空賊ブリザール一家の空中アジト。 「……」 黙々と作業をこなしながら彼は、何者かが格納庫に侵入した気配を感じ取っていた。 侵入といっても、恐らくはアジトを利用する仲間の中の誰かのはずである。 普段であれば気配だけで個人の特定も可能な彼であるが、今は機体の仕上がり具合の確認が最優先、と、確認作業を再開した。 (……丸くなったものだ) と、我ながら思う。 少し前までならば、安全と言われる地帯でも、相手が同じ陣営の人間であっても、警戒を怠るなどあり得ないことだった。 そんな自分の変化に、何故か悪い気がしないのも、自分自身、不思議でならない。 (……と、いかん) 点検作業まで怠ってしまっては、本末転倒である。 ブリットは軽く頭を振り、気を入れ直すと、作業を続行する。 『ブリット』 が、その侵入者はウォルフルシファーの目の前で歩みを止め、こちらに向かって手を振り始めた。 ウォルフルシファーの呼び掛けに応じてそれを視界に収めたブリットは、再度、作業の手を止める事になった。 (……あいつは確か) 侵入者の正体は、ウォルフルシファーの隣に格納されている、勇者機兵ストライクキャリバーの乗り手だった。 ユマが調整を手伝っている事から、なにかと顔を合わせる機会が多い男である。 何事かと思い、ブリットは召喚器兼起動キーでもある愛銃ルシファーマグナムを掲げ、コクピットから出る。 額の水晶体から光の帯が伸び、ブリットは侵入者の傍らに降り立った。 「ブリットさん。マイトとは、なんなんでしょう?」 「……藪から棒だな、神条正人」 勇者機兵隊の隊長である神条正人はどこか疲れた様子で、ブリットに向かって、開口一番にそう言った。 The Sorcerer's Apprentice!
「ははぁ、なるほど。例の形態変化を詳しく知りたくて、その方面の方々から魔術の授業を受けた、と」 ストライクキャリバーの微調整をコクピットで行いながら応えたのは、ブリットのパートナーであるユマだった。 「結局、分かったような、分からなかったような、そんな有り様でして」 「無理もありません。もしそれらの説明が理解できたとしたなら、今頃は魔術をシエルさん抜きで問題なく使えているでしょうからねぇ」 苦笑しながら、ユマは作業を続ける。 確かに、と、正人もユマの理屈に納得する。 「私も魔術には興味がありますし、授業を受ければもっと噛み砕いてご説明できる自信があるのですが、なにぶん今は勇者機兵隊の技術の方に夢中ですからねぇ」 「は、はぁ」 涎でも垂らしそうな様子で操縦幹を擦るユマを見ていると、やはり幼なじみの技術者を思い起こさずにはいられない。 一歩間違えると、その幼なじみのように、女性として大切な何かの欠落を引き起こしかねないのを、経験から察知した正人だったが、 整備面でお世話になりっぱなしという現状、口挟む事も憚られ、結局は曖昧に返事を返すことしか出来なかった。 「しかし解せんな。そこに、なぜマイトが絡んでくる?聞く限り、それらの魔術体系とマイトは性質が異なるもののようだが?」 「ええ、それなのですが。グリモワールさんの言い分ですと、『お前はまず、不思議パワーの体感をした方がいいな』と」 ぶふっ、と、ユマが噴き出した。 「ふ、不思議パワー、ですか」 「え、ええ」 言っていて自身も気恥ずかしくなったのか、頬を掻きながら、正人は苦笑いした。 「私はいわゆる、科学中心の物質社会に生きてきましたもので」 「オカルト系の力や環境に慣れていないんですね」 「はい。恐らくは、そういった現象を頭でなく、体や心で感じろと仰っているのではいかと、勝手に解釈したのですが」 「……」 (科学中心の、物質社会、か) ブリットは、正人の愛機である勇者機兵ストライクキャリバーの頭部を見上げた。 「?どうかしましたか?」 「いや、いい。なんでもない」 正人の問いには答えず、視線を正人に戻し、ブリットは顎に手を当てる。 「なるほど、そういうことであれば確かに、マイトは取っ付きやすいだろう。 マイトは感覚で繰り出すものがほとんどで、術式を組んで発動するユマのようなタイプは、マイト使いには珍しいからな」 えへへ、と、照れ笑いを浮かべながらユマは頬をかく。 「先程の困り果てた体から察するに、既に他のメンバーから、ある程度情報を得ているものと推測するが、どうだ?」 「はぁ、その……、お察しの通りで」 普段からハキハキと受け答えする彼としては珍しく、言葉尻はすぼみ、目線が泳いだ。 無理もない、と、ブリットは頷く。 「先程と同じ問われ方をした他のメンバーの答えも、ある程度予測がつく」 「気合いだー!とか、根性だー!とかですね?」 「えぇ、その通りです」 やっぱり、と、ユマは苦笑い。 曰く、獣虎陸丸はと言えば、 「最後まで諦めない心です!」 と答え、 龍門拳火は、 「燃える男の魂だぜ!」 と答え、 最もマイトを引き出す術に長けているという御剣親子はと言えば、 「「気合いだ(です)」」 と、即答したという。 ただ一人、拳火のとなりにいた彼の姉、龍門水衣だけは、何かを考えてはいた様子だったが、 「少し、考えます」 とだけ答え、得心のいく回答はその場では貰えなかった。 