「…」

剣十郎は無数の石柱に囲まれていた。

組手が始まって早々に、陽平が土遁で出現させたものだ。

彼はというと、土遁発動と同時に、身を隠していた。

視界が悪い上に、気配を巧妙に消していて、剣十郎にも察知することができない。

(たいしたものだ)

陽平は、気配を完全には消していない。

完全に気配を消してしまっては、むしろこの自然の空間に、人一人分、気配の不自然な空白が出来てしまう。

気配を消すのではなく、気配をあえて僅かに残し、自然に溶けこませる。

無機質な街中と違い、生命力あふれるこの自然の中では、むしろその方が違和感なく気配を消すことができる。

(石柱を吹き飛ばすことは容易いが…)

何を仕掛けてくるか、非常に興味がある。

剣十郎は何があっても対処できるよう、自然体で待ち構える。

「…」

待つ。

…が。

(仕掛けてこない、か)

静かだ。

木々のざわめきや、川のせせらぎしか聞こえない。

石柱の間を抜けてきた爽やかな風が、剣十郎の頬を撫でる。

目を閉じて、その風を身に受ける。

組手中でもなければ、このまま森林浴でもしたいところだ。

(!…この、風?)

奇妙な違和感を感じた。

幼少期を自然の中で過ごした剣十郎は、それを敏感に感じ取った。

何やら、人工的な何かを感じた。

まるで…

(忍術!)

剣十郎は目を見開き、風の流れてくる方向を睨みつける。

「だああああああッ!!!」

風を纏ったシャドウフウガが、眼前に迫っていた。

「ぬう!?」

とっさに、振り下ろされた獣王式フウガクナイを木刀で受け止める。


ガッッ!!


「ほう…!」

陽平らしからぬ力押しに驚く剣十郎。

慣れない忍術上乗せをしたせいか、陽平―シャドウフウガの全身が切り裂け、出血している。

が、彼の勢いはそこで止まらなかった。

「いけええええぇッ!」

全身に纏っていた風を、全て獣王式フウガクナイに収束し、斬撃の威力を倍加させる。

「こ、これは!」


ザシュッ!!


木刀を切り裂き、シャドウフウガは剣十郎の後方へ勢いよく突き抜け、バランスを崩して倒れこんだ。

「くそっ!浅いッ!」

斬撃は木刀を切り裂くに止まり、剣十郎には届いていない。

すぐさま追撃をかけるべく構えるシャドウフウガ。

が、

「合格!!」

「へ?」

剣十郎の台詞を前に、間抜けな声を上げ、固まった。

「見事な斬撃だった!驚いたよ!」

「え、でも…」

剣十郎には傷らしきものなど見当たらない。

「当たったんスカ?今の…」

「うむ!」

「どこに?」

ちょい、と、剣十郎はヒゲを指差した。

「綺麗に切り揃ったわ。見事見事!」

ゴワッハッハ!と豪快に笑う剣十郎。

(…まさか)

どうやら斬撃が当たるあの瞬間、剣十郎は獣王式フウガクナイの切っ先に顔を近づけ、ヒゲを任意に切り揃えたらしい。

風遁による斬撃範囲も見切った上で、だ。

「…」


グラ… ドサッ!


影衣を解除し、陽平はその場に倒れこんだ。

(ば、バケモンか…!)

渾身の一撃が、ヒゲソリ代わりにされるとは。

陽平は堪えきれずに目の幅涙を流した。

しかし、彼は知らなかった。

志狼は剣十郎に、産まれてこの方、一撃も入れたことがない事を。

(驚いたわ…!)

『カミソリ負け』を起こして軽く出血した唇に触れながら、剣十郎は笑っていた。

「さてと、では帰るか」

「で、でもここ…どこなんスカ?」

剣十郎迎撃に夢中で、現在位置が全く分からない。

山を目指して川を進んでいたはずだが…

「どこって…キャンプ場の周囲をグルグル回っていただけだが?」

「え”」

上体を起こし、あんぐりと口をあけて絶句する陽平。

「や、山に向かうって言ってたのは…」

「方便だ。目標を遠くへ設定することで、精神を鍛えようと思ってな」

「…」

追い込んで追い込んで追い込みぬいて、精神的な耐久力まで鍛えようとしていたらしい。

後で知ったことだが、川はキャンプ場をグルリと囲むように円形に流れている。

地理を把握していなかったこと。迎撃に夢中で川の流れを見ていなかったことが災いしたらしい。

「忍者たるもの、現在位置を知る術くらいは学んでおかねばな!」

(そ、そんな余裕あるもんか…!)

ガッハッハ、と笑いながら言う剣十郎に、今度こそ陽平は倒れこんだ。





志狼は昨晩作った木剣を抜き放ったまま深呼吸を繰り返し、空を仰ぎ見ている。

(相変わらず、凄い集中力だな)

と、雅夫は思った。

今、志狼は『集中すること』に全神経を集中させている。

どちらかと言うと、周囲の気配を察知することに長けた陽平とは正反対に、

その集中力の高さから、彼は一対一の戦いには無類の強さを発揮するタイプだ。

ゆえに、攻撃を受けつつ一体ずつ撃破、というスタイルにならざるをえない。

だが、それではこの罠群を突破することは決してできない。

一つ罠が作動するころには、次の罠が発動しているからだ。

(それを鍛えるための仕掛けだからね…さて、今日中にクリア出来るかな…?)

