「すいません、遅れました!」

御剣志狼は慌てた様子で、その部屋に駆け込んだ。

「いいえ大丈夫よ。時間丁度」

ラストガーディアン艦長の綾摩律子は、入り口の志狼に視線を送りながら手を軽く上げた。
現在、ラストガーディアンは壱番艦の多大なる消耗から、弐番艦へとその役目を引き継がせるために、専用の巨大ドックに入港している最中で、志狼が駆け込んだのは、ドック内のミーティングルームであった。

「…?」

キョロキョロと周りを見渡すと、自分以外に呼ばれたのであろう人物が勢ぞろいしていた。

「陽平、と竜斗」
「おう」
「おっす」

入り口直ぐのイスに腕を組んで座っている風雅陽平と、軽く手を上げる紅月竜斗。

「それにユーキと、鷹矢さん?」
「うん。なんか呼ばれたんだよね」
「君も呼ばれたのかい、志狼君」

頭の後ろに両手を回して、背もたれに体を預けているユーキ。
そして一人、ピシリと背筋を伸ばして行儀良く座っているエクセイバーこと、天堂鷹矢。
円形のスクリーンを中央に配するテーブルを挟んで、反対側には、律子、父である御剣剣十郎、エリク=ベル、ブリッツァー=ケイオス、そして陽平の父、風雅雅夫、風魔椿と、その護衛対象である風雅当主の琥珀が、イスにズラリと座っている。

「とりあえず座れ。…エプロンを外してからな」
「!おおお…やっべ、忘れてた」

剣十郎の呆れを伴った指摘に、志狼は赤くなってエプロンを外す。
数分前には集合していた他のメンバーは、彼がギリギリに現れた原因に検討が付いて、やはり呆れると同時に苦笑いした。
クスクスと笑う琥珀の笑みに、志狼の顔に更に赤みが差した。






旅立ち 
〜未知の世界へ〜






「えー、っと。では始めます」

コホン、と咳払いをして、律子が切り出した。
苦笑いから一転、沈痛な表情になった艦長に、呼び出された各チームの代表者は気を引き締めた。

「貴様達に集まってもらったのは他でもない。重要な任務に付いて貰うためだ」
「…重要な…」
「任務?」

ブリットの発言に、志狼と竜斗は首を捻る。

「ラストガーディアン弐番艦の起動に必要な最重要機密データチップが、何ものかの手によって奪取されました」
「な!?」
「奪取…盗み取られたと!?」

律子の告白に、陽平と鷹矢は目を見張った。

「それ、盗られたらマズイもんなの?」

ユーキの質問に、ブリットが頷いて答える。

「データの控えは勿論ある。弐番艦の起動は、予定よりも大分遅れるが可能だ」
「つまり、問題はそこじゃない、と」

陽平が頭をガシガシと掻きながら言った。

「簡単に言ってしまえば、弐番艦を直ぐに動かす事が出来ないだけではありません。
 その極秘チップには、ありとあらゆる世界の勇者のデータ、トリニティに対する対応策、その他の重要なデータが収められていました。
 これが敵の手に渡ったとなると、こちらの手の内が全てばれてしまう事になりますね」

それは、マズイどころの騒ぎではない。
トリニティとの戦いに、敗北するという事と、ほぼ同義である。

「追撃任務ってわけだ」
「足が速い連中ばっかりだからな。ここにいるのは」

いざという時には、白兵戦も可能だ。
チップを取り返すために編成された構成なのだろう。と、当たりを付けた志狼と竜斗に向かって、エリクが

「ぶっぶー♪」

両手の人差し指を交差させて口を尖らせた。

「半分正解で、半分外れです♪」
「半分?」
「今直ぐの追撃は不可能です。…というのも、その強奪手口が問題なのですが」

エリクが手元の端末を叩き、テーブル中央のスクリーンに映像を出す。

「丈夫そうですね」

鷹矢が素直な感想を漏らした。
映し出されたそれは、アニメ等でよく見かける大型銀行の金庫を何倍にも頑丈にしたような風体をしていた。

「…まてよ、これ…力尽くで盗られたんじゃねーのか?」
「正解♪冴えてますね、陽平君。この映像は、今現在の保管庫の様子です」
「!」

スクリーンを凝視する志狼。その保存庫には、一切の傷は見当たらない。

「およそ科学では突破出来ないセキュリティで管理されていたのですよ。そのチップは」
「ただの銃弾等では傷一つ付かん。端末からの認証は艦長の網膜、声紋、指紋、IDカード、果てはマイト認証まで必要で、
 クラッキング対策は…これもサイバーブレイブや、空山リオーネ、羽丘リリィ、ユマらが共同で開発した防壁が何重にも張られていた」
「…つまり、陽平達みたいに壁抜けしたか、魔法的な力で盗られたとか?」
「今度は正解♪百点あげましょう志狼クン!」
「あ、ありがとうございます」