恐らくは彼女だけは、正人の問いの本質を見抜いていたのであろう。 回答を寄越す代わりに、ここへ行くよう勧めてくれたのだという。 「う〜ん、まるで的外れでもないのが、ちょっと厄介なのかもしれませんねぇ、これ」 「と、仰いますと?」 説明する側、される側の溝を理解できたのか、ユマが手元の通信装置兼多目的携帯デバイス、Gウォッチを操作する。 「大雑把にマイトが発動するからくりを説明するとですね……」 ユマが人差し指をついっと弾くと、正人の目前の虚空に、ウィンドウが表示された。 「ドリームミストと呼ばれる粒子を薪代わりに、人間の生命エネルギーを着火材として与えて、火を起こす訳です」 「ふむ……」 SD等身にデフォルメされたユマが、薪をくべ、着火材を利用して火をつけた。 「体力と精神力を等分に練り上げて着火させるのが理想的な薪です」 「適度な長さで、乾燥した木の枝、というわけですね?」 「その通りです。この辺は、感覚で調整するにはかなりの集中力を要します。それらが不完全だと、筋肉痛を引き起こしたり、やる気が異常に低下したり、等といった弊害を引き起こしてしまいます」 「そこを補っているのが、ユマさんのクリエイトカード、でしたっけ」 「その通りです」 ウィンドウに、ユマが複数枚所持しているカードが表示された。 よくよく目を凝らすと、カードの表面には何かが刻まれている。 複雑極まりない文字と記号の羅列が見てとれたが、無論、正人には意味などわからなかった。 「基本的には体力や精神力以上のマイトは発動できません。生命エネルギーですから、この辺は体が勝手にセーブしちゃいます」 「なるほど」 「御剣親子は何故か、そのセーブが働かないんですけどね」 「……え?」 限界以上の力を出せる、といえば聞こえはいいが。 「マイトというのは、生命エネルギーだと仰いましたよね?」 「はい」 「えっと、それってかなり危険なのでは」 「普通なら死んでいる。どういうわけか、ピンピンしているが」 「……」 なんでなんだろう、と首を傾げるユマとブリットを前にして、正人は勿論、口を挟めるはずもない。 同じ力を使っているはずの2人に解明できないカラクリが、正人に分かるはずもない。 「え、えー、脱線してしまいましたね。ここで先程の話なのですが、実際に着火材に火をつけるものは何か、というところなのですが」 「はい」 「それが、『人の感情』なのですよ」 「……その、いわゆる気合いや、諦めない心、ということですか」 正人は、あながち間違ってはいない、という先程のユマの言葉を思い出していた。 「マイトの6大属性にはそれぞれ、『力ある言葉』というものがあり、それらの言葉に秘められた感情を爆発させることで、マイトは発現するのです」 「力ある、言葉」 「言霊、と言い換えてもいいかもしれません。 例えば陸丸さんの『最後まで諦めない心』というのは、土属性の力ある言葉である『希望』を信じることで、マイトを発現している、という具合です」 まぁ最も、とユマは頬をかく。 「『燃える男の魂』とやらを『勇気』に置き換える感覚は、私にも理解しかねる領域なのですが」 「実際にマイトが発動している、と言うことは、それも正解と言うことなのでしょうか」 「そう、なんでしょうねぇ……」 うーむ、と、揃って唸るユマと正人。 すると、ブリットが何かを思い付いたように指をたてる。 「ふむ、1つ、面白いクイズを出してやろう」 「クイズ、ですか?」 あくまでブリットは真顔なので、面白いと言われても説得力に欠けるのだが、正人はそんなブリットが出すクイズの内容が無性に気になった。 「俺はブレイブナイツの中で、マイトの総量は何位だと思う?」 「……えっ……と」 正人は言葉に詰まった。 銃技に関しては達人級と、剣十郎からお墨付きを貰っていると聞き及ぶ彼の実力的には間違いなく、上から数えた方が早い、と思う。 が、こんなクイズを出すからには、意外な答えが待ち構えているに違いない。 「難しいか?」 「……想像がつきませんね」 マイトを知覚出来ないのでは無理もないことだが、今回のブリットのクイズの答えはとてもシンプルだった。 「答えは具体的な数字もなく、単純なものだぞ」 「え?」 「答えは、最下位だ」 「……!?」 正人は目を見開いた。 最上位とはいかないまでも、少なくとも上位に食い込むであろうと思っていただけに。 「継戦時間を延ばすために、節約し、小出しにする技術こそ磨いたが、総量そのものに関して言えば、その程度、と言うことだ。 感情の爆発力が高いものほど、マイト使いに適している。俺も知ったのはつい最近の話だが」 「なるほど……」 ブリットは、感情の起伏が乏しい。 それはよく言えば冷静沈着、悪く言えばほぼ無感情ということであり、マイトを生み出すの事に関して言えば、適性が低い、と言うことか。 「兵士としてはそこそこのレベルだったが、勇者としてはまだまだ未熟だと言うことだな」 ままならんな、と、呟くブリットだったが、正人はそんなブリットが、どこか楽しそうに見えた。 