「…おお」

暗闇の中、男は驚愕の表情を一瞬浮かべた後、笑みを浮かべる。

「なるほど…」

情報の塊であるチップを指の中で弄んでいた男は、腰掛けている玉座の隣に立つ女性に、それを渡す。
よもや、こんなにも直ぐに追跡をかけてくるとは思わなかった。
しかしこの対応力こそが、世界の抵抗力たりえるのか、と感心すら抱く。

(…ならばいっそ…)

その力を、取り込んでみてはどうだろうか。
破壊の化身からこの世界を守るのならば、これ以上無い備えとなるではないか。

「…ふ…」

男は手を翳し、人差し指で何かを描くように動かす。

「いきなりここに出られても困る…相応の場所までご案内しよう、勇者諸君…」

男の指の軌跡に光が宿り、魔方陣が空中に出現すると、その魔方陣は不気味な光を薄く放ち始めるのだった。






オルゲイト=インヴァイダー






「おい、ちょっと待てって」
「落ち着けよ、志狼!」
「!」

陽平と竜斗の制止を振り切り、ズカズカと通路を歩く志狼の前を横切ったのは、剣史だった。

「よォ」
「テメェ…ッ!」

悪びれもせず、ニヤニヤと笑いながら片手を翳す剣史に、志狼は思わず胸倉を掴み挙げる。

「ハッ!いいツラしてやがるじゃねぇか…」
「黙れッ!」

凄む志狼の視線に、剣史は不敵な笑みを深くする。

「何を腹立ててやがる…当ててねぇだろうが」
「何であんなことした!?」
「あんな事だぁ?」
「何でエリィをこの小型艇に連れ込んだッ!!」
「何言ってやがる。この艇に乗る時に、テメェも了承してたじゃねぇか」
「うっ」

剣史は志狼の腕を跳ね除けて、服の襟首を正す。

「ブリッジで何があったか知らねぇが、うろたえてんじゃねぇよ糞ガキ」
「何でなんだ…!」
「ああん?」

拳を強く握り締める志狼。

「何で皆して、エリィを危険の中心に置こうとするんだッ!」
「!」
「志狼…」

そういうことか、と、陽平と竜斗は納得する。
やはり、志狼はただ単純にエリィの身勝手を怒っているわけではない。
彼女の事が心配だからこそ、その身を誰より案じているのだ。
元より戦いの中心である陽平の姫、翡翠とは若干立場が異なり、エリィは翔馬と同じく一般人。
戦いから遠ざけて然るべきだ。
しかし、

「何を勘違いしてやがる」
「勘違い…だと!?」

剣史はそんな志狼を、一笑に伏した。

「この艇に乗り込んできたのは、紛れも無くあの女の意思だ」
「それがどうした!」
「あの女は、テメェが勝手に守ってるだけだろうが」
「!」
「つまりだ。テメェに、あの女の行動を拘束する権利は、一切ねぇ」
「…」
「違うか?」

絶句している志狼を一瞥すると、剣史は踵を返して格納庫へ足を向ける。

「…違わねぇ…!」

剣史の姿が見えなくなってから、志狼はガクリと膝を付いた。

「なんてこった…違わねぇじゃねぇか…!」

項垂れる志狼に、竜斗と陽平は溜息を付いて顔を見合わせる。






「掴めねぇ野郎だ」

ドカリとソファに腰を下ろす剣史。
彼が腰掛けたのは、格納庫の一角に、またもやトーコ達が勝手に持ち込んだソファだ。

「ん〜?誰のこと?」

隣に座りながら尋ねるトーコに、剣史はソファにふんぞり返りながら答える。

「あのシロウってガキだ」
「あ〜。あの子、戦ってる時とのギャップが凄いからネェ」

ジャンクが用意したのか、サラミを口に放り込み、トーコが笑う。

「結構ナイーブですからね、彼」

少し離れた位置に座るイサムが、クスクスと笑う。

「自信が無さ過ぎンのよ、まぁったく」
「まぁまぁ。良く言えば謙虚だという事ではないですか」
「謙虚…いい言葉ですわね」
「謙虚さを覚えたら、姉ちゃんもお金の使い方とか、周りの被害を考えない戦い方改まるかな」
「少しはトーコさんも見習ったらいかがですの?」
「うっ、ヤブヘビだったわ」

