「ふぅん、なるほど?ギルドの依頼ねぇ」

頬杖を付きながら、椅子に腰掛けたまま来室した少女の用件を聞いているのは、
部屋の主である空賊一家の長、マリー・ブリザールである。

「はい。皆様の資金に、少しでも足しになればと」

対する来客は、黒を基調とした法衣、修道服に身を包んだ修道女、システィルである。

「殊勝な態度で結構だがね、ギルドの依頼っていやあ、魔獣の討伐みたいな物騒な仕事がほとんどだ。
 とてもじゃないが、アンタ1人でこなせるようなもんじゃないだろう」

 マリーの指摘も最もだった。
基本的にギルドに寄せられる仕事の多くは、荒事の解決が多い。
近隣に甚大な被害を及ぼす強力な魔獣や、自警団などでは手に負えない厄介な盗賊の討伐などなど。
 庭の雑草抜きや、脱走した飼い犬の捜索などの戦闘力をさほど必要としない仕事もあるが、報酬は当然大した物ではない。
システィルが契約している妖精の存在は知っているし、それなりの修羅場を経験していることも知っているが、

とてもシスティルにこなせる様な高額の依頼があるとは、マリーには思えなかった。

「それなのですが…実は私向けなお仕事を先日買出しの時に見つけまして」
「ほう?アンタ向きって事は、デッドリー・マナ絡みってことかい」

教会の修道女が得意とする仕事で高額報酬と言えば、それくらいのものであろう。

「はい。依頼内容は、最寄の教会では解決できなかった怪異を解決してくれ、というものだったのですが、
 報酬が思いのほか高額でして、これならば、と」
「ほぉ」

 最寄の教会で解決出来なかったと来たか、と、マリーは口の端を僅かに持ち上げた。
つまりその発言は、『自分なら何とかできるはずです』という、密かな自信に裏打ちされた発言に他ならないからである。
こういう気風のいい女性は、嫌いではない。

「いいだろう、行ってきな!」
「はい!」
「畑仕事くらいしか出来ない男共か、補助が出来る魔法使いを何人か一緒に連れていきな!
 いくら得意分野とはいえ、一人じゃ流石に物騒だからね」

「ありがとうございます!」

システィルは一礼して、ママの部屋を退室した。

「はぁ」

 胸に手を当てて、システィルは軽く息を吐いた。
正直、事件を解決出来る自信は無かったのだが、ママの許可を得るためには、虚勢を張ってでも気概を見せた方が、きっと上手く行く。
目論見どおりに事が進んだ事で、彼女は緊張を解いたというわけである。

「さて、と」

 頻繁に魔獣討伐に出掛けるレクスの助けになれば、というのが彼女の今回の動機である。
口が裂けても、レクス本人にはそれを言わないであろうが。
拳を作り、「がんばろう!」と改めて気合を入れなおすシスティルだった。





とある ピアノにまつわる

 エピソード。






「で、私たちに白羽の矢が立ったというわけですか」
「しらはの、や?」
「あー、えーっと、私たちに目を付けたわけですね」
「はい」

 空賊一家のアジトから離れ、依頼のあった街を歩くのは、システィルと獣耳と尻尾を持つ少女、鈴と、
忍装束の上から目立たないように、その上にマントを羽織ったココロである。
ワーウルフという、狼に似た人型種族が普通に闊歩する世界なので、
元いた世界では萎縮せざるを得なかった鈴は非常に活動しやすく、心なしか歩みも軽い。
対してココロは、この世界ではまずお目にかかれない忍装束という奇抜な格好をしている上に、
敵種として見られている魔族を髣髴とさせる蝙蝠の様な翼を持つため、マントを羽織って、窮屈そうに大人しく歩いている。

「ご迷惑でしたでしょうか?」

 そんな心情を知らないシスティルは、ココロの不機嫌そうな表情の意味を読み取る事もできず、
確か退魔を生業としていた、というような事を言っていたはずだが、見当違いだっただろうか。と不安になった。
システィルが眉に皺を寄せるのをみて、鈴は慌てて手を振った。

「いえいえ!ちょうど発散したい時期でしたから、大丈夫!どんとこいです!」
「発散…ですか?」
「あー、私、マイトの定期的な発散をしないと体調崩しちゃうんですよ」
「マイトって、マナみたいなものですよね?」
「はい。まぁなんか、外の気を取り込むマナと、体の中から生み出すマイトで、
 根っこはちょっと違うみたいですけど」

正直な話、詳しくはよく分からない。と、鈴は舌を出した。

「未熟な証よ。情け無い」

隣を歩くココロの一言に、鈴の表情が笑顔のまま固まる。

「ちっ、ちっ、ちっ!なぁんでアンタまで付いてくるかなァ…」

舌打ちを三回も繰り返し、あからさまな拒絶の意思を表す鈴に、ココロは溜息を吐いた。

「仕方ないでしょう。付いていってくれと、陸丸さんに頼まれたのだから」
「にゃろう…余計なことを。後でシバく」
「そんなことさせないわよ…」
「…」

 異様な空気を醸し出す両者に、システィルは無言で苦笑するしかない。
何だかんだと着いて来てくれているのだから、言うほど仲が悪いわけではないのだろうと、システィルも薄々感じていた。
 傍から見れば、普段のレクスとシスティルのやり取りに近いものがあるのだが、それを突っ込む人間はこの場にはいなかった。