不安半分、期待半分といった笑みで、雅夫は志狼を見守る。

志狼は深呼吸を止め、集中力を極限まで高め…


ギラリ


雅夫を睨みつける。

「!」


ドンッ!!


一気に飛び出した。

落とし穴を飛び越え、竹槍を掴み取り、ピアノ線を切り裂き、弧を描いて迫る大木を殴り返し、粉砕する。

志狼が、間近に迫っていた。

「ほう…」

彼の動きがここ数日間の中でも特に鋭い。

体捌きだけではない。

視線や、その他の五感による感覚を最大限に研ぎ澄ませている。

志狼は第六感が無いに等しい。

気配を消して背後から襲われたら、あっさり殺されてしまう。

この罠に置き換えても、突然の罠。背後からの罠を喰らえば、いとも簡単に致命傷を負ってしまうだろう。

本人にも自覚があるのだろう。だからこそ。

視線を忙しなく動かす事で死角をなくし、さらに嗅覚、聴覚をフル動員し、僅かな匂い、空気の流れ、音。

それらを全力全開で捕らえる事で、罠の存在を看破しているのだ。

その上。

「ははっ、やはり、君は最高だよ」

雅夫は不敵な笑みで志狼を見る。

殺気や、怒気とも違う、獣性を帯びた闘志。視線の中央には、常に雅夫がいる。

(スカしてられるのも今のうちだッ!)

(見てろ、必ずそこへ辿り着いてやるッ!)

あの父親譲りのおっかない視線が、雄弁にそう語っている。


ドガアッ!!


雅夫の顔の直ぐ横を、志狼が殴り返したドッヂボール大の鉄球が通過する。

「ちょっとビックリ」

頬がチリチリする。若干の雷を孕んでいたらしい。

「がああああああああああああああッ!!」

獣じみた咆哮を上げ、更に加速する志狼。

(陽平やクロスフウガが、スマートに見えるなこりゃ…!)

木剣を巧に振り回し、飛針を1つ残らず叩き落す様を見ていると、そんな印象すら抱いてしまう。

『人間大の獣王』。後で表彰してやろうか、と真剣に悩んでしまった。

だが。

「これはどうする?」

「!?」

目の前に、限りなく球体に近い形を取った巨石が落ちてくる。

「で、でかッ!?」

流石の志狼も怯んだ。

忍術で作り出したのだろうか。直径5mはありそうな、巨大な岩石。

それが、徐々に勢いをつけて転がりながら迫ってくる。

「さぁ、どうする」

ニヤニヤと笑う雅夫。

スタート地点は安全に設定されている。今までの経験上それは間違いない。

また最初からやり直すか。

最終的に、この罠がまた待ち構えている。その上、この後まだ罠が無いとも限らない。

対抗策を練ってから、また再スタートを切るか。

(回避は出来ない)

岩は雅夫までの道ギリギリの幅だ。

森の中を行けば、道以上の過酷な罠が待っている。踏み込むのは得策ではない。

岩が迫る。距離を置けば、岩の勢いはさらに倍増していく。

深く考えている時間は無い。

(なら…ッ!!)

いっそ。

脱力し、足にマイトを収束させる。

「行くぜ」

俊足。

岩の前に躍り出ると、脱力していた筋力を引き絞り、木剣を腰ダメに構え…

「雷鳴刃」

引き絞った力を、弓のように放つ。

真っ向から、激突する岩と剣。


ダガアアアアアアアアアアアンッッ!!!!


岩は、木剣にその中心を貫かれ、木っ端微塵に四散する。

マイトを孕んだ木剣は、鋼鉄にも勝る切れ味と硬度を持つ。

志狼は勢いをそのままに、雅夫に迫る。

(くるか)

今の志狼の状態を例えるならば、『バーサーカー』、と言ったところだろう。

トラップ群を抜けてきたと言うのに、『戦闘モード』を解除していない。

僅かに腰を浮かせた雅夫だったが、

「!」

目の前で、志狼が技の勢いを止める。

雅夫との距離は、1メートル。

志狼は、完全にその場に留まる。

そして、木剣を振り上げると、何も無い空間に向かって剣を振り下ろした。


斬ッ!!


