「ご苦労だった。各員、報告書を提出して休め」

戦闘後、格納庫にブリットの声が響き渡った。

放送を終え、ウォルフルシファーから降りたブリットは、

疲れを見せない表情で後ろに手を差し出し、続いて降りてくるユマに手を貸す。

「ユマ。今日は整備を整備員に任せて休め」

「いいえ、この機体だけは私が自分で整備しないと気が済みませんから」

疲労の色を見せながらもニッコリと微笑みながら言うユマに、

そうか、とだけ答えてブリットはタラップを歩く。

「ブリットさんは?」

「艦長に直接報告したい事がある。ユマも無理をせずに直ぐに休め」

軽く手を振って、ブリットは格納庫を後にした。





課 題






「これが新たに考えたフォーメーション案。一度目を通してくれ。

それと、こちらが向こう一週間の予測だ。後半三日ほどは予測が逸れる可能性があるから、あまり信頼しすぎるな。直ぐに新しい予測を割り出して提出する」

「ありがとう、ケイオス君。とても助かるわ」

「では俺はこれで」

ブリッジのコマンダーシートに腰掛ける綾摩律子に書類の束を提出し終えると、ブリットはブリッジの出口へと足を向ける。

「ちょっと待って」

「まだ何か?」

律子に呼び止められ、ブリットは振り返る。

「…あなた、ここのところしっかり休めているのかしら?」

「問題ない。まだ動ける」

それだけならもう行くぞ、とブリットはスライドドアを開け、ブリッジを後にする。

「ちょっと待って」

「おい!!」

次の瞬間、ブリットは何者かに胸倉を掴まれ、そのままブリッジ内へと押し込まれる。

振りほどくそぶりを見せずに、ブリットは胸倉を掴む人間を見る。

「…何の用だ、風雅陽平」

「何も糞もあるか!!てぇめぇ…!!」

『やめないか陽平!』

「クロスは黙ってろ!!お前、あんなことされて平気なのかよッ!!」

「ちょっと、陽平君、落ち着きなさい!」

喧騒にすぐさま気付き、神楽悠馬が現れ、陽平の手を解く。

「一体何事?」

突然の出来事に、律子もブリッジクルーも、陽平とブリットに視線を集中させた。

「こいつ…!さっきの戦闘中、クロスフウガを狙い撃ちやがったんですよ!!」

「え!?」

あまりの告白内容に、ブリッジ内がざわめく。

「ちょっと、落ち着いて」

律子の一言に、ざわめきは納まる。

「…ケイオス君」

「はい」

陽平のような実力者が、言いがかりであんな事を言うとも思えない。

律子は、胸中に嫌な予感を覚えつつ、ブリットに向き直り、質問する。

「心当たりはあるかしら?」

「ある」

「…」

若干のめまいを覚える。

陽平は今にも噛み付かんばかりの視線をブリットに向ける。

「理由が、あるのよね、当然?」

「俺は無駄が嫌いだ。無駄弾を撃つような愚行は犯さない」

「話してくれるかしら?」

頭に手を当てて俯く律子。

ブリットは静かに陽平に向き直ると、あっさりと、

「クロスフウガが陣形を乱したからだ」

と言い放った。

「たったそれだけのために後ろから撃ちやがったのかッ!!」

再びブリットの胸倉を掴む陽平。

「…」

無表情に陽平を見るブリット。

しかし次の瞬間、珍しくブリットが表情を変化させた。

「ふっ…それだけのために、か」

彼は、何とも言えない複雑な表情で、苦笑いを浮かべていた。

「…!?」

呆然とブリットの笑顔を凝視する、陽平。

彼がユマ以外にも分かる笑みを、陽平をはじめ、この場の全員は始めて見た。

彼の仲間であるブレイブナイツの面々も、ひょっとしたら見たことが無いのではないだろうか。

それゆえに、誰もが驚きを隠せない。

「…」

何を意図して笑みを見せたのか。何を意図して発言したのか。

誰もが続きを聞き漏らさないよう耳を傾けていたのだが。

何の脈絡も無く、ブリットは体を傾け、陽平にもたれ掛った。

「うわっ?!」

突然の事態に驚きながらも、反射的にそれを支える陽平。

「なんだおい!?何のつもりだよ!!」

反応がない。

「…大変だ、意識が無い…!」

「は!?」

見かねた神楽が覗き込むと、ブリットは気絶して沈黙していた。

「風雅君!医務室へ彼を運んで!!急いで!医務室への連絡はこちらからしておくわ!!」

「あ、ああ!!」

医療班を呼ぶより、彼が運んだ方が早いと考えたのだろう。

律子が咄嗟に指示し、陽平はブリットを背負うと、弾かれたように走り始めた。

「…ちっ、なんだってんだよ!!」

シャドウフウガに変身しつつ、彼は背中で意識を失っているブリットに悪態をついた。





「…?」

ブリットは重たい瞼を開け、自分の状態を確認する。

白を基調とした室内。

清潔なシーツに、掛け布団をかけられている。

自分はベッドに横になっているようだ。

(医務室か)