相変わらず無表情のままだったが、薄く笑っているようにすら見えたのだが、気のせいだろうか。 「んっ、んんっ!えーっと、話の続きなのですが」 何故か頬を赤く染めて咳払いするユマは、少々強引に話を先に進める。 「力ある言葉を意識して着火……マイトを発現するにあたって、まずは自身の属性を知らなければなりません」 「……私にも?」 「勿論!」 言われても、勿論正人はピンとこない。 「言っただろう。マイトとは、生命エネルギーそのものだと」 「生きていれば、大なり小なり、マイトはその身に宿っているわけですから」 「1人に付き1つ、原則として属性が存在する」 「あれ?鈴さんとココロさんって確か……」 ふと思い浮かんだ2人の少女は確か、属性を2つ以上使っていたような気がしたが。 「あの二人は特別だ」 「生まれつき、ということですから、ギフトスキルというやつですね。私たちの世界でも、極めて稀少な能力です」 羨ましいような、気の毒なような、とユマは苦笑した。 「気の毒?」 「確かに強力無比の能力ではあるのですが、コントロールが難しく……」 「定期的に発散せんと、体が負荷に堪えきれず、死亡してしまうらしい」 「……そんな」 明るく陸丸を取り巻くあの2人が、常にそんな危険な状態だったとは、誰が想像出来るだろうか。 「自分の中に相反する属性を抱えているのだ、それなりのリスクを伴うのだろうな」 「……」 「マイトが怖くなったか?」 ブリットの試すような口振りに、いえ、と正人は首を振る。 「私はどうやら、生まれつきのそういった体質ではありませんし、彼女たちにしても、笑って生きていける術があるようです」 決して容易ではないのでしょうが。 と、続ける正人に、ユマは目を見張る。 「よく周りを見ていらっしゃるんですねぇ」 「そうでしょうか?あまり意識はしていないのですが」 正人はこのアジトに出入りしてから、まだ日が浅い。 にも拘らず、鈴やココロに気を配りつつも、過剰に干渉はしない、という絶妙な間合いを、特に意識せずに取れている。 自分の問題ではない、という冷徹さからではなく、自分にはなにも出来ないから、という諦めでもなく、 あの人なら大丈夫、と、確信めいた信頼感を、会って間もない相手に抱くことのできる人物だということか。 「なるほど。隊長の資質だな」 「恐縮です」 あやかりたいものだ、と、ブリットも感心していた。 「それで、属性の選別なのですが、すぐにでも可能なのですか?」 「そう難しくはない」 正人の質問に、ブリットはあっさりとそう返した。 まじまじと己の掌を見下ろす正人。 「エナさんの話によれば、力の適正は、魂に刻まれたものゆえに、異世界で現地の力の行使は極めて難しい、とのことなのですが」 「確かに、体外にそれを出せるかどうかは貴様次第だ。が、己のマイトを自覚する事そのものは大した作業を必要としない」 「……あの、これは一体?」 「何、とは?」 「いえ、その……」 突然何を思ったのか、ブリットは正人の頭に手を乗せていた。 「流石にこの歳で頭を撫でられるのは」 「?」 子供を誉める手段として有効なそれとブリットの意図は異なるようなのだが、それを上手く説明できるほど、ブリットは一般常識に明るくなかった。 「……ユマ。笑っていないで、状況の説明と打開策をくれ」 ブリットの視線の先では、ユマがストライクキャリバーのコクピット内で、腹と声を抑えて笑っていた。 「いえっ、すみませっ。ふはっ!成人男性二人のこの絵面がっ、なんかこう、可愛いもので、つい…っ!」 「「……」」 暫し待て、と、手を翳しながら笑いを納めようと必死のユマと、困ったように固まる男性陣。 それから数分後。 「えぇっとですね、これは正人さんを誉めようとか、そういう意図ではなくてですね」 ようやく笑いが収まったユマが、視線をやや外しながら説明した。 頭に手をのせることにそんな意味もあったのか、と、感心するブリットに、ユマはまたも吹き出しそうになった。 「これは私たちの世界でも、マイトの修練を始める前に必ず行う作業です」 私もやりました!と、得意気に胸を叩くユマに、俺もだ、と続けるブリット。 恐らくは志狼達、若輩のブレイブナイツのみならず、剣十郎やエリク、リィスといった人物たちも、皆行ったことなのだろう、と、正人は察した。 「全身に微量のマイトを流し込ませた上で、精神を統一し、自らの中に潜るのだ」 「潜る、ですか」 「貴様も武術を習得しているだろう。修練の前に、座して精神統一したことはないか?」 「……なるほど、あんな感じですか」 以前潜り抜けた地球での戦いの折り、当時、現地協力員であった法崎つかさの実家である剣術道場で何度か体験したことがあった。 今でもイメージトレーニングの際には座禅を組むことがあるので、これについては理解が早かった。 「精神を研ぎ澄まし、そして、最初に見えたビジョンが、己の属性を知る判断材料になる」 「いわゆる、心象風景というやつですね」 ユマの補足に頷く正人。 「ちなみにお二人はどのようなビジョンが?」 「私は沢山の機械の中に埋もれて潰されそうになるイメージでした」 「……なるほど」 何だったんでしょうねぇあれ、と笑うユマに、正人は返事に窮した。 