何も無いはずのその空間に、切れ目が入る。

透明の…ガラスだった。

岩を粉砕した時の粉塵に紛れて用意したのか。

調子に乗って勢いよく突っ込んでくれば、ビッタリとガラスにマヌケな顔を貼り付ける羽目になっていた。

「冷静だねぇ。うん、結構結構」

くっくっく、と笑いを堪えている雅夫。

悪ふざけで彼が用意したものだろう。腰を浮かせたのも、単なるフリだ。

岩のトラップを突破して、勢いに任せていたら。

頭が冷えていなければ、見破る事は困難だっただろう。

斬り裂いた強化ガラスを踏み越えて、志狼は雅夫の下へと辿り着いた。

「合格!」

その言葉と同時に、ドッと全身から汗が噴出した。

「はぁーッ、はぁーッ、はぁーッ、はぁーッ!」

「種明かし、する?」

「?」

「罠作動のさ」

剣を支えに寄りかかる志狼に、雅夫が言った。

「椿さん」

「!」

「…が、仕掛けを作動させてたんですよね。全部が全部じゃないけど」

少し驚いた表情を見せて、雅夫が頷いた。

「知ってたのかい?」

「今日、途中で気付きました」

五感をフル稼働させた際に、木々を飛び回る椿に気付いた。

今まで志狼が合わせていたタイミングは、椿の攻撃のタイミングだった、と言うわけだ。

「一般人が引っ掛からない、って、どういうことなのかなーって考えてたら、あ、そうか…って」

椿が仕掛けた罠を始動キーとしている為、自動で作動する罠には一般人が引っ掛かる道理が無い。

つまり、一般人には無害。

そういうことだ。

会話の端々に、雅夫もさり気なくヒントを含ませていたのだ。

「岩壊した時に、木の上から最後のガラスの仕掛けを教えてくれたの、椿さんですよ」

「なぁんだ、そういうこと」

つまらん、と唇を尖らせている雅夫を見て、志狼はため息交じりに苦笑いした。

志狼は、ご褒美です、とこっそり声に出さず唇の動きだけで罠の存在を教えてくれた椿に感謝した。

あるいは、雅夫はその一時始終に気付いていたかもしれないが。

なんにしろ、視野を広く持ち、冷静でなければ気付かない事ばかりだ。

勢いだけで突っ込むだけでは勝てる戦も勝てなくなる。

志狼はこの修行を通じてそれを強く思い知った。

木剣から離れて、頭を下げる。

「ありがとうございました」

頭を下げる志狼に、雅夫が悪戯っぽく笑いかけた。

「…で、終わりと思う所がまだ未熟」

「え”」


ガサッ


真上から物音がした。咄嗟に直上を仰ぎ見る志狼。

「!?」

そこには、視界一杯に、お尻が見えた。

椿だった。

「うぶっ」

「あんv」

落ちてきた椿を支えきれず、顔をお尻に埋めたまま倒れこむ志狼。

「…椿?打ち合わせでは、後ろから脅かすだけだったよね?」

「目測を見誤りました」

本当かよ。

楽しそうな椿の表情を見て、誰もがそんな感想を抱いた。

「やれやれ、それにしても志狼君は色も修行しないとなぁ」

「…」

無言で倒れたまま動かない志狼だった。





後片付けを終わらせた志狼たちがコテージに戻ってくると、

そこにはボロボロの身なりの陽平と剣十郎が立っていた。

「おお、何とも酷いなりだな息子よ」

大仰に身振り手振りを加えながら、雅夫がからかう様に言った。

「ほっとけ…!」

「!」

ギロリ、と睨みつける陽平。

(…なんか目付き悪くなった…?)

元々天使の眼差し、というわけではなかったが、たった数日でよくもまぁ、というほど、陽平の目付きが変わっていた。

どこか獣を思わせる野性的な目。

「…お前、それでは姫が泣くぞ」

「げ、マジ?」

ピシャリ、と顔を叩きながら陽平は慌てるが、目付きはそんなことでは変わらない。

やれやれ、と呟く雅夫。

野性的な目も結構だが、それを一時的にでも引っ込められないようでは未熟もいい所だ。

が、雅夫の表情は何とも複雑な笑顔だった。

一方の御剣親子は。

「随分としごかれた様だな」

「まぁな」

苦笑する息子に、剣十郎は違和感を感じる。

鬼気迫る気配が無くなったというか、肩の力が抜けた、というか。

どんな内容の修行だったかは知らないが、獣性まで抜けてはいまいか。

腰の木刀に手を添える剣十郎。

「なんだ、まさか物騒なこと考えてないだろうな」

「!」

気付くと、志狼は剣十郎から少し距離を取り、さり気な木剣に手をかけている。

顔は飄々としつつも、目が笑っていない。

まるで、普段の雅夫がそうしているように。

「疲れてるんだから、カンベンしてくれよ」

「ふん。よかろう」

木刀から手を離す剣十郎。志狼はようやく警戒を解いた。

(予想以上に、相性がよかったようだな)

剣十郎と陽平。雅夫と志狼。

性格的にも、内容的にも、剣十郎が想像していた以上に互いの相性がよかったらしい。

剣十郎は満足げに頷いた。

そして、今回の修行の趣旨であった、志狼と陽平はというと。

「どうした。ボロボロじゃねぇか」

「テメェが言えた事か」

「へッ」

「ケッ」

あまり変わっていないように思える。

ため息を漏らす保護者の三人だった。


ゴゴゴゴゴゴ…


「「!?」」

突然、地面が激しく揺れ始める。

「な、なんだ!?」

「地震!?」

狼狽する志狼と陽平を他所に、剣十郎や雅夫はそんな素振りも見せない。

剣十郎は地面に手をつき、目を閉じる。

「震源が近いな。それに、自然なものでもない」

「…これはまずいなぁ」

「雅夫様…?」

何かが『見えた』のか。雅夫が呟いた。

「本部に連絡しないと。流石にアレはまずい」


バギギギィッ!!