こんなところに来た記憶は無い。

陽平に胸倉を掴まれたあたりから、記憶がぷっつりと切れている。

「気がついたか」

「…陽平」

隣を見れば、椅子に腰掛け、憮然とした表情をした陽平がこちらを見ていた。

その隣には、目端に雫の後が残るユマがうっつらうっつら頭を揺らしながら寝ていた。

ブリットは状況から、現状を推測する。

「気を失って倒れたのか、俺は」

「そうだよ。俺が運んでやったんだ」

「それはすまなかった」

「へっ」

素直に礼を聞く気は無いらしい。顔を背け、眉根を寄せて黙り込む陽平。

「一週間眠らずに、対物量戦は流石に無理があったか」

「は!?」

陽平は耳を疑う。

「戦時中はざらだったのだが…衰えたか」

「…アホかテメェは」

正直な感想がストレートに口から出た。

他に言葉が見つからない。

「しっかり休めよ。それも戦士の仕事だろ」

「そうもいかん。少なくとも、陣形が機能するようになるまで、俺は休むわけにはいかない」

「…またそれか」

ため息をつく陽平。

口を開けば陣形だ、フォーメーションだ。

「俺たちは兵士じゃない。そんなガチガチなこっちゃ上手く動けねぇんだよ」

「陽平。貴様…この集団の最大の弱点は何だと思う?」

「…は?」

「貴様が敵の指揮官だったとして、どこをどう攻める?」

「…」

突然の質問に、直ぐに答える事が出来ない。

「実際、この艦に乗っている勇者達は強い。

 対特機、対モンスター戦に関しては、様々な能力やエネルギー、強さを持つ勇者達は負ける事が無いだろう」

「…つまり、弱点はその逆ってことか?」

「そうだ。集団戦にこそ、ラストガーディアンの穴がある」

言われて見れば、確かに納得できる説ではある。

一機の強力な機体が出てきたり、特殊なモンスターが出てきたところで、負ける気がしない。

これだけの多くの仲間がいるのだ。

誰かのいずれかの能力が、突破口になり、撃墜に結びつく事が多い。

それに対して、物量に任せたブロンの大軍の方が自分達は苦戦を強いられているような気がする。

高速飛行型だの、ノーマルだのと、バリエーションはあるが、基本的に機能が一定のブロンが大量に襲ってきた時、

出来る事といったら、倒して倒して倒しまくること。

つまりは、粘り勝ちしかない。

「原因は簡単だ。各チームごとの連携もまともに取れていない連中が纏まったところで、敵から見ればまさに『烏合の衆』という奴だ。

 …見直さなければならないのだ。『集団戦の戦略』を」

「…」

個性溢れる面々が多いことが、逆に仇となってしまったのか。

陽平はいつの間にか、ブリットの言葉に聞き入っていた。

「そこで、今日の貴様の行動に結びつくわけだ」

「!」

陽平はハッとなる。

「貴様の言うとおり、フォーメーションを取ることで、各人の個性を潰して動きにくくしてしまっては意味が無い。

 まだまだ陣形の見直しが必要だ。だが、研鑽の途中でそれを積極的に乱されては、こちらの計算が狂う」

「け、けどよ、それならいつもは…!?なんで今日に限ってあんなこと…!」

「いつもは志狼とコンビを組んでいただろう」

「!?」

今日の出撃は、御剣志狼は数日前に出現した特機との戦闘の際ヴォルライガーに合体した反動として、

全身に極度の筋肉痛を患い、出撃する事が出来なかった。

「貴様らがコンビで動くのなら話は別だ。志狼が一緒ならば、遊撃隊として放っておいた方がむしろフォーメーションが機能する。

 何故だかわかるか?」

「…いや」

「志狼は貴様に比べて気配察知能力が極端に低い。というか無い、といった方がいいな。

