万能戦艦ラストガーディアン。

「あははっ」

謎の侵略組織トリニティの侵攻を防ぐための、最後の守護者たち。

「うふふっ」

そんな彼らにも、休息は必要不可欠。

…というわけで。

ラストガーディアン内には、リクレーションルームや、植物園があったりする。

ここは、数ある娯楽施設の中でも、訓練施設も兼ねた、室内プールだ。

「…はぁ」

プールサイドに置かれた、監視台に座る、一人の少女。

スポーツ水着の上に、薄手のジャケットを羽織っている。

プールで楽しそうに遊ぶ人間とは対照的に、彼女はため息を付いた。

「…私、何しに来たんだっけ」

彼女…ココロは、再度深いため息を付いた。

ココロは今、バイト中だった。




「いや、いやいやいやっ!私はカイン様のご命令で、勇者達の監視を…!」

首をブンブンと横に振り、目的を忘れそうになった自分に喝を入れる。

ザブンッ

「!」

突然、着水音のような派手な音が聞こえた。

誰かが飛び込みでもしたのだろうか。

いや、違う。バチャバチャという水音は止まらない。

少女が1人、水の中でもがいている。足を攣ったのか。

(さて、お仕事お仕事)

ココロは監視用ベンチから飛び降りると、水面に『着地』し、溺れている少女の下へと駆け寄る。

水の中に手を突っ込み、中から少女を引き上げる。

「大丈夫ですか」

「けほっ、けほっ、けほっ」

水を少し飲んだみたいだが、意識はしっかりしているようだ。

早めの対応が幸いしたらしい。肩を貸し、少女を抱き上げる。

「王女様!!大丈夫ですか!!」

「は、はい大地様…このお方のおかげで」

「すみません!近くにいながら…!!」

「いえ、いいのです。突然のことで、私も驚きましたから」

慌てて近寄ってくる道原大地に、セレナ=ラクシュミー=ドラゴニールは弱々しい笑みを返した。

「ありがとうございます」

「いえ。しかし今後はプールに入る際には、入念に準備運動する事をお勧めします」

「はい、以後気をつけますわ。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

心底申し訳なさそうに、セレナはペコリと頭を下げた。

「立てますか?」

ココロの問いに、セレナは一瞬キョトンとして、首を振った。

「どこか、具合でも悪いのですか?」

「いえ、あの…」

セレナは困ったような笑いを漏らした。

「あの、監視員さん。水の上には、普通人は立てないと思います」

「あ」

次の瞬間、

ボチャンッ

「きゃあああああ!?」

集中が切れたのか、突然セレナを巻き込んでココロは水中に没した。




「心さーん!休憩入ってくださーい!」

「あ、はーいv」

プールのスタッフに声をかけられ、『心の笑顔』を向けるココロ。

今まで色々な部署を渡り歩き、今日まで食料を確保してきた彼女だったが、

どうにももらえる物が日によってランダムな為、栄養が偏ってきた。

そこで、お手伝いではなく、本格的なバイトを始めたのだが、

ある理由から、部署を転々とせざるを得ない状態に、彼女はあった。

「そろそろ栄養の偏り具合が…」

無意識的にお腹を押さえながらプールサイドでぼんやりしていると、

そこで遊んでいる人間達が目に付いた。

「隼人くん!いくよー!」

(アレは、確か…)

ドリームナイツの要、橘 美咲だ。

彼女がボールをトスの要領で弾く先には、やはりドリームナイツの1人である大神隼人の姿があった。

心底楽しんでいる、という雰囲気の美咲とは対照的に、隼人はあまり乗り気ではないのか、口をへの字に結

び、視線を美咲に向けず、そっぽを向いている。

よく知っている人間から見れば、それは隼人の照れ隠しのようなものだと分かる仕草だった。

それでもボールは美咲へと正確に返す所は流石といえる。

「ナイスだよ!」

笑顔で表情でボールを弾き返す美咲。

「…」

そんな様を、なんとはなしに見つめるココロ。

あの、屈託ない表情を見ていると、何故か1人の少年を思い起こさずにはいられない。

もう吹っ切れたと自分で思っていたはずなのに。

目を伏せ、プールの淵に腰掛ける。

「きゃー!?」

「う、うわあああ!!」

突然、悲鳴が室内プールを支配した。

ココロの目付きが、戦士のソレへと変化した。

「…ちっ、奴らか」

プール内から突然現れたそれは、プールで遊んでいた少年を1人、触手のようなもので絡めとり、

締め上げる。

全部で8本の足をプールから覗かせるそのモンスターは、タコに酷似していた。

「中の下、だな」

タコの実力を一目で看破する。

「まぁ…私には関係がない」

タコの足に締め上げられ、苦悶の表情を浮かべる少年を尻目に、

そのままその場を立ち去ろうとした彼女だったが、ふと足が止まる。

「隼人くん!!隼人くん!!!」

「逃げろッ橘ッ!!ぐぁっああ」

「…?」

ココロは締め上げられている少年に視線を向ける。

目を凝らし、よく観察すると、先程の少女が涙目になってタコに向かって飛び掛っていた。

(…なるほど、あの少女を庇って、代わりに締め上げられたのか)