なぜそんなビジョンになってしまったのか、なんとなく想像がついたのだが、あえて口にはすまい、と、言葉を飲み込むのだった。 「俺はあらゆる武器に取り囲まれているイメージだった。剣、槍、銃、果ては人型機動兵器などに、周りを囲まれていた」 それしか知らなかったからだろう、と素っ気なく告げるブリットに、ユマは思わず口を閉ざし、正人はそんなブリットの様子に、彼の壮絶な過去を垣間見た気がした。 よくよく、自分のよく知る人物とよく似ている。 先程ユマと似ていると思った技術者の実の兄なのだが、この奇妙な類似点はなんなのだろう、と、正人は不思議な縁を感じずにはいられなかった。 「……俺の過去はどうでもいい。とにかく精神統一だ、神条正人」 「はい、やってみます」 彼なりに精一杯空気を読んだのだろう。 少々強引な話題の切り返しに、正人もそれに応えた。 座禅が適していると感じたのか、正人は靴を脱いで床に正座した。 目を瞑り、深く深く、深呼吸を複数回こなす。 (……お見事……) ユマは感嘆の息を洩らした。 体中の余計な力は抜けているものの、背筋はピシリと伸びたまま。 彼の実直な性格をそのまま体現したかのように、とても綺麗な姿勢だった。 集中力も並みではない。 既に周りの雑音など聞こえていないだろう。 格納庫に、正人の深呼吸音だけが響く。 マイトに馴染みの深い、ユマたちの元の世界の住人ですら、集中力の低さゆえに、一度でビジョンに到達できない人間も、実は少なくない。 しかし、あの正人の見事な集中力ならば、問題なく己のビジョンに辿り着けるだろう、と、ユマは確信を持っていた。 「行くぞ」 「……はい」 頃合いを見計らい、ブリットはマイトを纏った掌を正人の頭にそっと置いた。 まるで神父や牧師が赤子に洗礼を授けるような厳かな雰囲気に、今度はユマも笑みを挟む余地もなく、2人の様子に見入っていた。 静かに、ゆっくりと、正人の体にマイトが浸透していく。 (……不思議な感覚だ) なるほど、確かに体の表面を、温かなエネルギーが覆っているのを感じる。 少し、ストライクキャリバーがシルフィールキャリバーに変化する時の感覚に近いものを感じた。 あれよりも数段穏やかではあるが、全身を何かが包み込む感覚はやはり似ているように思う。 そのエネルギーが、体の中へゆっくりと浸透していく。 内側へ、内側へ。 (ゆっくりと……内側へ……深く……) 座していることを忘れ、体がふわりと浮かんでいるような浮遊感が正人を支配した。 「!」 ふと風を感じ、咄嗟に正人は目を見開いた。 (……しまった) 一瞬、集中が途切れ、意識が戻ってしまったのかと思ったが、 (……!) そうではなかった。 何せ目の前に広がっている光景と言えば、非現実的なものだったからだ。 (……地球!?) 正人は漆黒の宇宙空間から、目の冴えるような、青い惑星を見下ろしていた。 よく見ると、以前訪れた太陽系第三惑星とは、何かが少し違うような気がする。 地球によく似た、正人の故郷である惑星とも、やはり少し違う。 (これが、心象風景なのか……?) キーとなるビジョンが青い惑星、だけでは、知りうる限りの属性の中から判別が出来ない。 (そう言えば……) 宇宙空間であるにも関わらず、風が流れているのはどう言うことなのか。 周りを見渡して、その正体に気が付いた。 青い鳥と、緑の蝶が、正人の周りをヒラヒラと回転している。 正人には直感的に、これらの正体が分かった。 青い鳥は"キャリバー"、緑の蝶は"シエル"を現しているに違いない。 しかし。 (……違う) これらはマイトの本質ではない。 根拠はないが、そう思った。 確信がある。 これは今現在、正人が所有している力の象徴だ。 「っ!」 違う、と、確信を持った瞬間、風が止み、正人は青い惑星へと急速に落下した。 「……っっ!」 悲鳴を上げる間も無く、正人は頭から地表に向かって落下した。 ふと見えた緑の蝶が、顔もないのにイタズラっぽく笑ったように見えたのは気のせいか。 (……) 落下を続ける正人は、足掻いても無駄だと悟ると、落下する引力に身を任せた。 引かれる。 落ちる。 青い地表に向かって。 その瞬間、正人の目に映ったのは。 「……っぶはぁっ!」 意識が覚醒した。 息をするのも忘れていたのか、正人は空気を求めて思いっきり大きく深呼吸した。 しかし、確かに見た。 掴んだ。 自身のマイトの属性の正体を。 「おいマサト!なに面白そうな事やってんだ!?」 「な、シエル!?」 正人の目の前に、神出鬼没な妖精シエルが、キラキラした表情を浮かべて飛んでいた。 「止めたんですけどねぇ……」 申し訳なさそうに頬をかくユマ。 「シエルさんったら、正人さんの顔に張り付いて、思いっきり揺さぶり始めちゃって」 「どうりで息苦しいと思ったら」 心象風景に集中するあまり、呼吸を忘れていた、のではなく、物理的に呼吸器官を塞がれていたとは、夢にも思わなかった。 「大したものだ。あれだけ妨害されても集中を解かなかったのは」 「いや、心象風景がもう少し長かったら、下手をすれば私、窒息してたわけですが」 正人の言葉に、うむ、と頷くブリット。 