キャンプ場に程近い場所、地面が真っ二つに裂ける。

そこから、巨大な怪獣が姿を現した。

「あ、アレはッ!?」

陽平の目に飛び込んできたものは、

以前、竜斗…ロードエスペリオンと共に相対し、苦戦した事がある怪獣だった。

「知り合いか?」

「ふざけた事言ってる場合かッ!!」

志狼の言葉に噛み付きながら、陽平は雅夫に向かって手を伸ばした。

「勾玉ッ!」

「今のお前なら、これが相応しいと自分で思ったのか?」

「!」

「力の切っ先を、見失わないか?」

掌に勾玉を乗せて見せる雅夫の言葉に、一瞬思考する陽平だったが、

「知るかッ!!そん時ぁそん時考えるッ!!」

雅夫の掌から勾玉を乱暴に取り上げると、獣王式フウガクナイの柄尻にはめ込む。

「…」

そんな様子を隣で見ながら、志狼は静かに待った。

父の判断を。

「志狼」

剣十郎は志狼に、ナイトブレードを差し出した。

「二度目は無いぞ」

「ああ」

志狼はナイトブレードを受け取り、そして抜き放った。

「行くぜッ!!」

志狼はナイトブレードを、陽平は獣王式フウガクナイを掲げる。

「出ろッ!!ヴォルネスッ」

「風雅流忍巨兵之術っ!」

「「おおおおおッ!!」」

同時に、剣士ヴォルネスと忍者クロスが出現する。そしてそのまま

「雷獣合体ッ!!」

「風雅流奥義之壱、三位一体っ!!」

『「ヴォルッライッガアアアアアアアアアアアッ!!!」』

「「獣王式忍者合体…クロスッ!フウガァァァッッ!!」」

2体の巨人が、姿を現した。

「…」

志狼は自ら仕掛けずに、まずは怪獣を観察する。

怪獣はヴォルライガーに接近し、腕を振り上げ、攻撃を仕掛ける。

『来るぞ、志狼!!』

「慌てるな、ヴォルライガー」

が、志狼は冷静にそれを回避する。

(遅い。移動も、攻撃も)

一旦距離をおき、相手に対して半身になり、姿勢を若干沈める。

対して怪獣は更にヴォルライガーに接近し、腕を振り上げた。

回避と同時に距離を置く。

すると、怪獣は更に距離を詰めるために鈍重に駆ける。

(こいつ、能力らしい能力がない?)

知恵らしい知恵もないのが見て取れる。

本能で戦っていて、仮に遠距離攻撃能力を持っているのならば、距離を置けば間違いなくそれを使ってくる。

だが怪獣はがむしゃらに接近して攻撃を繰り出すだけで、光線や気弾の類の遠距離攻撃を仕掛けてこない。

つまり、遠距離攻撃能力をこいつは持っていない。

空を飛んで様子を伺っているクロスフウガに一切攻撃を仕掛けないことで、それは確実な事実となった。

(それにしちゃ妙だ)

接近戦専用というには、動きが鈍過ぎる。

仮に一撃の威力が高くても、当らなければ意味が無い。雷墜牙などがその典型的な例だ。

(と、すると…)

何かしら、それ以外の特殊な能力を持っていると見て間違いない。

クロスフウガが何も攻撃行動を行なわないところを見ると、その『それ以外の特殊能力』を警戒しているのだろうか。

「ってッ!テメェ!!何時まで高みの見物決め込んでやがる!!」

「うるせぇ。そのまま攻撃するなよ?志狼」

「ああ?」

あくまでケンカ腰の2人を見かねて、クロスフウガが発言する。

「志狼。その敵は、こちらの攻撃をコピーして使ってくる。生半可な攻撃は、繰り出すだけ相手をパワーアップさせるだけだ」

「マジか、クロスフウガ」

「ああ。以前裂岩を使用したときには、私と同様の翼を生やした」

なるほど、と納得する志狼。

つまり、攻撃を受けきる大きな器と、それに付随する再生能力を持っているということか。

おまけに裂岩を投げつけただけで翼を生やした、ということは、技の本質までコピーすると言うことだ。

威力を絞った爆裂雷孔弾を使っても、向こうは最大威力の一個玉を使用したり、

無数の弾を均等威力で使用したりできるようになるのだろう。

つまり、この怪獣の攻略方法は。

「「同時攻撃、一撃必殺だッ!!」」

志狼と陽平は同時に叫んだ。

(攻略法が一致した…?)

