「「!!!!」」

突然ロードと志狼は木刀を放り捨てると、それぞれの愛刀の柄に手にかける。
森の一点を睨みつけ、動かない。

「ど、どうしたの?ロード」
「?シロー?」

二人の表情を見て、ただ事ではない事を悟ったフェアリスとエリィは、
それぞれロードと志狼の後に回りこむ。

「皆、おるか?」
「!お、叔母さま!」
「葛葉おば様?」

ロードと志狼が睨み付けるその一点から、ゆっくりと葛葉が現れた。
トリニティの刺客でも現れたのかと、ドキドキしていたフェアリスとエリィが、安心して葛葉に近寄ろうとする。

「待てッッ!!!」
「近づくな!!!」
「「!?」」

フェアリスをロードが。エリィを志狼が腕を掴み、強く引き寄せる。

「二人はあの尋常じゃない殺気を感じないのか!?」
「殺気ッ!?」

信じられないといった表情で、フェアリスがロードを見る。

「いや〜・・・無理ってモンでしょそりゃ」
「シロー?」

ロードの言葉に、苦笑しながら反論する志狼。
志狼に腕を掴まれているエリィは、いち早く志狼の変化に気がついた。

「殺気が強烈すぎて、麻痺してんのさ、二人とも・・・!」

志狼は震えていた。
どんな強敵にも怯むことなく、真っ向から勝負を挑む、あの志狼が。
そんな志狼を見ていて、エリィとフェアリスは今のこの現状を、やっと認識する事が出来た。
非常に、危険であると。

「ちょっとでも耐性ができてる自分が、今は恨めしいぜ・・・ッ!」

志狼は吐きすてるように言った。
エリィやフェアリスのように殺気に対して免疫が薄ければ、変な話だが体が自由に動く分、今よりマシだったかもしれない。
ニタリと、普段ではとても見せない、不気味な笑顔をこちらに向けてくる葛葉。
全員の血の気が一瞬でひいていき、背筋に冷たいものが走る。
葛葉の手には、いつものアーサキャリバーと、もう片方の手には怪しく黒光りする見慣れぬ剣。

「まさかあれ・・・ッ!?」
「そう、その通り。あの魔剣がより強力な・・・邪剣に生まれ変わったのだ」

志狼の問いに、世間話でもするかのように返す葛葉。

「その邪剣で・・・師匠は何をしようというのです!!」

聞くだけ時間の無駄だと分かってはいるが、信じられない。
いや。信じたくない。

(正気に戻ってください、師匠!)

そんなロードの期待を裏切り・・・葛葉はゆっくりと、聞き取りやすい声で、はっきりと言う。

「お前達を殺す」

一気に、殺気が膨れ上がる。

「・・・ッッ!!!」

まるで、前から見えない壁が迫ってきているような凄まじい圧力を感じ、志狼達は後ろに下がってしまう。

「愛しい子らよ。我が手に掛かり、永遠に私の中で生きておくれ」


ドンッッ!!


地を揺るがし、葛葉が一直線に突っ込んでくる。
狂気の笑いを貼り付けながら、左手の邪剣を振りかぶる。

「グッ!レイウォールッッ!!!」

ローディアンソードを掲げ、全員を覆うように光の壁を作り出すロード。
だが。

「あぶねえッ!!避けろおッッ!!!」


ズガアアアアアアッ!!


「なあ!?」

葛葉の振り下ろした邪剣は、苦も無くレイウォールを切裂き、砂塵を巻き起こし地面を抉り取る。
とっさの志狼の言葉が無かったら、今ごろロードとフェアリスは真っ二つになっていたかもしれない。
ただ、それだけ凄まじい斬撃だっただけに、ロードは無事では済まなかった。

「グ・・・アア・・・!」
「ロード!ロードぉ!しっかりして!」

砂塵が収まると、地面に仰向けに倒れたロードと、膝をついてそれを揺り動かしているフェアリスの姿が見える。
頭部から股間部分まで、一直線に伸びた深い傷痕が、スパークを起こしている。

「たった一回振り下ろしただけで・・・!」

詳しい事は分からないが、下手をすると既に致命傷かもしれない。
冗談の一言では済ませられない一太刀だ。
自分の愛弟子を斬り付けたというのに、後悔の表情どころか・・・葛葉は笑みを浮かべていた。
氷のように、冷たい笑みを。エリィは、心のそこから震えた。

「葛葉さん・・・本気なんだな・・・ッ!!」
「当然だ」

志狼はナイトブレードを手に、前に進み出る。

「そうやって、エリィやフェアリスも殺すつもりか」
「そうだ」

エリィはロードを半狂乱になって揺り動かす、フェアリスの近くに走った。
それを後手に庇いながら、ゆっくりと構える志狼。

「なら・・・」
「なら、なんだ?」

もはや、震えは無い。今ここで退けば、確実に大事な者たちが命を落す。
大きく息を吸い、腹に力を込め、一言。

「倒すッッ!!」

志狼は一気に間合いを詰め、葛葉に向かって斬りかかる!

