「本気で、やりあった?」

ラストガーディアンのブリッジで、艦長である綾摩律子が上擦った声を出した。

彼女の目の前には、ナイトブレードを手に持って息を荒げる御剣志狼と、獣王式フウガクナイを持って影衣着装までしている風雅陽平の姿があった。

彼らの後ろには更に志狼の父であり、剣の師でもある御剣剣十郎と、同じく陽平の父であり、師である風雅雅夫が立っている。

「いい加減影衣を解かんか、馬鹿者」

「…」

渋々それに従う陽平。

両者共に腕を組んで目を瞑り、無言の圧力を息子達に与えている。

そうでもしないと、志狼も陽平も隣の相手に向かって飛び掛りそうな、未だにそんな雰囲気をかもし出している。




時は数十分前に遡る。




ラストガーディアン内、食堂にて言い争いをしている志狼と陽平がそこにいた。

「ざけんなテメェ!!昼間のアリャなんだ!!」

「うるせぇな!!だいたいお前が取りこぼしてなけりゃよかったんだろうがッ!!」

「また始まった…」

2人の間に挟まれたエリィはやれやれ、と苦笑い。

トリニティの襲撃直後。

さすがに食堂を手伝う事もなく、遅めの夕食を食べている志狼の元へ陽平が来た。

性格も考え方も正反対の二人のはずが、何故か出撃の際にはコンビを組んで戦うことが多い。

本人達に言わせれば『コンビだなんて冗談じゃない』との事だが、

トリッキーな動きと巧みな技で敵を翻弄するクロスフウガと、

正面から持ち前の攻撃力とタフネスさで敵を切り崩すヴォルライガーが背を向け合って戦う様を見ると、

万人が万人、『良いコンビだ』と言うだろう。

戦闘後に「お前が取りこぼさなければ」「そもそもお前があそこでヘマしなけりゃ」と、

難癖付け合って相手の反省点を突付きあうこの状況は、もはや日常茶飯事だった。

だが、ほんの些細な言葉から、その日常が、何時もと違う雰囲気となった。

「ハン!あんなパワーのねえ斬撃がトリニティに通用するかよ!そんなこっちゃ、大事な姫さんも守れやしねぇぜ」

志狼の言葉を受けて、一瞬陽平の動きが止まる。

「んだと…?命知らずな攻撃してるわりに臆病者なクセによ…!また幼馴染に大怪我させちまうんじゃねぇのか?」

(あれ?)

エリィが微妙な雰囲気の変化に気付く。

「幼馴染は関係ねぇだろうが…!俺が臆病だと?」

志狼が陽平を睨みつける。

「俺は死なない、とか普段言ってるだろうが。命懸ける勇気もねえってことだろうが」

嘲笑を持って答える陽平。

「はぁ?命がけで戦ってるだろうが、何時もよ」

「死にたくないんだろ?俺は死なない、ってのはそういうことだろうが」

「ざけんなッ!!そういうテメェはどうなんだよッ!!」

「俺は翡翠のためなら命を懸けるね」

「ハッ、死にたがりの台詞かよ、ダッセェ」

「なんだと…!?いいかエセ騎士…!!忍者ってのは、主に命を捧げるもんなんだよッ!!」

「それが考えなしだってんだッ!!テメェがおっ死ぬのは勝手だがなぁッ!!あんな小さな子に一個人の命背負い込ませる気かッ!!」

「「…ッ!」」

どうやら口で言っても分からないらしい。

ゆっくりと立ち上がる両者。

「え、あれ…?二人ともやめようよ…」

空笑して両者を交互に見やるエリィだったが、その表情に静かな怒りを湛える様を見てビクッと肩を上げる。

「下がってろエリィ」

「ああ。怪我したら志狼が泣くからな」

「ッ!!!」


ゴッ!!!


志狼の放った拳を、陽平は手で掴み、難なく受け止める。

「トロいつってんだろ」

「っせえんだよッモヤシ野郎がッ!!」

「!」

受け止めたはずの拳は勢いが衰えていなかった。

押し切られる寸前、押される勢いを利用して、陽平は後方へ飛び退る。

エリィの座るテーブルから離れる志狼。

次の瞬間、眼前に何かが飛んでくる。首を横に折り、間一髪かわす志狼。

床に落ちた獲物を見ると、それは箸だった。あの勢いで目にでも当れば洒落にならない。

忍者にかかれば、箸だろうがなんだろうが立派な武器と化す、ということか。

「しゃらくせえッ!!」

志狼は近くのテーブルを蹴り飛ばすと、その主柱をへし折り、剣代わりとする。

「ねぇ!やめて!やめてってばッ!」

エリィの制止に耳を貸さずに、志狼は再び投げられた箸をテーブルの主柱で叩き落し、一気に接近。

陽平に向かって主柱を振り下ろす。

陽平は主柱を持つ志狼の手に蹴りを放ち、更に回し蹴りを志狼の腹に向かって叩き込んだ。

グラリと体を傾ける志狼だったが、その表情に苦悶はなく、大して効果がないらしい。

((野郎…ッ))