「死中に活あり、というわけか。見事だ」 「なんでしょうね……微妙に嬉しくないような」 ともあれこれで、己の中のマイトの属性を掴むことができた。 正人はビジョンの内容をブリットとユマに聞かせる。 「青い惑星に引っ張られる、ですか」 「最初は地面に向かって落ちているのかと思いましたが、最後の最後で、自分の手を取って引っ張る手のようなものを感じました」 「なるほど。で、正人さんは、それを感じて、自分の属性に確信を持てましたか?」 「はい」 ユマの質問に、正人ははっきりと答えた。 「私の属性は」 全てを包み込む許容性と、雄々しさを体現する、 「"大地"、です」 希望を象徴する、大地の属性であった。 「何だぁ!?マサト、あたしというものがありながら、属性が大地ってどういう事だ!」 「え!?そこ怒るところなのかい!?」 鼻に掴み掛かりながら怒り始めたシエルのに、正人は目を白黒させた。 「浮気だ!」 「えぇぇ…?」 契約とは、恋人や夫婦の契りのようなものなのか?と思ったが、いやいや、と首を振る。 「レクスは属性の異なる妖精と多重契約していた。と言うことは、契約上、やってはいけないこと、というわけではないはず、ですよね…?」 「気持ちの問題だ!」 「……う〜ん、それは困ったなぁ」 原則とか、なんかもう、そーいう難しいことではないらしい。 しかし、どうしたものか。 頭を悩ませる正人に救いの手が差し伸べられた。 「いいじゃないですか、風と大地のコンビ!カッコいいと思います!」 「むむ?」 ユマが、ポンと両手を叩いてシエルを褒め称えた。 「うむ、俺たちのチームにも、反対の属性のコンビがいるぞ。とても強い」 「お、おお」 普段よりもストレートな物言いで持ち上げるブリット。 「空と地を統べる覇者!」 「驚天動地の二人組、というわけだな」 「よしマサト!皆にあたし達のサイキョーコンビネーションを見せてやろう!」 「う、うん。頑張ろうね」 シエルが納得したならそれでいい。 シエルは小さな両手と正人の大きな右手を合わせ、意気込みを新たにするのであった。 「えー……何から何までありがとうございました」 「いえいえ!困った時はお互い様です!」 深々と頭を下げる正人に、ユマは軽く手を振って笑った。 「どうでしたか?不思議パワー体験入門編は」 「思っていたよりも身近なものなのだな、と、改めて実感が湧きました」 肩の上に座るシエルの頭を撫でながら、正人は言った。 なんだよぉ、と言いつつも、気持ち良さそうに目を細めるシエルも、己の中のマイトも、紛れもなく現実だ。 「戦いで役立つかはさておいて、もっと色々学んでみたいと思います」 「はい!頑張って下さい!」 そんな正人の様子に、ユマも満足そうに笑うのだった。 「代わりといってはなんだが、1つ、頼みがある」 「はい?」 「気にかけて欲しいのが1人いてな」 「ブレイブナイツのどなたか、ということですか?」 「う、む」 なんでしょう、と答える正人に、ブリットは歯切れ悪く言った。 「貴様も薄々気付いているとは思うが……先程のマイトの原則を無視した人間が仲間に1人いてな」 「……」 「ふぅむ」 「大丈夫か?マサト。なんか難しい顔してる」 「うーん。難しいねぇ、確かに」 「??」 シエルの質問に対する答えになっているのかいないのか。 先程のブリットの頼みとは、中々に難題だった。 無論、強制でもなんでもないのだが。 身内ではないが、確かにデリケートな問題であるのはよくわかった。 ガンッ! 「!」 「わ!?」 そんな時だった。 不意に大きな音が、正人とシエルの耳をつんざいた。 「な、なんだあ?今の音は」 「……行ってみよう」 「あ、危なくないか?」 「そう思ったらすぐ逃げよう」 異論はないようだった。 シエルは頷くと、緊張した面持ちで正人のシャツの襟首にしがみついた。 何事もなければいいが、音の発生理由位は確認しなければ。 正人は音のした方へと、慎重に歩を進めた。 「……んん?」 「どうしたの、シエル?」 シエルがなにかに気づいた。 耳に手をあて、訝しげな表情を浮かべている。 「……すすり泣きが聞こえる」 「泣き声……?」 「気を付けろマサト。ゴーストかもしれない」 ここに来てオカルト発生か。 幽霊が悪意をもって人に害を及ぼす事がある、というのは、この世界では当たり前の事だと聞いたことがあった。 確か、魔術を産み出すマナとは真逆の性質をもつ、デッドリーマナとか言うものが原因だったか。 「……何て1日だ」 せめて今日はもう、オカルト体験は遠慮したかったのだが。 相当に緊張していたのだろう。 思いの外、マイト体験は正人の体を消耗させていた。 確認だけしたら、やはり即撤退がベストな選択だろう。 「……あれ」 通路を進むこと少し。 音の発生源と思われるものに遭遇した。 「エリィさん?」 「正人さん!どうしたんです?こんなところで」 変則ツインテールの金髪が特徴的な少女、エリス=ベルこと、エリィだった。 「おい、こっちから変な音しなかったか?