「は、はははは・・・ははははははははは!!」

葛葉はケラケラと笑いながら、アーサキャリバーと痕喰を交差させて振りかぶると、その重量に任せて一気に振り下ろす。


ズババババババシュッッ!!!!


「ぐああああっ!!」

凄まじい剣圧が、志狼を襲う。
全身を斬裂かれ、血飛沫が飛ぶ。
間髪おかずに葛葉は、志狼の腹を蹴り上げ、樹に叩き付ける。

「グホッ・・・!まだまだあ・・・ッ」
「終わりだよ」


ズンッッ!!!!


葛葉は志狼の右肩に、痕喰を突き立て、樹に繋ぎとめる。

「・・・・・・ぁッッッ!!!!」

凄まじい激痛に、志狼は悲鳴をあげることも出来ない。

「シロォ――――――ッッ!!!!」

エリィの絶叫があたりに響き渡る。

「苦痛であろう?苦痛であろうなあ・・・すぐにそれも無くなる」
「やめてえええええええ!!」

エリィの絶叫と共に、アーサキャリバーが振り下ろされる。
と、その時!
高エネルギーが葛葉に直撃し、その身が爆煙に包まれる。

「か、間一髪だったな」
「て、テイト君!」

葛葉の現れた方向から、右手を翳しながら、腹に左手を添えたテイトがその姿を現した。
高エネルギーの正体は、テイトの雷魔法『ライトニングブレイカー』だったらしい。
だが、左手が添えられた腹からは、大量の血が滲み出していた。

「ちいっとしくじっちまってな。ここまで来るのに時間が掛かっちまった」
「まだ生きていたか」
「・・・チッ!倒せるとは思ってなかったけどよ」

爆煙が晴れると、志狼から引き抜いた痕喰とアーサキャリバーを構えた、無傷の葛葉が立っていた。

「それでこそ、殺し甲斐がある。愛しい子よ・・・」

アーサキャリバーを振り上げ、テイトに斬りかかる葛葉。


ドンドンドンドンッッッ!!!!


「!」

と、葛葉の足もとで小爆発が起きる。
葛葉は軽いステップで後方に飛び退る。

「良いな。ますます」
「!志狼!」
「ぜッ・・・ぜッ・・・ぜッ」

肩で息をしながら、左手で持ったナイトブレードを振り切った体勢で、志狼が立っていた。

「て、テイト。もう一発だ!」
「任せろ!響け、怒りの雷よ!」

テイトは、魔法の発動キーワードを口にすると、両腕を前に掲げる。

「ライトニングブレイカァアアー!!!」

先ほどと同じ、雷の束が葛葉に襲い掛かる。

「同じ手は二度喰わんよ」
「同じじゃねェ!!」
「何?」

志狼の掲げたナイトブレードの周りを、数十の雷の弾丸が取り巻いている。

「!」
「合わせるっ!!爆裂雷孔弾!!!」


ドガガガガガガガガガガッ!!!!


ナイトブレードを振りぬくと、数十の雷の弾丸が次々に放たれ、テイトの放った雷の束の周りを高速旋回し、凄まじい回転力を生み出す。

「「いけええええ!!!!『ライトニングスパイラル』ッッッッ!!!!」」

ドガアアアアアアッッ!!!!

完全に油断していた葛葉に、雷のドリルエネルギーが突き刺さり、大爆発を巻き起こす。

「や・・・やったか?」

よろりと体を傾け、地面に倒れこむテイト。
志狼は爆炎を、目を凝らしてジッと見つめる。

「!!来るっ!!」


ブンッ!!