志狼は主柱を、陽平は箸を投げ捨て、それぞれ…ナイトブレードと獣王式フウガクナイを取り出す。

「!?ちょ」

事態を静観していた何人かはその様を見てギョッとした。

『志狼ッ!!よせ、志狼ッ!!』

『陽平!冷静になれッ!!聞いているのか、陽平!!』

ヴォルネスとクロスの言葉にもまったく耳を貸さない。

志狼の体からは雷のマイトが迸り、陽平は体を影が覆い、シャドウフウガへと変身を遂げる。

(本気だ…ッ!?)

本気で相手を叩き潰そうとしている。第三者からみても明らかな両者の雰囲気。

「やめてえええええッ!!」

エリィの叫びをゴング代わりに、両者が互いに向かって駆ける。

「「あああああああああああああああああッ!!!」」

ナイトブレードと獣王式フウガクナイがぶつかり合う。

その瞬間。


ゴッツ!!!


志狼の頭を剛拳が捉えた。

そのまま床を転がり、気絶する志狼。

「!お、おじ様…!」

志狼を殴り飛ばしたのは、剣十郎だった。エリィに向かって苦笑する剣十郎。

次いでグラリと体を傾けるシャドウフウガ。

シャドウフウガの背後には、手刀を首筋に入れた雅夫の姿があった。

両者は気絶した息子を肩に担いで視線を合わせ…

「「…」」

深いため息を漏らした。





そして、冒頭のシーンに戻る。

原因は既に問題ではなくなっていると見て間違いないだろう。

ここまでくると、単なる意地の張り合いだ。

互いにプライドと信念を持って戦っているだけに、譲れないものがある。

どうしたものか。どう収めたものか考えあぐねている律子に、剣十郎が提案した。

「律子殿。この際、アレをしてみたいと思うのですが…」

「アレ…ああ、この間仰っておられたアレですか」

「おお、アレですか。なるほどなるほど、いいですな」

「「…アレ?」」

嫌な予感を感じて同時に声を発する志狼と陽平。ちらりと互いの顔を見て、同時に顔を背ける。

「ワシと雅夫殿」

「君らの指導を一度だけ交替してみよう、ってな」

「一週間ほど、艦を離れたいと進言していたところだったのだ」

「「な!?」」

あまりにも突拍子もない言葉に、志狼と陽平は口を開けたまま固まった。

(一週間で色々教え込んでみたい、と言っていたけれど)

外へとお互いの父であり、師匠でもある剣十郎と雅夫自身がじっくりと説得を行おうと言うのだろう。

少々趣旨が変わるが、確かにそれが最も効果的かもしれない。

「許可します」

律子の言葉に、志狼と陽平は、今しがた交代した師…

志狼は雅夫を、陽平は剣十郎の顔を見る。

((…と、とんでもないことになっちまった…!?))

背中に冷たいものが走る志狼と陽平だった。






師匠交換
〜意地と、信念と〜







「オヤジ、これ…預かっててくれねぇか?」

「…」

出立前。

志狼が剣十郎に差し出したのは、ナイトブレードだった。

「今の俺には、これを持つ資格がない…」

私欲のために剣を抜いた自分が許せないのだろう。

ヴォルネスも何も言わない。恐らくは彼の考えを尊重しているのだろう。

剣十郎は何も言わずに、それを預かった。

「…」

それを横目で見ていた陽平は、獣王式フウガクナイの柄尻から勾玉を外すと、それを雅夫に預ける。

「真似か?何とも芸がないな」

「なんとでも言え」

からかう様に笑う雅夫に、陽平は顔を背けつつ言った。





「と、言うわけで、やって参りましたキャンプ場でございます〜」

妙にテンションの高い雅夫に、パチパチパチ、と拍手で答えたのは、彼らに同行することになった風魔椿だった。

「なんで椿さんまで…」と漏らした志狼に、「筋肉痛、治療しながらじゃないと」と悪戯っぽく笑う椿。

ヴォルライガーへと合体した反動で、志狼は数日間筋肉痛で動けなくなる。

それでは修行にならない、ということで、幸か不幸か、志狼は彼女のスペシャルマッサージを受けつつ修行することに相成ったのだった。

「さてと、じゃ、早速準備してくるから、借りたコテージでしばらくマッサージでもして待っててくれ」

「は、はい…」

言うや否や、雅夫はシュビッと姿を消す。

(うわぁ…本物の忍者だ)