人差し指で、空中にクルクルと丸を描くエリクに、志狼は半眼になってペコリと頭を下げた。

「とはいえ、だ。魔法的な防護にしても、手を抜いていたわけではない。魔術結界は無論張ってあった。
 何時ぞや草薙咲也殿とメイア嬢が施した、次元を隔てた侵入を防ぐリープ・ジャミングシステムも設置してあったしな」
「聞いてる限りじゃ、突破出来そうにねーな。確かに」

雅夫の言葉に、陽平が唸る。
果たして自分ならどう突破するか、と考えを巡らせてでもいるのだろうか。
問題なのは、それらをアッサリ突破し、極秘チップを盗み取った輩が居るという事。
ゴクリと生唾を飲み込む志狼。
そんな芸当が出来る相手とは、恐らくは相当の手錬だろう。
追撃をかけるにしろ、苦戦が予想される。

「その、奪取の具体的な手段なのですが…」

エリクは中指でメガネを押し上げる。

「…次元を隔てて、穴を開け、直接手で掴み取る…という物でした」
「!次元に穴…!?」
「直接手でって…!」

竜斗と鷹矢は絶句した。

「監視カメラに映っていたんです。穴のような物から手が出て来て、チップを取り上げる…言葉の通りの映像でした」

正直、と続け、

「私はゾッとしました」

と、エリクはメガネを光らせる。珍しく、その顔に笑みが浮かんでいない。

「…!」

陽平は以前手にし、振るった事のある獣王の証を思い出した。
アレならば確かに、犯人と同じような芸当が可能だろう。
だがそれには、果たしてどれだけの代償が必要になることだろうか。
次元干渉を防ぐ処置を突破し、魔力結界を解除し、別次元から狙いを定めて目標を奪取するとなると、最早人外の仕業にすら思える。

「チップそのものにも、勿論プロテクトが施されている。直ぐに中身を見る事は出来ないだろう、が…」
「控えがあるなら、さっさとぶっ壊しちまった方が良さそうだな」
「取り返せるのならば、それに越した事はない。復旧には大層な手間が掛かる」
「…ちなみに、どのくらい?」

興味本位の質問に、ブリットはエリクを振り返る。

「データ処理が得意な各勇者が記録した物もある。紙媒体、一個人の頭の中にしかない物も」
「一個人の頭の中って…」
「容易く機密を持ち出されないように、記憶の得意な人間が、紙や端末内にデータとして残さずに、丸ごと記憶した部分もあるという事だ」
「リオーネとか、おじさんみたいな人とかか?」
「うむ」

志狼の言葉に、ブリットが頷く。
志狼や竜斗は開いた口が塞がらない。
学校の授業内容も怪しい自分達には、到底真似できない芸当だ。

「…」
「…?どうしたのかしら?ケイオス君」
「ん、いや…」

顎に手を当てて考え込み始めたブリットに、律子が疑問を持つ。

「…どうにも俺は、今回の犯人は…トリニティではないような気がする」
「!…根拠は…」
「無い。あくまで俺の勘だが…ラストガーディアンが地上から姿を消したこのタイミングで奴らが仕掛けてこないのが、どうも引っ掛かる」
「チップを奪取したのがトリニティなら、母艦が動けないこのタイミングで仕掛けて来て然るべきってか?」

陽平の言葉に、ブリットは頷く。

「そうだ。…結論を出すのは早いが、少なくとも俺なら今仕掛ける」
「自分が基準かよ」
「貴様も、保管庫を自分ならどう攻略するか考えただろう。同じ事だ」
「う」

陽平は言葉を詰まらせた。

「さて、今後どう動くか、ということなのですが。
 次元移動の痕跡を今、メイアちゃんがトレースしている最中です。
 移動後の次元座標へ、君達に乗り込んでいただく方向で動きます」

なるほど、盗られたにしては対応が遅いと思っていたが、犯人が別次元にいるならば特定は多少の時間が掛かるのだろう。

「移動手段は?」

鷹矢の質問に、エリクはコンソールを操作し、スクリーンに小型艇を映し出す。

「これを利用します。小型と言っても、ラストガーディアンと比べて、ですから、
 異世界を探索するのに必要な居住性は確保してあります」
「これに、次元航行に必要なシステムが搭載されているのですか?」
「はい。アースパンツァーさんや、クロノフォートレスのデータを頂いて完成させた物ですから、性能的は問題ありません」