ユーキとグレイスが口を挟み、トーコは膝を抱えて蹲った。

「やれやれ、騒がしいこった」

ソファに腰掛けるジャンクが鬱陶しそうに言った。

「…」

知らん、とばかりに、テーブルを挟んで対面に座る釧は目を伏せる。

「まぁ〜、ナイーブなのはあんたのライバルも一緒かぁ」

ひょいと隣に現れたトーコに、釧は眉をひそめる。
殺害対象のそんな内情など、それこそ知った事ではない。
だが、

「…ただヤワな訳ではない」

誰に向かって発した物か定かではないが、釧がポツリと漏らした。

「ま、そうでもないと、ここまで来るのに野たれ死んでるわね。確かに」

何が可笑しいのか、からからとトーコは笑う。

「もしくは、艦内であんたに後ろから刺されてるもんねぇ?」
「…」

口元の笑いとうらはらに、トーコの瞳に鋭い物が走る。
しかしそれも一瞬の事。
釧の目の前には、何時もの自分を小馬鹿にしたかのような笑みがあるだけだった。

「…ふん、物騒な奴らだぜ」

剣史は鼻を鳴らして、ソファに身を更に沈ませた。

「お前も大概だがな、剣史?」
「あァ?」

そんな台詞に首を上に向けてみると、そこには鷹矢がいて自分を苦笑して見下ろしていた。

「テメェ、何しにきやがった」
「まぁそう邪険にするなよ。単に礼を言おうと思ってな」
「はぁ!?礼だぁ!?」

素っ頓狂な声を上げて、剣史がソファから立ち上がる。

「翔馬の事だ。俺に同行を承諾させるために、翔馬のために一芝居打ってくれたんだろう?」
「ンな訳ねぇだろッ!ばぁかかテメェは!?」

頬をひくつかせながら噛み付く剣史に、鷹矢は笑みを崩さない。

「とにかくありがとう」
「どんだけめでたい頭してやがんだ!!違うっつってんだろうがッ!」
「いや、良いんだ。俺はもう少しで翔馬を寂しがらせる所だった。おかげで目が覚めたよ」
「テメェ、エクセスッ!!話聞けっつってんだろうがッ!!」
「ぶっ」
「くくくっ」

漫才のようなやり取りを繰り広げる鷹矢と剣史の姿に、ついにはトーコたちは笑いを堪えきれずに笑い転げた。






「エリィ」
「ん、んお?」

集まっていたメンバーも自室へと帰り、シンと静まり返っていたブリッジで、エリクがエリィに呼びかける。
対するエリィは、反応がやや悪い。
彼女の心情は、まるでブリッジの外に見える、ノイズの走ったテレビのような、灰色の景色そのものだった。

「艦長がそれじゃ、皆気持ちが滅入っちゃうよ?」
「う、うん」

バツが悪そうに、エリィは頭をペシペシと叩く。

「大丈夫」
「え?」

コマンダーシートの隣に控えている琥珀に、エリィは振り向いた。
何が大丈夫なのかは言わないが、恐らくは志狼の事だろう。

「…うん、分かってます。分かってます、けど」
「喧嘩、するつもりじゃなかったんですよね」
「…うん」

にっこりと笑う琥珀に、エリィは素直に頷いた。
この人の前で、嘘は意味を成さない。

「彼は心配してるだけ」
「…そうかな」
「ええ。とっても。深く、深く」

ぼっ、とエリィの顔が朱に染まる。琥珀の隣に立つ椿がクスリと笑った。


グラリ


「!」

突然、艇が揺れる。次いで、ブリッジから覗く灰色のノイズが、一瞬グニャリと歪む。

「地震…じゃないよね、次空間移動してる最中だもん」
「その通り」

エリクがコンソールを叩く。

「…進路が反れました。干渉があったようです」
「干渉!?もしかして…」
「十中八九、チップを盗んだ犯人でしょう」
「…!」

エリィは目を見開く。
いや、エリィだけでなく、隣の琥珀も、椿も、エリクも、リィスも、目の前に広がる色の付いた光景を注視する。

「…誘い込まれたか」
「そのようで」

振動の原因を探るためか、ブリッジに現れた剣十郎と雅夫が、鋭い視線を外へと向けていた。

『御機嫌よう、諸君』
「!頭に、声が…!?」

エリィは頭に手を当てる。頭の中に、直接女性の声が響き渡った。
いわゆる、テレパシーというものだろうか。
当然ながら乗船しているメンバーのものではない。
周りを見渡すと、やはり全員が自分と同じようなリアクションをしているのが見える。
こちらから喋りかければ、向こうに通じるだろうか。