こうー、ばんっ!と」 シエルがエリィの目の前まで飛んでいき、大きな身ぶり手振りを交えながら一生懸命説明するが、エリィは首を振った。 「シローが訓練でもしてるんじゃないかな?いつも壁にめり込んでるし……あ、最近めり込み率減ってたんだった」 「で、でもめり込むのか」 「めり込むよー、それはもう深々と」 「……おぉう」 確率が減ったところで、めり込みがあることには変わりはないらしい。 のーてんきなシエルも、これには思わずゴクリと唾を飲み込む。 「訓練室の近く通るときは、シエルちゃんも気を付けてね!危ないから」 「お、おう!気を付ける!」 余程怖くなったのか、ぶるりと体を震わせながら、シエルはエリィを見送る。 「とは言え、訓練後に壁の損傷は直しておくようですし、今回のケースとは、かなり異なるもののようですが」 「!」 正人が、少し奥の通路の壁を撫でながら、エリィを言外に制止した。 「……あちゃー」 正人が撫でている壁は、下地となっている謎の材質の上から、空賊の誰かが補修したものと思える木材が立て付けられていて、それがものの見事に破壊されている。 状況から見て、十中八九、この少女の仕業である。 完全犯罪とはかくも難しいものなのか、等といいながら、エリィは後頭部を掻きながら正人に向かって振り返った。 「計画犯罪ですら、穴が出来るものです。感情に走った犯人が、完全犯罪など不可能ですよ」 「……ですよね」 うー、と唸りながら、エリィは座り込んでしまった。 「後で一緒に謝りにいってあげます。ママさんは女性には寛大ですし、大して怒られることもないでしょう」 「すみません……」 「何か、思い詰めていることでもあるのですか?」 「!」 とんとん、と、自らの頬を指し示す正人。 エリィの頬には、僅かに湿り気を帯びており、恐らくは先ほどシエルが耳にしたというすすり泣きの出所もそこなのだろう。 正人は廊下に腰を下ろした。 シエルは破壊された板をペタペタ触り、すげーすげーと驚いていた。 「悩みというのは、誰かに話をするだけでも違うものです。兄弟子であるところの私に話してみませんか?」 「……兄弟子、ですか」 ぷっ、と、思わず吹き出すエリィに、正人は頷く。 「エナさんに魔法を習う同門生じゃないですか」 「そーですねっ」 正人のとなりに腰を下ろすエリィ。 それは悩みを聞いてくれ、という意思表示であった。 「……」 数秒、間が空いた。 床を見つめたままエリィはなにも言わず、話をあれこれ組み立てているようだった。 正人は急かさず、それを待った。 「や、私、魔法が習得できるかも、って思って、すごく舞い上がっちゃいまして」 「すごい勢いで飛び込んで来ましたものね」 登場時のテンションを思い出したのか、頬が赤く染まったが、それも一瞬。 普段は見せない真面目な表情で、彼女はポツリポツリと独白を始めた。 「私、昔から何でも出来て。一回やれば、大抵のことは人並み以上にこなせました」 「天才、というやつですね」 「……」 エリィは否定しなかった。 「でも、目立つとあまり良いことがなかったので、私は努力を止めました」 「……なるほど」 過ぎた力は災いを呼ぶ、とはよくいったもので、例え年齢が一桁の時分であっても、異端視され、コミュニティから過剰に弾かれることがままある。 恐らくは思い出したくもない目に遭ったこともあるのだろう。 それゆえに彼女は、自らの能力を秘匿してきたのだと、正人は察する。 「でも、勉強よりも、スポーツよりも、一番頑張らなきゃいけない事が、私には出来なかった」 「……!それは」 「……私、生まれつきマイトが無いんです」 原則として、1人につき1つ、マイトの属性は宿る。 それは異世界で生まれたものも例外ではなく、生きてさえいれば、生命力は無自覚にも発生するものだと、ブリット達は言った。 限界を越えて発生するでもなく、2つあるわけでもない。 その、例外中の例外。 生きているのに、生命エネルギーであるマイトが存在しない。 先程のブリットの頼みというのは、正にこれだった。 エリィの事を気にかけてやってくれ、と。 「勉強なんて、どうでもいい。スポーツなんてできなくっていい。怪我をしたシローを、ママみたいにマイトで治してあげたかった」 「彼に何か、深い思い入れが?」 「……」 正人の声音には冷やかすような含みはなく、故にエリィは目を伏せて何も答えなかった。 それは1つの答えであったが、志狼とエリィの間に何があるのか、余人には計り知れないものがあるのだろうと、正人は思った。 周りはすぐに志狼との関係を茶化すが、エリィはその気がなかった。 そんな気持ちを抱いてはいけない、という強迫観念が、彼女を支配していた。 「足掻いて足掻いて、ありとあらゆる手段を試しました。でも、マイトだけは、それだけはものに出来なかった」 「……」 「異界渡りをした後も、色々な世界の、色々な力を修得出来ないか、一通り試しました。でも、ダメでした。エナちゃんの授業を受けて、何で出来なかったのかが、やっとわかりました」 「頭で理解すれば使える、というような領域の話ではないようですからね……こればかりは」 ビジョンを見た直後ゆえか、正人はエナの解説がいかに適切だったか、本能的に理解できた。 