と、間抜けな感想を抱く志狼。

「じゃ、志狼君こちらへ」

「はぁ」

キャンプ場に連立するコテージの1つに入っていく志狼と椿。

そこで志狼は、ふと感じた疑問を口にする。

「そういえばオヤジ達は?」

「ああ、剣十郎さんたちは私たちと違って海の近くで修行する、とか」

「海?」





志狼達のいるキャンプ場の周辺には森がある。

雅夫はその森を利用して志狼を鍛えようと考えているらしい。

そして剣十郎はというと、そのキャンプ場から少しはなれた場所にある海へと来ていた。

「うむ。潮の香りが清々しいな」

麻袋を担いで深呼吸する剣十郎。黙って後ろを歩いてきた陽平は同じく担いでいる麻袋を下ろすと、ため息をついた。

(一体何やらされんだろう)

それだけが不安で仕方なかった。

志狼の練習風景を見たことがあるだけに不安は加速する一方だ。

「さてと、では始めるか」

「!」

ふと我に返ると、剣十郎は木刀を手に立っていた。

「軽く組み手でもしようか。特にルールはない。君はどんな手を使ってもいい」

「え?」

「鋼糸、くない、忍術…何をしてもかまわんよ」

「…」

これは想像以上にきつい事になりそうだ。

今、剣十郎は組み手、という言葉以外に口にしていない。

何時終わるのか、どうすれば組み手が終了になるのかを提示していないのだ。

食事を取るとも、それどころか今日終わるのかすら疑わしくなる。

体力配分を決めようにも終わりが見えなければ決定しようもない。

「どうしたね?かかってこないならこちらから行かせてもらうよ?」

剣十郎がおもむろに木刀を振るう。

ドッパアアンッ!!

直後、陽平の背後の砂浜が派手に爆発した。

何をしたのかは理解できない。剣圧だけでああなったのか。はたまたマイトを使ったのか。

巻き上げられた砂を被りながら、陽平が理解した事は、

(じっとしてるとマジでヤバイ)

という事だけだ。

「ん?もう一撃いくかね?」

「だーくそッ!!やりゃいいんだろやりゃああッ!!」

なかばヤケクソになって飛び掛る陽平。

「影衣着装はいいのかね」

「!?え、影衣着装ッ!!」

陽平はシャドウフウガへと姿を変えると、鋼糸を剣十郎に巻き付ける。

(どうだッ?)

意外なほどにあっさり鋼糸が剣十郎を捕らえる。

だが一度巻きついてしまえば勝負は決まったも同然だ。

鋼糸は相手がもがけばもがくほど肌に食い込み、肉を引き裂く。

なまじ力が強いだけに剣十郎は脱出不可能と見ていいだろう。

だが。


バチィッ


「あだッ!?」

陽平は指に衝撃を受けて、鋼糸を手放してしまう。

「な、なんだ!?」

突然の事態に剣十郎を見る。すると、その全身を紫電が覆っているのが見える。

(雷結界、ってやつか!?)

体の周りを雷のマイトで覆い、防御する結界術だったか。

御剣流の恐ろしい所は、防御すらも攻撃に繋がっている点だ。

雷結界を最大出力で張り巡らせれば、触れただけで相手は黒焦げの消し炭になる。

今のがもし全力だったら…と想像するだけで背筋が凍る。

「な、ならこれでどうだッ」

懐からクナイを数本取り出し、投げつける。

「ほ」

が、剣十郎はそれらをヒョイヒョイ指に挟んでキャッチすると、シャドウフウガに向かって投げ返した。

「は、速ッ!?」

投げ返されたクナイのスピードは自分のソレに比べはるかに速かった。

間一髪で回避するシャドウフウガ。

クナイはそのまま後方へ飛んでいき、海面に突き刺さった瞬間、大爆発を起こした。

「うぇえ!?」

爆薬を仕込んだ覚えはない。

だが、確かに剣十郎の投げたクナイが、高々と聳え立つ水柱を生み出したのは間違いない。

「くそッ!!ならあッ!!」

印を組み、火遁を発動させる。

「火遁ッ!!豪火球の術ッ!!」

自身の身長とほぼ同等の大きさの巨大な火球が、剣十郎に向かって飛ぶ。

直撃すれば、これまた消し炭になること間違いなしなのだが。

「おお、活きがいいな」

だが剣十郎はカラカラ笑いながら左手でソレを受け止める。

「はぁ!?」

口をあんぐりあけるシャドウフウガ。

そして剣十郎はそのまま豪火球を掴み、握りつぶす。

「ほれ、終わりかね」

「くっ…!!」

「鬼眼とやらはどうした?ワシの動きでも技でもコピーしてみるがよい」

「…ッ!」

固まるシャドウフウガ。

結論から言えば、コピーできない。

というより、コピーしても仕方がない、というべきか。

剣十郎は、技を使ったり、特別な動きをしていない。

投げる、握りつぶす、といった、何気ない動作。

極論を言えば、力で全てを成し遂げている。

(に、逃げたい…!)