「あ、見てみて桐斗君!あの店先に並んでいる奇抜な形の実はなんだろうね!?」
「大人しくしててよ、ジーク兄ちゃん。今日の目的は食料じゃないんだからね」

 そして彼女達の後に続くのは、勇者神ヴァルキリーことジークと、彼ら勇者神のパートナー、エインヘリヤルの駆羽桐斗の2名である。

「どんな味がするんだろう、気になるよね!」
「くれぐれも勝手にどこかにいかないよーに!」
「「…」」

 短い付き合いながらも、ジークの趣味が家事一般であり、この異世界に来てからという物、
珍しい食材を見つけてはその調理法を習得する事に執心している事を知っている鈴とココロは、揃ってジト目でそんな様子を見ていた。

「あれ、絶対街の食材見たさで着いて来たわね…」
「お目付け役の桐斗を連れて来て正解だったなー」

 魔の浄化が特技だと聞いて同行をお願いしたのだが、

「下手をすりゃヴァルキリーとしての使命そっちのけで、家事を優先する事もあるっつーから怖ろしい」
「あの子も苦労するわね…」
「…」

 両者の発言にシスティルは、一抹の不安を感じざるを得なかった。
グローリィ教に仕える修道女である彼女は、異界の神とは皆ああなのだろうかと、こめかみに汗を光らせた。

「あー、で、詳しい依頼の内容はどういったものなんですか?ザックリしか聞いてなかったんですが」
「あ、はい」

鈴の問いに、気を取り直して、システィルはコホンと咳払いする。

「依頼主はグラム子爵。依頼内容は、屋敷内で夜な夜な独りでに鳴り出すピアノを鎮めて欲しい、というものです」
「ポルターガイスト…所謂怪談、ね」
「なるほど、エリィさんが一目散に逃げ出すわけだ」

 ココロの呟きに、鈴は出発直前の出来事を思い出して一人納得した。
こういう厄介ごとによくよく首を突っ込みたがるエリス=ベルことエリィだが、その手の話題だけは人一倍苦手である。
エリィがシスティルの一件を聞きつけて聞き込みを開始し、直後、僅か数秒で脱兎の如くその場を離れたのを、依頼の誘いを受ける直前に鈴は目撃していた。

「夜な夜な〜のくだりで耳を塞いで涙目に…」

 申し訳ないことをしたと、システィルは軽く項垂れていた。

「大丈夫ですよ、きっと今頃志狼さんと遊んでケロッとしているはずです」
「はぁ、そうなんですか?」
「はい。大丈夫です」

 正確には志狼さん『で』かもしれないが。
鈴のあまりに自信たっぷりな物言いに、システィルは再び気を取り直した。

「今もそのグラム子爵とやらは、屋敷に住んでいるのかしら?」
「そのようですね」
「つまり、命に支障があるようなレベルではない…と」
「はい。とはいえ、必要最低限の召使以外は暇を出しているようですが」
「まぁ賢明ね」

 ココロに頷き返すシスティル。

「依頼書には睡眠不足で衰弱死しそうだ、とは書いてありましたが」
「解決するまでどっかに引っ越すなりなんなりすりゃーいいのに」

 鈴の突っ込みにココロは無言で頷き、システィルは苦笑いした。

「お屋敷に愛着があるのではないでしょうか」
「流石に衰弱死する前には自愛して欲しいなぁ」

 全くもってその通りだと、流石にシスティルも思った。

「でも、教会で解決出来なかった、っていうのが気になりますね」
「はい。ですので件の教会へ行って、先ずは情報を集めようと思います」

 鈴の意見に、システィルは頷く。

「依頼を受けた、と言えばあまり良い顔はされないんじゃないですか?」

 あくまでシスティルはグローリィ教に仕える修道女である。
こんな傭兵まがいの事をしていると知られれば、確かに情報提示を渋られる可能性もある。

「かもしれませんね…。その辺はなんとか、上手く聞いてみます」

 苦笑するシスティルに、鈴は頷くしかない。
それから歩いて暫く、彼女達は目的の屋敷の前にたどり着いた。

「じゃ、私たちは先にそのピアノの様子を見ておこうかな」
「分かりました。では私は情報を得次第、お屋敷に窺いますね」
「はい!じゃ、また後で」

 システィルは依頼書に記されていた教会の場所を目指して去っていった。

「さて、と。じゃあ行きましょうか」
「と、その前に」

 屋敷の門に手をかけようとしたココロを制止し、鈴は後ろを振り向いた。

「桐斗〜、ほら行くよー」
「あ、すいません!も、ちょ、ジーク兄ちゃんっ!」
「ああ、あそこの野菜がねっ?」
「めっ!」
「…」


 鈴は、まるで躾けの悪い犬と、その飼い主のようだなぁ…と思ったが、

「頑張れ桐斗」

 生温い笑みを浮かべて、ズルズルと引き摺られるジークとそれを引き摺る桐斗を見ていた。





 門を潜り、玄関に踏み込む4人。一応扉に付いていた呼び金をならしたのだが、
全く反応が無かったため、仕方なく中に入ってきてしまったのだった。

「すみませーん!どなたかいらっしゃいませんかー!?」

鈴の声にも、全く返答は無い。

「…ジーク兄ちゃん」
「怪しい気配は感じないね。その怪異とやらが原因じゃない…と思うけど」

 断言してくれない所が桐斗の不安を増幅させたのだが、鈴もココロも揃って頷いたので、
恐らくはジークの言い分は間違いではないのだろう。

「ジーク兄ちゃんはいまいち信用出来ないからね…」
「あはは、桐斗君の言葉は切れ味抜群だなぁ。グラムセイバーより切れそうだよね」

 そういう割には、桐斗から見て、当のジークは全く堪えていないように見える。

「…はぁ」

 というか、神の使う剣より切れるって、どんだけだよ、と心の中で突っ込みを入れつつ溜息一つ。

「…」
「…うわぁっ!?」

 ふと前を見た瞬間、突如として一人の男性が桐斗の目の前に立っていた。
鈴もココロも、桐斗の隣にいたジークでさえその接近に気付かなかった。
貴族らしい衣装に土気色の肌。痩せこけた頬。
全身からは全く生気を感じない。
瞬時に各々が得物を手にし、構えを取る。