ビジョンで己の中にあるマイトを知覚したところで、それをどう体外に発現させたらいいのか分からないのがいい例だ。 「世界最高峰のマイト使いですよ?両親ともに。実の娘じゃ、ないんじゃないか、って思うこともあって……」 「……」 あの冗談のような若い容姿が、エリィの不安に更なる拍車をかけていた。 普通であれば笑い事で済むような話も、彼女の場合はシャレで済まない。 「でも、正人さんのおかげで、少しだけそんな不安が解消されました」 「え?」 そこに自分の名前が出てくるなどとは夢にも思っていなかった正人は、思わず自らを指差した。 「異世界の人にも、マイトは宿ってるって分かりましたから」 「……ひょっとして、自分は拾われた異世界人だからマイトが無いんじゃないかと?」 「色んな可能性を考えましたから。妖魔界の存在を知ってからは、余計にそんな考えも浮かんでました」 「確か、エリィさんたちの世界の敵勢種族で、異世界からの侵略者なのでしたっけ」 普段自分達が暮らしていた世界とは別次元の異世界である妖魔界の存在を知り、エリィはその2つの世界とはさらに別の世界があるであろうと、予測をつけていたという。 なまじ頭の回転が速いと、最悪の事態として、ネガティブな思考が渦を巻いてしまう。 「今まで、他の世界の力を使おうとした人は、知りうる限り、ラストガーディアンにはいませんでしたから、確証が持てませんでした」 「お役に立てたなら良かったです」 力なくも笑顔を見せるエリィに、正人も笑顔を返した。 「意識していなくても、誰かの役に立っている事もある、ということでしょうか」 「……」 含みを持たせた正人の笑みに、エリィの笑みが消える。 「エリィさん。貴女は、貴女が担っている役割に気付いていないようですね」 「ありませんよ、そんなもの。食事も、洗濯も、掃除も、戦闘補助も、私は何一つ…」 「貴女は人を笑顔にすることができる」 「……」 そんなこと?と言わんばかりの渋い表情を見せるエリィに、正人は苦笑して首を振る。 「私たち戦士にとって、それは貴女が思っている以上に大切なことなのです」 「……だって私、守られてばっかりで……」 「仲間の誰かがあなたのそれを、批難したことがありますか?」 「!」 無かった。 ただの1度として、仲間たちに責められたことなどない。 「私たちの基地にも、最近赤子が生まれました。その無垢な寝顔や、無邪気な笑顔や、元気な泣き声を聞くたびに、私たちは改めて、何のために戦うのか、再認識したものです」 「赤ちゃんはそれでいいけど、私はそうはいかない」 「……っ、エリィさん……?」 「…んん!?」 エリィの声音が、いや、その身に纏っている雰囲気が急に変わった。 直感的にそれを察知した正人とシエルは、反射的に身構えてしまった。 顔を両手で覆い、エリィはうわ言のようにぶつぶつと呟き始めた。 「何をしたいのか、具体的に考える?私は……私はね……!」 正人とシエルは、エリィが顔を覆っている両手の指の隙間から、僅かに光が漏れたように見えた。 それはまるで、ルビーに光を透かしたような、赤い光。 「私は……そう、あたしは、あいつらが出来ないことを全部やれる……!」 「……!?」 普段のエリィとは似ても似つかない笑みが、その口許に浮かんでいる。 何が起きているのかは分からないが、これは明らかに異常事態である。 誰かを呼ぶべきだろうか。 正人が逡巡していると、 ポコッ 「あいたっ!?」 エリィの頭を、軽く何かが叩いた。 「コラ、これお前が壊したのか?」 「え?」 いつの間に近付いてきたのか。 エリィの頭をキセルで小突いたのは、皆からホネ呼ばわりされている大魔道師グリモワールであった。 その顔を視界に納めたエリィは、顔面蒼白になりながら、息を大きく吸い込み、 「ーーー!!!!」 音にならない絶叫を上げた。 「とまぁ、これが風の力の応用だ。隊長殿」 耳元で騒がれちゃ敵わんからな、と笑いながら言うグリモワール。 喉元を押さえながら目を白黒させているエリィを見れば、グリモワールが消音の魔法を使ったのだろう、と知れた。 しかし、正人はいきなり現れたグリモワールに驚くよりもまず、ホッと胸を撫で下ろした。 腕をパタパタ動かしながら何かを訴えているエリィを見れば、先程の異変は鳴りを潜めているのが分かったからだ。 「まぁ、壁はリニューアルするから壊しても問題ないんだがな」 「小突かれ損!?あ、声戻った!」 「突っ込む余裕が出てきたか、金髪お嬢。結構結構」 かっかっか、と笑うグリモワール。 対するエリィは、唇を尖らせて恨めしそうにグリモワールを睨んだ。 「てなわけで、壁のことは別に謝りにいかなくていいぞ。まだ壊し足りないなら、リニューアルついでに壊す予定の場所教えてやるし」 「……お願いします〜。ストレス貯まってるんでっ」 「日取りが決まったら知らせてやるよ、金髪お嬢。蹴りでも掌低でも、好きなだけぶちこめ」 「んじゃ、遠慮なくっ」 頬を膨らませて、 エリィは踵を返す。 