 だがそれゆえに、それをカバーするために周りを良く見ている。

 志狼が背中をとられた仲間のフォローに回っている事に気付いていたか?」

「そ、そりゃまぁ…」

多少不本意ではあるが、彼が背中にいる時、陽平も空からよく戦場を見渡す事が出来る。

その時、自分達が仲間から「サンキュー!」だの、「助かった!」などと言われていたのを思い出した。

だが、思い返してみれば、自分から周りのフォローに回ろうと動いた記憶が無かった事に気付いた。

陽平の表情に満足したのか、ブリットは目を瞑る。

「俺がクロスフウガを狙ったのだと思ったなら、それは勘違いだ」

「え?」

「俺が狙ったのは、数百メートル先にいたブロンたちだ。クロスフウガの背後にいた、な」

「!」

「わかるか?…要するに、貴様は仲間の動きに無関心すぎるということだ。昔の俺のように、な」

「…!」

「戦時中…戦場に出れば、帰還したのは俺だけだった。今のように、陣形や戦術を組んで戦ってはいた。

 …が、仲間を気遣う事をしなかった。無茶をしてまで助けようとはしていなかった。今思えばな。

 死んでも仕方が無い。極端な話、そういう感覚でいたのだ。

 だが、今は違う。どんなに無茶をしてでも、今この場を俺は失いたくないと思っている」

目を開けて、ブリットは半ば睨みつけるように陽平を見る。


「今のままでは最悪、貴様は仲間を殺すぞ」
「…え!?」

突然の言葉に、陽平は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。

「自分よりも強い仲間、常に隣にいる友が、戦場で絶対に死なないという保障がどこにある」

当然の事を聞くな、と言わんばかりに、ブリットは淡々と言った。

「風魔柊…風魔楓…」

自分よりも、より忍者として洗練された頼もしい仲間。

「桔梗光海」

常に傍に居る、幼馴染。

「…クロスフウガ」

最高の相棒。

「貴様の行動が、それらを殺す。今のままでは、いずれ…な」

瞼が重くなってきた。徐々に目を瞑るブリット。

「まだ間に合う…忍頭ならば、一歩下がって全てを見ろ…

 全体を見渡す広い視野を、仲間を気遣う余裕を持て…」

「…」

何もいえない。

ブリットが瞼を閉じるまで、陽平は無言でそれを見ることしか出来なかった。

「偉そうに。倒れた奴が言う台詞じゃねぇな」

「!志狼」

声に気付き、振り向くと、ベッドの反対側に、志狼が立っていた。

「よぅ。柄にも無く凹んでるじゃねぇか」

「…うるせぇ。筋肉痛野郎」

「もう治ったよバーカ」

どんな時でも憎まれ口を忘れないのか。

とりあえずは陽平と志狼はお互いを罵った後、沈黙した。

「お前、こいつが倒れた理由わかるか?」

「!いいや?」

志狼の言葉に首を振る陽平。

「人と接しながら生活してるからだよ。戦時中とは比べ物にならないくらい人と接触してるせいで、

 余計エネルギー喰ってるンだよこいつは」

苦笑しながらブリットの寝顔をみる志狼。

「目ぇ覚ましたら言ってやれ。『そっちこそ、日常生活舐めんな』ってさ」

「…ああ。そうするわ」

それでも思うところあるのか、陽平は複雑な表情を浮かべたままだった。





「だから、すまなかったと言っている」

「心から反省してません!ブリットさんは気がつくとまた無茶をするに決まっています!」

翌日。

医務室の一角に、騒々しい騒ぎ声が響き渡っていた。

「いや、もうしない。徹夜日数にももっと気をつけるように…」

「徹夜しない生活リズムでやってください!」

「いや、それは…」

「さい!」