「…」
「…え?」

 しかし次の瞬間、飛び出そうとしていた3人が動きを止める。
桐斗が耳に手を当てて、男に対して何かを聞き返したのだ。

「…」
「ん、んんん?」

 敵対者ではないのか。
男は、目の前にいる桐斗だけに聞こえる何かを喋っているらしい。

「…グラム子爵様だって」

目の前の男性を指差して、桐斗がポツリとそう言った。

ガクリと肩を落とす鈴とココロ。

(…あっぶなー!依頼人をフルボッコにしちゃう所だったよ…っ!!)

 鈴は冷や汗を掻いていた。
ココロは表情こそ変わらなかったが、さして変わらない感想を抱いて武器をしまい込んだ。
ジークはというと、桐斗に害が無いことが分かったためか、何時もと変わらないのほほんとした表情に戻っていた。
マイペースなのか、ただの大雑把なのか。それは定かではないが。

「…」
「あ、えーと僕達、ギルドで依頼を見て来たんですが」

 どういった用件で、とでも聞かれたのだろう。
桐斗がそう答えると、男は桐斗に手を差し出した。

(な、なんか掴んだら折れちゃいそうな…)

 鈴はそんな感想を抱いた。
蚊が止まりそうなほど遅く、それはそれは弱々しい手つきだった。
事実、桐斗も力を入れず、壊れ物を扱うようにそっと握り返すに留めている。
よく見ると衣装の袖の半分以上はブカブカで、余っているように見える。

「え?…ああ、それは早めに解決しないと…」
「なんだって?桐斗君」

ジークの問いに、桐斗は躊躇いがちに言った。

「ピアノのせいで睡眠不足だし、食べ物も喉を通らなくて激痩せしちゃったんだって」

 今夜中にも解決しないと、子爵の命が危ない。
この場の誰もが同じ感想を抱いた。

「それはいけないな。喉越しのよくて、精のつくものを作ってあげなければ!」
「ジーク兄ちゃーん。先ずは根本を断とうね」
「うーん、残念だ」

 にっこり笑った桐斗に洋服をガッチリと掴まれ、ジークはその場に留まるしかなかった。

「あの、先ず事件の詳細を知りたいんですが、宜しいでしょうか?」
「…」

 鈴の要望に、子爵はコックリと頷いた。

(…良かった。首が取れなくて)

 最早頭の重さを支えているのが奇跡に思えてくる弱々しさだった。





「…デッドリー・マナの痕跡がなかった、と」

 同時刻。

グラム子爵の屋敷から最寄の教会で、システィルは司祭から事件に関する情報を聞き出していた。

「はい。ピアノの置かれていた部屋を調べたのですが、デッドリー・マナは感知出来ませんでした。
 念のためと、一晩中監視をしていたのですが、ピアノは全く鳴りませんでしたし、
 それ以上は我々も手の施しようがありませんでした…」

「…」

 確かに、デッドリー・マナによって出現した幽霊やアンデッドの浄化が仕事である教会の人間が、デッドリー・マナそのものを感知出来ないとあってはお手上げである。

(これは…いよいよもって鈴さん達のお力が必要なのかもしれませんね)

 この世界は、システィル達が生活していた世界を模してオルゲイトによって創られた、れっきとした異世界である。
デッドリー・マナによって引き起こされた事件で無いのであれば、彼女達が得意とする異界の退魔法が有効かもしれない。

「とりあえず、鈴さん達と合流して、現場を見てみましょう」
「遥々お越し頂いたというのに、大したお力になれず申し訳ない。事件を解決出来るよう、祈っております」
「は、はい。では失礼いたします」

 システィルは慌てて頭を下げ、教会を後にした。

(…嘘は言って無いわよね)

 鈴からも上がった懸念通りにシスティルは、情報を得るために『依頼で』という件を省き、子爵のために事件を早く解決したいので、と教会情報を提供させたのである。
説得力を出すために、『ソレイラントから遥々修行に来た』と、一言添えて。

(旅に出る前であれば、ここまで上手く立ち回ったりしなかったわね…)

 異世界から来た彼らと、それに、明らかにレクスの影響だろう。
ハッ、と我に返り、システィルはブルブルと頭を振って、一つ咳払いする。

(こ、ここまでしたんだから…!絶対解決しよう)

 グラム子爵のために、レクスのために、皆のために。
そして何より自身のために。





「なるほど、それでこれが…」
「問題のピアノ、ね」

 鈴とココロが部屋に踏み込む。
子爵、桐斗は、万が一に備えて部屋前の廊下で、ジークと共に待機している。

「…やっぱり、怪しい気配はないわねぇ」
「なるほど、デッドリー・マナの気配もなし、と」
「アンタ、分かるの!?デッドリー・マナ!」

 アッサリと言い放ったココロの言葉に、鈴は思わず大声を出してしまった。
鈴を始め、基本的に異界渡りをしてきたBANのメンバー達は、『マナ』という概念を理解できず、魔法を使うことが出来ない。
しかしココロは行使できないまでも、その気配を感じる事ができるという。