確かに、次元航行が可能な両者のデータを流用した物ならば、移動そのものは問題ないだろう。

「で、捜索のためのメンバーを選出してみた」

ブリットがコンソールを操作し、スクリーンに名簿を映し出していく。

「…俺、陸丸、拳火、水衣、ブリット、ユマ…オヤジ、おじさん、おばさん、っと」

ふむ、と唸る志狼。
エリィの名前が無いが、確かに彼女は置いていった方が安全だろう。
何しろ、向かう先に何があるか分からないのだから。
ココロに関しても名前は無いが、陸丸が移動することを考えれば、彼女は勝手についてくるだろう。
鈴の名前も無いが、彼女がエリィに付いていて貰えば安心できる。

「で、風雅からは俺と、光海、柊、楓、孔雀、天城、日向さん、親父に椿さん、琥珀さん…に、翡翠もかよ」
「次元を隔ててしまったら、獣王と竜王に巫力を供給する巫女としての繋がりが薄れてしまいかねませんからね。やはり傍に居るに越した事はありません」
「なる、ほど」

琥珀の説明に、陽平は不承不承納得する。

「しっかり姫をお守りしてくださいね。勇者忍者様」
「承知しました」

クスリと笑う琥珀に、陽平は頭をガシガシと掻く。
釧と孔雀の名前は無いが、彼らも共に動いてくれる事だろう。
むしろ普段の生活圏が近いだけに、ブリットから釧に話が通っている可能性が高い。

「んで、うちは俺と碧、黄華、鏡佳っと」
「少数とはいえ、生身でも幻獣の力を使える貴様らの戦闘力は貴重だ。頼むぞ」
「了解ッス」

随分と買ってくれているものだと、ブリットの言葉に、竜斗は手を挙げて答える。

「白兵戦の戦闘力と、巨大戦の戦闘力が発揮できるという編成で、俺が組み込まれたわけですね?」
「そうだ」

鷹矢の疑問に頷くブリット。

「まぁもっとも、ケルベルザーという誤差がどう転ぶか…」
「きっと来ますよ。俺との決着を誰よりも望んでいますからね」

鷹矢は苦笑いして、ケルベルザーこと大神剣史の、不機嫌そうな顔を思い浮かべた。

「で、残りは…」

ユーキを振り返った陽平は、やっぱり、とこめかみに人差し指を当てる。
ユーキは人差し指と親指でわっかを作り、律子に向かって突き出していた。


「依頼料は?」

ニッコリと笑っている。それは清々しいまでの笑顔だった。
やはり律子もそこは分かっているのだろう。動揺せずにユーキを手招きした。

「成功報酬でお願いします。額はこの位。必要経費はこちら持ちで…」
「ふんふん…」

スクリーンに映し出されたデータを覗き込み、律子の提示する条件に頷くユーキ。

「ユーキが呼ばれたのは、交渉役って事か」
「そういう事だ」

陽平の言葉に、雅夫が頷く。

「お前達の白兵戦能力は、巨大戦とは同時に展開出来ん。
 その点、彼らは違う。白兵戦と巨大戦を同時に行う事ができ、
 且つ未開の世界を旅するのならば、彼らのバイタリティは大きな助けになるだろう」
「問題は報酬面ってワケね」
「うむ」
「ここで得た報酬が、元の世界で共通して使えるかどうかは分からないだろうに」
「何言ってんのさ。例えば便利な機械ならそのまま売れるし、バラしてジャンクとして売ってもお金になるじゃん。幾らでもやりようあるっしょ」