正面からやりあっても勝ち目がない。

陽平は早くも半泣きになった。





「くそ…ッ!」

「ほら、どうしたね。もう終わりかい?」

肩で息をする志狼。余裕の雅夫。

対照的な2人は今、森の中で対峙していた。

といっても、剣十郎達のように実践紛いの訓練をしているわけではない。

志狼に課せられた課題はひとつ。『雅夫の下へたどり着くこと』。

(一週間以内にたどり着け、ってことか)

流れる汗を拭う志狼。

目に見える距離にいる雅夫。獣道のようなそこそこ広い一直線の道の先に彼はいた。

彼との距離は、まさに20メートルもないだろう。

だが、その20メートルの間に、これでもかというほど罠が仕掛けられている。

一歩踏み出すと、竹やり付きの落とし穴。

飛び越えるとスイッチが入り、側面から巨木がものすごい勢いで迫ってくる。

それをクリアしても、次々に襲い掛かる無数の吹き矢、ピアノ線、竹槍…

トラップのオンパレードだった。

一度道を外れて森から雅夫を目指そうとしたが、森の中の方がトラップが多く、とてもじゃないが突破できない。

全ての罠を回避なり防御なりして一度発動させ、突破しようとも考えたのだが、

一度発動した罠が、どういう理屈かは分からないが、志狼が突破しようとすると再び発動する。

今分かっているトラップ1つとっても、洒落にならない殺傷力と速度を持っている。

タフネスさが売りの志狼も、アレを数発受けては持たないだろう。

椿のマッサージのおかげで、体が嘘みたいに軽い。

ソレにもかかわらず、目の前のトラップ地獄を前に、志狼はなす術も無く立ち尽くしていた。

「ふむ、そろそろ昼飯にするか」

パチン、と指を鳴らすと、雅夫が立ち上がった。

「ちょ、待ってくださいよっ」

少しでも時間が惜しい志狼は雅夫に食って掛かろうとしたが、

「だめだめ。根をつめすぎるのは君の悪いクセだ」

そう言って、雅夫は体を屈めると、次の瞬間、志狼の隣へと移動する。

「今回は、ワシのペースに付き合ってもらうよ」

ニッ、と笑う雅夫に、志狼は頭をがりがりと掻いて従うよりなかった。





「はぁあああッ、ぜえええええッ、はぁぁああああッ」

砂浜に大の字になって、陽平は大きく呼吸していた。

(は、肺が…パンクする…!!)

大きく息を吸い込みすぎて頭がくらくらする。

結局、一撃も当てることは叶わずに、彼は体力を使い果たして倒れこんでしまった。

「いやはや…久々に面白かった」

わっはっは、と笑いながら剣十郎は言った。

志狼には無い多角からのトリッキーな攻撃に、剣十郎はすっかり機嫌をよくしたらしい。

「ふむ…よし、そろそろ飯にするか」

(食欲ねえよ…っ)

むしろ、吐き気の方が強い。とてもじゃないが、食事をする気にはなれなかった。

「ヘビでも取ってくるか」

「…」

くるりと踵を返して、剣十郎は砂浜を抜け、森の中へと入っていった。

(ひょっとして…この一週間ソレ系の野食を食わされるんだろうか…)

剣十郎の発言に青ざめる陽平。

ふと、以前志狼に、剣十郎は家事全般が壊滅的に出来ない、と聞かされたことがあったのを思い出した。

(俺も料理なんて…というか、そもそも材料がねぇじゃん…)

