ラストガーディアン内の、道場。

その入り口に、1人の少女がいた。

艶やかな長髪。忍装束に身を包む彼女は、手甲の具合を確かめながら中に入ろうとして足を止めた。

ブォンッ

何かが空を斬る音。

道場の中央には、滝のような汗を流しながら一心不乱に木剣で素振りを繰り返す御剣 志狼の姿があった。

「またか」

長髪の少女…風魔 楓はポツリと漏らした。

この道場を利用する者は多い。

鋼鉄の騎士ロードやその師である葛葉。

ドリームナイツの大神 隼人や橘 美咲。

神崎慎之介などは、希望する子供たちに剣術の手ほどきをしている。

その他、パートナーの動きをそのままに伝えるシステムの勇者などは大抵ここを利用している。

その中でも特に練習量が多いのが、目の前の少年…御剣志狼だ。

「俺は物覚えが人一倍遅いしな。人の三倍も十倍も練習しねえと」

と少し前に自嘲気味に言っていたのを思い出した。

(それにしても…)

楓は、異常な練習量だと思った。

自分も、ここを利用する回数が多いと思う。

妙なプライドがあり、人前で技の考察をしたり反復練習をしたり−−

という事を好まないので、誰もいない道場で1人技を磨くことが多い。

だが彼女は大抵ここで、すでに汗を掻いて訓練を積む彼に出くわす。

普段志狼はエリィと何かをしていることが多い印象が強い。

エリィに引っぱられて、嫌々ながらもいろいろな事をやっては騒ぎを起こす。

食堂の手伝い以外は彼女に引っぱりまわされている印象が非常に強いのだが、

実の所それよりも、ここで訓練を積んでいる時間の方が多い事に楓は気付いた。

(まるで、この道場の主みたいね)

楓は、そんな印象を持った。

肩で息をする志狼は、呼吸を深呼吸で無理矢理押さえつける。

「スゥゥ…」

鼻から大きく息を吸い込む。

木剣を正眼に構え、大きく振りかぶり、そして

「はッ!」

ブォンッ

目線で、ピタリと木剣が止まる。

疲労で今にも倒れそうだろうに、彼の姿勢はぴしりと正されたまま。

額からは、大粒の汗が床に落ちる。

(…何かを、斬っているみたい)

志狼の、鬼気迫る視線からそんなことを読み取る楓。

(何を…?)

仮想の敵?師であり、壁でもある父親?

言ってから、ある仮説が頭を過ぎる。

(…弱い、自分…?)

志狼が斬っているのは、目の前に見える…倒れそうになる、倒れたくなる、楽になりたい自分なのではないか、と。

もう一回。もう一回。まだいける。まだいける。

その一心で、弱い自分を斬り捨てているのではないだろうか。

そしてそれは、恐らく当っている。

素直に、凄い、と思った。

志狼は再び木剣を大きく振りかぶる。

呼吸を整え、振り下ろす。

「あ」

楓は咄嗟に、体が前に出る。

志狼の体が横に傾いたからだ。

だが、次の瞬間、楓はピタリと前進を止めた。

志狼が堪えきり、姿勢を正眼に戻したからだ。

そのまま大きく振りかぶり、そして、

「はッ!」

振り下ろす。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

木剣は今度は目線では止まらず、ドッと道場の畳を叩く。

目の焦点がぶれ始め、志狼は今度こそ倒れこんだ。

「はぁー… はぁー… はぁー… はぁー…」

志狼は大きく息を吸い、空気をむさぼる。

汗がとめどなく流れ、畳に落ちていく。

目を瞑り、呼吸を整えようと必死になった。

疲れた。喉が渇いた。

「水…」

誰もいないというのに、つい口からそんな言葉が漏れる。

「はい、どうぞ」

つぅ、と口へ少量の水が流し込まれた。

「!?」

ビックリして目を開ける。

そこには、竹筒を持った忍装束の少女がいて、ニッコリと笑っていた。

「いつからいたんだ、楓」

「つい、さきほど」

楓は言いながら、そのまま竹筒を傾け、志狼の口へと水を流し込んでいく。

情けない話だが、志狼は指先すら動かせず、そうしてもらえる事がありがたかった。

「熱心だな。また練習に来たのか」

「毎日毎日こんなになるまで訓練するあなたほどではありませんよ」

志狼の言いように、楓は苦笑いで返した。

「俺は…陽平みたいに急には強くなれねぇからな…練習あるのみだ」

サンキュー、と言いながら、志狼はよろよろ体を起こすと立ち上がり、軽く跳躍して体をほぐす。

(もう動けるのか…)