交渉中にも関わらず、陽平に向かってチッチッチと人差し指を振るユーキ。

「ハングリーだな、お前は」
「…ハンパないからねー、借金の額。そりゃハングリーにもなるよ」

そうかい、と陽平は同情の視線を送る。借金とは恐らく、彼の姉がこさえた物だろう。

「あそこまでとは言わないが、お前も社会に出たら他人事ではないぞ」
「覚悟しとくよ」

雅夫の発言に、片眉を吊り上げて陽平は返す。

「まぁ、どーしても仕事を紹介して欲しいのならば、やぶさかではないが?」
「断る」
「たーのしーいぞーう」
「断固断る」

ニヤ〜っと笑う雅夫に、ピシャリと断りを入れる陽平だった。

「なぁ、ぶっちゃけ俺が呼ばれた理由が分からんのだが?」

スタスタと、不満顔でブリットに歩み寄る志狼。

「貴様はブレイブナイツのリーダーだろう」
「違うって何度も言ってるだろうが!そういうのはお前やれよ!」
「お前、今更そんな事言ってんのか?」

志狼の抗議の声に、竜斗が呆れたように言った。

「だぁから、柄じゃねぇんだよ!リーダーなんつーのはッ」
「相棒がリーダーなんだろ?そいつぁ必然的だろうが」
「お前、ちょっと黙ってろ!」

竜斗に志狼が噛み付いている間に、ブリットはコンソールからメモリースティックを抜き取ると、早々にイスから立ち上がる。

「各員に対する知らせ方は任せる。俺とユマで、物資などの準備は整えておく」
「聞けっつーの!オイコラァッ!」
「メイアの分析が済み次第、即発つぞ。しっかりと用意しておけ」

手を挙げてミーティングルームから去っていくブリットに、志狼は溜息をついた。

「ったくよォ」
「あまり気負ってはいないようだな」
「あん?」

剣十郎の言葉に、志狼は振り返る。

「これから未知の世界に乗り込む事になるというのに、何時も通りの振る舞いと変わらんのでな。少し感心しておったのだよ」

剣十郎の物言いに、志狼は頭をガリガリと掻く。

「ま、起きてもいねー事をグチグチ悩んでても仕方ねーからな。洗濯物取り込んで、着替えの準備でもしておくさ」

そしてそのまま志狼は、竜斗を伴ってミーティングルームを後にした。

「あの前向きな姿勢、中心人物なのは間違いありませんよね」
「うむ」

恐らくは照れながら去っていった志狼をそう評価し、エリクはクスクスと笑った。

「…エリィちゃんはどうするつもりだ?エリク」
「ん〜、さて、どうしたものかな。ねぇママ♪」
「そうねぇ〜」

うーん、と本当に悩んでいるのか疑わしく首を傾げながら唸る夫妻に、剣十郎は溜息を漏らしながら苦笑い。

「本音はどうしたいんだ」
「あの若きリーダー君が決めた事なら、僕は異論無くそうすべきと背を押すつもりさ」
「…そうか」

父親として直接的にはどうこうしよう、という意志は無いらしい。
これは出発前に一波乱ありそうだと、剣十郎は苦笑いを濃くした。

「…」

そんな話を横で聞いていた鷹矢は、自然と一人の少年の顔を脳裏に思い浮かべていた。

(翔馬…)

エリィ同様、彼には白兵戦能力などは無く、勿論勇者を駆って戦う事など出来ない。

(留守番を…しておいて貰った方がいいだろう。そのほうが彼にとっては安全だ)

ここに戻ってくるまでにどのくらいの日数が掛かるかは分からないが、少なくとも一緒に異世界に向かうよりはこちらに居た方が、彼自身に直接的な危険が降りかかることは無いだろう。
後はなんと伝えるべきか、という所か。
若干気が重い。
鷹矢は頭に手を当てながらミーティングルームを後にした。






「…だってさ」

食堂で珍しい取り合わせでテーブルを囲んでいるのは、エリィことエリス=べル、獣耳と尻尾を生やした鈴、風見翔馬、そしてケルベルザーこと大神剣史の四人であった。

「どうする?」

エリィは何故か突然ブレイブウォッチから流れてきた事の一部始終を反芻し、翔馬に問いかけた。

「…」

翔馬は無言であった。
きっと、鷹矢は自分のことをここに置いて行くつもりだろう。
危険な世界へと連れ回すよりも、この戦艦に居た方が安全だと、彼ならばそう考えるに違いない。
本音を言えば…

「本音はどうなんだよ」
「!」

剣史の言葉に、ハッと振り返る翔馬。

「野郎、きっとテメェを置いてくぜ。で、テメェはどうしたいんだよ」
「…僕は…」

エリィはそんな翔馬の姿に、自分を重ねる。
迷惑は掛けたくない。足手纏いになりたくない。
しかし。

「私は、付いていきたい」
「!エリィさん…」
「けど、足手纏いは嫌だよね」
「…うん」

苦笑いで問いかけるエリィに、翔馬はコックリと頷いた。
鈴はエリィの意見を尊重するつもりなのか、ジュースに口をつけたままじっと成り行きを見守っている。
剣史はコツコツコツとテーブルを指で突いて答えを待っていたが、我慢しきれずに掌を強くテーブルに叩き付けた。