『通じる。応じていただけて何より』
「っ!」

筒抜けだった。
これはひょっとして、声に出さなくても通じるのではないか、とも思ったが、皆に聞こえる会話をすべきだと思い、エリィは試しに声に出して答えてみる。

「…貴方が、犯人ですか?」

何の、とは言わない。相手は全て分かっているだろう。

『ストレートな物言いだ。ならばこちらも。その通りだ、少女よ』

全く、盗人猛々しいとはよく言ったものだ、と誰もが思った。

「…こちらが何をしに、ここまで来たのか分かって言っているのか?」

剣十郎の鋭い言葉に、女は動じずに答えた。

『それも込みで、話をしたい事がある。ご足労だが、こちらに来て頂きたい』

こちらが何かを言う前に、念話がプツリと切れる感覚がした。

「一方的だな」

剣十郎の言葉に、雅夫が頷く。

「それに、上からですな」
「態度が、ですよね」

エリィもムッと頬を膨らませて言った。
口調こそ丁寧だったが、普段は尊大な物なのだろう。
違和感が滲み出ていたし、それを隠す様子すらなかった。

「白兵戦を想定したメンバーを選出して、相対しましょう」
「随時と警戒してますね」

隣の琥珀がエリィに言った。

「話し合うだけ…なんて、額面通りに受け取るわけにはいかないですからね」

何しろ相手が、極秘チップを盗み取ったから、こんな所に来る羽目になったのだから。
苦笑するエリィに、同意です、と彼女は笑った。

「おじ様2人に…竜斗君、くっしーさん、ブリットさん、トーコちゃん、鷹矢さん、それにパパ、かな」

随分と攻撃的な編成だ。エリィの警戒具合が窺える。

「いいのかい?僕が離れてしまっても」

イスを回転させ、エリィを振り返るエリク。

「緊急時の操舵くらい、なんとかなるよ」
「もう覚えたのかいっ?流石、僕の娘だねっ♪」
「齧った程度だから、何かあったら早く帰ってきてよねパパ」

親ばか、と呟き、エリィは頬杖を付いて手をヒラヒラと振った。

「艦長、連れて行きたい人間がおるのだが、よろしいか?」
「え?」

剣十郎の提案に、エリィはキョトンと振り返る。

「誰ですか?おじ様」
「志狼君と陽平をお貸し頂きたい」
「!」

雅夫の言葉に、エリィは驚かず、やっぱりか、と思った。

「彼奴を見定めるのに、奴らにも見せておきたい。如何か?」
「守りも固めておきたかったんですが…ま、OKです」

微妙な表情のエリィだったが、守りを心配してのことではないだろう。

「では早速」
「お願いします、おじ様」

剣十郎も雅夫も、そこには触れずに、ブリッジを後にし、小型艇の中の選抜メンバーを集める事にした。






小型艇側面のハッチが開き、選抜メンバーが表に出ると、白い壁に囲まれた全く無機質なドックだった。

『申し訳ない。諸君らの出現に合わせて、急ごしらえで造ったもので、飾り気などは皆無の空間となってしまった』
「…!」

声に出さずに全員が驚く。
自分達がこちらに来る事を察知して、一瞬にしてこの空間を作り出したというのだろうか。

「ドックを見にここまで来たわけではない」

動じた様子も無く、ふん、と鼻を鳴らし、ブリットが言った。

「何処を進めば貴様に会う事が適うのか聞きたいのだが?」
『奥へ。一本道だ、迷う事はないだろう』

ハッチに対して横付けされた足場の奥には、先の見えない通路があった。
他に入り口らしき物も無く、そこへ行くしかないだろう。
警戒してその中へと足を進める。
明かりが全く無い通路を進み続ける事暫く。

