさいだろ?」

「別に?俺も温泉好きだしなぁ。あの熱い湯に浸かった瞬間なんか、サイコーだね」

「!」

「ん〜?意識した事無かったけど、これって年寄りくさいのか?」

否定しておいて、後から頭を抱える拳火を思い出し、卯月は噴出してしまった。

「なんだ、いきなり笑い出して気色ワリィな」

「いや、この間の温泉の話を思い出しちゃって」

「ああ、あれか」

箸を止めて卯月を見る拳火。

「そういえば、お前知ってるか?この艦の人たちで作った温泉があるってのは」

「なにそれ」

拳火の話によると、なんでも以前、オタ同盟やその他可哀想な人々を大勢動員して作り出されたという、

天然温泉がさる場所にあるらしい、とのことだった。

拳火や、それ以前に合流していた志狼たちですらその存在を知らなかった。

以前からもう一度行こう、という案も出ているらしいが、『トリニティ予報』を見る限り、

近日中というのは、難しいようだ。

「どうだ、今度予報がいい時にでも一緒に行ってみるか!」

「混浴なんだろ?スケベ」

「あほかッ!誰がテメェなんか見るかッ!」

「なによ、あたしじゃ物足りないって言いたいわけ?」

急に卯月が俯いたのを見て、怪訝な表情になる拳火。

「そりゃ、あたしは普通じゃないし、女の子っぽくもないし…」

「見られたいのか、見られたくないのか、どっちなんだよ…ったく」

なんだかよく分からないが、落ち込んでいく卯月にため息を付く拳火。

「つか、普通の女の子って何だよ。お前はお前だろ。普通ってのは自分を基準に考えろよ、アホくせえ」

「!」

女の子らしからぬ自分にひそかにコンプレックスを持っていた卯月だったが、今の拳火の言葉に胸がスッと軽くなった。

内心密かにクスッと笑うと、悪戯っぽい笑みを浮かべ、

「てこたぁ、やっぱりあたしの裸が見たいってことか?」

「ちげーっつーのッ!!水着でも着てろッ!!」

「温泉に水着なんて邪道だ!」

突然力説を始めた卯月に圧倒される拳火。

「た、確かに…」

(納得するのか)

本当に面白い奴だ、と卯月は内心笑った。

「つか、誤解すんな!言っとくが、テメェなんざ眼中にねぇからな!?」

「そうよねぇ。あんたは姉ちゃんがいいんだもんねぇ?」

どんがらがっしゃんっ!!

拳火が派手に椅子から転がり落ちた。

「な、何で…」

「モロバレ」

知ってるの、と続ける前にボソッと卯月が呟いた。

「まぁ、精々頑張りな」

「よけーなお世話だッ!」

「あーあー、そんなに怒鳴っちゃ好きな子に嫌われるぞぉ?」

ニヤニヤ笑う卯月。

「うるせえッ!」

真っ赤になって反論する拳火。

「あー、ダメだこりゃ。そんなんじゃ振り向いてもらえないね。うん。ムリムリ」

「だーッ!見てろッ今に絶対振り向かせてだなぁッ!」

「へえ。好きな子できたんだ」

「おうよッ!」

「頑張りなさい。応援してるわ」

「任せろッ!」

はたと、拳火は硬直した。

今の声は、明らかに卯月のものではない。よく聞き覚えのある声だった。

当の卯月はというと、あちゃー、と顔に手を当てている。

恐る恐る振り向く拳火。

そこには、中華定食を持って立ち去る水衣の後姿があった。

「…」

拳火の顔面が、赤から青へ変色し、膝が折れ、手が地面に付いた。

重たい空気を背負いつつ、拳火はそのまま動かなくなった。

「あー、なんだ。ホラ。後でちゃんとフォローしてあげるから。な?元気出しな」

「…」

慌てて肩をポンポンと叩く卯月だったが、拳火はその後しばらくそのまま動かなくなってしまった。

(なんとも間の悪い…)

ははは、と苦笑する卯月。

半ば自分の責任ではあったのでフォローするとは言ったものの、どうフォローしたものか。

卯月は困り果てていた。

『拳火が好きなのは、あんただからさ』

(言えるわけねーっ!)

拳火の代わりに告白してどうする。

にしても。

(ほんとに気付いてないのかなぁ)

聞くところによると、拳火と水衣は共に双龍舞踏拳に入門して以来、ずっと一緒に過ごしてきたという。

だが拳火が言うには、色恋に疎い彼女は拳火の思いに気付いていないという。

卯月にしてみれば、あれだけストレートに感情が表に出ている拳火の態度に、水衣が気付いていないとは思えないのだが。

「ん?」

ひょっとして…と、卯月はある仮説を立てた。

(頑張りなさいって、そういうことなのか?)

水衣の言葉の真意が分からず、頭を捻る卯月。

(つか、あたしもこういうの苦手だしなぁ…)

色恋沙汰とは、とんと縁の無い今までの人生を思い出して、ため息を付く。

「おっ!いたいた!」

どよーんとした異様な空気がこのテーブルの周囲を支配し始めた時、突然食堂の入り口が騒がしくなった。

「おう拳火!今日の勝負はどうするんだ!?」

「!」

整備班の連中だった。

ここ最近、拳火と卯月の腕相撲勝負は恒例行事となっていた。

卯月をスカウトしたい整備班にしてみれば、果敢に挑戦を続ける拳火を応援するのも当然といえた。

「あー、でも…」

先ほどのダメージ具合からして、今日は勝負はお預けになるのでは…と思い、拳火を見る卯月。

メラッ

と瞳が燃えていた。

「勝負ッ!!」

もう立ち直ったらしい。

(タフだなぁ…)

額に汗をかきつつ、卯月は感心した。

いや、もはやヤケクソになって、この腕相撲に全てのムシャクシャをぶつけようという腹なのかもしれないが。

「今日こそテメェを倒してやるッ!」

「…」

彼は、自分を倒したら、もう自分のそばからいなくなってしまうのだろうか。

きっと、そうだろう。

(それはつまらないなぁ)

彼と喋るのは楽しい。

色恋のソレとは、やはり少し違う感じ。

男と女でも、親しい友達というのは成り立つのだと、何となくそんなことを感じさせる奴。

「レディ…」

テーブルに肘を乗せ、腕をガッチリ組む拳火と卯月。

「ゴーッ!!!」

次の瞬間、拳火の体が空中で勢い良く数度回転した後、テーブルをいくつも巻き込んで派手に吹っ飛んでいった。

「あ」

無意識に力みすぎてしまった。

「しまった」

そんなに、拳火に離れていってほしくなかったのだろうか。

「だーッ!!ちくしょーッ!!」

ガバリと立ち上がる拳火を見て、ホッとする卯月。

どうやら、もう少し彼との会話を楽しみたいらしい。

「明日も勝負だッ!」

ビシリと指差しながら叫ぶ拳火に、

「受けて立つよ」

卯月は、笑顔で言った。



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