「ったくッ!小利口過ぎなんだよテメェらはッ!!」

乱暴に頭を掻くと、ビシリと翔馬を指差す。

「気にいらねぇな!結局はテメェがどうしたいかだろうが」
「自分が…」

俯く翔馬に、剣史はイライラしながら舌打ちする。

「俺に人質に取られた時みてェな根性見せろよオイ!要はテメェのやりたい事に対して、どんだけタマ掛けられるかっつー話だよ」
「タマって…」
「い・の・ちって奴だ!俺ァガキん時からそうやって生きてきた!」
「!」
「物言いが乱暴だけど、自分のやりたい事に、自分で責任を持てば後は自由に行動しろって事でしょ?」

エリィの言葉に、剣史は獰猛な笑みを見せる。

「そういう意味じゃ、エクセスの偽善者野郎よりも、そっちの…シロウとか言ったか。あの野郎の方が俺ぁ共感出来るぜ」
「!」
「テメェのやりたい事に、命掛けて戦ってやがる。下手に正義の味方面しねぇで、アホみてェに真っ直ぐ筋通してるだろうが」
「…」

剣史の言葉に、改めて自分は物凄い覚悟の上で守られているのだと自覚するエリィ。

「同じトコにいてぇなら、テメェらも命掛けな。不公平だろうが。アン?」

幼馴染とはいえ、彼は他人のために自ら剣を手に取った。
果たして他人のために、自分ならば剣を持てるだろうか。
確かに今のままでは、志狼に対して自分は対等とは到底呼べない。
力の有り無しに関わらず、不公平だ。

「…そっか。そうだよね」

拳を強く握り、決意の表情を見せるエリィ。
翔馬も、自分の立場に置き換えてみる。
剣史は偽善者と言ったが、宇宙の平和を守る宇宙警察の鷹矢――エクセスは、命を掛けて無辜の民のために日夜戦っている。
憧れや興味本位で彼の後を付いて回ったところで、単に彼の足枷になってしまうだろう。
自分には戦う力はない。しかし、ならば自分に出来る事はなんでもやろう。
少しでも彼の手助けになることをして、しっかりと後を追おう。

「あ、良い事思いついた」

ポンと手を叩き、エリィが悪戯っぽく笑った。

(…あー、あの顔はヤバイな…)

横でその顔を見た鈴は、口に含んでいたジュースを拭きそうになるのを必死に抑えた。
エリィがあの顔を見せる時には、何かしら厄介な事を考えている時に他ならない。

「皆、ちょっと耳貸して」

恐る恐る顔をテーブルの中央に寄せる翔馬と鈴。
なんにせよ、グダグダと考え込む事を止めたらしい。
フン、と鼻を鳴らして剣史はイスに深く掛け直した。

「もうッ剣史さんも!」
「いってッ!耳引っ張んなッ!!」

エリィは顔を寄せない剣史の耳を無理矢理寄せる。

「いい?…」
「ええええええ!?」
「え、エリィさん、流石にそれは…」

エリィの悪巧みに、翔馬と鈴は揃ってダメだダメだと首を横に振る。
対して剣史の方はというと、

「はっはっはっは!!良いなそれ!気に入ったぜ!!俺好みじゃねぇか!!」

相当に乗り気になったようだ。大声を上げて笑い始めた。

「ま、まずいですよそれ…!流石に!」
「なぁに言ってるの翔馬君!私達が本気だって事、見せ付けてあげるのよ!」
「え、ええええ〜!?」

一転するとなると、とことん大胆になるらしいエリィに、翔馬はタジタジになりながら、横目で鈴に助けを求める。
が。

「…」

無理。と目で訴えられた。
どうやら彼女の仲間内にも、目の前のお姉さんを止められる人間はいないらしい。

「じゃあ、先ずは…」

かくして、彼女の悪巧みに対する備えが密かに、しかし強制的に進むのであった。

(…それにしても)

鈴はBウォッチから音声を流してきたのは誰なのかが疑問であった。

(…ひょっとして、ブリットさんかな?)

エリィの性格を良く知っている志狼の仕業とはとても思えない。
何を考えての事なのかは分からないが、心の底では彼女も感謝していた。
何だかんだと言いながら、鈴もブレイブナイツに同行したいと考えていたから。






ほんの数時間後。
メイアの分析がもう少しで済みそうだ、というブリットからの報告に応じて、数少ない私物などを詰め込んだ麻袋を片手に、小型艇に向かって志狼は仲間達と通路を歩いていた。