「!なんだ…?」

僅かな光源が見え、陽平が目を細める。
程なく通路を抜け切ると、円錐状のガラスケースの中に、様々な物が所狭しと飾られているスペースに到達した。

「なん…だこりゃ…!?」

志狼は目を見開いてキョロキョロと忙しなく周りを見渡す。
右を見ても左を見ても、円錐状のガラスケースだらけで、その中には何かしらの物が収められている。
見たことも無い綺麗な花や、美しい宝石、まるで生きているかのように精巧に作られた人形。
古めかしい本や、宝玉が埋め込まれた杖のような物も見える。
それらが水槽の中の魚のように、何の支えも無しにプカプカと浮かんでいる。

『私は物を蒐集する事を生き甲斐としている…ここにあるものは、全て私が異世界多次元を問わずに手に入れた物だ』
「これ…全部かよ…!?」

竜斗はこの広大な空間の奥へと視線を向ける。が、ガラスケースが地平線の果てまでも延々と続き、終わりが見えない程に同じ景色が広がっている。

『会いに来ない者は、見学してくれて構わない。他ではまずお目に掛かれない代物ばかりだからな。
 ああ、それと諸君は床の目印を頼りに歩いてくれ。こちらまで誘導する』

程なくして、床にぼんやりと光る矢印が現れる。
警戒しつつも、一同は矢印に誘われるままに歩みを進めた。

「…」

今のテレパシーの後半は、小型艇に居る人間にも送られたものなのだろう。
わざわざ降りてきてまでそれを見ようとする人間が、果たして何人いることやら。

「…」

志狼はこめかみに手を当てる。
普段の彼女ならば、目を輝かせて覗きに来るだろう。
そこでピタリと挙動が止まる。

「…」

今の、どこか意固地になっている彼女は、恐らくは来ないだろう。
先ほどのやり取りを思い出して、志狼は溜息をついた。

「なになに?どうしたの少年!溜息なんかついちゃって」
「いいからほっとけよ…」

笑いながら隣に現れたトーコに、げんなりして志狼は言った。

「つれないわねー、折角心配してあげてんのに」
「普段の態度見て、お前に何かを相談する人類はいないと思うぞ」
「うふッ」

横から現れた陽平の言葉に、トーコは胸を押さえる。

「ひ、ひっどーいッ!人類って、そこまで言うッ!?」
「言う」

陽平の冷めた突っ込みに、トーコはガックリと肩を落とす。

「ひどい…!」
「やれやれ」

しゃがみこんでのの字を床に書き始めるトーコを無視し、陽平と志狼はスタスタと歩き始める。

「…」

そんな志狼の様子を、竜斗は前を歩きながら窺っていた。

「ありがとう、竜斗君」
「え?」

隣を歩く剣十郎が、突然礼を言ってきた。

「愚息を心配してくれて」
「ああ、いや、心配だなんて俺は」

笑いながら竜斗は片手を振る。

「志狼が頑張ってるの、毎日見てますから」
「…そうか」

竜斗は本当に心配していないようだった。
以前の共闘を通じて、志狼の芯の強さを垣間見た彼は、心配するに値しないと本気で信じてくれているのだろう。

「陽平は心配してる…というか、ちょっと気持ちが分かるって、同情してましたけどね」
「翡翠ちゃんかね」
「周りが中心に据えちゃいますからね。あの子の場合」

陽平達風雅忍軍によれば、生命の奥義書という、彼らの世界の命運を握るキーアイテムを持つといわれる彼女は、否応無く戦いの真っ只中に放り込まれる事になったのだという。
守ると誓ったが、彼としても内心、戦いの中心から外してやりたいとは正直思っているだろう。
平穏無事に過ごさせてあげたい。
だが周囲も、運命もそれを許さない。彼女自身も、覚悟が出来ている。
しかし、それでも、と。

「自分から飛び込んできちゃうエリィさんには、正直俺も戸惑ってますけど…女の人って強いですからね」

碧や黄華、鏡佳は、自らの意思で戦場に飛び込んできた。
始めこそ戦う事を危ぶんだ物だが、今となっては無くてはならない掛け替えの無い仲間達だ。

「しかし、それでも危険と常に隣り合わせという状況は変わらぬよ。
 妻も…世界で五指に入る腕の持ち主であったが、戦いの最中、あっさりと死んでしまったよ。
 アレと、ワシの目の前で、な」
「っ!」