タコの足に果敢にも挑み、何度も弾き飛ばされている少女の表情から、それを悟る。

その少女の表情を見ていると、またも脳裏に、1人の少年の姿がが浮かんだ。

喜び、苦悩、怒り、決意。コロコロと表情を変化させる、あの少年。

「…はぁ、このままじゃどの道アルバイト代貰えない、か」

突然、自嘲の笑みを浮かべると、ココロはどこからともなく右手の中に忍者刀を、左手にクナイを数本出現

させた。

回りに人はいない。

どうやら、退避したようだ。

これなら、自らの存在を知られる事なく、アレを瞬殺できる。

「全く…毎度毎度余計な邪魔を」

実は彼女、トリニティの刺客と戦うのは今回が初めてではない。

というのも、何故か彼女のバイト先に、必ずといっていいほど彼らは出現し、

成り行きで彼女は戦う羽目になってしまうのだ。

当然、戦闘能力等々を公にするわけにはいかないので、記憶処理をしてその部署を立ち去る。

そしてそこには極力近寄らない。何かの拍子に記憶が蘇ってしまう可能性もある。

これの繰り返しで、何度、アルバイト代をフイにした事か。

沸々と、殺意が渦巻いていく。

「殺す」

ココロは疾風の如きスピードで、水面を駆け出す。

通常の人間であれば、視認すら出来ないスピード。

クナイを投げる。

タコの足が勢いよく両断されると、隼人が解放される。

ココロは勢いをそのままに、弾け飛んだタコの足を踏み台にし、一気にタコの頭部へと到達する。

そしてその頭部に、忍者刀を深々と突き刺した。

「!」

だが、急所だと思われた頭部を突かれても、タコは大した反応を見せない。

それどころか、斬り飛ばした足が、根元から再生していく。

「ちっ」

軽く舌打ちし、印を結ぶと、水面に掌をつける。

「水遁!水柱針(すいちゅうしん)!!」


ドンッ!!

突如出現した巨大な水の針が、タコを真下から貫く。

「水遁!!」

先程とはまた違う印を結び、再度水面に手をつける。

「氷柱剣山(つららけんざん)!!」

ボンッ!!

瞬間、タコの内側から、無数の氷柱が突き出す。

悲鳴を上げるまもなくタコはプールの中へと沈んでいき、消滅した。

「さようなら」

手の中で忍者刀を回転させると、右手から刀が消失する。

ふう、と一息つくと、ココロは隼人と美咲に視線を向ける。

どうやら無事だったらしい。大した怪我もないようだ。

クラッ

「あれ?」

突然、ココロの体がフラリと傾く。

(あー…流石に限界だぁ)

栄養失調なくせに、相次ぐ戦闘、ムリがついに窮まったらしい。

ココロの意識は闇に包まれていった。



「!!」

「あ、気が付いた!」

勢いよく体を起こすココロ。

目の前には、ラフな格好の女性がいた。

名前は確か…。

「トーコ、さん」

「あったりぃ」

「ここは…」

回りを見渡す。

どうやら格納庫のようだが…

「ここはね、あたしらの家」

なるほど。自分は店の少し離れた所にある、ソファに寝かされていたらしい。

「誰が、何故ここに連れてきたのです?」

「あ〜、美咲嬢がここに連れてきたんだけどね」

病気や怪我で倒れれば、当然医務室へと連れて行くはずだ。

もっとも、ココロにしてみれば好都合なのだが。

と、トーコが大口を開けて笑い始めた。

「『抱き上げたら、お腹が鳴ったから』って言って」

次の瞬間、ココロの顔が一気に赤くなった。

「それはどうも…」

「ナポリタンおまち」

目の前に、パスタの盛られた皿が置かれる。

ジャンクがわざわざ持ってきたらしい。

鼻腔を何ともいえない香りが襲う。

「『助けてくれたから、これおごりね!』ってさ。味わって食べなよ?」

トーコの言葉に、ココロは喉をコクリと鳴らす。

冷静な部分で、ここまで追い込まれていた自分に呆れるココロ。

それはそれとして。

フォークを掴むと、彼女は凄まじい勢いでパスタをかっ込み始める。

「なにか、ワケありなんでしょ」

「!」

ニッと笑いながら、トーコは鋭く指摘した。ココロのフォークが一瞬止まる。

そういえば、あの戦闘の一部始終を、美咲は見ていた。

この店は正規の手続きを踏んでいない者が、頻繁に出入りする事が多いと聞く。

ソレを踏まえたうえで、美咲はここに自分を運び込んだのかもしれない。

(記憶を…消すか?)