「近いから。私達に」
「!」

 妖魔。
彼女が所属している組織は、異界からの侵攻者。
悪魔や妖怪が構成メンバーなのである。

「あなたも、慣れれば感知出来るようになるはずよ」
「…まぁ、半分同じだからね」

 鈴は獣耳を動かしながら、頭をガシガシと掻く。

「じゃ、期待しないで慣れてみるわ」
「まぁ今はそれよりも…」

 改めて部屋を見渡す。
ピアノ以外は家具も無く、質素な部屋だ。
恐らくは事件があって、部屋を使わなくなったのだろう。

「…」

 ココロはピアノに触れてみる。
やはり、特に異常は見当たらない。

「あの」
「あ、システィルさん!」

 そこへ、システィルが現れた。

「で、どうでした?」
「はい。廊下で子爵にお話しを窺ったのですが、どうやら得られた情報に差異はありませんでした。夜中もピアノを監視していたのに、その時だけは音は鳴らなかった、と」
「っ」

 その時ココロが、何かに気付いたようにシスティルを見た。
そして無言で鈴とシスティルに、部屋を出るよう目で合図する。
合図の意図を受け取り、鈴とシスティル、そしてココロは揃って部屋を後にする。

「…部屋の中で話をしたのは失敗だったかも知れないわね」
「え!?」

 ココロの言葉に、システィルは思わず口元を押さえた。

「一晩中見張っていた、という情報は、私たちは子爵から聞いていなかったのよ」
「何か感じたの?アンタ」
「気配は何も」

 なんだそりゃ!と声を荒げようとした鈴を手で制して、歩き出すココロ。
駆け寄ってきた桐斗も、大事無い3人を見てホッとした反面、ココロの表情を見て怪訝な表情を浮かべている。

「ただ、何かいるのは間違いない…と思うわ」
「デッドリー・マナも感知できないし、気配も感じられないのに、一体何が…?」
「さぁ、そこまでは。ただ、ここは元々システィルさんがいた世界とは異なる世界でもあるという時点で、何が出て来てもおかしくないでしょう。
 未知の存在が潜んでいるのか、あるいは未知の技術で潜んでいるのか。
 いずれにせよ、あの部屋に潜んでいる何かに、余計な警戒心を与えてしまったかも…」
「すみません…私が迂闊でした」
「気にしないで。あれこれ話をしていたのは私達も同じだし、何かがいるという確信を得れたのはシスティルさんの情報のおかげだから」

 頭を下げるシスティルに、ココロはそっけなくもフォローを入れる。

「それに、情報に抜けていた部分があったのは子爵の責任だし、情報を促したのはこの子だから」
「う」

 ココロの指摘に、鈴はバツの悪そうな顔をする。

「で、でもアンタ、アレ以上子爵を喋らせたら、その時点でポックリ逝ってしまってたかも知れないじゃない!」
「…否定はしないけれど」

 ピアノが置かれている部屋へ至る途中、桐斗の通訳で子爵の話を聞いていたのだが、当の子爵は、突然ふら付いて床にへたり込んでしまった。
やり遂げた、とでも言いたそうな真っ白な顔で。

「ああ、それなんですが、システィルさんに情報伝えた時に、子爵様本格的に力尽きちゃって。今ジーク兄ちゃんと一緒に部屋に運んだんです」

 桐斗の報告に、鈴はガックリと倒れこみそうになった。

「ていうか、召使さんとかどこに行ったのよ!迎えは子爵直々だし、ジークさんじゃないけど、
 拒食症ったって喉越しのいい物作れないこともないし、色々おかしいでしょ!!」
「意識が薄れて朦朧としてる時に、間違って奥さんと最後の召使さんにお暇出しちゃったって言ってました…」
「…あ、そう」
「「…」」

 鈴は頭を抱え込み、ココロもシスティルも、苦笑いするしかなかった。
奥さんと召使も、よく子爵の言うとおり一人屋敷に残したものだ、と。
もしかしたらその二人も、子爵と似たり寄ったりの状態だったのかもしれない。
これは思った以上に急がねばならないなと、改めて思った面々であった。

「と、とにかく、ピアノが鳴るのを待って現行犯逮捕、っていうのが一番効率いいわ」

 ココロの作戦に異論のある者はいない。
しかし。

「ま、それしかないんでしょうけれど。でも、警戒されちゃってるとしたら、今日もピアノ鳴らないかも知れないじゃない」

 鈴の言うことも最もだった。

「近くに宿を取って出直す?」
「…それじゃ出現した時に間に合わないわね。
 屋敷内の一室を借りて、結界を張って気付かれないようにやり過ごしましょう」

 最悪、数日掛りになるかもしれないが。

「結界はアンタに任せたわ」
「一部屋括るなんて、あなたの方が専門でしょう。あなたがやりなさい」

 鈴もココロも、相手に結界の構築を押し付けた。

「…」
「…」
「…あわわ」

 無言でにっこり笑い合う両者。
しかしながら目線と目線の間にしっかりと火花を垣間見た桐斗は、オロオロとするばかりで何も出来なかった。
システィルはまさか暴力沙汰にまでは発展すまい、と傍観を決め込んでいた。