クロスフウガは驚いた。

自分は志狼に、攻略法まで教えていない。

以前同様の怪獣を倒した時には、ロードエスペリオンとの合体技を持って怪獣の再生許容を超えることで撃破したのだが、まさか志狼が同じ策を提案してくるとは思わなかった。

『訓練の成果なのか…?』

ヴォルライガーも驚きを隠せないでいる。

「ボーっとすんなヴォルライガー!!」

「いくぜクロスフウガッ!!」

「『りょ、了解っ』」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

志狼は全身のマイトを燃焼し始める。

「行くぞクロスフウガ!!フウガパニッシャーだッ!!」

「おうッ!!」

クロスフウガの武装の中で、トップクラスの威力を誇るフウガパニッシャー。

一撃で仕留めるには、この技を置いて他には無い。

「雷遁、解放ッ!!」

陽平は雷遁を解放し、胸部で圧縮し始める。

「雷遁!?陽平、しかしこれは!」

術を圧縮して一気に撃ち出す、この兵装の唯一の弱点。

雷遁に対してのみ、自身の装甲が持たずに融解してしまう事だった。

「いいんだよこれでッ!あの馬鹿に合わせろッ!!!」

「!」

「一発で決めるぞ!!」

目の前のヴォルライガーは、ライガーブレードを腰ダメに構え、全身全霊で高めたマイトを全てその剣に集中し始めている。

「雷墜牙…!?」

向こうもそのつもりなのか。

一撃で全マイトを消費するあの技を使うということは、志狼も一撃で勝負を決めるつもりのようだ。

敵があれだけ鈍重であれば、スピードを犠牲にする雷墜牙であってもそれを決める事も可能だ。

「下手打つなよ!モヤシ忍者!!」

「てぇめぇと一緒にすんな!!木偶ナイト!!」

発言が終わるか終わらないか、というタイミングで弾かれるように飛び出すヴォルライガー。

愚鈍に突っ込んでくる怪獣に対し、容易く懐に潜り込み、ブレードを振りかぶる志狼。

「いけえええええええッ!!!!」

「フウガパニッシャァァァァァァァア!!!!」

獅子の口部を溶け落ちさせながら、獅子の咆哮がほぼ同時に発射される。

そのまま超エネルギーの奔流は、ライガーブレードへと迫る。

エネルギーはブレード峰部分を押し出し、剣速を加速させると同時に、雷は斬撃の威力を2倍、3倍、それ以上へと押し上げる。

「喰らえええええええええええええッ」


ドンッ!!!!!


成す術もなく、怪獣は袈裟切りに切り裂かれる。

泣き別れした上半身、下半身が、静かに大地へと崩れ落ちていく。

「っしゃあああああッ!!」

志狼と陽平が同時に叫び声を上げる。

切り裂いた。

後は内部に置いてきた雷墜牙、フウガパニッシャーという、現在二人が出しえる最大最強の一撃の全エネルギーが、内側から怪獣を崩壊させて終わりだ。

『!ま、まだだ志狼!!奴の生命反応は消えていない!!』

「な!?」

ヴォルライガーの叫びの直後だった。

斬り飛ばされた怪獣の上半身と下半身に変化が現れる。

「!!陽平!!」

「嘘だろ!?」

怪獣の上半身から下半身が、下半身から上半身が急速再生されていく。

完全にエネルギー許容量を越える攻撃を繰り出したはずだったのに、よもや敵の数を増やす羽目になろうとは。

(…改良型か!)

わざわざ再び送り込んでくるのだ。その可能性は高い。

(まだまだ読みが甘いな俺は、クソッ!!)

「馬鹿野郎ッ距離取れ!!!」

「!」

目の前に、二体の内一体の怪獣が迫っていた。

「…拙いッ!!?」

相変わらずの鈍重な動きだが、その爪が剣のような形状に変化している。

間一髪、全力で回避行動を取るヴォルライガー。

ただの爪ならば何の問題ない。その爪が、強烈な紫電を発してさえいなければ。

「陽平ッ!」

「くッ!!」

クロスフウガの言葉に弾かれるように上空へと逃れる陽平。

直下を、雷の圧縮エネルギーが通り過ぎる。

「雷遁の…フウガパニッシャー!」

「厄介な物を盗られちまったな…ッ!!」

後方の怪獣の胸部に出現した口部から、怪獣はフウガパニッシャーを発射できるようになってしまったらしい。

怪獣はフウガパニッシャーが外れたと見るや、すぐさまエネルギーを収束し、再び発射体制をとる。

「クソッ!!」

もう一体の雷墜牙と違い、飛んでいれば安全、というわけではないフウガパニッシャーの連発に思わず舌打ちする陽平。

(雷遁のフウガパニッシャーの連発に耐えられるっつーのか、あの怪獣野郎はッ!)

獅子の顔が溶け落ち、既にフウガパニッシャーを発射する事が出来ないクロスフウガに比べて、あの怪獣のなんと規格外な事か。


モヤシ


「…」

志狼の言葉が脳裏に浮かぶ。

「おい、木偶ナイト」

「ああ!?何だモヤシ忍者!」

怪獣との間に慎重に距離を取っている志狼に、陽平は尋ねる。

本能で戦っている怪獣相手だ。大声で遠慮なく。

「正直に答えろ!どんだけ余力が残ってる」

「今なら眠気でもお前に負ける気がしないぜ」

「…いーや、俺の勝ちだね」

眠い。疲れた。腹が減った。しんどい。

何せ二人とも、修業あけ直後なのだ。

目を瞑れば、戦闘中でも寝れそうだ。

だが。

「ッ!!陽平!!」

「チッしまったッ!!」

一瞬意識が遠退き、油断した瞬間、眼前に雷遁のフウガパニッシャーが迫る。


バシュウウウウウウッ!!!