「面白いな・・・面白いなぁ・・・ハハハ・・・ハハハハハハハ!!」

アーサキャリバーを一振りし、爆炎を吹き飛ばすと、痕喰を振りかぶりながら志狼に向かって飛び掛ってくる葛葉。

「・・・畜生ッ無傷かよ・・・ッ?」
「『電光石火』ァッッ!!」

足に雷のマイトを集中する志狼。超高速で葛葉の懐に飛び込み、無数の斬撃を繰り出す。

「笑止!!」


ガギギギギギギィン!!!!


「ぜ、全部防ぎやがった!!」
「電光石火?全てが丸見えよ」

片腕しか使えず、しかも傷だらけで、スピードが落ちているとはいえ、
あの巨大で高重量な痕喰とアーサキャリバーで、志狼のその全ての斬撃を捌ききる葛葉。

――だ、だめだ!桁が違いすぎる!?

瞬間、志狼をとてつもない脱力感が襲う。


ビシッッ!!


「あきらめるな!!」
「!ほう・・・」

今まさに、志狼に斬りかかろうとしていた葛葉を足止めしたものは、痕喰に絡み付いている光の鞭。

「ろ、ロード!!」

地面に膝をつきかかった志狼の意識を繋ぎとめたのは、鋼鉄の騎士ロードの言葉だった。

「志狼さん!!遅くなってすみません!!」
「フェアリスか!」

焦りが肝心な事を忘れさせていたような気がする。
そう。こちらには癒しの少女・・・フェアリスがいたのだ。
そして錯乱しかかっていたフェアリスを宥めて正気に戻し、ロードの治療をさせたのは・・・

「シロー!」
「サンキューエリィ!!」
「うん♪」

涙でくしゃくしゃになりながらも、サムズアップするエリィだった。

「志狼!合わせるぞ!!」
「・・・分かった!!」

順手で構えていたナイトブレードを放り投げ、逆手に持ち替える志狼。
痕喰を拘束していたディメンシアウィップを消失させると、ローディアンソードに渾身の光の力を集約していくロード。

「来い」
「「うおおおおおおおおおお!!!!」」

前後から挟み撃ち。
剣に全ての力を収束させる二人。
迷わない。躊躇わない。一歩も退かない。
前へ。前へ。ただひたすらに、前へ!

「「たああああああああああああああああああッッ!!!!」」

光り輝くローディアンソードを打ち下ろし、下段に構えた金色のナイトブレードを打ち上げる。
彼等が今放てる、間違いなく最強の剣撃だった。
だが。

「温い」


ガギキィイ・・・ン・・・ッ!!


「「「「「・・・ッッ!!」」」」」

――駄目かッ!!

絶句するしかなかった。
前から切りかかるロードの剣を左手の痕喰で、後から迫る志狼の剣は、逆手に持ち替えたアーサキャリバーを後に手を回した状態で、いとも簡単に受け止められてしまった。
押し切ろうと力を込めても・・・ビクともしなかった。
それどころか。


クンッ


「「うわあああああ!?」」

葛葉が少し手首を捻っただけで、志狼とロードは数メートル先まで、一気に吹き飛ばされた。

「苦しみが長引くだけぞ。そろそろ死ね」

両腕を振りかぶり、一気に振り下ろす。


ズバシャアアアアア!!!!


「「が・・・ああ!!」」

先ほど志狼に放った波状の剣圧を一方向に集中、圧縮したものを、ロードと志狼に向かって放つ葛葉。
避ける事もできずに、ロードは再びボロボロに。
志狼は左肩を斬裂かれ。
両名とも、地面に崩れ落ちた。

「さて・・・次は」

倒れた戦士たちを満足げに見やると、エリィとフェアリスに向かって向き直る葛葉。
エリィはフェアリスをその背に庇い、少しずつ少しずつ後ろに下がっていく。
葛葉は怪しく微笑みながら、一歩一歩二人に近づいていく。

「こ、こっちにこないで下さい」
「う・・・あ・・・」

震えながら後ろに下がる、エリィとフェアリス。

「何を怖がる必要がある。自らこちらに進み出んか」

微笑みを消さずに、悠然と歩み寄る葛葉。


ドンッ


「!!」

エリィとフェアリスの背中が、樹にぶつかる。

――これ以上後ろに下がれない

呆然と樹を見つめ、そしてゆっくりと、その歩を進める葛葉を見るエリィ。
その後の展開など、火を見るより明らかだった。

「いや・・・こっちにこないで」
「あ・・・ああ・・・」

2人の拒絶の声を聞いてもなお、その歩を進める葛葉。

「「いやあああああああ!!!!!」」
「「止れ」」
「!」

エリィとフェアリスの悲鳴に反応したのか、葛葉と彼女達の間に、志狼とテイトが立ちふさがる。
テイトは血まみれの両腕を前に翳し、志狼は口にナイトブレードを咥えていた。
全身血まみれ、息も絶え絶え・・・立っているのが奇跡だった。