「おーい皆!夕飯作ったんだけれど、食べないかい!」

 突然響いたジークの声に、一同が盛大にずっこけた。

「ちょっと目を放した隙に…」

 本当に良くやる。あの神様は。
子爵を部屋に連れて行き、桐斗がピアノに向かったほんの数瞬で厨房へ抜け出し、夕食を作ってしまうとは。
頭を抱える桐斗の肩に、鈴はそっと手を置いて、

「頑張れ桐斗」

 生暖かい視線で笑顔を浮かべるのだった。

「召使いがいないし、むしろ都合が良かったわよ。子爵の栄養的にも」

 ココロの言葉は、果たしてフォローになっているのだか、いないのか。

「ありがとうございます…なんか、気を使ってもらっちゃって」

 うふふ、と、桐斗は小学生とは思えない疲れた笑みを見せた。





「…まさかこの世界に来て、肉うどんが食べられるとは思わなかった…」

 鈴は目の前に出された容器の中身を、呆然と見つめて呟いた。
容器の中には紛う事なき純白のうどん麺と、鶏肉、そして細かく刻まれたネギが添えられている。
ココロや桐斗も立ち上る湯気を呆然と見つめている。
システィルと、多少無理をしてもらって来て貰ったグラム子爵は、見たことも無い食べ物を前にして、物珍しそうにそれを眺めていた。

「流石に箸の持込みはしていなかったので、皆はフォークで頑張ってくれ」

 言いながらジークは、懐から愛用の物と思われる箸を取り出した。

「ジーク兄ちゃん、このうどん…」
「心を込めて打たせてもらったよ!美味しそうだろう?」
「いやいやいやいや、じゃなくて!材料とかどうしたのさ!」

 よくぞ聞いてくれました、とばかりにニッコリ笑う、我らが勇者神。

「桐斗君、倭国って知ってるかい?」

 ぶはっ、とシスティルが一瞬咳き込んだ。

「わ、倭国?この世界にあるの?」
「勿論さ!桐斗君が住んでいた日本に良く似た国でね。ああ、時代背景的にはグッと前だけれども!」
「で?その倭国がどうしたのさ」
「レクス君が、その国の食文化に詳しかったから聞いてみたんだ。もしやと思ってね!」

やっぱりか。
システィルは和食好きの幼馴染の顔を思い出して、軽く溜息を付いた。

「…近くの市場に売ってたの?その食材」
「いやいや、倭国の食材は中々稀少でね。
 おまけにやっと見つけたと思ったら、お値段が中々に高くて高くて…」
「…で?」

 その稀少で高価な食材が、何ゆえにこれほど手に入ったのか。
桐斗はちょっと嫌な予感がした。

「カイザーバーンでひとっとびして、現地調達してきたんだ!」

ガッシャン!

 桐斗は危うく肉うどんの入った容器に顔を突っ込むところだった。

「職権乱用か!!」

 勢い良く起き上がり、桐斗は叫んだ。
勇者神の力を一体何に使っているのか。

「いやいや、力の有効活用だよ。御剣志狼君も賛同してくれてね!一緒に買出しに行ってきたのさ」

ガッシャン!

 意外な名前が出てきた。
今度は鈴とココロが揃って頭をテーブルに打ち付けた。

「彼は剣の腕も中々だが、料理の腕は目を見張る物があるね!
 特に和食に対するこだわりが素晴らしい!」

 命が掛かってるからね。
少し前まで和食しか口にしなかったという、父、剣十郎の舌を納得させるために日夜奔走しているのだろう。
事情を知っている鈴は苦笑いするしかなかった。

「…」

 震える手で、子爵がフォークを手にする。
未知の食べ物に対する気後れなのか、はたまた倒れる前兆なのかは定かではないが。
そしてそっと麺を口に入れ、噛み締めた。

「…ぉお!何と味わいのある…っ!」
「「「!?」」」

 聞き覚えの無い声が、一同の耳に届いた。
例の潜んでいる敵か、はたまた…と右に左に視線を巡らせ、臨戦態勢をとる面々だったが、

「…これだけの大音量の自分の声を、とても久しぶりに聞いた」

 声の主はグラム子爵のものだった。
それでも決して大きくない声量で紡がれた発言の内容がなんとも涙を誘う。


「な、なんで急に声が…?」

 桐斗の疑問は、全員の心を代弁していた。
声を出した本人が一番驚いているというのが、何ともカオスな状況である。

「栄養のある物を食べたからに決まってるさ!」

 サムズアップが眩しい。

「…実は…ちょっと言い難いんですが」

 鈴がグラム子爵に視線を向けて、重い口を開いた。

「子爵ご自身の身体から、穢れが発生してました」
「!私の、身体から…穢れ?」
「デッドリー・マナと解釈していいです。不摂生やストレスなどが原因で、
 身体の中の気の流れが滞り、屋敷が穢れ…と悪循環を起こしていました」
「私自身が…」
「信じがたいですが、ジークさんの料理を口にしたことで、身体の中から浄化されたらしいです」
「…え”」

桐斗の目が点になる。

「いや、私も信じられないんだけどね?」

 この目で見ても信じられない。
ただ肉うどんを食べただけで、穢れが良い方向へ向かっているなど、俄かには信じがたい事態である。
何しろそんな代物が存在するのであれば、退魔を生業としている鈴は商売あがったりである。