「…ッ!!ぐあっ!!」

「くうぅぅぅぅッ!!!」

直撃の瞬間、雷遁のフウガパニッシャーの軌道が僅かに反れ、クロスフウガの左肩を強かに撃ち、たまらずに背中から地面に墜落した。

しかし。

「…!?なんだ?」

相当のダメージを覚悟していたクロスフウガは、予想以上に被害が少ない自らの体の状態をいぶかしんだ。

(…水遁…の術?)

クロスフウガは装甲の表面に、薄く、しかし勢いのある水の膜が展開されているのを感じた。

(陽平…水の流れに雷遁を乗せて、軌道を僅かに逸らしたのか!?)

術を瞬時に発動して、被害を最小限度に食い止める。

今までの陽平の戦い方とは、何かが違う。

「…だ、お…はい…」

「…陽平?どうした」

打ち所が悪かったのだろうか。

何やら物々と呟きながら、陽平はゆらりと身を起こす。

「まだ…お…はい…る」

「よ、陽平?」

恐る恐る尋ねるクロスフウガに、陽平は答えない。

代わりに。

(…力が、満ちてくる…!?)

クロスフウガは、全身に力が満ち満ちてくるのを感じていた。

「まだ…俺は、生きている…!!」

大地を踏みしめ、獣のような鋭い眼光が、怪獣を射抜く。

「生きているってことは…!!」

弾かれるように飛び出すクロスフウガ。

吐き出されたフウガパニッシャーを、体をひねる事で紙一重でかわす。

「戦えるって事だぁぁぁぁッ!!」

勢いをそのままに、拳を怪獣の顔面に向かって叩きつける。

悲鳴をあげて、怪獣は吹き飛んでいく。

「へっ、やるじゃねぇか」

雷墜牙をかわしながら、一部始終を見ていた志狼はニヤリと笑う。

「テメェも…!!」

志狼も同様に、右手にありったけの力を込める。

振り下ろされた雷墜牙の軌道を完全に見切り、拳を怪獣の顔面に叩きつける。

「何時までも調子に乗ってるんじゃねぇぇぇえッ!!!!」

片方の怪獣同様、悲鳴をあげて吹き飛ぶ怪獣。

「へっ!」

「ざまぁみやがれッ!!」

この程度の疲労が何だ。この程度の苦境が何だというのだ。

「「この一週間の方が、よっぽど地獄だったわボケがあああああ」」

「『…』」

志狼と陽平の痛切な叫びに、ヴォルライガーもクロスフウガも、人間であれば涙を流していたかもしれない。

「おらッ!!さっさと片付けて帰って寝るぞヴォルライガー!!」

『お、おう…』

自分は睡眠を必要としないのだが、思わず勢いで同意してしまうヴォルライガー。

「まともな飯がくいてえッ!!クソッ!!ああークソッ!!もー帰ったら食堂のメニュー片っ端から食ってやるッ!!!」

「…程々にな、陽平」

他にかける言葉が見つからない。気の毒そうに生返事を返すクロスフウガ。

「具体的には、どうする気だ、二人とも」

『策はあるのか』

「ぶった斬る!!」

「ありったけでぶっ飛ばす!!」

有無を言わさず言い切る二人に、呆れ果てると同時に、何か今までと違う力の脈動を感じるクロスフウガとヴォルライガー。

キレているわけではない。

口で言うほど策が無いわけでもないらしい。

(勝てるのか?)

勝算があって、『帰る』と口にしているのだろうか。

「行くぜ、『志狼』」

「あっちは任せたぞ、『陽平』」

同時に駆け出す二人。

何を示し合わせたわけでもなく、二人は互いに標的に向かって剣を、刀を構える。

志狼は、フウガパニッシャーをコピーした怪獣に。

陽平は、雷墜牙をコピーした怪獣に。

「ヘッ!ようは、さっきと同じ事をやりゃあいいのよ…!」

『なんだと…?!』

そのまま突っ込むわけではなく、ゆっくりと足に雷のマイトを流し込み、脱力する志狼。

『雷鳴刃か…しかし』

「ああ、タイミングはかなりシビアだな」

雷遁のフウガパニッシャーが発射されたと同時に、胸部の口に雷鳴刃を叩き込み、全てのエネルギーを炸裂させる。

『奴の再生力は並ではないぞ。倒しきれるか?』

「無限に再生するわけじゃねぇ。見ろ、あいつの胸ンとこの口」

『…!なるほど』

よく見れば、胸部の口が融解を始めている。

雷遁のフウガパニッシャーを連発して、損傷を追わないはずもなし。

そして、生物であれば、生命力に限界が無いはずも無い。

あれだけの攻撃を、馬鹿の一つ覚えで繰り出し続けているのだ。

再生にまわせるだけのエネルギーも、既にほとんど残っていないはずだ。

「癪だがな…」

雷エネルギーを融合爆発させるくらいしか、残されている手段は無い。

雷墜牙を放った今、志狼自身のマイトはほぼ枯渇している。

膝は震えているし、今にも倒れそうだ。

だが。

(負けらんねえ…!!)