「なんか、不気味なんだよなぁ」
「何が」

隣を歩く陽平が、さほど興味もなさそうに尋ねた。

「この追跡任務の話をして、留守番してるように言ったんだが…エリィの奴、妙に素直に首を縦に振ったんだよ」

ギクリ、とブレイブナイツの面々は表情が固まる。

「そらお前…」
「何か仕掛けてくるわよ。100%」
「…やっぱりそう思う?」

うんうん、と頷く拳火と水衣。
これも信頼なのだろうか。
水衣の隣を歩く瑪瑙が、若干の呆れ顔を覗かせた。

「なんか、そういえば鈴もコソコソと何かやってた気がするなぁ」
「…そうですね」

うーん、と思案する陸丸とココロ。
一体何をしでかすのか、果たして見当も付かないのだが。

「あ、俺剣史さんが生き生きとしながら、この辺うろついてるの見たぜ?」

竜斗の報告に、なにやら嫌な予感が募る面々。
しかし、剣史の名前が出ても、鷹矢の反応はいまいちだった。

(…翔馬…)

本当に置いて行ってしまって良いのだろうかと、今更になっても鷹矢は迷っていた。

「ケッ!シケた面だなぁ!ああん!?鷹矢ァッ!!」
「何!?」

突然の声に、発生源と思しき方向に視線を向ける鷹矢。
その先には、小型艇の上辺に踏ん反り返って座っているベルザーの姿があった。

「貴様…ベルザー!何のつもりだ!!」
「オイオイ…俺様が何者か忘れたわけじゃねぇだろうな!?ええ、エクセス!?」

突然ベルザーは、一行に向かって手に持ったウルフボウガンを向ける。

「この小型艇は、俺様達が乗っ取った!」
「な、なんだと!?」

鷹矢は驚いて、左腕のホークブレスに手を添えるが、

「オオッと、妙なマネすんじゃねぇぞ!?エクセェェス…!」

ウルフボウガンを向けられ、鷹矢は動きを硬直させる。

「乗りたきゃ俺様達に許可とんなきゃならねぇんだ…精々ご機嫌を窺うんだなぁ…!!」
「くッ!どういうつもりなんだ…ベルザー…!」
「「「……」」」

一人緊迫する鷹矢に対して、他のメンバーの視線は冷めた物だった。
なんとなく今までの流れで、犯人の目星が付いたからだった。

「今、俺様『達』って、言いましたよね?剣史さん」
「だからどうしたァ?小僧!」

ベルザーの返答に、志狼は頭を抱えた。

「エリィ、何のつもりだ」
「交ッ渉ッです!」

ガリガリと音割れさせつつ、外部スピーカーからエリィの声が響く。
やっぱりか、と、全員が深く溜息をついた。

「この小型艇は、我々が乗っ取りました!異世界に旅立つのであれば、我々の許可を取ってください!」
「…ユマ?」
「だ、ダメです。完全に外部からのコントロールがシャットアウトされてますぅ…」

志狼の視線に、ユマはBウォッチを操作しつつ、苦笑しながら首を振る。

「さっさとなんとかしろ」

エリィの行動力を多少なりと知っている陽平は、志狼と同じく頭を抱えながら手をヒラヒラ振る。

「こんなんでモタ付いてる場合じゃねぇぞ」

痴話喧嘩はよそでやれ、とばかりに白い視線を向ける竜斗。

「好き勝手言いやがって…!」

頭痛を感じつつ、志狼はスタスタと一行から歩み出る。

「要求を言え、海賊女!」
「一緒に連れてって下さーい」
「遊びじゃねえんだぞ」

志狼の声が、一オクターブ低くなる。目付きが、戦闘時のそれに変わる。

「分かってネェな、ガキ!」


ガァンッ!!


ベルザーがウルフボウガンを発射する。
一行の背後の壁がガラガラと崩れ落ちる。

「こっちは本気で言ってんだよ!…わかんねェか?」
「…」

突風が、巻き上がった煙を吹き飛ばす。
ナイトブレードの大きな腹で、志狼が仰ぐように煙を吹き飛ばしたのだ。

「ベルザー、貴様!」
「おぉっと、他人事だと思うなよォ?エクセス!」
「何だと!?」

今度はウルフボウガンの先が、鷹矢に向かう。

「テメェがいっつも連れてるガキも一緒だぜ」
「な…!」
「鷹矢兄ちゃん…」
「翔馬!?本当に一緒なのか!?」
「う、うん」

外部スピーカーから聞こえてくる声に、まさか、と驚愕する鷹矢。

「どうしてこんな事を!」
「何べんも同じ事言わすんじゃねェよ…!」

イライラしたようにベルザーが舌打ちする。

「ぼ、僕…僕、鷹矢兄ちゃんたちと、一緒に行きたくて!それで…!」

たどたどしくはあったが、翔馬は一生懸命に言葉を紡いだ。

(ほう…?)