「・・・どけ。愛しい子らよ」
「「どけねェな」」

短くそう言い放つ黒髪の騎士と、金髪の闘士。
その目にはあふれんばかりの、未だ霞まぬ光が宿っている。

「し、シロー・・・!」
「テイト君!!」
「もういいのだ。ゆっくりと休むがよい」

葛葉はやさしく微笑み、首を振る。

「「・・・!!」」

一瞬。
瞬きをするその一瞬に、志狼とテイトの間に立ち、逆手に持つ両手の刀を首筋に押し当てる葛葉。
後は両方の手を、胸の前で交差させるだけ。

――そうすれば2人の命は永遠に私のもの。

「おやすみ」


バシュッッ!!


血が、辺りに勢いよく飛び散る。

「・・・な、何!?」

邪剣に取り付かれた葛葉が、初めて狼狽する。
それもそのはず。
噴出した血の主は、志狼とテイトではなかった。

「あ・・・!」
「お、おじ様ああ!!」

志狼とテイトを両脇に抱えた、剣十郎の肩から流れ出ていた血だった。

「剣十郎さん・・・?」

テイトの弱々しい呟きに、剣十郎は力強く頷く。

「お前にしては上出来だ」
「おせーぞ・・・クソオヤジ」

傷を全く気にすることなく、志狼とテイトをエリィとフェアリスの近くの地面に横たえる剣十郎。

「後は任せろ」

スッと立つと、葛葉を見つめる。

「お、おじ様!肩!肩の怪我!」
「エリィ、騒ぎすぎ」

エリィがあたふたするのを、志狼が止める。

「だってだって!」
「・・・よく見ろよ」

言われてエリィは、流血している剣十郎の肩を見る。
と・・・

「・・・あれ?」

たしかに血が出た後はある。
愛用の胴着には、血痕が残っているのだから。
だが、肝心の剣十郎の皮膚には、どこにも裂傷など無かった。

「ま、ましゃか・・・!」
「オヤジは怪我なんかしても5秒ありゃ塞がっちまうんだよ。完全にな」
「「「「・・・・・・!!??」」」」
「傷を負って、治して、また傷を負って…数え切れないほどそんな事を繰り返してたら、体が勝手にそうなっちまったんだと」

志狼の呟きに、ロード、フェアリス、テイト、エリィの四人はあいた口が塞がらなかった。

「だがな・・・オヤジが怪我するところを見るなんざ、片手の指でも楽勝で数えられるるほどしか記憶にねェ。やっぱハンパじゃねえよ。葛葉さん」


ゴクリ・・・


志狼が唾を飲み込む音が、いやに大きく聞こえた。
志狼の言わんとしようとしていることが、やっと理解できた。

――この2人が今、本気でぶつかろうとしている・・・?

どうなるものか、誰も予想がつかなかった。
剣十郎は厳しい眼つきで葛葉を見つめる。

「葛葉殿。気をしっかりお持ちくだされ」
「剣十郎様・・・!ああ、来てくれたのですね?愛しい愛しい剣十郎様。私が今この手で」
「黙れッッ!!!」

雷のような叫びが、鼓膜を突き抜ける。

「葛葉殿の口で軽々しく喋るなッ三流邪剣如きが!」
「な・・・!?」

葛葉が硬直する。
あきらかに動揺している。

「葛葉殿!貴方はそんな邪剣ごときに屈するほど、弱い精神の持ち主ではないはず!!
 心をしっかりと保つのです!!邪剣の囁くままに言葉を口にしてはなりません!!」
「わ、私は・・・私は・・・あ、あああ」

ガクガクと、葛葉の体が痙攣する。
彼女の体の中で、彼女と邪剣の意識がせめぎあっているのがその場の全員に理解できる。
そして、アーサキャリバーを持つ右の…目に、正気に光が宿る。