どんなにみっともなくとも、ここで膝を付くわけには、断じて行かない。

「行くぜヴォルライガー…!!」

『ああ…何時でも良いぞ、志狼…!!』

傍から見れば隙だらけの雷鳴刃の構え。

しかし、志狼とヴォルライガーの集中力と、蓄えた瞬発力は、怪獣のフウガパニッシャーに十分反応できるはず。

怪獣が、胸部にエネルギーを収束し始める。

「…霞斬りより、強く…」

『鋭く…』

ステップを踏む。

右、左、右、左…

そして、エネルギーを放つ、その瞬間。

「『速くッ!!!』」

一瞬で間合いを詰め、突きの体勢、腰ダメにライガーブレードを構える。

「『いけえええええええええええええええええええええええええええッ!!!!』」

ありったけの力を込め、雷のパイルバンカーを怪獣の胸部に叩き付ける。


ダガアアアアアアアアアアアアッ!!!!


タイミングは…

寸分、狂い無し。

怪獣の内部で、エネルギーは融合し、反発し、爆裂した。

「…霧爪雷鳴刃」

『我が剣に、斬れぬ物なし…ッ!!』





「土遁ッ!!石柱森之術ッ!!」

陽平は印を組むと、土遁で石の柱を出現させ、怪獣を取り囲む。

修業の最後。

剣十郎から、辛くも1本取った、あの戦法。

「一撃必殺…!!」

石柱を右へ左へ駆け上り、怪獣の直上へと飛び上がると、斬影刀を逆手に持ち、振りかぶる。

あまりの速度にクロスフウガを見失い、キョロキョロと間抜けに周りを見渡す怪獣を眼下に捉える。

雷墜牙をコピーしたあの怪獣は、言わば仮想志狼だ。

(負けるわけには、絶対行かないッ!!!)

一撃で決めなければ、雷墜牙による反撃を受ける。

逆を言えば、あれほど雷墜牙を連発している今の怪獣ならば、一定量の攻撃力を叩き込めば、一人でも必ず倒しきれる。

「クロスフウガ…力を貸せッ!!」

「陽平…」

「一瞬でいい…!!」

風遁を全身にまとい、最大加速で怪獣に向かって飛び込む。

霞斬りよりも速く、そして、雷墜牙よりも、強く。

「一瞬でいいッ!!ヴォルライガーの攻撃力をッ超えろッ!!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

音速を超え、巨大な弾丸と化したクロスフウガが、斬影刀に全ての力を注ぎ込む。

「「迅雷ッ疾風斬りィィィィッ!!!」」


ザンッ!!!