「浄化…完了」

 神のドヤ顔を披露するジーク。

「私、カイザーファングラムがトドメ刺したら、肉うどんを思い出しそう」
「…」

 鈴の呟きに、戦場で噴出さないか自信の無いココロだった。

「あの、鈴さん」
「はい?なんでしょうシスティルさん」

 システィルはフォークでうどんを口に運びながら、小声で鈴に問いかけた。

「もしかして…例のピアノの原因って?」
「…まだ分かりません」

 言わんとしていることは分かるが、まだ断定は出来ない。
つまりグラム子爵自身が、墓場の様な霊障の根本となってしまったのではないか、と。

「直に見てみないと何とも言えないわね。ピアノが原因で子爵がこうなってしまったのか、
 逆に子爵が原因でピアノがああなってしまったのか」
「ああ。鶏が先か、卵が先か、って奴だね」

 ココロの補足に、ジークが面白そうに付け足した。

「何はともあれ、全てはピアノ君が動き出してから、ね」

 言いながらココロは、神の創りたもうた肉うどんを口に含んだ。

「…本当に美味しい」

 家政神に改名した方がいいんじゃなかろうか。
ココロは本気でそう思った。





 食事も済み、子爵が部屋に帰ってから暫く経つ。
人数分、ダミーの気配を符術で作り出し、屋敷の外へと向かわせて、
鈴たちはそのままダイニングルームで待機していた。

「さて、早いところ出て欲しい所だけれど」
「ダイニングからの移動もままならないですからね…」

 準備は整えた。
ダイニングルームの椅子に腰掛けるココロに、システィルが苦笑いする。
トイレに用を足しに出る時には、鈴の符術で気配を消して行うが、
鈴自身の術者としての腕の未熟さが原因で、離れた符術の制御には時間制限が発生してしまう。
もって数分。はっきりいって落ち着かない。
女性陣が多いため、実は密かに深刻な問題であった。

「今夜出てくるとありがたいんだけれど」

当然、入浴も出来ない。鈴は軽く溜息を付いた。

「桐斗君、君はそろそろ寝た方がいい」
「え?」

ジークの言葉に桐斗は驚いた。

「良い子はもう寝る時間さ。後は俺達に任せて!」
「…僕も何か、皆の役にたちたいんだ」
「桐斗君…」

 戦闘力が高いわけではないし、具体的に特別な超能力を持ち合わせているわけではない桐斗は、
元の世界に帰れない焦燥感もあって、何かしらの行動を起こしたいという思いを胸の内に溜め込んでいたのだった。
そんな桐斗の心情を知ってか知らずか、鈴は椅子から立ち上がり、桐斗の肩を叩きながら笑った。

「あんたは十分役に立ってるわよ。マジで」
「でも…」
「桐斗がここにいなかったらそもそも、ジークさんがここにいる気がしないもの」

 うんうん、とココロが大きく、システィルはジークの視線を気にしながら小さく頷いた。

「そうそう。俺は桐斗君を守るのが使命だからね。何時も桐斗君と一緒さ。
 危険を圧して君が一緒に着いて来てくれるから、俺も皆の手伝いが出来るんだよ」

 桐斗を置いて、倭国に行っていたのは誰だ、と全員が心の中で突っ込みを入れる。
が。

「うん、ありがとう」
「どういたしまして!」

 笑顔で応対する桐斗とジーク。
何だかんだで桐斗の気分は晴れたようなので、3人は口を噤んで苦笑いした。

ポーン…

「!」
「あ!?」

 微かに、しかし確かに聞こえた。
ココロが聞き耳をたて、鈴の耳がピクピクと動く。

ポーン…

「ピアノの音だ…!」
「聞こえましたね、確かに」

 桐斗とシスティルの耳にも、確かにピアノの音が聞こえた。
単調で、曲になってはいない。
静かになっては、忘れた頃にまた鳴る。
確かにこれは、気になって寝不足になってしまうのも無理は無い。
鈴は無言で符を全員に貼り付けた。
例の、気配を断つ符である。

「さてと、じゃあ行きましょうか」

 ぺロリと、鈴は唇を舐め、ダイニングルームを飛び出した。
続くココロ、そしてシスティル。

「…行ってもいいかな?」

 恐る恐る提案する桐斗に、ジークは笑いながら頷いた。

「一緒に行こう」





 ピアノが置かれている部屋の前。
そこに、鈴、ココロ、システィル、ジーク、そして桐斗の姿があった。

「…」

 鈴はココロに視線を送り、他はここで待て、と手で制する。

(さァて、何が出るかな…)

 相変わらず気配は何も感じないのだが。
未だに、か細いピアノの音は鳴ったままだ。
右手でポケットから数枚符を取り出し、左手をドアノブに伸ばし、一気に捻る。

ザッ

 ドアを開け放ち、駆けながら対象を確認する鈴とココロ。
しかし。

「…!?何もいない!?」
「そんな馬鹿な…!」

 ピアノを演奏していた何者かが、脱出するような間は無かったはずだ。
何か瞬間移動のような能力を使ったなら、それこそ力の痕跡が何かしら残ってもおかしくない。
しかしそれもない。

「…どうなってんの…!?」
「…」

 鈴もココロも混乱している。今までに経験のした事がないケースだ。

「あ〜二人とも落ち着いて。いるわよ、そこに」
「!」

 入り口から、今まで聞いた事の無い女性の声がした。

「本当ですか?フェンバート!」
「ほら、そこの子が言った様に、近いから分かるっていう感じ?」

 声の主はシスティルが契約している妖精、フェンバートであった。
システィルの傍らに寄り添いながら聖女のように微笑み、彼女はピアノを指差している。
そこの子に心当たりのあるココロが、ピアノを凝視する。