剣十郎の独白に、竜斗は息を呑んだ。

「だからな、竜斗君。君も常に高みを目指しなさい。強く有らねばならぬよ…?
 いざと言うその時…大切な物を守れるように」
「…はい!」

竜斗は拳を強く握り締め、静かに、しかし力強く頷くのだった。
そんな様子を、彼らよりも更に前を歩く釧は、ちらりと横目で見た。

「…どうしたね?」

釧は突然、隣を歩く雅夫に呼びかけられる。

「気になるかね?彼らが」
「…」

釧は答えない。どう答えようと、彼らを見ていた事で、肯定と受け取られてしまうだろう。

「抜き身の刀である事を止めたのかい?」

雅夫の抽象的な問いに対して、釧はやはり答えずに歩みを早めて雅夫から離れた。

「…俺は、弱くなったのか」

釧自身が驚く発言が口をついて出た。
捨て去ったはずの感情が、あの艦に居座るようになってから、徐々に徐々に掘り起こされていく。
復讐にのみ心を塗り潰し、周りの全てが敵だったほんの少し前の自分に比べ、自分はさながら刃を削がれたかのような錯覚すら覚えてしまう。

「違う」
「!」

いつの間にか、先頭を歩いていたブリットに追いついていた。
そして今の発言から、呟きを拾われてしまっていた事に気付く。
しかし彼はブリットに対して、口を塞ぐ事も、睨み付ける事もしなかった。

「…何が違うというのだ」

聞いてみたかった。
およそ感情とは一番遠いと思われた人物が、感情を肯定したのだから。

「抜き身の刀は、いずれ風化する。斬り続ければ、刃毀れを起こす」
「…!」
「斬るべき物を見定め、見据え、それにのみ刃を立てる。常に抜き身でいる事は、むしろマイナスにしかならんのではないか?」
「…感情を暴走させて戦う事が、プラスになるとも思えんな」
「だが、志狼にせよ、風雅陽平にせよ、紅月竜斗にせよ…奴らが最も力を発揮するのは、果たしてどのような状況だろうな?」
「…」
「…いいや、むしろ」

ちらり、とブリットは釧に視線を向ける。

「貴様が最も力を発揮する状況とは、一体どのような場面だろうな?」
「何…?」
「俺の見た所、貴様は感情を露に…風雅陽平と戦っている時が、一番力を発揮しているように思うが」
「…消されたいのか、貴様」
「怒るのは図星を突かれた証拠だ。自己分析を怠り、戦闘に支障が出ぬようにしておくんだな」

歩みを止めた釧を置いて、ブリットはあくまでマイペースに進み続ける。
まるで、いつでも受けて立つ、とその背中は語っているかのようだった。

「うーん…!」
「ん?どうしたんですか?鷹矢さん」

腕を組んで、唸りながら歩く鷹矢を振り返る志狼。

「いや、翔馬がね…今度こそ置いてきて良かったのかと、無性に心配になってきたんだ」
「心配性ねぇ。大丈夫よ、剣史に任せてきたでしょうが」

呆れ顔のトーコに、鷹矢はそれでも、と頭を抱える。

「心配だ…!しかし連れて来るわけにもいかないしな…!」
「…ですよね」
「って、お前までつられてんじゃねぇよ、馬鹿」

鷹矢につられて沈んだ顔を覗かせる志狼に、陽平のチョップが炸裂した。

(しっかし…)

陽平自身も、嫌な予感は止まらない。

(宇宙警察が胸騒ぎを覚えるって…何かが起こるの、ほぼ確定じゃねぇのか…?)

