次元航行艦、アナザーヘブン。

次元間の移動を可能とする、帆船のようなシルエットをした、

レオニス傭兵団の足であり、家でもある巨大戦艦である。


「……」


その巨大戦艦の、商売道具とも言える巨大兵器、『獣機』の広大な格納庫で、

一人の初老の男が、床に転がっている、あるモノを前に途方にくれていた。


機械仕掛けの朱色の巨鳥。

名をメルイーグレットと言った。


その姿は、ほぼ大破寸前、と言った無惨なありさまであり、それが巨鳥の目前で立ち尽くす男の悩みの種であった。

傭兵団への依頼として、捕獲を命じられた獲物であったにも関わらず、男は勢い余って対象を撃墜してしまったのである。


実行犯たる男の名はカクタス。


結果として彼は、傭兵団長のレオニスに、自力で、しかも自費で修理せよとの、重いペナルティーを課せられていた。

とはいえこれは、ある種の嫌がらせに近い。


何しろカクタスは技術畑の人間ではない上に、目の前の忍獣は、

彼らが使用する獣機とは技術体系の根本からして異なる、異世界のオーバーテクノロジーの塊である。

(……まぁ、とは言え)

あくまでペナルティーを課せられるようなヘマをやらかしたのは、他ならぬ自分である。

(何もせず、と言うのも気が引けますし)

普段からして、厄介事をのらりくらりとかわしがちな彼ではあったが、

最低限、やれるところまでやってみることにしたらしい。

(スケイルシード。少々お尋ねしたいのですが)

(ええ、承知しています)

カクタスが心の内に語りかけると、

中性的な落ち着きのある声が返ってきた。

カクタスと契約した魔獣の王、

蒼海王スケイルシードである。

契約者たるカクタスとは、精神的に繋がっているので、

スケイルシードにとって、カクタスの思考を読むのは実に容易かった。

(現状、私が分析できる事を纏めてみますので、少々お待ちなさい)

(ありがとうございます)

王の名を冠する存在の中でも、一際冷静で軍師としての才に溢れるスケイルシードは、分析力もずば抜けて高い。

こういった専門外の難事を解決する際に、カクタスはスケイルシードに頼ることが少なくなかった。

(まず、補修用の装甲素材の調達が、現状不可能だ、と言うことが挙げられますね)

(なんと)

(捕獲に出向いた接合世界の中でも、レアメタルに当たる代物のようです。
惑星リード、と言いましたか。
オリジナルの惑星は既に、何者かに破壊されたと聞きましたし、
もう一度現地に赴いたところで、発見は困難を極めるでしょう)

(……)

既に暗礁に乗り上げているような。

カクタスは、深くため息を吐いた。

(動力部は辛うじて、致命的な損傷を免れているようです)

(不幸中の幸いですな)

(故に、条件次第で、装甲の自己修復機能を発動させることも可能かと)

(おお、それならば、装甲素材の調達の必要が省けますな)

(しかし、その発動条件が現時点では全く不明瞭です。相当に複雑な条件が折り重なっているように感じます。これは予測なのですが、当のリードの民をして、その機能の全てを引き出しきれていなかったのではなかろうか、と)

(それはまた不可解ですな。自ら作り出した代物ではないのですか)

(そこがこの機体の興味深いところで。どうも、技術レベルの違うテクノロジーの混合で機体内部が構成されているようなのです。
よく分からない代物を、現代の技術で無理矢理動かした、と言った印象を受けました)

(……そういった点が、かの依頼主の目に留まったのかも知れませんなぁ)

今回のクライアントである、オルゲイト=インヴァイダーは、様々な珍しい代物の収集家である。

時代、世界、有機、無機を一切問わず、とにかく珍しい代物を収集して止まない。


その勢いたるや、病的を通り越して、狂的ですらあると、

レオニスに付いて、何度かオルゲイトと会合してカクタスは感じたものだ。

自分にも園芸という趣味はあるが、彼の収集物が納められた広大な空間は、

あれはそういった、趣味という範疇を遥かに越え、

稀少な品が並ぶ価値ある空間にも関わらず、

見る者の背筋を底冷えさせる、なんとも不気味なミュージアムであった。

(……と、本題から反れましたな)

(そうですね、申し訳ありません)

(いえいえ、確かに仰る通り、興味深い話しでした)

スケイルシードはスケイルシードで、情報の収集が趣味のようなもので、

過ぎた欲は不気味極まりないと共感した直後だけに、 スケイルシードは苦笑を漏らした。

(結論として、我々でこの機体を修復出来るか、と言いますと)

(……)

結論は半ば分かっている。

そのことは、意識がリンクしているスケイルシードにも伝わっているはずだが、

王はそれでも、

(不可能かと)