楓は驚き半分、呆れ半分で竹筒を懐にしまう。

「おう、組み手やろうぜ。1人でやるより実践的な訓練の方がお前もいいだろ?」

志狼は木剣を拾い上げ、首を右に左に倒す。

「…そう、ですね」

不思議と、肯定の意を見せる楓。

「やるからには、手加減しませんよ?」

艶のある悪戯っぽい笑みを見せる楓。

「ジョートーだ」

内心ちょっとドキッとしながら、志狼も不敵な笑みで返した。






「で、結局こうなるわけですね…」

「…すまん」

上半身素っ裸で、両手で胸を隠す楓と、全身に青アザや裂傷を負った志狼が道場中央で座り込んでいた。

志狼は上着を楓に着せるとそのまま床に転がった。

「ははっ」

「?なんですか、突然」

突然笑い出した志狼に、楓は同じく床に転がりながら問う。

「いや、女と組み手すんの、苦手なんだけどなぁ。なんでだろ、楓とは気兼ねなく出来たりすんだよな〜」

「それって、私が女らしくないって事ですかっ?」

体を起こして楓がムッとしたように言う。

「!」

その勢いで、志狼の上着がはらりと落ちる。

ブパッと、志狼の鼻から鼻血が飛び出す。

鼻を押さえて顔を逸らせると、

「…十分女っぽいと思い…マスデス」

「…ごめんなさい」

両者ともに茹蛸のように赤面しつつか細い声で言った。

「…」

突然、両者の間に金髪のツインテールが出現する。

「「うわぁ!?」」

ツインテールの持ち主は、エリス=ベルこと、エリィだった。

表情は…言わずもがな、不機嫌全開だった。

「…シローのえっちっち」

「だーれがえっちっちだッ!」

実際の所、何がどうなってこういう状態になったのか、彼女はよく分かっているはずなのだが、

何故か彼女はこういう言動をやめとうとはしない。

困ったもんだ、と志狼は鼻を押さえつつ思った。

「とにかく服でも着たら?楓」

エリィ同様、何時の間に現れたのか、ほい、と服を投げ渡す忍装束の少年。

「柊。ありがとう」

先ほど楓が着ていた忍装束と同じもののようだ。ありがたく受け取る。

「ボロボロだね、志狼のアニキ。医務室まで肩貸そうか?」

ニッと人懐っこい笑顔を浮かべるのは、楓の双子の弟、風魔 柊だった。

「自室で良い。1人で歩けるし」

立ち上がろうとして、志狼はやはりよろめいた。

「ほら、無理しない無理しない」

とっさに肩を貸す柊。

「じゃ、アニキの部屋行こうか」

「あ、おい」

志狼が何か言う前に柊は歩き始めた。

容姿に似合わず力強く、今の志狼はなすがままに連れ去られてしまう。

エリィは道場に残るようだ。楓に宥められながらも頬を膨らませているのが見えた。

「やれやれ」

道場を少しはなれたところで、志狼は苦笑しつつため息を付いた。

「志狼のアニキ、良く楓と訓練してられるなぁ」

「あ?」

「苦手だって言ってたじゃん。女の人と訓練するの」

「ああ〜」

先ほど考えていた事をそのままに言われ、苦笑する。

「そうだな…」

志狼はよたよたと歩きながら言った。

「あいつ…俺に似てるから、かなぁ」

「似てる?楓と志狼のアニキが?」

柊はええ〜?と眉根を寄せる。

とてもじゃないが、共通点などないように思う。

「何かを必死に掴もうとしてる…」

「!」

「そんな気がするんだよな…」

志狼は複雑な笑みを見せながらそういった。

「アイツも本気なんだ…だからかな。俺も本気で一緒にやろうって気になるのは」

「…そっか」

柊は何か思う所があるのか、少し俯いて苦笑した。

「今度、足技教えてくれよ、柊」

「へ?」

「格闘も訓練しとかないと…剣で両手が塞がっちまうし、蹴りができると強いと思うんだよな」

まだやる気なのか。

柊は目を丸くして、呆れる。

と、同時に、今の自分の戦いに対する姿勢に疑問を感じる。

(オイラは…)

「あ、ここだ」

「!」

いつの間にか志狼の自室の前へとたどり着いていた。

「サンキュー柊」

「あ、うん…」

志狼は柊の肩から腕を放し礼を言うと、ヨロヨロと自室の中へと入っていった。

「…」

ドアがスライドし、志狼の姿が見えなくなっても、柊はしばらくその場でドアの方をみて動かなかった。





翌日。

訓練を積む為に、楓は道場へと入っていく。

「おう、今日も来たか」

「はい」

やはり、道場の中には既に素振りをしていた志狼がいた。

「よっしゃ、今日も組み手やるか」

「はい」

頷く楓。

道場中央へと進む2人。

「ちょっと待ってよ」

「「!」」

そんな2人に、制止の声が掛かる。

「柊」

道場の入り口に、柊が立っていた。

「志狼のアニキ。今日は、オイラと組み手してくれよ」

「お、おう。かまわねえぞ」

突然の来訪に驚くも、志狼は普段あまり相手に出来ない柊との組み手にありがたさを感じていた。

楓の目の前を通り過ぎる瞬間、

「珍しいわね」

「まぁ…ね」

短いその会話の後に、中央で構えをとる両者。

「たまにはいいかな、なんてね」

どちらともなく、彼らは駆け出した。

「はぁッ!」

木剣が振るわれ、鋭い蹴りが飛ぶ。

(まさか、柊が自主的に訓練しようとするなんて…)

道場の主に、彼女は少し感謝した。

「私も頑張らなきゃ」

そして、決意を新たにするのだった。


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