が、なにかを思い出したように、クルリと更に半回転。 「正人さん、ありがとうございました!おかげでちょっと気持ちが軽くなりました!」 「どういたしまして。お互い、頑張りましょう」 軽く手を振り、エリィは足早に駆けていった。 足音が遠退いたのを確認し、正人は疑問をグリモワールにストレートにぶつけてみた。 「今、引き戻すためにショックを与えたんですよね?」 「おう。理由は適当だ」 適当な理由で小突かれた、というのは、彼女自身も気付いていたようだが、恐らく何故小突かれたのか、と言うところまでは理解できていないだろう。 あくまで『彼女自身』の意識は、あの時確かに、完全に飛んでいた。 「……しかし、今のは一体……」 「んー、なんつーか、簡単に言っちまえばあの金髪お嬢は、超強烈な霊媒体質っつーかな」 「霊媒体質、ですか?」 「縛りはあるようだが、死んだ人間の経験や能力を使える能力者っぽいな。上手く使えりゃ、チートな能力に化けるかもだが……」 「やはり、リスクが?」 「お前、率直にさっきの状態どう思った?」 「どう、ですか」 あの時、エリィの雰囲気が豹変した際に、正人は何を感じたのか。 「……悪意や敵意、邪悪な感じはしませんでした」 星間犯罪者や、あのレオニスのような、ストレートな敵対意思などは感じなかった。 「そうだな」 「ただ……」 「ただ?」 あの赤い光と、笑みを見た瞬間。 確かに抱いた感情があった。 「あのままでは、"エリィさんが"まずいのではないか、と……」 「正解。いい直感してるぜ」 グリモワールの称賛に、正人は苦笑いする。 「最も、根拠は何も無いのですが」 「いいんだよ、それで。直感は大事だぞ。不思議パワーと付き合うならな」 「はい」 エナによる『気付き』や、マイトの『潜る』を体験した今なら、よくわかる話だった。 さっきの続きなんだが、と、グリモワールは話を続ける。 「器が気をしっかり保たないと、体を乗っ取られちまう可能性がある。さっきはその寸前だったって訳だ」 「……すぐに誰かを呼ぶべきでしたね」 今更ながらに正人の背中を冷たいものが伝った。 「それでなくてもあの金髪お嬢は、ゴーストの類いが、生きてる人間と見分けがつかないレベルで感じられちまう感性の高さの持ち主だ。見えるだけじゃなくて触れたりしちまうから、質の悪いのに何度か襲われたことがあんじゃねーかな。俺様のこの姿を極度に怖がるのは、そのせいだろうぜ」 「……なるほど」 「気ぃ付けて見ててやんな。ヤバイと思ったら、シエルに小突いてもらえ。まぁ俺様が近くにいりゃ、また小突いてやるが」 色んな意味で、見てておもしれーからな、と、グリモワールは笑った。 「あの、彼女にマイトが無いのも、その辺りに理由が?」 「そりゃ別口だ。全くの無関係って訳でもないんだが」 「別口?」 関係しているような、そうでもないような。 相変わらず要領を得ない回答に、正人は困惑するしかない。 コツコツ、と、小気味のいい音を立てつつ、キセルで自らの頭蓋骨を叩きながら、グリモワールは不機嫌そうに言った。 「さっき出掛かってた奴の、性悪な仕掛けのせいだ。無いんじゃなくて、出せないんだよ、表に」 「え!?」 今なにか、とても大事なことをさらりと言われたような。 「お知り合いなんですか?その、先程出掛かってた方、というのは?」 「やめてくれ、そんな仲良いんですか?って感じのニュアンスで聞くのは。鳥肌が立っちまうわ」 皮膚ねーけどな、と言いつつ、両肩の辺りをわざとらしく擦るグリモワール。 正人はさらに質問を重ねる。 「し、しかし、同じくマイトを操る皆さんは、エリィさんにはマイトが存在しないと」 「いやいやお前、マイトの原則言ってみろ?」 「……生きていれば、万物に宿る生体エネルギー」 「そう。例外なく、な」 「……!」 これは吉報なのではないだろうか。 きっと関係者が聞けば、喜ぶに違いない。 「しかし……、ゴーストに襲われたり、突出しすぎる能力の持ち主であったり、その上マイトが使えないとは、相当な苦労があったのでしょうね」 「そう言う星のもとに生まれちまったんだろうなぁ。たまーにいるんだよ。『代表者』って呼ばれる宿命を持って生まれてくるやつが」 「……『代表者』?」 「世界の敵と戦うために、世界に選ばれる人間のことだ。広義の意味じゃ、お前もそうなんじゃないか?『勇帝の後継者』」 「ッ!」 本日最高の衝撃を受ける発言であった。 「もしや貴方は、先代と面識が……?」 「さーてな。宇宙は狭くて広いんだぜ?神条正人」 かっかっかと笑いながら、キセルをくわえたホネは、ふわふわと通路の奥へと消えていった。 「……また、教わりたいことが増えてしまったな」 面倒ごとが人一倍嫌いな性格から、自分からは決してペラペラと喋ることはしないが、聞きさえすれば、良くも悪くも、嘘偽りなく様々なことを教えてくれる。 グリモワールの人となりを何となく理解し始めた多分弟子、恐らく2号は、壊れた壁をペタペタ触っていたシエルを伴って歩き始めた。
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