「剣十郎様…わ、私を…私を、ころ、して」
「!!」

葛葉の言葉に、満身創痍の戦士達の応急処置に奔走する少女達は息を呑む。

「も、はや、私と、邪剣は分離不能なほど、ゆ、融合してしまいました。取り返しのつかないことをする前に、は、早く私を…私を…」
「葛葉殿…」
「剣十郎」
「!岩鉄殿」

剣十郎の後ろから、岩鉄が一振りの刀を持って現れた。

「剣十郎。…楽してやンな」

岩鉄は、剣十郎の手にその刀を手渡した。

「…」

剣十郎は無言でそれを受け取り、目を瞑ると鞘から刀を引き抜いた。

「もはや、殺るしかあるまい」

目を開いた瞬間、凄まじい殺気が葛葉を襲う。
眼力だけで草木が揺れ、空気が震える。

「ひっ…!…ふふ」

痕喰を持つ左の顔が醜く恐怖に引きつり、アーサキャリバーを持つ右の顔は、穏やかとも取れる微笑を浮かべている。
それは、奇妙な光景だった。

「ゆくぞッ!!『斬悔』!!」


スラリ


ゆっくりと鞘から引き抜いたそれは、神々しい輝きを持っていた。

「…綺麗」

フェアリスが呟きを漏らした次の瞬間、その煌きは葛葉の首元に迫っていた。

「!!な、ぁあ!?」


ギィチイイイイイイイイイイインッッ!!


間一髪、痕喰が割って入り、刀を受け止める。

「なんてスピードだ…動きが拾いきれなかった…!」

ロードがこういうのも無理は無い。
ほんの一瞬。人間が瞬きするその一瞬で、剣十郎は数メートルの距離を埋めて、葛葉に斬りかかったのだから。

「オヤジは戦闘中、ずっと足にマイトを集中していられるのさ」
「…!それって、つまり」

御剣流剣術・電光石火。
その名の通り、電光石火で敵を斬りつける、御剣流の秘剣だ。
だが、それは斬撃の類ではない。

「電光石火は、歩法なんだよ」

素早く移動するための、特殊な歩法。
志狼はまだ未熟なために、ほんの一瞬しかこれを継続して使うことは出来ないが、剣十郎は違う。
その絶大なマイトの総量から、戦闘中ずっと電光石火の効果を発現しながら戦えるのである。
剣十郎のような巨漢があれほど素早く移動しながら戦えるのは、そういうことなのだった。
むしろ…

「それに着いていけてる…いや、完全に捕らえきっている葛葉さんのほうが…すげェ」

そう、わずかに葛葉の方がスピードが上だ。

「ふふ…どうやら、私の方が速いようですね」
「む…!」

痕喰を振るう葛葉。剣十郎の頬から、血液が流れ出る。
元々葛葉はスピードを生かした戦い方を得意とする剣術家だ。
そこへ、痕喰の常軌を逸脱したパワーが合わさる。

「ああああああああああああッ!!」

アーサキャリバーと痕喰を振りかぶり、一気に振り下ろす。
距離を置いてかわす剣十郎だったが、2本の大剣から生じた衝撃波が、剣十郎の体のいたるところに裂傷を作る。

「はははははッ!!!どうしました!どうしました!?」

跳躍し、勢いをそのままに、アーサキャリバーを振り下ろす葛葉。
斬悔でそれを受け止める剣十郎だったが、身を翻し振るわれた痕喰に腹を斬り裂かれる。

「その程度ですか!?剣十郎様!!」
「ぐぬ…っ」

斬り裂かれた箇所は間髪置かずに再生される。だが、その両者の実力の間に生まれた差は縮まることは無い。
剣十郎や、志狼たちの考えている以上に、痕喰を手にした葛葉の力は桁外れに強くなっていた。

「…開封、するしかないな」
「…?」

剣十郎の呟きに、訝しげに眉をひそめる葛葉。
すると剣十郎は、導着に付着している自らの血を掬い取り、斬悔の刃の腹に、文字を描き始める。


――我、今一度、雷神の力を解き放ち、魔を滅する者也。


「使うぞ、エリク」

自らの親友が施した封印を、今、解き放つ。
血文字を、更に縦一線の血で塗りつぶし、翳した左手の甲に斬悔を突き刺す。

「!!??」
「ぬぐッ…!!ぬうううううあああああああああああああああああああああ!!」

根元まで突き刺された刀身を、更にゆっくりと引き抜く。
引き抜かれた刀身は、突き刺したそれ以前のそれとは異なり、長い。

「轟雷剣、招来ッッ!!!!」


ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!!!!