「つーかさぁ」

トーコの言葉が、陽平の思考を遮った。

「盗られた物取り返しにいくんでしょ?話なんてしないで奪い返せばいいんじゃない?」
「お前…そんなんだからユーキが苦労してんだろうが…」

溜息をつく陽平。

「話し合いで上手く行くなら、ソレに越した事ねーだろ!」
「タルい、ウザイ、メンドクサーイ」
「三拍子かッッ」

この大雑把な性格が、あの節約少年の苦労の根底を司っているように思えてならない。
いい加減ユーキが可哀想になってきた。

「『話し合いで解決するような相手だったら、ハナっから盗みなんてするか』って、ジャンクが言ってるけどー?」
「…」

テレパシーでも送ってきたのだろう。
言ってる事は正論だが、かなり乱暴な解釈のような気もする。
複雑な表情で唸る志狼。

「いきなり破壊、ではただの狼藉者だ」

横から口を挟む剣十郎。これも正論には違いないのだが。

「…普段から刀ぱきぽき壊しやがるくせして」

そんな剣十郎に対して、志狼はボソリと愚痴をこぼす。

「…何か言ったか志狼?」
「何でもねーよ。ははは」

ギロリと睨みつけてくる剣十郎の視線を、志狼は空笑で受け流した。

「!…おしゃべりはここまでかしらね」
「!」
「信じらんないけど、ジャンクのテレパシーが切れた」

一同の目の前に、見るものを圧倒する巨大な扉が現れた。

「…とうとう着いたみたいね」

ギギギ、と、重々しい音と共に少しずつ扉が開かれていく。
直線に敷き詰められた赤い絨毯。その先には何段もの段差がある。
その上には、宝石や装飾が施された玉座があった。

「…ようこそ、諸君」

そしてそこには、ローブを目深に被った、一人の女性が腰掛けていた。

「…!」

入室した全員が、剣十郎や雅夫でさえも、一瞬息を呑む。
マイトでもなく、巫力でもない。
しかし、玉座に腰を据え、こちらを見下ろす女からは、強大と言うのも生易しい、底の見えない力が溢れ出していた。

「我が名はオルゲイト…。オルゲイト=インヴァイダー…、だ」

言葉が発せられる度に、目に見えない何かが、体を後ろへ後ろへと押し下げる。

(魔王級…いや、これは…!)

自然と腰の聖剣――斬悔へと手を伸ばす剣十郎。
息苦しい程の威圧感は、かつて対峙した妖魔族の王のソレよりも、下手をすれば上かもしれない。

「…こちらは名乗らん。長居するつもりはないからな」

喉から言葉を搾り出すように、ブリットが一歩進み出て言った。

「私は…物を集めるのが趣味でね…」
「!」

会話になっていない。
いや、むしろ、

(こいつ…)

こちらの話を聞けと、無言でそう言っている。
会話の主導権は私にある、とでも言うのか。

「チップを盗み出したのは、その一環だ、とでもいいたいのかね?」

肩を竦めて、雅夫が言った。
飄々としているが、目が全く笑っていない。

「…半分正解、と言ったところだ…」

しかし、そんな雅夫のプレッシャーを全く意にも介さず、フードから覗く彼女の口は、両端が薄く釣り上がった。

「聞かせて頂こうか。相応の理由があるのでしょうな」

剣十郎の問いに、オルゲイトは、ふむ、と頷く。

「破壊の化身に対する、備えだ…」
「破壊の化身…トリニティの事か?」
「そう…。世界の破壊者、破滅の化身…」

彼女が手を翳すと、その周りに薄い光の青い球体が幾つも現れる。

「既に幾つもの世界が、その『欠片』によって破滅し…貴重な物品が数多く消滅している」
「…」

欠片。
封印されていた、敵の幹部を指しているのだろうか。
オルゲイトの言葉に併せて、球体の幾つかが破裂し、消滅していく。

「この世界は、私が作り出した『隔絶世界』…
 通常、この世界はどのような手段を用いても、知覚する事が出来ない。
 しかし…彼の破壊神と、この世界のみになった場合…矛先は間違いなくこちらに向く」
「『その時に対する備え』…というわけか」
「…」

剣十郎の問いに頷くオルゲイト。

「よもや…諸君らがこの世界に足を踏み入れてくるとは、夢にも思わなかった…驚いたよ。
 そこで、提案なのだが…」

オルゲイトが、一行に手を差し伸べる。

「私に手を貸してくれないか…?」
「…!」

剣十郎も雅夫も、正直この申し出には返答に窮する。
オルゲイトの力は、間違いなくトリニティと戦う上で強力な力となるだろう。
しかし…

「気に入らないわね」
「な」

驚いて振り返る剣十郎と雅夫の視線の先にいたのは、一歩前へと踏み出たトーコだった。

「話は、あんたが盗ってったモンを返してからよ。だいたい、そんなえらそーに座ったまま手ぇ出されたってね、よろしくできるわけないでしょうが。
仕込まれた犬だって相手選ぶわよ」
「通常であれば、貴女は法で裁かれる立場にある」