陽平はさらに食欲が失せていった。





一方の志狼達はと言うと、キャンプ場のコテージに戻ってきていた。

始めは椿が昼ご飯を作ろうとしたのだが、折角なので、と志狼が包丁を握った。

椿の目の前で、志狼は材料を手際よくさばいていく。

雅夫は、そんな2人を寝転びながらのんびりと楽しそうに眺めていた。

「料理人顔負けですね」

感心したように椿が言った。

どちらかというとよくもまぁ、あれだけ運動した後で料理などできるものだと、そちらの方に感心していたりするのだが。

調理する志狼からは、まるで疲労を感じさせない。流石のタフネスぶりだと、椿は思った。

「陽平の奴、大丈夫かなぁ…」

「?」

突然、喧嘩中の相手を気遣い始めた志狼に訝しげな視線を送る椿。

「どういうこと?喧嘩中の相手を心配するなんて」

悪戯っぽく笑いながらいう椿に、半眼になりながら志狼は言った。

「オヤジ、料理なんかできませんよ?」

「…」

目線が泳ぎ、言葉に詰まる椿。

「陽平は…」

「あの馬鹿も料理なんぞできんなぁ」

雅夫から返って来た答えに、志狼はニヤリ、と笑った。

「あーらら。大変だ。一週間生き残れるかなぁ」

対してこちらには、持参した食材がある。数日したら椿が買い出しに行く予定にもなっているので、食事の心配をする必要はなさそうだ。

(うーん…陽平君にとっては地獄の一週間になりそうねぇ…)

心配から言っているわけではなく、同情心から哀れんでいたらしい。

どうにもまだまだケンカの根は深そうである。

(どうする気なのかしら)

雅夫を除き見て、軽くため息をつく椿だった。

「君は、陽平をどう思うね」

「?」

雅夫の突然の質問に、一瞬振り向き、視線を向ける志狼。

「どうって…別に」

「未熟も未熟。憧れが現実になり、少々浮ついておる」

「…」

ムクリと体を起こしながら、雅夫は頭を掻いた。

「主を守るため、命を賭して戦う影の者。忍とはそういうものだ。そこには命のやりとりというものが当然としてある」

椿も頷く。

「命」

「そう。忍であるからには、相手の命をも奪う覚悟で刃を握らねばならない…

 あの馬鹿息子は、頭のどこかで、それを考える事を避けている。まだまだ忍としては未熟も未熟」

「そうでしょうか」

「?」

志狼の言葉に、雅夫は意外そうな表情をした。

「伊達や酔狂…冗談で命のやり取りが出来るとは思えません。 陽平は陽平なりに、ちゃんと考えて…今は獣王式フウガクナイを手にしていると、俺は思います」

「くっ…」

雅夫は腹に手を添えて笑いを堪えた。

「これからケンカの事について説得しようと思っていたのだが…その必要もなかったかな」

「別に、嫌ってるわけじゃありませんから」

苦笑しつつ志狼は言った。

「いっつも向こうから突っかかってくるんスよっ」

苦い顔で志狼はボソッと言った。

椿も雅夫も、苦笑い。傍目から見て言い争いの発端を作る回数はどっこいどっこいといった所だ。

「なんでまたあいつぁ俺に突っかかって来るんだか…」





「出来るのに出来ねーって言われるのって、すげームカつくンすよッ!」

ガブリッとヘビを1カジリ。

剣十郎がなぜああも志狼に絡むのかを聞き始めると、次第に陽平はヒートアップしていき、

あんなに乗り気でなかった蛇にガツガツとかぶりつきはじめた。

「だって、できてるじゃないッスか!守れてるじゃないッスか!なのに俺はまだまだだ、まだまだだって。
 じゃあつい最近戦い方訓練しはじめた俺なんかどうなるんだ!

 ミジンコかってんだ…できねぇ人間からしてみりゃ、行き過ぎた謙遜ってムカつくんだよ…あーくそっ」

なるほど、と納得する剣十郎。

確かに、過度の謙遜は他人にとってみれば、嫌味に映ってしまう事がある。

自分にできないことをあっさりとやってのけた挙げ句に「まだまだだ」、などと言われれば腹が立つのも道理と言える。

しかし。

「君は志狼にとって、自身がそうであると自覚した事はあるのかね?」

「…は?」

陽平は、ぽろっとヘビの刺さった串を危うく落しそうになり、慌てて持ち直した。

「人質を取られたとしよう」

「へ」

「例え話だよ。そして、戦場は街の真っ只中。敵の機動兵器の中に人が閉じ込められている」

「はぁ」

「機動兵器は街を焼き尽くす破壊兵器を今にも発射しそうだ。だが人質救出は困難を極める。

 さて、君ならどうする」

「…ヤな質問の仕方ですね」

そんなとき、自分がどう行動するか、などよく分かっているだろうに。

「迷わず斬りますよ。人質ごと…」

「おっと、ここで敵の解析ができた」

「…?」

眉根を寄せて、口を止める陽平。

「どうやら、人質を無事に救出しつつ、敵を倒せるポイントが割り出せたようだ」

「なんて…」

ご都合主義なシナリオだ、と突っ込もうとして止めた。

いつの間にか、剣十郎の目付きが真剣そのものに変化していたから。

「そのポイントを突くには、非常に緻密かつ、正確な攻撃が必要になる。だがそこを叩けば、人質は助かり、敵も倒せる」

「…志狼なら楽勝だろ」

「できんのだ」

顔を背けて言う陽平に、剣十郎はアッサリと言った。

「…?いや、できるだろ」

「御剣流は、緻密な攻撃に向いていないのだよ。まぁ見ていなさい」


ボッッ!!