天より、雷が降り注ぎ、斬悔の刀身に収束していく。
それと共に、血に汚れた刀身が、神々しいまでの光を放ち始める。

「あれが…!!」
「轟雷剣だと…!?」

志狼たちは、剣十郎がしかと握り締める一振りの刀を凝視する。
太刀であった斬悔の姿が、剣十郎の身の丈ほどもある、長剣へと変貌した。

「我が体に刻印された、轟雷剣の記憶を、一時的に降ろす秘術…!しかと味わってもらおう」
「な…!?」

葛葉は驚愕に目を見開く。
斬悔の変貌振りよりなにより、彼女が感じたそれは、爆発的に増大した、剣十郎自身の力。

「マイトの総量が…更に上がった…!」

志狼が感じたそれは、斬悔に轟雷剣を『降ろした』瞬間だった。
恐らくは、先ほどの秘術には、剣十郎の封印されていたマイトを解放する役割もあったのだろう。
いつも感じている常軌を逸したマイトが、何倍にも膨れ上がった。
しかも恐らくは、今の葛葉との力の差を感じた剣十郎は、わざと血を流したのだろう。
何しろ、防御術である、雷結界を一度も使わなかったのだから。

「桁が…違う」

想像以上の遠い場所に、父はいるのだ。
志狼は愕然とした。そして想像する。これから始まる戦いの内容を。

「目を、放すもんか」

しかと目に焼き付けるのだ。最上の戦いというものを。

「ぜああああああああああああああああッ!!」
「ぬ、っくッ!!」

金属と金属のぶつかる、耳障りな音があたりに広がる。
速い。
電光石火を用いた剣十郎の速度が、先ほどよりも速くなった。
だが。

「ふふ…未だにスピードは、若干私の方が速い」

一瞬で葛葉の姿が消えうせる。
剣十郎が知覚した瞬間には、葛葉は自分の真後ろで、痕喰を振りかぶっていた。

(間に合わん…!)

振り返り、受け止めている時間は無い。
いかに凄まじい再生力を誇っているとしても、頭や背中をあの邪剣で斬り付けられれば、致命傷となるだろう。

(ならばッ)

剣十郎は振り返らずに、逆手に斬悔を持ち替え、背中に腕を回し、構える。


ガチィインッ!!


「な!?」

丁度、先ほど志狼の斬撃を受け止めたのと同じように、痕喰を完全に受け止められてしまった葛葉は、痕喰を振り下ろした体勢そのままに固まってしまう。

「力は、ワシの方が上手のようだな。邪剣よ」

力を込め、痕喰を弾く剣十郎。油断無く距離を開ける葛葉。
どうやら、剣の力を解放したことによって、能力付加による差は無くなったらしい。
残ったものは、各々の本来の持ち味である、スピードとパワー。

「あああっ!!」
「せああああッ!!」

剣十郎の剣が、葛葉の傍をかすめ、葛葉の剣が、剣十郎に無数の傷を作っていく。
それはあたかも、剣を携えた姫が、鬼を退治しているかのようだ。
だが実際には、聖なる鬼が、邪剣に魅入られた姫を滅しようとしているのだ。
時を越え、聖剣と魔剣が、神剣と邪剣が相見える。
岩鉄の瞳が、悲しみに彩られた。
剣鬼と剣姫の妖しの舞は続く。
剣十郎は跳躍し、木々の枝を飛び回り、天空より雷を召喚する。

「御雷落しッッ!!」

雷を剣に受け、一気に振り下ろす。

「ぬ、うあ、ああああ!」

痕喰とアーサキャリバーを交差させ、剣十郎の剣撃を受け止める葛葉。
体が沈み込み、自身を中心に地面にヒビが入る。
巧に剣を操り、剣十郎の剣を逸らせると、返す刀で剣十郎を斬りつける。
それだけで終わらず、2度3度、ほんの瞬きする一瞬で、剣十郎の体は裂傷だらけになる。

「ぬ、ッくッ!!」

だが、斬り裂かれた傍から再生し、尚も葛葉に斬りかかる剣十郎。

「雷・鳴・刃ッッ!!!」
「!!」

間一髪、葛葉は突き出された斬悔を回避する。
突き出された斬悔から、凄まじい衝撃が突き抜け、林の木々を倒し、岩を砕き、地面に溝を穿った。

「「…!!」」

弾かれたように互いが互いから距離をとり、視線が交差する。

(かわされた…!!まさか、あのスピードを)

剣十郎は自身の最速剣技、雷鳴刃をかわされたことに、顔には出さずに驚愕する。

(なんと言う力…!まともに喰らえば…!?)