次いで前に進み出たのは鷹矢だった。

「トーコさんの言う通り、先ずはチップを返して貰いたい。
 あのチップに…どれほどの願いと、努力が込められているか、貴女はお分かりなのか!?」

トーコと鷹矢の物言いに、剣十郎と雅夫は苦笑いする。

「全く…」
「…若いですな」

損得を抜きにして、シンプルな物言いをすれば、彼女らの主張が最も正しいものだと思い至ったのだった。

「…」

トーコと鷹矢の言葉にも、オルゲイトはフードから覗かせる僅かな表情を変えることは無かった。

「で、次は力付くか?ガキかよ」

陽平が呆れたように言った。
彼の鋭敏な気配察知能力は、周囲を何ものかに包囲されている事を感知していた。

「やっぱりこうなるのかよ…!ったく」

陽平の言葉の意味するところを理解し、竜斗は手に持っている木刀を構える。
予測通りと言えば予測通りなのだが、極力避けたい事態ではあったのに。
釧とブリットも、油断無くフウガクナイとルシファーマグナムを構える。

「君らの答えは聞いてないが…」
「!」

オルゲイトが、自分達を見ているのが分かる。
竜斗と陽平は、構えを解いて一歩進み出る。

「どうかね?君らだけでも私の所へ」
「俺の意見も、二人と変わらない」

竜斗が木刀の切っ先をオルゲイトに向ける。

「…あのチップは希望だ!それを翳らすようなら…俺が斬る!」
「君はどうだ?少年」
「仮に…」

訪ねられた陽平は、手の中でフウガクナイを弄ぶ。

「主の命令なら、あんたと組むけどな」

でもよ、と続け、彼はフウガクナイをオルゲイトに向ける。

「あんた…危険な匂いがプンプンする…!むしろ、主に会わせたくないね!」
「…そうか」

手を組むことを断られているにも関わらず、どこか彼女は楽しそうだった。

(…何が狙いだ。この女…!)

読めない。
全く不可解な目の前の女を前に、ブリットの心の中に警鐘が鳴り響く。

「ふ、くく…」

次の瞬間、突如としてオルゲイトの肩が震え始める。

「ははは…!ははははははははははははッ!」

突然玉座から立ち上がり、大声を出して笑い始める。

「「「!」」」
「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ!!」
「!何だ…!?」

釧が片耳を押さえる。
途中から、オルゲイトの声が低くなって来ている。
耳が変調を起こしたのかと思ったが、オルゲイトに視線を向けた瞬間、それは思い違いだと発覚する。

「な…!?」

ブリットが驚愕する。
オルゲイトの身体の輪郭が変化している。
女性特有の丸みを帯びた物から、雄々しく角ばる男性の物へと。

「期待通りだ!困った…どうしてくれる!!蒐集欲が抑え切れんよ…ッ!!」
「…ッ!!」

何が起こったのか。
つい数秒前まで物静かだったはずの女が、男へと変貌を遂げ、狂笑を貼り付けながら嘗め回すようにこちらを見渡してくる。

「生き神に最も近い悪魔!」
「…ああん?」

トーコがオルゲイトを睨む。

「宇宙生命体!」
「!どうしてそれを…!?」

驚愕に目を見開く鷹矢。

「歩く兵器庫!」
「…」

それがどうした、とばかりにブリットは微動だにせず、睨み返す。

「神のデバイスと、バイパスを持つ者…!!」
「…デバイス?…バイパス…?」

腑に落ちない、というように、釧は困惑する。

「中でも格別だな…ッ!神の力の欠片を持つ者とッ!神気を宿せし鬼ッ!」
「…」

心当たりがあるのか、雅夫は沈黙するばかりである。
同様に、無言で目を伏せる剣十郎。

「そして未だ目覚めぬ希望を内に秘める竜達…!魅力的だな、君らも!」
「…つまり未熟者って言いたい訳か」
「知ってんだよ…てぇめぇに指摘されなくてもな…っ!」

竜斗と陽平は、吐き捨てるように言った。

「私は真贋も確かでね…!諸君らよりも、諸君らの持つ物の価値が良く分かるのだよッ!」
「興味ねぇな!さっさとチップ返しやがれッ!」
「返さぬ…!そして諸君らも!我がコレクションに加え、対破壊の化身の備えとしても利用してくれよう!!」

しかし突然、高揚していたオルゲイトが、急に挙動を制止させる。

「だが」

そして手を翳す。

「だがね。私は、意志薄弱な者に興味は無い。消えたまえ」


ドゴゥッ!!