何か言うまでも無く、自分で発言するとは。
ウルフボウガンを肩に担ぎ、ベルザーはニヤリと笑った。

「一緒に、連れて行って下さい!僕、一生懸命お手伝いしますから!」
「…翔馬。分かったよ、君の気持ちは良く分かった」
「あ、ありがとう!鷹矢兄ちゃん!」

鷹矢のやり取りを横目で見ていた志狼は、ナイトブレードを逆手に持ち替え、床に突き刺すと、柄尻に手を当てて問う。

「…本気なんだな、エリィ」
「本気!絶対付いてくから!!」
「…」

数秒、考え込む志狼だったが、

「分かったよ」

苦笑して、ナイトブレードを鞘に収める。

「危険だと思ったら、しっかり自衛しろよ?」
「その前に、志狼君が守ってくれるんでしょう?」
「はぁ!?」

外部スピーカーから聞こえてきた音声に、志狼は素っ頓狂な声を上げた。

「お、おじさん!?」
「はーい、おじさんでーす♪」
「おばさんも〜いま〜す♪」
「ちなみに、ワシも中にいるぞ」
「俺も中に居る」

続いて聞こえたリィス、剣十郎、そしてブリットの声に、ドシャア、と志狼は倒れこんだ。

「何で!?」
「愚問だな。キャプテンの許可を貰ったからだ」
「キャプテンって、エリィの事かブリット!?」
「肯定だ。ちなみに乗船許可が下りていなかったのは、貴様だけだ」
「…あ、そう」

床に寝そべりながら、もうヤダ、と呟く志狼に、ブレイブナイツ、勇者忍軍、そして幻獣勇者達は揃って合掌してから、小型艇に乗り込むのだった。
泣く泣く乗り込んだ小型艇の中に入った途端、

「ご苦労サマ!少〜年!」

おつまみを片手に笑いながらトーコに肩を叩かれ、

「おつかれ、志狼」

多少の同情が入り混じった表情でユーキが言い、

「これからも頑張ってください」

ニッコリと笑顔を絶やさずにアッサリとそう言い放つイサムの言葉に、更に頭痛が増す志狼だった。
溜息を漏らし、麻袋を背負いなおしながら、ブリッジを直接目指す。
スライド式のドアをくぐり、ブリッジに入り込む。
中には既に、同行するメンバーが全て揃っていた。

「すまなかった、翔馬…」
「ううん、僕の方こそ…無茶しちゃってごめんなさい」

直ぐに視界に入り込んできたのは、鷹矢に頭を撫でられている翔馬の姿だった。

「あの…剣史さんを怒らないでね。ぼ、僕たちが無理矢理頼んじゃっただけだから」
「どうかなぁ。随分ノリノリだったじゃねぇか」
「!し、志狼さん!」

ようやく志狼に気が付いたのか、翔馬はビクリと身を竦ませる。

「怒ってねーから、そんなに怯えるなよ翔馬」
「で、でも…」
「いいんだよ。こう言うのは慣れてっから」

むしろ、と艦長席で頬杖を付いているエリィに視線を向ける。

「…」
「…」

しばし無言で視線を交し合う両者。
ややあって先に口を開いたのは志狼だった。

「気合入れてパリッパリに洗濯したの着てきたのに、速攻埃だらけなんですけどー」
「そこはベルザーさんのアドリブですから、責任持てません〜」

口を尖らせてプイッと顔を背けるエリィ。ビキキ、と志狼の表情が固まる。

「てめぇ、先ず謝んのが先と違うンかいッ!無茶苦茶やりやがって!!」
「私を置いてくシローが悪いんでしょッ!!」
「あぶねーから置いてこうとしたんだろうがッ!!」
「全然全くちーっとも頼んでないしー!」
「あんだとコラァッ!!」
「「まぁまぁ、落ち着けお前ら」」

取っ組み合いを始めそうな二人の間に、陽平と竜斗が割って入る。
やっぱり怒ってた、と、翔馬もオロオロし始める。

「けんか、だめ!」
「「…」」

両者のシャツの端を掴みながら、翡翠が頬を膨らませて言った。

「「…すいませんでした」」
「ん」

スッカリ頭の冷えた二人は、翡翠に対してペコリと頭を下げる。
実年齢はともかく、年少の翡翠に宥められた二人に、ブリッジに居た人間は揃って苦笑いした。

「さて、とりあえず、この小型艇の事について、簡潔に説明する」
「マイペースだな、お前は…」
「そうか?」

志狼の言葉に、今までの流れをブツリと断ち切る言葉を発した当のブリットは、シレッと答えた。

「まず、この小型艇の操縦は、人員をさほど必要としない。
 これはエリクさんに担当してもらう。補助にはリィスさんに入ってもらう」
「は〜い♪」
「よろしくお願いしますね、皆さん♪」

