『諸君、トリニティ予報の時間だ』

午前9時。

ラストガーディアン内のディスプレイに、全身古傷だらけの無愛想な男が映し出された。

ブリッツァー=ケイオス。通称ブリット。

つい最近ラストガーディアンに合流したばかりの男だ。

彼のその言葉と同時にビクリと肩をビクつかせる者、怯える者が大多数。

少年少女が多いラストガーディアンで、コレだけ強面の男が突然映れば無理も無い。

だが、ごく少数の人間が表情を引き締めた。

朝方、そして夜に定期的に行なわれるようになった彼の『トリニティ予報』。

彼自身がトリニティが現れる日にち、時間を予測し、始めに今日の確率、そして週単位での確率予報が放送される。

何をどう計算し、割合を算出しているのかは定かではないが、コレが不思議とよく当る。

これを見ておけば心の準備から出撃準備まで前もって準備できるので視聴率も高い…らしい。

『さて、まずは今日の予報だ。 大きなトリニティの心配はない。 だが、所によってトリニティ。 午前中が60%、午後になると20%』

「意味わかんねーよ」

食堂で昼ご飯に蕎麦を啜っていた拳火がツッコミを入れた。

恐らくはこの場の全員がそう思ったに違いない。

だが。

「…」

陽気に歌を歌っていた格納庫のウィルダネス組の面々は、それぞれが戦闘の準備を始めた。

「やれやれ、来るなら早いトコ来てくれないかしら。昼寝できないしぃ」

うーん、と伸びをして体をほぐすトーコ。

「ブリットさんに詳細な出現区画予想貰わなきゃ。大雑把だとカバーしきれないし」

「だね。とにかく広いから」

ラストガーディアンの各区画が記された地図を取り出して唸るユーキとイサム。

そう。

『所によってトリニティ』とは、艦内に出現するトリニティの確率を表している。

あの放送は、艦内に侵入した敵を掃討する役割を担うウィルダネス出身の彼らに対する警告だ。

通信ではなく、わざわざソレを艦内全域に知らせるのにはもう1つ理由がある。

放送を聴いてソレと気付く人間にのみ、注意を促す為だ。

植物園で生活を営んでいる某忍者や、艦内をくまなく練り歩く風紀委員長などがソレに該当する。

まぁ、それはともかく。

少しばかり慌しくなった面々の中、バーのカウンターには相変わらず煙草をふかしているジャンクと、洗い物をしている『心』の姿があった。

心もトリニティ掃討組に含まれているのだが、彼女はいつでも戦う準備はできている、とでもいうように表情1つ変えずに皿を洗っている。

いつもならユーキ達の準備が終わり次第格納庫を出て行くのだが、今日は違った。

「〜♪」

テーブルで地図を広げるユーキ達の横を通り過ぎる少女が1人。

ふさふさとご機嫌に揺れる尻尾。人間のそれと比べ毛深く長い耳。

「あれって確か…」

「鈴ちゃん?」

一風普通の少女とは違ういでたちの彼女――鈴はユーキとイサムの横を通り過ぎ、カウンターに腰掛ける。

「軽めのなんかくださいっ」

「あいよ」

煙草を空中で消失させ、調理を始める。

「珍しいな。食堂で食えばいいだろうに」

「おいしいって聞いて!散歩がてら」

「そうかい」

大方、情報源はあの金髪のポニーテールだろう。

「暇人なのね」

「な」

突然の皮肉。声の主を睨みつけようとして、鈴は固まった。

「あ、ああああああああああああああ!?」

椅子から飛び降りて声の主を指差す。

「!」

知り合いだったのか。ジャンクは調理の手を止めて鈴と視線を合わせようとする。

が。

目の前にトレイが現れ視線を遮られる。

「す、すみません。あの子はいいんです」

「ふん」

つい、と指でトレイをどけて調理を再開するジャンク。

心は結構命知らずなことしたかも、と胸をなでおろして鈴を見る。

「あああああんたッ!!ここで何してるの!?」

「バイト。働かざるもの食うべからずってね」

「そうじゃなあああいっ!」

鈴は何時、どうやってこの世界に来たのかが聞きたかったのだが。

「あなた、お姉さんやお兄さんにお小遣いもらったお金で食事?いい気なものね。ニートって言うらしいわよ。そういうの」

「むぅっ」

聞きたいことはあったはずだが、正論で押し切られ、唸る鈴。

「何?あんたたちどういう関係?友達?」

「ちっがーうっ!!」

トーコの問いを力いっぱい否定する鈴。

しかしどういう関係か、という事を説明する言葉がパッと思い浮かばない。

ファーストキスを奪った奪われた、の関係?

(あぅ)