いや、ムリかもしれない。

あの娘は特に精神力が強い。記憶操作の術は得意だが、恐らく彼女には通用しないだろう。

(さて、どうするか)

「うちで働くっていうのはどうだ」

「!?」

パスタを口に入れながら唸っていると、ジャンクがとんでもない提案をしてきた。

ココロはパスタを飲み込むと、目を細め、妖艶な笑みを浮かべる。

「私をその大きな顎で喰らうおつもりかしら?」

「!」

ジャンクが、人ならざるものであること。

トーコはそれを見破ったココロに一瞬息を呑む。

「深読みしなさんな。喰いはしねぇよ」

ただな、とジャンクは続ける。

「最近、鬱陶しい連中が我が物顔でのさばってるだろ」

「トリニティのザコの事?」

「そうだ。アレが艦内をうろつくのが、酷く苛立たしい」

「…」

「始めこそ、こっちに引き寄せて喰ってたんだが」

「あんなの食べ続けてたら、食あたり起こすわよ」

「食あたり起こすかどうかはさておき、そろそろ鬱陶しくなってきた」

どういう会話だ、とトーコは額に手を当てて唸る。

ジャンクは続ける。

「そこで、だ」

煙草に火をつけ、一服。

「お前さんに、アレを退治して欲しい。店の仕事の合間にな」

「…」

「実はな、艦長に頼まれてた事でもある」

ジャンクの話では、最近頻繁に起きている艦内でのトリニティの出現に対しては、

勇者達には内密に処理をしたいらしい。

ただでさえ頻繁に現れるトリニティに神経をすり減らしている彼らだ、戦闘のない艦内くらいは

ストレス無しで過ごして欲しい、との彼女の考えだ。

そこで白羽の矢が立ったのが、ウィルダネスからきた、トーコたちだ。

彼女達は、戦闘の際にもソレに参加する事はない。

実質、戦闘をこなすのは、ラシュネスやグレイス、BDといった者達である。

それゆえに、今まで彼女達には給金が支給されてこなかった。

今まではジャンクの店の売り上げから、生活費を稼いでいたので、トーコたちもそれで不自由はしていなか

ったのではあるが。

「ま、自分の食い扶ちくらい稼いでもバチはあたらんだろ」

艦内の掃除を引き受けてくれれば、それ相応の給金を用意するとのことだ。

言ってみれば、賞金稼ぎみたいなものだ。

彼女らが故郷であるウィルダネスで行っていた事と、あまり大差はない。

「まぁなんだ。半分はこいつのお目付け役だ。艦ぶっ壊したら、元も子もねぇだろ?」

「ぬぐっ」

「…」

半眼で睨みつけるトーコに煙草の煙を吐きかけ、軽くいなすジャンク。

本音は、めんどくさいというのがあるのだろう。というか、それが一番大きいに違いない。

さて、どうするか。

確かに、面倒なのは間違いない。

腕を組み、うーんと唸るココロ。


「どうだ。まかない三食付き、戦闘後のケアもばっちり」

「!」

言われてハッとなる。

確かこの男の得意とするものは、精神介入だったはず。

自分の催眠術や幻術とは違い、相手の精神を直接操作できるのだ。

どんな相手だろうが、記憶消去など、朝飯前だ。

それに、何より…


「さ、三食付き…」

そちらの方が大きかった。



「あー!ココロ嬢!そいつは殺っちゃダメ!!ジャンクんトコ連れてくよ!!」

「ま、まさかこれを食べるんですか!?」

「そのとーり!!」

彼女達の目の前には、イカの姿に酷似したトリニティの刺客が暴れていた。

クナイを構えながらも、トーコの発言にココロはギョッとした。

「…もしかして、私のまかないって…」

「ホラ!もたもたしない!!」

「は、はい…」

火遁を発動させながら、

(食あたり起こさないかしら…)

ココロはそれが気がかりだった。

彼女の受難は、まだまだ続きそうである。


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