剣十郎は掌に、一瞬にして雷孔弾を出現させ、そしてそれを、海に向かって放った。

爆裂雷孔弾はそのまま海に吸い込まれていき…


ドッザアアアアアアアアンッッ!!!


海に巨大な水柱を出現させた。

「…!!」

唖然としてそれを見る陽平。

「鍛えれば鍛えるほどに、破壊力だけが増大していく。今のも、威力を極力絞ったつもりだったのだが」

天へと登った水が、あたり一面にスコールのように降りそそいだ。

全力を出した爆裂雷孔弾がどのような威力になるのか、など想像するに恐ろしい。

「志狼は己を鍛え続ける。大事なモノを守るために。だがそれが、かえって周りを傷つける力にもなりうる」

ふっ、と自嘲の笑みを浮かべる剣十郎。

「針鼠のジレンマ、という奴に似ているな」

「それが、一体…」

「先ほどの状況、君の攻撃技術ならば、攻撃成功の確率は高くなるだろう。だが、君はその方法を探すことを容易く放棄する。それだけの技術があるにも拘らず、だ。それが、志狼の癇に障るのだろう」

「…!」

言われてみて、初めて実感した。

確かに、自分は戦いの折、決着を焦りすぎる傾向にある。

守るべき姫の為とあらば、迷わずに人を斬れる。

そう、彼女の忍となったときに誓いを立てた。

だが…今のたとえ話のように、一瞬でも、少しでも時間を稼げば、戦闘時間が長引けば、打開策が見つかるかもしれない。

確かに、状況にもよる。

短期で決着をつけなければ、大惨事を招きかねない状況ならば…。

しかし、やはり人殺しなど進んでしたいはずなどない。

陽平はそこに、志狼と同様の心の矛盾が発生していることに、指摘されて初めて自覚したのだった。

「君も、君が思っている以上に忍としての技術は高い。だが、足りないものがあるのも事実だ」

ヘビを完食し、手を合わせると串を置き、立ち上がる剣十郎。

「それがなんであるか、理解できたかね?」

「…忍耐力と…体力、ですか」

ニコリ、と笑う剣十郎。

何故、戦闘時にああも早期に決着を望むのか。理由は恐らく単純だ。

本格的に鍛え始めたばかりの『体力』の問題と、他者を傷つけたくない、と言う心が生む『焦り』。

この2つが、クロスフウガの動きをぎこちないものにしている、と陽平は自己分析していた。

「自身を冷静に見つめる事が出来るのは良いことだ。やはり君には戦士としての素養がある」

剣十郎は麻袋を手にすると、手招きした。

「出発しようか」

「え?」

ヘビを食べ終えた陽平は、串をかたずけようとして手を止めた。

てっきり、ずっとこの海辺で修行すると思っていたのだが。

「これから山を目指す」

剣十郎は、遥か遠方に見える山を指差して言った。

「え、ええええ!?」

陽平は素っ頓狂な声を出して立ち上がった。

「あの…ムチャクチャ遠いんですけど…」

山を見て、陽平はボソッと呟いた。

「なに、近くの川を辿っていけば着くそうだ」

(そんな事言われても…)

実際の所、かなりの距離がある。

普通に行けば、どれほど日数が掛かるか分からない。

辿っていけば着くそうだ、とは言っているが、ちょっとやそっとで着くとは剣十郎は一言も言っていない。

しかし、ラストガーディアンから与えられた日数は僅か一週間。

『普通に』向かっていては、当然ながら日数をオーバーするのは間違いない。

つまり、『普通に』はあの山に向かわない、ということだ。

尻込みしている陽平に、剣十郎は向き直り、一言だけ彼に告げた。

「なにか、不満かね…?」

「…ッ!!」

空気の壁みたいなものが、陽平をグググッと強く押す。

陽平は爪先立ちになって仰け反りながら、コレが剣十郎が放った、ただの気迫だと気付いた。

なんとか倒れずに堪えきり、体勢を立て直した彼は、

「な、なんでもありません…」

と、小声で一言搾り出した。





昼食の片づけが一通り済んだ志狼たちは、先ほどのトラップエリアへと再び戻ってきた。

ふとした疑問として、一般人がトラップに引っ掛かったりしないのか、と質問した所、

「その心配は無いよ」

と、あっさり答えが返って来た。

忍術か何かでこの地域に近づけないようにしているのか、見張りでも立てているのか。

その答えの意味するところは分からない。

(まぁ、いいんだけどさ)