敢えてカクタスにそう告げた。

「いやはや……今日は散歩日和ですなー」

(現実に目をお向けなさい。そもそもがこの異空間、

アナザーヘブンの外側は天気どころか何もない、真っ白な空間ではありませんか)


遠い目で視線を泳がせるカクタスに、

スケイルシードが冷静に告げる。

とはいえ、カクタスの気持ちが少しは分からないでもない。

現状を分析したところで、修復の目処など、全くたたないと言うのが、

結局のところ判明しただけで終わってしまったのだから。

「……そろそろ手を貸そうか?」

「おお。天の助けとは、まさにこの事」

そんな時であった。

八方塞がり、手詰まりになったカクタスに、救いの手が差しのべられたのである。

「まことに助かります、カーネ殿」

「気にしなくていいよ。こっちも珍しい技術に触れて万々歳だからね」

実のところ、始めからカクタスはこの男、

レオニス傭兵団の整備関係を一手に引き受けている技術者、カーネをあてにしていた。

彼らの商売道具であり、切り札でもある”獣王機”の開発にも携わり、その後も様々な異界の技術に触れた彼ならば、
何かしら手を打てるはずだ、と、信じて疑わなかった。

「で、どこまで分析できた?」

「ふむ」

簡潔に問われ、カクタスはスケイルシードが纏めた情報を、かいつまんで伝えた。

「なるほどね、了解。自己修復が付いてるなら、まぁ何とかなるかも」

「?しかし、起動する方法が……」

「いや、今現在も、ほんの僅かだけど、修復はもう始まってるよ。この手のシステムは、後は似たような部品を組つけてあげれば、勝手に最適化して、それだけ修復も早まるはずだから」

「おお、すると、宝島の出番、というわけですなぁ」

「そーゆーこと」

チラリと、二人は格納庫の一画に視線を向けた。

そこには、大小様々な機械の残骸が、無数に積み上がっていた

アナザーヘブンが寄港した、ありとあらゆる異世界で拾い集めた、ジャンクパーツの山である。

レオニス傭兵団が破壊した対象であったり、そこらに無造作に転がっていたものだったり、

出所等も千差万別だったが、これが中々役に立つ。

ジャンク品として高く売り、現地の活動資金に回したり、

今回のような事態に遭遇した際には修復部品としても流用が利く。

団長であるレオニスは、そのあまりの散らかり具合に、たまに渋い顔で片付けろと言ってくるが、

それらが後に役に立つことも多いので、あまり強気に言ってはこない。

しかしながら、どこに何が置いてあるのかは、実は主であるカーネ自身も把握しきれていない。

あれはあったはず、しかしそれがどこにあるのかは分からない、と言った具合だ。

恐らくはこれから必要なパーツのピックアップが始まり、次いでそのパーツのサルベージが行われる。

利用価値は高いが、一見するとそれと分からない。

付いたあだ名が通称、宝島である。

「いやはや、助かります。頼もしい限りですな」

「おだてても何も出ないよ。他の作業の片手間だから、そんなに早くは直せないだろうし」

「修復の目処も立たなかったのですからして、直るだけマシと言うものです。さてと…」

クルリと、カクタスは踵を返した。

「どうしたの?」

「根を詰めすぎて、少々疲れました。暫し休憩を頂こうかと」

「そ。ま、程々にね。レオニスがまた小言洩らさない程度に」

「はっはっは、心得ております」

軽く手を振り、カクタスはその場を後にした。

その後ろ姿が見えなくなった辺りで、カーネは腰に手を当てて、軽く息を吐いた。

先程のやり取りで、カクタスが、長めの休憩と称して、

アナザーヘブンをこっそり脱出し、内包世界に"散歩"に出掛けたことが、容易に想像が付いたからである。

仕事を丸投げにされたわけだが、カクタスには荷が重いのが分かりきっているので、

それはむしろどうでも良かった。

あとが怖いのに懲りないなぁ、と、呆れる。

そう思う反面、小言を漏らされるのはあくまで彼であるのでほっとこう、と、

カーネは技術者然としたドライな感性に従って、そう割り切った。

「……あれ?」

そういえば彼は、金品の類いを持っていただろうか。

少し前に、内包世界で通用する通貨と物品を傭兵団で用意して、各々に配られていたのだが。

「……まぁいいか」

元々興味のないことには淡白な彼の性格も相まって、

少しは痛い目にあえばいい、というレオニスの言葉に倣い、

長めの散歩に出掛けた初老の男を、敢えて思考の隅に追いやったカーネだった。

「よォ。捗ってるかァ?」

「あ」

格納庫に足を踏み入れた赤毛の男を見て、カーネは心の中で両手を合わせた。

レオニス傭兵団の軍師、カクタス。

絶望へのカウントダウンの始まりであった。

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