葛葉…邪剣は、袖がボロボロになった腕を見る。

「…凄い」

戦いを見ていたエリィは、喉がカラカラになっていた。
実際に自分が戦っているのではないのに、凄まじい緊張感が全身を包んでいる。
隣を見ても、テイトやフェアリス、岩鉄までもが同じ表情で固まっている。
その中で、志狼とロードだけは、その戦いを無表情で見つめていた。
まるで、視覚にだけ、神経を集中しているかのような、そんな印象を受ける。
焼き付けているのだろう。自らが目指すべき、天上の戦いを。
そんな彼女達の見ている前で、葛葉が、にやりと笑う。

「!?」

そして、痕喰の柄が、まるで触手のように唸り、葛葉の左腕に巻き付いていく。

「!!いけねェ!!早く葛葉を倒せ剣十郎!!」
「!どういうことです、岩鉄殿!!」

急にうろたえ始めた岩鉄に、ロードが問い詰める。

「あの邪剣…葛葉の魂を喰い始めたんだッ!!早く倒さねェと、葛葉の魂は邪剣の中に取り込まれちまう!!一生救われねェ闇の中で生きることになる!!一生だ!!」
「…そ、そんな…!」

フェアリスが口元を押さえ、真っ青になる。

「魂を喰らい、完全にこの体を支配すれば…貴様など恐るるに足りん」
「…貴様…ッ!」

にやりと笑う葛葉。対照的に、烈火のごとき怒りを放つ剣十郎。
もはや、あの技しかない。
剣十郎は怒りを無理やり押さえつけ、深呼吸。目を瞑り、気を高める。

「何をしても無駄だ!既に我は魂を喰らい始めているのだぞ!!」

高らかに笑う葛葉。剣十郎は、もはや動じない。

「ここで、決める」

剣十郎は、傅き、地面に手をつける。

「雷縛鎖(らいばくさ)」


ジャララララララララッッ!!


地面から、無数の雷の鎖が飛び出し、葛葉の右腕を、アーサキャリバーごと拘束する。

「ぐ、ああああああああ!?」
「苦しいでしょう。もう少しの辛抱です」

鎖から走る電撃に、苦悶の表情を浮かべる葛葉。

「すぐに、楽になりますから」

剣十郎は、穏やかな笑顔で、葛葉に告げる。

「む、無駄だ…!こんなことをしても、魂の侵食は止まりはしない…ッ!!」

葛葉の表情は…狂笑。
高笑いをしつつ、涙を流している。穏やかな涙。それは、葛葉の物に間違いない。

「おじ様!!」
「叔母さまァああ!!」

凄惨な最後を予見した2人の少女は、涙を流しつつ、叫ばずには、いられなかった。

「御剣流剣術、奥義」

一度、天に剣を翳し、右足を引き、半身になると、胸の前で相手に向かって剣を構える。
背中に、マイトを収束させ、一気に開放する。

「うわ、あああああああああああああああ!?!?」

凄まじい殺気が、近づいてくる。
自分を殺そうとしている。
魂を喰らいきり、脱出することも出来ない。
気が狂いそうなほどの恐怖が、体を駆け巡る。
邪剣は、死を予感した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

剣十郎は、葛葉の背後に斬り抜け、斬心をとらずに、背を向けたまま、最後の言葉を呟く。

「轟雷斬」


ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


雷が落ちたかのような轟音が、全員の耳を貫く。
剣十郎の斬撃の早さゆえ、あたかも本物の雷のように、音が後から鳴り響く。
完成された、轟雷斬。
それらを目に焼き付けた志狼は、長く息を吐く。
それはまるで、今まで呼吸を止めていたかのような、深い息。
そして彼は…ニヤリと、不敵な笑いを顔に貼り付けた。

「終わった」
「…あ、ああ!?」

岩鉄が、信じられないものを見るように、驚愕の表情で、その光景を見つめる。
剣十郎が殺したものは、葛葉ではなく。
彼女の手にした、邪剣…痕喰だった。
刀身から、柄から、葛葉の腕に巻きついていた触手、全てが灰になって消えていく。
ゆっくりと倒れこむ葛葉を、そっと抱きとめる剣十郎。