反応すら出来ずに棒立ちになっていた怪獣を、頭上から真っ二つに切り裂く。

「…成敗ッ!!」

二体の怪獣が、エネルギーの炸裂に耐え切れず、爆裂四散するのと、あまりの風圧に耐え切れずに細切れになって消滅するのは、ほぼ同時だった。

「「…お、終わった…」」

『し、志狼!?』

「陽平!しっかりしろ!」

「「…もー無理」」

そして、力尽きて二人が倒れこむのも、ほぼ同時だった。





「「ご愁傷様でした」」

「「…」」

死んでねぇよ。

食堂のテーブルに向かい合って手を合わせているエリィに、すかさず突っ込みを入れたかったが、

隣でエリィの真似をして、喜々と手を合わせている翡翠を気にして言葉をぐっと飲み込む両者。

恐らくは計算だろう。そこが更に腹が立つ。

「しっかしまぁ、自業自得だよね」

「…」

からからと笑う風魔 柊に、同意とばかりに目を瞑る風魔 楓。

先日帰ってきたと同時に、即刻医務室送りとなった2人。

志狼は両足の筋肉が切れ、歩くのもやっと。加えて右手が骨折しているので三角巾で腕を吊っている。

陽平は全身これでもかと言うほどに裂傷を負い、包帯とシップだらけになっている。

「瀕死の重傷だって聞いてびっくりしたよ!」

「まぁ、それに近い状態ではあったけどね…」

苦笑いして頷きあう獣虎陸丸と鈴。

「驚いたのはこっちだっつーの」

「だよな」

医務室で大人しく寝ていた二人の下へ、様々な人間が一斉に押しかけて口々に、

「死なないでぇぇぇぇッ!!」

と涙ながらに叫んできたのだから、二人は困り果ててしまったのだった。

師匠を交換して医務室送り、と聞いて、『もしや』と思ってしまうのも無理からぬ事とも言える。

「正直どうだったよ?修業の感想は」

「まぁ、聞くまでも無いでしょうけれど」

ニヤニヤと笑う龍門拳火と龍門水衣の言葉と同時に、額から汗が吹き出る志狼と陽平。

「止めてくれ、思い出すだけで吐血しそうだ」

パシッっと手で口元を押さえる陽平。

「しばらく鉄球とか竹串とかギロチンとか落とし穴とか見たくない」

体のあちこちを押さえてガタガタ細かに震えだす志狼。

「すまん、質問しといて何だが、悪かった」

「忘れて頂戴」

「「「「…」」」」

想像を絶する修業内容だったのだろう。

言ってる事が少しおかしい、とは誰も突っ込まなかった。

空笑いして流すか、同情して頷くか。一同の反応はどちらかだった。

「しかし、アニキも無茶したよね」

「それって、例の怪獣の倒し方の事?」

「うん」

今までずっと苦笑していた桔梗光海の質問に頷く柊。

「私達の忍術は、マイトに比べて柔軟性に欠けます。巫力をそのまま腕部に集中して殴る、などと言う事が出来ないのがその一例です」

「まぁ、ぶっちゃけ言えば、そうやって制限しないとアブねーぞ、ってぇ先人の教えなわけだね」

「先輩のように、全身に風遁をまとって突撃なんて真似をすれば、そうなることも必然です」

「今回も下手すりゃ、アニキの体が先に真っ二つになってたかもしれないよ」

「まぁ、先輩が風遁を完全にコントロール出来るなら、あるいは…ですが」

「…」

全身の切り傷擦り傷をジロジロと見ながら非難する楓に、ぐうの音も出ない陽平。

「志狼も志狼だな。マイトと巫力、似てるけど異なる力を融合反発させるなんてよぉ」

「いくらあなたでも体が持たないわ」

「つーか、陽平と同じように腕が消し飛んでたかも知れねぇな」

「異なる力の反発力、あんまり甘く見ないほうが良いわよ」

「…」

三角巾で吊られた右腕を見て、志狼はタラリと汗をたらした。

普段、炎と氷という相反する属性を用いた戦いをする二人の言葉は重みがある。

「2人とも、相棒に救われたな」

「ヴォルライガーとクロスフウガに、しっかりお礼を言っておいた方がいいですよ?」

ブリットとユマの言葉に、ため息をつく志狼と陽平。

実際、彼らのマイトと巫力のコントロール補助がなければ、皆の言う通り自滅していたところだったかもしれない。

「…それにしても、ボロクソ言い過ぎだろこいつら…!」

「お前のせいだろ…!」

ぼそぼそと、小声で口論は続く。

「テメェ、自分の事棚に上げておいて良く言えるよな、そういうこと」

「ああ?」

「なんだコラ、やんのか?」

「ジョートーだ。今此処でケリつけたらぁ」

もはや小声ではなかった。

ゆらりと立ち上がりながらにらみ合う二人に、面々は「懲りてねぇ」と盛大にため息をついた。

「おや、ここにいたか馬鹿息子」

「いやいや、ちょうど良かった」

「あ、おじ様!」

通りかかったのか。一同の前に現れたのは、剣十郎と雅夫だった。

「いや、ちょっと見せたい物があってね。二人を探していたところだったんだよ」

「後にしろ!!」

「いやいや、そういわずに」

陽平の怒声に、雅夫はひらひらと手を振りながら笑う。

「?見せたいものって、その紙の束ですか?」

「そうだよ。いやぁ、随分凝っちゃってね」

エリィの指摘に、はっはっは、と笑う剣十郎の脇に抱えられたかなり分厚い紙の束。

「おっと」

不意に、束の中から紙束の表紙と思しき一枚がひらりと落ちる。

「「ッ!!!」」

表紙の、表題を見た瞬間、脱兎のごとくその場から逃げ出す志狼と陽平。

「???な、なになに?」

はてなマークを頭の上に浮かべながらそれを拾うエリィも、表題を見て納得したように引きつった笑いを浮かべる。


『ドキッ☆野生だらけの樹海修業』&『最強忍者育成計画』


後ろから覗き込んだ面々も、うっ、と思わず口元を押さえる。

どちらがどちらの企画を立てたのか、表題を見れば若干の推理は出来る。

「あの、少々中身を拝見してもよろしいでしょうか?」

「うむ?構わんよ」

剣十郎から中身を少し貰い、試みに読んでみる楓。

眩暈を覚えたようにこめかみを押さえて紙を剣十郎に返す。

「・・・ありがとうございました」

「え、え!?何が書いてあったの?!」

「…世の中には知らない方がいい事がかなりあるわ。エリィ」

興味をそそられたエリィだったが、楓のその言葉に怯み、素直に何度も頷いた。

「読まなければ良かった…」

楓の呟きに、うへぇ、と顔をしかめる面々。

(そんなに…)

願わくばあのまま逃げ切って欲しいところだが、この二人から逃げられる生物が果たしてこの世にどれだけいるだろうか。





「いてっいててててててッ!ちょっ待ってくれ陽平!あ、あしっ足がッ!」

「おらっ世話焼かすな志狼!!!」

その後、志狼をおんぶしながら艦内を何かから全力疾走で逃げる陽平があちこちで目撃された。

そして、二人は思う。

(こいつとは、ひょっとしたら分かり合えないのかもしれない)

何時までたっても意見は平行線なのかもしれない。

それは、裏を返すと。

(横を見れば、常にこいつはいる)

平行線。

そういうことなのかもしれない、と。













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