バシュッ

早朝、戦艦ラストガーディアンの格納庫に、黒い光が一瞬広がった。
黒い光の帯から、ブリットが愛銃ルシファーマグナムを手に現れる。
ブリットはトレーニング前に、毎朝乗機の調整を行なうのが日課だった。

「…」

調整は終わった。
ブリットはルシフェルをルシファーマグナムに収容し、それを腰のホルスターに収めると、
訓練場へ向かうために歩き出した。
と、ふと隣のハンガーに視線を向ける。
そこには、ルシフェルと同サイズの機体が固定されていた。

「タイプTF−AS.002P、対ストリアス兵器ヴァリアブル・トランスフォーマブル・ロボット」

ブリットは先日頭に入れた機体のデータを引き出した。
異世界の、対・宇宙狩猟民族用に開発された機体だったか。
操縦系や機構、その他のスペックを見たが、とても並の人間に扱える代物ではない事を思い出した。

「名前は…」
「ヴァイザーだ」
「!」

当人…いや、当機から直接回答を貰う。

「そうか。そうだっな。貴様は睡眠を必要としないのだったな」
「おはよう、ブリッツァー・ケイオス」
「ブリットで構わん。ヴァイザー」
「了解、ブリット」

傍から聞くと、なんとも無機質な挨拶だった。

「何をしていたのだ?こんなに朝早くから。人間が活動し始める平均時間を、2時程上回っている」
「機体のチェックだ。いつ敵が襲撃して来るかも分からん。機体をベストな状態にしておくのは当然の事だ」
「熱心だな。だが、ユマが昨晩も念入りに調整を続けていた。それ以上の整備が必要だとは思えない」

ユマの相棒であるフェンリルとは違い、ルシフェルは細かな調整が必要となる。
緻密で調整が難しいヴァイザーも、近くでルシフェルの調整を何度も見ているのだろう。
珠の汗を額一杯に掻き、油まみれになりながらも一生懸命整備するユマを。
だが、ゆえに。

「ユマの事を信頼しているからこそ、俺はチェックを念入りにするのだ」
「その回答は矛盾している。理解できない。どういうことだ?」
「…」

少し、心にイラツキを覚えた。
理解できないヴァイザーにイラついたのか、上手く説明できる言葉が見つからない自分にイラついたのか。

「!」

ブリットは、自らの心の動きに、今更ながらに驚く。

(苛立ち…か)

苦笑する。
また1つ、自分の中の感情を自覚したことに対して。

「…貴様の相棒にでも聞いてみたらどうだ」
「…了解」

そしてブリットは、その問いに答えぬままに、その場を後にした。
奇妙な、感謝の念を抱きながら。




「カスミ」
「ん?どうした、ヴァイザー」

コクピット内で機体の状態をチェックしていた星原 霞に、ヴァイザーが語りかけた。

「ユマが昨夜、ルシフェルの整備をしていたのを見たか?」
「ああ。それがどうかしたのか?」

霞はコンソールを叩きながら、ヴァイザーの問いに耳を傾けた。

「ブリットが、今朝、ルシフェルの調整を行なっていた」
「へぇ。あの人らしいな」

入念に準備を行い、いつでも万全の体勢を整える。
実にブリットらしい、と苦笑する霞。

「その際に、ブリットが不可解な事を言っていた」
「なんて言ってたんだ?」
「『ユマを信頼しているからこそ、俺はチェックを念入りにするのだ』と」
「へえ…」

霞の手が止まる。

(ちょっと意外な発言だな)

霞自身、ブリットが調整を入念に行なうのは、彼自身がチェックをしないと安心できないからだと思っていたからだ。
つまりブリットが、ユマの事を信頼していないからだと。

「私は、回答の意味が理解できなかった」
「そうか…」
「カスミは、どう思う?」
「うーん…そうだな」

腕を組み、考え込む仕草を取る。

「答え合わせ、ってところじゃないか?」
「答え合わせ?…更なる回答を要求する」
「だからさ、ユマさんの調整した状態を、全部知っときたかったんじゃないか?ブリットさんは」

ユマの整備は完璧だ。
だからこそ、どういう状態にセッティングされているのかを、完璧に知っておく必要がある。
ブリットは、そう考えているのではないだろうか。

「俺が、纏さんの整備を信頼してるけど、こうして直接お前に乗って状態をチェックするのと変わらないってことさ」
「…なるほど。回答に感謝する」

納得したのか、考え込んでいるのか。
それ以降ヴァイザーは声をかけてこなかった。

(色々な所から刺激を受けているな)

感情豊かなロボット達が多い中、相棒のヴァイザーはフォーティアほどでないにしろ、他に比べて無機質な印象を受ける。
だが、自分の知らない所で多くの人々に触れ合い、様々な学習をしている。

「さてと、こんなもんかな」

チェックを終えると、霞はコクピットから外へ出る。
タラップへ出ると、となりのハンガーでルシフェルを前に打ち合わせをしているブリットとユマの姿があった。

「感謝しなきゃな」

霞は笑みを浮かべながら、纏の元へと向かった。





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