それを知っていようといまいと、今自分がしなければならないことは決まっている。

雅夫が心配要らないというのなら、そういった余計な思考は切捨て、今はトラップ攻略を最優先に考える事にする。

そんな志狼を遠めに眺めながら、よっこらしょ、と所定の位置につき、腰掛ける雅夫。

(実際の所、彼の戦闘能力はかなり高い)

自分の知る並みの下忍や中忍などであれば、難なく倒せるだろう。

だが、それは正面から戦ったときに限った結果だ。

実際に戦わせてみれば、志狼は苦も無く倒されてしまうだろう。

志狼に決定的に足りないもの。雅夫が分析した結果、それは即座の状況対応能力。

つまり、

(思考の瞬発力の不足)

隠されたトラップを、どう察知するか。発動した罠を、どう回避するか。または破壊するか。

また、敵の攻撃に対する対応…回避、防御、反撃に置き換えてもいい。

それらを一瞬で思考・判断するスピード。それが志狼には決定的に不足していた。

突然襲い掛かるトラップの数々は、それを鍛える為のものだ。

冷静かつ正確な対処をしなければ、仕掛けたトラップ群を抜けてここまでたどり着く事などできはしない。

雅夫はニヤリ、と笑う。

分かるのだ。

彼の中に眠る、力の片鱗が見える。

あの父親を持つ彼が、その素質を受け継いでいないわけが無い。その力の使い方が分からないだけだ。

そしてそれは、叩けば叩くほどにその姿をのぞかせる。

思考の瞬発力のこと。見え隠れしている力の存在。それらを志狼に直接伝える事を、雅夫はしなかった。

志狼には、言葉が不要だと分かっていたから。

彼は頭で物事を理解するタイプの人間ではない。

何度も反復して、体に記憶させるタイプの人間だ。

言葉で何度言っても理解できない事を、血反吐を吐きながら何度も反復し、思考するまでも無く体が反応できるようにする。

物覚えは陽平に比べて格段に劣る。

だが、事一度体が記憶してしまえば、恐らくは一生忘れることは無いだろう。

(楽しい)

今なら剣十郎の楽しみが理解できる。叩けば叩くほどに、彼の力は覚醒していく。

先にいる者だからこそ見える、彼の中に眠る力。

それらを、早くたたき起こしてやりたい。

(さぁ、徹底的に叩いてみようか)

ふっくっくっく、と喉で笑い始めた雅夫を見て、背筋をゾクリと震わせる志狼。

「あ」

次の瞬間、志狼は横から飛来した鉄球に吹っ飛ばされた。




それから、6日が経った。

「ふぅぅう…」

志狼は服を貫いている飛針を引き抜き、深く息を吐き出した。

(また戻されちまったか)

1つトラップに引っ掛かるたびにスタート地点に戻されるこのトラップ群に辟易する。

目を瞑り、志狼は何やら足でリズムを取り始めた。


タンタンタタタンタンタンタタタン タタタンタタタンタンタンタン♪


(よし、このリズムだ)

志狼は目を開き、一気に駆け出す。

(驚いたな…)

雅夫は志狼の様子を見ながら思った。

(このトラップの正体に気付いていないながらも、そのトラップのリズムに体を慣らして対処し始めるとは)

この5日で、志狼はトラップの8割をクリアしつつあった。

現に今さっき引っ掛かりかけた飛針を紙一重で避け、その先へと身を躍らせている。

この分なら、ギリギリ期日までにトラップ群を抜けられそうだ。





「はぁ、はぁ、はぁ」

陽平は木々の上を駆け抜けながら、背後からの襲撃を巧みに避けていた。

「ほれ、スピードが落ちてきているぞ」

「ぐっ、クソッ」

背後から迫る雷球をクナイを使って撃ち落し、スピードを上げる。

が直後、木刀を振りかざした剣十郎に背後を取られる。


ガッ!!!