「…いた」

 近眼の人間がやるようにスッと目を細めると、確かに薄っすらと何かが見える。

「子共…?」

 鈴もココロに倣って目を細め、それを視界に捉えた。
向こう側が透けるくらいに輪郭が薄いが、桐斗と同じくらいか、それ以下の子供の姿に見える。。

「一度視界に入っちゃえばこっちのもんだ」

 ここから相手を逃すほど、鈴もココロも甘くはない。

「さぁて、じゃあ大人しく縛についてもらいましょうか?」

 鈴は猛禽類を思わせる笑みを見せ、符をチラつかせる。

「フェンバート」
「なぁに?」

 ドアの外からその様子を窺うシスティルは、傍らのフェンバートに質問した。

「先ほどは、近いから分かるって言いましたよね?」
「言ったわね」
「…ってことは、あれは妖精なんですか!?」
「それが良く分からないのよ…妖精のような、そうではないような」

 妖精であれば、契約なり退去を願うなり、意志の疎通が可能なはずだ。

「ちょ、お二人とも…!」
「ま、待ってください!」
「え」
「あ!?」

 システィルと、そして同時に制止しながら飛び出した桐斗が、互いにぶつかり合いながら、部屋内の床に倒れこんだ。

「ちょ、大丈夫二人とも!」

 突然飛び出してきた両者に、鈴は対象から目を離して駆け寄った。

「あ、はい…すみません鈴さん」

 尻餅をついていた桐斗は、差し出された手を握り返し、立ち上がった。

「桐斗君桐斗君。それは鈴ちゃんじゃないよ」
「…え?」

 ジークの忠告に、恐る恐る掴んでいる手の持ち主の顔を見上げる。

「ーーーー!!」

 思わず喉から心臓が飛び出しそうになった。
掴んでいた手は、例のピアノ騒動の犯人のものだったからだ。

「桐斗!離れて!!」
「あ、あのっ、大丈夫です!」

 符を構えて犯人に飛び掛る鈴を、桐斗は慌てて手で制した。
何とか急停止する鈴。

「どきなさい桐斗!」
「いえ、その…!あ、大丈夫!怖がらなくていいから!」

 前半は鈴に向けたもの、後半はまた別の物に向けたものだ。

「怖がるって…」

 鈴は桐斗の視線を追ってみる。
視線の先にいたのは、半ば予想通り、ピアノの陰に隠れた犯人である。

「ごめん、急だったから僕も驚いちゃって。起こしてくれてありがとう」

 臆せずピアノに近付いていく桐斗。
止めようとした鈴を、ココロが静かに手で制した。

「あ、アンタ…」
「いいから」
「僕は駆羽桐斗。…君は?」

 桐斗の問いに、恐る恐る近付いてくる犯人。

「…」

 少しずつ、少しずつ近付いてくる。
桐斗は焦りもせず、笑顔でそれを待つ。

「…女の子?」

 システィルがぽつりと漏らした。
徐々に目が慣れてきたのか、それとも隠れる気がなくなったせいか、
全員の目にその姿がはっきりと見えるようになった。
それは輪郭のハッキリしない、儚げな少女の姿をしていた。

「僕と、お話ししようよ」

 桐斗の言葉に、少女はコックリと頷いた。

「君はいつからここにいるの?」


 桐斗の質問に、少女は首を横に振った。


「分かんないのか…。じゃあさ、君って妖精なの?」


 少し困ったような表情になる。


「これもよく分かんないか。えっと…じゃあ、何でピアノを弾くの?」


 すると少女は、ピアノに向かって笑顔を見せた。


「そっか。ピアノが好きなんだね」


 コクコク、と、少女は頷いた。


「あのね、君が夜な夜なピアノを鳴らすもんだから、グラム子爵が酷い寝不足になっちゃってるんだ」


 ビクリと、体を震わせる少女。


「何とかならないかなぁ…」


 桐斗は頭を抱えた。
ここから出ていけと言うのも、恐らくは別の場所で同じような事件が発生するだけであろうし、ちょっと可哀想だ、と、考えたのだ。


「…霊の類だとしたら、祓わないとマズいけれど」


 害があろうとなかろうと、霊だと言うだけで、力を持たない子爵では、その身を蝕ばまれて消耗してしまう。
今のままでは、命に関わる問題だ。


「やれやれ。貴女、情の欠片も無い鬼ねぇ」
「妖魔のアンタに言われたく無いわッ!」
「貴女も半分そうでしょうが」


 噛み付く鈴の意見を、ココロは一蹴した。


「デッドリー・マナの気配は相変わらずないし、邪悪な感じもしないから、その必要もなさそうじゃない」
「でも、じゃあどうするってのよ」
「では、こうしたらどうかな?」
「!」
「グラム子爵…!?」

 入り口に、グラム子爵が立っていた。

「はじめまして、かな。面と向かって話をするのは初めてだね」

 フラフラとしながらも、子爵はピアノの前に歩み寄って少女に微笑んだ。

「もし夜にしか活動出来ない…のでなければ、昼に弾いて貰って構わないよ」
「…!」

 思わぬ申し出に、少女はオロオロとしている。

「いいんですか?」
「ああ。直接的な害があったわけじゃないからね。正体が割れて、意思疎通が可能なら、
 無理に排除しようとは考えていなかったんだよ」

 システィルの問いに、子爵はそう答えた。

「妻はピアノの心得があるし、もしよければ相手をしてやって欲しいくらいだ」
「…!」

 少女は嬉しそうに、子爵の周りをクルクルと回り始めた。

「…一件落着、なのかな?」
「多分…」

 鈴は符をポケットに突っ込みつつ溜息を付いた。
同意した桐斗の額を鈴は突いた。

「何で分かったの、この展開」
「い、いえ。ほら、害が無かったじゃないですか」
「いつよ」
「最初に部屋に入った時とか、教会の人が見張ってた時とか、子爵達も」
「…なるほどね。彼女に攻撃意志があれば、みんな唯では済んで無いわね」
「アンタねぇ…。まぁ、事実なんだけどさぁ」