言えるワケなかった。

「暇なら私達を手伝いなさい」

「?何のこと?」

心の言葉に首を傾げる鈴。

「いいから付いて来なさい」

エプロンを外し、ちょいちょい、と手招きする心…いや、顔つきはすでに『ココロ』のそれだった。





「ここらへんかな」

ユーキの先導で現場に到着する面々。最後尾には事情が飲み込めず頬を膨らませる鈴。

「なにがあるってぇのよっ」

「トリニティのザコが艦内に出現する」

「はぁ!?」

ココロの言葉に素っ頓狂な声を上げる鈴。

「出るのよ。公になってないけどね」

「〜〜」

何か言いたいが、言葉になって出てこない。

色々考えて、大きく息を吐く。

「で、それを倒す手伝いすりゃーいいわけ?」

「ま、そういうこと。悪い話じゃないと思うわよ?何しろ定期的に発散しないといけないわけだし?」

「う」

鈴は火と水という、相反する属性を内在させる特殊なマイト使いだ。

が、それゆえ定期的に発散させないとマイトが暴走を始め、下手をすると命が危うい。

確かに戦闘で思いっきりマイトが発散できれば、それに越した事は無いかもしれない。

「でも、だいじょぶ?ザコって言っても、普通の人にしてみたら結構強いよ?」

ユーキが心配そうに言ってきた。

「火加減が難しいのよね」

「「…」」

トーコの呟きに全員が彼女を一斉に見る。

コホンと咳払いし、イサムが言った。

「ま、まぁ確かに危ないことは確かですから。生半可な実力じゃね」

「…」

鈴の眉毛が八の字になり、下唇がつーんと突き出る。

「じゃあテストでもしてみましょうか」

「テスト?」

ココロの提案にユーキが振り向く。

「そうです。予報では敵の数は1。1人でこれが倒せたら合格ってコトで」

「ん〜。そうだねぇ」

うーん、と唸るイサム。トーコはどっちでもいーわ、とあくびをしている。

「!」

と、突然全員の目付きが鋭くなった。

彼らのいる少し向こう側に、異様な気配を感じる。

「じゃ、テスト開始ってことで」

鈴の肩に手を置くココロ。

鈴はペッ、とその手を払うと異様な気配の元へと大股開きで近付いていく。

表情は相変わらず眉毛八の字、唇ムッツリ、である。

「大丈夫かなぁ」

心配気味に呟くユーキに、ニッコリ笑うココロ。

まぁ、見ててください、と表情に書かれている。

「あーあ。まぁなんでもいいけどね」

目の前には、トリニティが送り込んだのであろう、人間大のカエル怪人が立っていた。

「ん〜?おかしいゲコね…この小娘、情報と形状が違うゲコ」

「む」

不機嫌さを隠そうともせずにカエル怪人を睨みつける鈴。

「変な奴ゲコが…まぁいいゲコ。殺す事には変わらないゲコ」

「変な…てのは」

ゆらり、と鈴が前のめりに倒れこむ。

「この尻尾か耳かああああ!?」