「うわ!?」

振り下ろされた木刀を間一髪、獣王式フウガクナイで受け止める陽平。

「くっ」

剣撃の勢いを体を捻り、柳のように受け流すと着地する。

「さて、始めるか」

巨体に似合わずフワリと着地し、木刀を構える剣十郎。

「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ」

浅く呼吸を繰り返し、息を整える陽平。

あれからの6日間、早朝目を覚ましては川沿いを全力疾走しつつ剣十郎の攻撃を避け、追いつかれたら組み手を開始、

体力が切れ、倒れこんだら稽古を終了、就寝、そして早朝からまた全力疾走、という荒修行を繰り返していた。

「だぁあああッ!!」

裂帛の気合と共に、陽平はフウガクナイを振るう。

剣十郎は半身になると、木刀を巧みに操り、陽平の斬撃の軌道を反らせる。

「まだまだあッ!!」

空中で姿勢を制御、剣十郎の懐へと着地すると、下段に回し蹴りを放つ。

「フンッ!」

剣十郎は地面に木刀を付きたて、それを受け止める。

「このッ!」

陽平は即座に跳躍し、踵落しをしかける。

「ふっ」

剣十郎はそれを右手を上げて防ぐと、左手で陽平の足を掴み、

「ぬうんッ!」

川に向かって投げつける。

「うわ!?」


バシャアアンッ!!


空中で姿勢を整える暇もなく、陽平は盛大に水しぶきを上げて川に叩きつけられた。

「くそ…ぉッ」

ヨロヨロと立ち上がる陽平。その視線は獣のように鋭い。

この数日、剣十郎に精神的にも体力的にも追い詰められ、彼は獣性を発揮し始めていた。

「ふふっ」

嬉しそうに笑うと、剣十郎は腕を陽平に向かって掲げ、

「往け」

ちょい、と指を動かした。


ボガアアンッ!


「…!」

何時の間に仕掛けたのか、背後から陽平の頭に爆裂雷孔弾が着弾した。

前のめりに倒れこむ所を寸での所で剣十郎が受け止める。

「今日はこれまで」

「…」

返事を返す余裕は陽平にはなかった。





約束の期日まで後1日。その、最後の夜。

志狼はコテージの外へ出て、手ごろな木から木剣を小刀で作りながら物思いにふけっていた。

「…」

あれから、色々考えた。

命を懸けて、対象を守る。

陽平の信念について、色々と考えた。

(俺は死なない)

命は懸ける。懸けている。

いつも。ナイトブレードを手にしたときから、自分は死と隣り合わせの戦いを潜り抜けてきたのだ。

だから、陽平の言わんとしている事は分かる。共感できる部分もあった。

だが、自分は戦って死ぬ気はない。

(陽平…お前は知らないんだ… 残された者の悲しみって奴を)

戦いに巻き込まれて、母− 美月は死んだ。

その時の喪失感といったら、とても言葉では表現しきれない。

(うぬぼれってわけじゃないけど)

自分が関わってきた人間に対して、自分と同じあの感情を味合わせたくない。

オヤジやおじさん達。同級生達や、仲間たち。それに、エリィに。

(陽平。お前も…翡翠にあんな思いをさせちゃダメなんだ)

翡翠の中で、陽平という存在が、どれだけ大きなものになっているか、彼は分かっているのだろうか。

だからこそ。

(俺は、俺の生き方をお前に見せなきゃいけない)

言葉でどんなにいっても、またこの間のようなことの繰り返しになるのだろう。

言葉でなく、行動でそれを示さねばならない。

生きて、陽平にそれを見せ付けなければならない。

「俺は、俺の生き様を貫いてやる」

出来上がった木剣は、どこまでも真っ直ぐだった。





「今更俺のやり方を変える気はない…」

火の番をしながら呟いた。

剣十郎はああ言ってくれたが、自分は柊や楓に比べ、忍としての経験が圧倒的に少ない。

今まで戦って来られたのも、クロスフウガや、鬼眼の力による所が大きい。

厳密に言えば鬼眼は自分の力と言えなくもないが、半自動的に発動するあたり、完全な自分の力とは言い難い。

極端な話をすれば、父…雅夫がクロスフウガで戦えば、恐らくは鬼神の如き力を発揮するだろう。

それは鬼眼云々以前に、忍としての実力の差によるものだ。

強く…

強くならねば。

自身が今より強くなるには、どうすればよいか?

決まっている。

命がけで修行し、命がけで実戦を積めばいい。

生半可な事では、仲間達や、父に追い付けない。


『あんな小さな子に一個人の命背負わせる気か!!』


志狼の言うことも最もだ。

だが今の自分の実力では、姫を守るどころか、それ以前に自分の命すら守れない。

(俺は、俺のやり方を貫く)

他人に何を言われようと、彼はやり方を変える気はなかった。

ついこの間まで、普通に学生生活を送っていた自分が今日まで戦い抜いて来られたのは、

命を賭けた戦いや修行があったからだ、という強い自負がある。

「負けねぇぞ…!」

誰か何かを言われたくらいで行く道を変えるくらいなら、

獣王式フウガクナイを持つことの意味を知ったときにでも、それを捨てている。

「俺は…俺のやり方で翡翠を守り抜いて見せる…!」

陽平は、澄んだ夜空に浮かぶ満月を見上げて呟いた。






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