コマンダーシート前方の端末に腰掛けたエリクが、全員を見渡してペコリと頭を下げた。

「そして艦長だが、これはエリィに担当してもらう」
「はぁ!?」

ブリットの説明に、志狼が素っ頓狂な声を上げる。
先ほどの『キャプテン云々』というやり取りは、てっきり冗談だと思っていたのだが。

「白兵戦、巨大戦に関わらず、戦闘になれば当然、艦内の大多数の人間は戦闘に出る。
 その際には、ここに座って指揮を執り、艇を守る人間が必要だ」
「だからって、何でエリィなんだよ!!」
「彼女の行動力、判断力、決断力は相当な物だ。先ほどのやり取りで、嫌というほど分かったと思うが?」
「ぐ…」

志狼はぐぅの音も出ない。
事前にこの小型艇に潜り込み、作戦を実行する行動力、判断力、決断力を考えてみれば、確かにそれらの力が高い事は分かる。

「それとも貴様は、他の非戦闘員である翡翠や翔馬に、それをやらせるとでも言うのか?」
「それは…!」

流石に無理だろう。

「エリクさん、リィスさん両名は、操船、索敵を担当する。
 となれば、必然的にエリィがこの役職にふさわしいと思うのだが?」
「私は賛成です」
「楓…」
「私も」
「鏡佳…」

楓と鏡佳に続き、全員が手を挙げ始める。

「…」

自然と、手を挙げていない志狼に、全員の視線が集まる。
半数以上がニヤニヤと笑っているのが、なんだかとっても腹が立つ。

「…勝手にしろ!」

観念したのか、志狼もヤケクソ気味に手を挙げるのだった。
しかし志狼はそのまま、エリィの顔を見ることも無くブリッジを後にしたのだった。

「…ったく、しょうがねぇなぁ」

呆れ顔を見せながら、陽平は竜斗を伴ってブリッジを後にする。

「…」

流石のエリィも沈んだ表情を見せる。が、

「エリィ艦長、律子さんから通信が入ってますが、繋いでもOKですか?」
「え?あ、うん!OKOK」

エリクの報告に、エリィは首を縦に振る。

『…聞こえますか?エリィさん』
「は、はい!」

突然メインスクリーンに映し出された律子の顔を見た途端、エリィは表情を切り替えた。

『そちらの格納庫内で、衝撃と爆発を確認したのですが』
「えー、ちょっとレクリエーションをですね」

ポンと手を叩きながら、エリィは笑顔でいけしゃあしゃあとそう言った。
画面の先の律子は頭と胃の辺りを押さえながら、

「…そう」

とだけ呟いた。
良くも悪くも何時も通りというわけか。と。

『これからあなた方は、未知の世界を旅するわけですが』
「はい」
『その調子で艦内破壊を続けていると、シャレではすまない事態になりますからね?くれぐれも注意して下さい』
「あ、あい!了解ッス!」

律子の苦労がほんの少し理解できたエリィは、こめかみに汗を光らせながら、ビシッと敬礼して返した。

「エンジン始動、出力100%。次元座標セット、次元航行システム起動します」

エリクの指がコンソールの上を滑り、直後、小型艇が一瞬振動で揺れる。

『皆さん、お気をつけて。ブリットさんの予測といい、チップ強奪の手段といい…一筋縄ではいかないでしょうから』

律子の言葉に、一呼吸置き、エリィは深く頷いた。

「…はい」

エリィが稀に見せる、凛々しい表情。
普段の彼女しか知らない面々は驚き、剣十郎すら目をパチクリさせる。
微笑みを見せているのは、彼女の両親と、楓。
そして読心能力を持つ琥珀だった。
コマンダーシートの手摺りに置かれたエリィの手に、琥珀はそっと自らの手を添える。

「そんなに気負わないで下さい。私たちも、及ばずながらお力になります」
「…ありがとうございます」

彼女の能力からすれば、今の自分の心境などお見通しなのだろう。
エリィは琥珀に向かって、深く頭を下げる。


こうして、彼らは旅立つ事になった。
未知の世界、姿の見えない敵、そして、若干の不安要素を孕みながら。

「転移開始!目標…未確認異次元世界!」

エリィの宣言が、ブリッジに響き渡った。






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