「げこおおおおお!?」

次の瞬間その姿が掻き消え、カエル怪人を下から蹴り上げる。

「やあああああああああああああああっ」

跳躍し、蹴り上げたカエル怪人よりも速く天井へと到達すると、そのまま天井を蹴り、カエル怪人の腹に向かって踵落しを叩き込む。

「ゲコッッツ!!」

「ちょうどいいわ…むしゃくしゃしてたの」

「げこ!?」

指をボキボキと鳴らせながらゆっくりと近付いてくる鈴。

「100発殴らせて」

「げ、ゲコォ!?」

「さっきの2発はおまけにしておいてあげるからッ!!」

「ぶ、物騒な小娘ゲコッ!!これでも喰らうゲコッ!!」

繰り出された拳を避け、尻尾を腕に絡ませ、ぶら下がる。

「拳火兄の100倍遅い」

逆上がりの要領で上空へと飛び上がり、カエル怪人の頭に蹴りを入れる。

「まず一発ッ」

着地すると懐から符を数枚取り出す。

それを弧を描くように広げ、片刃の剣を作り出す。

「赤龍刀ッ!!」

「お、おのれっゲコッ」

口から水の弾を発射するカエル怪人。だが、鈴は赤龍刀を振るい、それらを叩き斬るとそのままカエル怪人を3回斬り裂く。

「げ、ゲコッ!?」

切り口が爆発し、カエル怪人は後方へと吹っ飛んだ。

鈴は赤龍刀を消失させ、新たな符を取り出し、縦長にそれらを展開させる。

「水龍棍っ」

棍をブンブン回し接近、連続して突きをカエル怪人に叩き込む。

「5・6・7・8・9・10・11・12ッ!!」

「ゲゲゲゲゲコォッ!?」

ただの突きだけではない。水圧を伴った凄まじい突きが容赦なくカエル怪人を襲う。

「13ッ!!」

体重を乗せた突きでカエル怪人を吹き飛ばし、水龍棍を消滅させると、懐から新たな符を取り出す。

「纏めて20発ッ!!いっけえええっ!!」

鈴は符をカエル怪人に向かって投げつける。

符は火と水の弾丸となり、カエル怪人の体を穿つ。

「ホゲエエエエエエエコッ!!」

壁に激突し、フラフラになりながらも立つカエル怪人に更に追撃をかける鈴。

駆けながら、右手に符を数枚貼り付ける。

符は炎を発し、鈴の腕に巻きつき、高速回転を始める。

「見よう見まねの回炎天ッ!!」

炎の拳を15発放ち、素早く左足に符を貼り付ける。

「たあああああああああああああああっ」

水のマイトが足を包み込む。そのまま蹴りを連続20発叩き込む。

壁と蹴りの間を交互に弾かれあうカエル怪人。

胸倉を掴まれ、反対側へと向かされると顔面に蹴りを一発入れられる。

よろめくカエル怪人に、さらに炎と水の弾丸が15ずつプレゼントされる。

「げ、げこおぉぉぉ…ぉおん」

既に頭の上でひよこが何羽か回転しているカエル怪人に対して、鈴は容赦しない。

右足に数枚、符を貼り付け、駆ける。

「火龍ッ昇・天・脚ッ!!」

ドゴォオオオンッ!!