「む、うぅ」

ユマのあまりの剣幕に、ブリットは終始おされ気味だった。

いつぞやのリオーネのように、目の前でりんごを圧縮粉砕しようとして、

逆にシップと包帯を巻く羽目になった右手が、若干の哀愁を誘う。

「おーう、ブリット!倒れたって聞いたぜー」

「帰れ」

「そういうなって。ほら記念撮影しようぜ」

「帰れ」

突然現れた拳火に、余裕の無いブリットはこめかみに汗を浮かべてそれだけを繰り返していた。

「あ、そうだ。おーいちみっこ供。入って来いよー」

「…また来たのか」

医務室の入り口に、小さな手が掛かっているのが見える。

今朝からというもの、普段から何かと影から自分達を助けてくれていたのを自覚している少年少女たちが、

入れ替わりブリットのお見舞いに現れていた。

だが、いざ病室の前に立つと、にじみ出ているオーラに圧倒されてしまうのか、

近づけずにああして遠巻きにひょっこり覗くだけで帰っていってしまう子も少なくなかった。

「人気者だな。お前」

「帰れ」

ビクリと、入り口に見える手が震える。

「ち、違う。貴様らに言ったのではない…!」

「あーあー、泣かせたなぁお前」

「帰れ…!」

「ブリットさん!まだ話は終わっていません!聞いているんですか!」

「…!」

それらにどう接すればいいのかも分からず、彼のこめかみの汗は、次第に増えていくのだった。





「仲間を殺す…か」

ラストガーディアンの甲板で空を見上げながら、陽平はぼそりと呟いた。

「どうすりゃいいってんだ」

力ない呟きは、クロスの耳にすら届く事も無く、溶けて消えていった。

「…くそっ」

やりきれない思いで、陽平は甲板を後にする。

一人になりたかったが、改めて見ると、艦内の人の多さに今更ながらに驚く。

顔も知らないクルーや、共に戦場に出る勇者のパートナー達。

「うわっ!?」

「…?」

突然の声に視線を巡らせば、目を見開いて硬直しているクルーが目に付いた。

視線が合うと、クルーは一目散にその場を離れていってしまった。

「な、なんだ?」

顔も知らないようなクルーに怯えられるような事をした覚えが無いのだが。

「ひえ!」

「うっ」

「やばいっ」

「おわっ!!」

「きゃあ!?」

行く先々で、陽平を見たクルー達が短い悲鳴を上げて、あるものは道を譲り、

あるものは一目散にその場を離れていく。

「なんだんだよ一体…」

ワケが分からず、とりあえず自室に向かう陽平。

「お…?ありゃあ…」

井戸端会議のように円になって話をしていた仲間達が視界に入った。

今はあまり会いたくなかったのだが。

嫌でもブリットの言葉が陽平の脳裏に蘇る。

「あ、噂をすれば」

「先輩」

「ヨーヘー!」

しかしそんな陽平の胸中を知ることも無い柊、楓、光海の三人は、陽平を見るなり駆け寄ってくる。

「おい柊」

「なに?アニキ」

「今お前、噂がどうとか言ってなかったか?」

陽平の発言に、双子の兄妹は顔を見合わせて苦笑い。

どうやら、今の陽平の現状について、心当たりがあるらしい。

光海が興奮して陽平のシャツの袖を掴んで言った。

「ねぇねぇヨーヘー!ブリットさんを絞め落して医務室送りにしたって本当?!」

「な、なんじゃそりゃああ!!」

ようやく合点がいった。

どうやら昨日の出来事が、歪みに歪んで艦内に噂として広まっているらしい。

それから数日間、陽平はまるで艦内を支配する番長のような扱いをクルーから受けたという。



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