「わ…私は…生きているのか?」
「ええ。しかと」
「…!剣十郎様…」

涙を流し、剣十郎にすがりつく葛葉。

「い、一体何が起きたの…?シロー」
「ああ、あん時な」

あの瞬間。
剣十郎の殺気に中てられた邪剣は、我を忘れ、一体化し始めていた葛葉を自分と錯覚した。
死にたくない一心で、封じられたアーサキャリバーではなく、本来自分であるはずの邪剣を翳し、
斬撃を無謀にも受け止めようとしたのだ。
しかし、それこそが、剣十郎の狙いだった。

「元々、轟雷斬は武器破壊の必殺技だからな」

後は斬悔で見事、邪剣を叩き斬った、と言うわけである。

「すみませぬ。邪剣を追い込むためとはいえ、あそこまで殺気を中ててしまい…」
「いいえ、いいえ…」

数々の秘剣や技を繰り出したのは、今のこの一瞬を生み出すための、仕掛けだったのだ。
全ては、自分を助け出すために。
葛葉は周りの目も気にせず、剣十郎に身を預ける。

「葛葉殿。岩鉄殿から聞きました。あの女性は…強く、生涯を生き抜いたそうです」
「…!」
「自ら殺した男の分まで…殺してきたものの分まで、懸命に生き抜いたそうです」

剣十郎は、あくまで、柔和な笑顔で語りかける。

「我々も、生きねばなりませぬ。死した者達のため…そして何より」

剣十郎は、志狼たちに視線を向ける。

「守るべき者たちのために。今後は…簡単に命を投げ出したり、しないで下され」
「…はい」

葛葉は、しかと頷いた。

「剣十郎!」
「おお、岩鉄殿。斬悔、大した刀です。今再び、轟雷剣を降ろすことが出来ました」

斬悔を見せながら、頭を下げる剣十郎。

「オメー…どうやって葛葉の魂を開放した?そんな芸当が出来るなんて」
「はは、若い頃は、邪剣や魔剣を叩き壊すことが趣味でしたから」
「な」
「冗談です。この轟雷剣には、それらの邪悪な力を滅する力があるのですよ。対極存在とでも申しましょうか」

志狼やエリィが、ちょいちょいと刀身を突いているのを、笑いを堪えつつ、岩鉄に答える剣十郎。

「エリク殿が施した術だよ、エリィちゃん。君のパパは凄いだろう」
「そ、そうなんですか!?す、凄いなあ、パパ…普段はあんなにポケポケなのに」

心底驚いたようである。今回は堪えきれず、笑いを漏らす剣十郎。

「叔母さま!大丈夫ですか!!」
「おお、フェアリスか…すまなかった、怖い思いをさせてしまったな…」
「いいえ…!!」
「師匠。ご無事で何よりです」
「ロード。テイト…おぬし等も無事か」
「痛いもんは、やっぱ痛いけどな」

軽口を叩くテイトに、苦笑する葛葉。

「さて、轟雷剣が消える前に、やっておくことがまだあるな」
「?どこ行くんだ?オヤジ」

首をかしげる志狼に無言で頷き、ロードに葛葉を託す。

「後始末と言う奴だ」






「中々面白い見世物だったが…ふん、数を少しでも減らせると思ったが、所詮骨董品は骨董品か」

魔剣に細工をした影…トリニティの刺客である魔物が、嘲り、飛び立とうとしたその瞬間。

「どこへ行く」
「ッッ!!!!」

凄まじい殺気を感じて後ろを振り向く。

「き、貴様は…!?」

後ろには、刀をこちらに向けたまま、気が狂いそうなほどの殺気を向けてきている、先ほどの人間の中の1人。

「貴様が、あの魔剣に何かをしたのだろう。よくもやってくれた…相応の礼をせねばな」

凄まじい殺気に、魔物は先ほどまでの態度はどこへやら、我を忘れ、頭を下げ始める。

「ま、待て…命だけは…!」
「そういって、貴様は命乞いをする相手を、1人でも助けたことがあるか?」
「あ…あう…あ」


キシィ…ン


魔物の体が、横に、縦に、斜めにずれ、更に、いたるところに風穴が空く。

「地獄に堕ちろ…外道が」

悲鳴を上げるまもなく、魔物は絶命する。

(お…鬼…!!)

魔物の瞳に映るその人間は、人外の、鬼のような外見をしていた。






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