「が…!」

オルゲイトが、まるでゴミを見る目で見つめていたその先に居た人物。
それは、

「志狼ッッ!」

剣十郎が叫ぶ。
轟音と共に、志狼は扉の向こう側へと吹き飛ばされる。

「…貴様!」

剣十郎の激昂を、オルゲイトは呆れた表情で溜息をつき、サラリと受け流した。

「『アレ』はこの部屋に入ってからというもの、一度として私を視界に入れていなかった。まるで死人のように、虚ろな瞳で、意識はノイズに満ちていた…諸君らと違ってね」

オルゲイトが指をパチリと弾くと、扉が一瞬で閉じてしまう。

「!」
「主力は諸君でほぼ全員…残りの者も早々に捕らえ、兵としよう」
「…ふん。舐められた物だ」

釧が嘲笑を浮かべる。

「どうやらキサマを買いかぶり過ぎていたようだな…」
「…何…?」
「いちいち説明してやるのも面倒だ。違和感に自ら気付かぬようでは、貴様の真贋とやらも大した物ではないな」






「くっ…!」

扉の向こう、吹き飛ばされた先で、志狼はうめき声を上げる。
何をされたのかすら分からなかった。
いきなり衝撃を受け、吹き飛ばされた。

「…っ」

それにしても、オルゲイトが自分に向けてきた視線が、頭から離れない。
こちらを見ているようで見ていない。
飽きた玩具を見る子供のような、色の無い瞳。

「…ちくしょう、ざまぁねぇぜ…!」
「ああ、まだ動かないで」

起き上がろうとしたら、誰かに抱きとめられている事に気づく。

「まだ治療中ですから」
「っ!あれ?おじさん!?」
「ハイ♪お義父さんでもいいですよっ」

何時もの笑顔で、エリクが言った。

「あれ、何時の間に…!」

志狼は閉まってしまった扉と、エリクの顔を交互に見返す。

「僕、最初っから中には入ってませんから♪」
「え、あ!?」

思い返してみれば、エリクは確かに扉をくぐって中には入っていない。
オルゲイトを警戒していたのだろう。
外で中の様子をずっと観察していたらしい。

「…すまないね」
「え?」

突然目を伏せ、エリクが謝罪する。

「エリィの事を、重荷に感じてしまっていたら、ごめんなさい」
「いやっ、そんな!」

志狼は慌てて否定した。
そんな志狼に、エリクは首を振った。

「僕は君に過度の期待をしてしまったのかもしれない。あの子の我がままを許し、止めもしなかった。父親失格だよ」
「…いえ、俺、色んな人に教えられましたよ」
「え?」
「俺はあいつの我がままを適えてやりたい。そもそも、俺が勝手にあいつを守ってるんですから」
「…志狼君」

剣史に言われたとおり。
彼女の自由を束縛する権利は、自分にはない。
しかし、それでも守りたいと思った。

「じゃあ、さっさと行こうぜ」
「!おまっ」

そう、彼のように。
一途に姫を守る、忍のように。

「陽平!?」
「ほら、さっさと行かねーと。艇の連中ヤベーぞ、きっと」
「竜斗!お前ら、どうして…!?」

プロテクターのような物を纏った竜斗が、紅竜刀を肩に担ぎながら手を差し伸べてくる。

「扉が閉まる瞬間、俺らだけ飛び出したんだよ」
「まぁ、お約束だからなぁ。ああいう奴がやる事なんて」

竜斗の手を取り、起き上がる志狼。

「準備はいいか?」
「ああ…行こう!」

陽平の言葉に、志狼はしかと頷くのだった。

「頼みます。僕はここで、彼らのサポートを検討しますので」
「はい!」
「じゃあ、飛ばすぜ!?」
「おうッ!」

影衣を纏った陽平、幻獣と一体化した竜斗、そして電光石火を発動した志狼は、一気にエリクの視界から姿を消した。






< NEXT >

inserted by FC2 system