思いっきり蹴り上げあられ、天井近くまで跳ね飛ばされるカエル怪人。

「100っ!これで、おしまいッ!!」

ドゥッ、と、受身も取らずに地面に背中から落ちるカエル怪人。

げ、げごぅ、と何やらヤバイ汁を口から垂れ流し、カエル怪人は名のる間もなく撃沈した。

「あー、すっきりした」

ぱんぱん、と手を叩き、にぱーっと爽やかな笑みを浮かべる鈴。

「よ、容赦ないなぁ…」

「ひゅうっ」

流石にカエル怪人が気の毒になったイサムとユーキ。

ただ1人、トーコだけは賞賛の口笛を吹いた。

「どう?実力的に不服です?」

「いや、十分だね」

正直かなり侮っていたイサムはごめんごめん、と苦笑した。

「げ、げこぅ…ま、まだまだゲコッ」

「げ」

ヤバイ汁を腕で拭い、上体を起こすカエル怪人に全員が驚いた。

流石に昇天したと思っていたのだが。

「たいした根性ね」

「そろそろ帰った方がいいんじゃないかな」

「病院行きなよ」

「やかましいゲコッ!!」

トーコ、イサム、ユーキの言葉に泡を吹きながら激昂するカエル怪人。

「詰めが甘いわね」

「むぅ」

ココロが鈴の前に進み出た。

「やるならきちっとやらないと…30点」

「30ぅ!?何様だあああっ」

「私様」

「むっぐっきぃぃぃぃっ」

「お、おまいらッ!馬鹿にするのもいい加減にするゲコッ!!」

目の前の少女達に拳を振るうカエル怪人。

だが。

「げ、げこっ、か、体が動かないゲコ!?」

カエル怪人は微動だにできなかった。

「忍法影縛り…てね」

カエル怪人の影に、ちゃっかりクナイが突き刺さっている。

「黙ってれば見逃してあげたのに…」

「こりないね」

鈴が符を持って。ココロは印を組んでニッコリ笑う。

「ま、待つゲコ。話せば分かるゲコ」

「「分からなくて結構ゲコ」」

「げ」

ドッカンッ!!!

「ゲコオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ…」

キランッとカエル怪人は星になった。





数日後。

「諸君、トリニティ予報の時間だ」

恒例の予報が聞こえてくる。

「や〜れやれ、きょぅおの予報はどっうかっしらん♪、と」

直前まで歌っていたトーコは、流れで妙なリズムをつけながら言った。

「今日も大きなトリニティの心配は無い。だが所によってトリニティ。午前中は80%、午後になると確率はぐっと下がり、10%を下回るだろう」

「あらま、朝方結構確率高いじゃない」

すぐさま準備を始まる面々。

「あれ?鈴ちゃんとココロちゃんは?」

出現場所の予測が曖昧でかなり広範囲な為、手分けして迎撃準備に当るのがいい、とブリットが言っていたので、担当箇所を伝えようとしていたのだが。

ユーキが聞くと、ジャンクは格納庫の入り口を指差した。

「予報を聞いて飛び出して行ったぞ」

「なんとまぁ…」

全員が苦笑した。

「今日こそあんたをギャフンと言わせてやるっ」

「ギャフンと言わせるのはトリニティでしょう…全く」

「うるさいうるさいうるさーいっ」

「うるさいって言う奴が一番うるさかったりするわよね」

「きぃぃぃぃいっ」

どたばたどたばた走る鈴と、音もなく走るココロ。

「まぁ、あの2人なら大丈夫でしょ」

異様な気を察知する能力に長けているらしいので、異常な区画に直ぐ向かうはずだ。

といっても、艦内は恐ろしく広いのでやはり大雑把な場所は教えてやらねばなるまい。

「ま、一応保険の意味で。また壁壊して注意受けてもあれですし」

「だね」

やれやれ、とウィルダネス組は立ち上がる。

「おまいら全員ブッコロしてやるシャーッ!!」

「「うるッさいっ!!」」

「シャアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ……!?」

キランっと、ヘビ怪人が星になった。

教えられた区画へ向かうと直ぐに怪人に遭遇した2人は、あっというまに怪人を倒した。

「どうだっ」

「まだまだ。20点」

「むきぃいいいっ」

「あーあ…また壁壊したよ」

ぱしっ、と頭に手を当てるユーキ。

今後もこんな調子なんだろうか。2人の少女と後ろの姉をちらりと見て、はぁ、とため息をつく。

ちょっと艦長の苦労を理解した少年だった。

その後も度々尻尾の生えた少女と羽の生えた少女が艦内で暴れまわっているという都市伝説めいた噂が広がったとか広がってないとか。

なにはともあれ。

「遅い。ちゃんと付いて来なさい」

「うっさい!命令すんなっ」

ここに奇妙なコンビが結成された。

「ぬぐぐ…絶対ギャフンといわせてやる…!」

ガルルル、と犬歯むき出し敵意むき出しで張り切る鈴に対して、

「…ふふ」

どこか楽しげなココロがいた。

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