 物騒な事を言いながら、ココロが寄って来た。
退治するつもりで来たのに、なんだか不完全燃焼感が拭えない鈴。

「やー、無事に終わったようだね」

 のほほんと、事の成り行きを見ていたジークがいつの間にか傍に来ていた。

「誰も怪我が無くて良かったじゃないか」
「それは…まぁ、確かにそうなんですけど」

 誰にも怪我などさせるつもりは無かったし、癒しの力を持ったシスティルもいるのだから、元々安全性はかなり高かったが。

「ま、戦うだけが全てじゃないってことかも知れないね」
「…そう、ですね」

 退治することしか頭に無かった鈴に、ジークの一言は胸に突き刺さる物があった。
戦いの中で生活し、普段は武術の修行ばかり。
生まれも定かでないままに妖魔との戦いに巻き込まれた鈴にとって、彼の言葉はそれがすべてでは無いと、改めて思い知らされるものだったのだ。

「あーあ、俺も巨人との戦いなんてしてないで、家事だけできればいいのになぁ」
「…」

 折角いいこと言ってたのに。
鈴も、ココロも桐斗も、ガックリと肩を落として脱力してしまったのだった。





「依頼完了ご苦労さん。ま、ゆっくり休みな!」

 マリーの部屋の中。
依頼を終えて帰還したシスティルを、彼女は笑って労っていた。

「はぁ…。私、ほとんど何も出来ませんでしたけれども」
「依頼主が満足して金出したんだ。良かったじゃないか!」

 苦笑いするシスティルに、マリーは硬貨の入った袋を持ち上げて笑った。

「聞いた限りじゃ、どの子もたいしてかわりゃしないよ。
 依頼こなして、報酬貰った時点でこっちは無関係だ。何のもありゃしないよ」
「…そういうものでしょうか」
「依頼をこなすってのぁ、そういうもんさ。少しはトーコ達を見習ってさっさと割り切りな!」
「はぁ…」

 あんなにドライに、しかもガツガツとした姿勢で依頼をこなす修道女というのは、果たしてどうだろうか。
流石のシスティルも、苦笑いして生返事で反すしかなかった。

「ほらほら、自分の取り分で買い物して着飾るなり、あの無愛想な男に貢ぐなりしてきな!」
「き、着飾る?!貢ぐって!!」
「はっはっは!そら、さっさと行った行った!」
「は、はい…では失礼します」

 顔を赤くして、そそくさと退室するシスティルに、マリーはくっくっくと意地の悪い笑みを浮かべるのだった。

「…はて、それにしても、グラム子爵…グラム子爵ねぇ」

 どこかで聞いた名前だが、果たしてどこだったか。

「んん?グラム子爵?随分と懐かしい名前じゃわい」
「ジジイ! いつの間に入り込んだんだい!」

 いつの間にか、システィルの代わりに部屋の中に彼女の夫、バノブルーが入り込んでいた。

「いや、お前さんが何か考えこんどる間にチョロっとな」
「ふん、まぁいいさ。で?何か心当たりがあるのかい」
「おー、随分と前の話じゃが。もう〜かれこれ40年くらい前かのう。
 グラム子爵にピアノをプレゼントした事があってのう」
「…40年前ってぇと、先代くらいだね」

 そういえばいつぞやの、酒の席で聞いたのだったか。
段々と思い出してきた。

「ほんに懐かしいのう。
 そういえば同じ時期、まだワシは魔術なんぞにうつつを抜かし取ったな。
 人造妖精の研究なんぞをしとって」
「…ほぉう。興味深い話だね」

 実はこの時点で、マリーには事の顛末が見えていたのだが。

「勝手にピアノを弾き鳴らす妖精なんて、ステータス的にカッコいいとか思っとったんじゃよ。
 …結果はアレじゃ。失敗ってヤツ?
 なんか異様に人見知りが激しい上に、物覚えがちょっとアレでのう」
「で、その人造妖精とやらはどう始末つけたんだい」
「…」

 マリーの質問に、バノブルーは首を捻り、

「…はて、どうしたんだったかいのう」

 頭を抱え始めた。

「…ピアノに引っ付いていったんじゃないのかい?」
「おお!そうかもしれん!」

 プルプルと肩を震わせるマリー。
続いてドアが無遠慮に開け放たれ、えらくくたびれた格好のレクスが入室してきた。

「帰ったぞ、マリー・トゥア・リータ・ブリザール・メーソン。
 これが今回の報酬だ」

 ドカリと、デスクの上に硬貨がどっさりと入った麻袋を投げつけてきた。
何時も通りの不遜な態度なのだが、タイミングが最悪だった。

「今直ぐシスティルのとこに顔出してきなこの馬鹿男共ッ!!」

 アジトに轟音が2つ鳴り響いた。
直後、システィルの元を訪れたバノブルーとレクスは、先ずタンコブの治療をお願いしたという。




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