扉の中。
オルゲイトは感嘆の息を漏らしていた。

「あの一瞬で2人も逃すとは…。改めて驚かされる…」

竜斗と陽平、閉じ込めそこなったというのに、むしろ状況を楽しんでいる節すらオルゲイトにはあった。
そんなオルゲイトを睨みつけ、剣十郎は無言で斬悔を引き抜いた。

「…何をする気かね?」
「…」

オルゲイトの問いに、剣十郎は鬼の形相を返した。

(こ…れは)

鷹矢の背筋に冷たいものが走る。
志狼を攻撃され、怒り心頭なのだろうか。
剣十郎が、未だかつて見せた事のない表情を見せていた。

(しかし…!)

鷹矢は不安が拭いきれない。
確かに、剣十郎は強い。
強いのは分かるのだが、なにぶん今回は相手の手の内が全く読めないのだ。
先ほど志狼を吹き飛ばした力といい、全く正体が掴めなかった。
達人とはいえ、頭に血が上った剣十郎に勝ち目があるだろうか。


ビシャアアアアアアアアッ!!!


「うわッ!?」

突然の轟音に、鷹矢は思わず声を上げた。
突如として、一筋の雷がオルゲイトに向かって直進したのだ。
雷撃が直撃し、爆風が玉座周辺を覆いつくした。

「《サンダー・ボルト》」
「…と、トーコさん…?」

てっきり剣十郎が発した物だと思っていた雷の正体は、トーコが放ったものだった。
剣十郎も、驚いた顔で彼女の顔を見ていた。

「…やっぱ気に入らないわ、アンタ」
「…いきなりとは酷いね…驚いたよ」

全く動じた様子も無く、爆風の中からオルゲイトが現れる。
トーコも倒せるとは最初から思っていなかったのだろう、オルゲイトが爆風の中から現れても不敵な笑顔を浮かべている。

「何が気に入らないと言うのかな…君は」
「全部」

キッパリと言い切ったトーコの言葉に、オルゲイトはくくく、と喉の奥を震わせて笑う。

「改善しようもないな…」
「強いて言えば、あの子に手ぇ出した事よ」
「…!」
「あの子はね…!」

ブルブルと肩を震わせながら俯くトーコ。

「死人呼ばわりしたのが、お気に召さなかったかな…?」
「志狼はねぇ…ッ!!」

トーコはカッと目を見開き、オルゲイトを指差す。

「志狼をいぢめていいのはねッ!アタシだけなのよッ!!」
「…」
「…」
「…」

自由すぎるトーコの物言いに、流石のオルゲイトも返す言葉を失ったのか、表情どころか挙動が一時停止していた。
釧は呆れ顔で溜息をつき、ブリットは何か得体の知れない生物にでも会ったかのような目付きで、トーコを観察している。

「くっ!わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ!!」

大声を上げて笑い始めたのは、剣十郎だった。

「いや…うむ、なるほど。いかんな、悪い癖だ」

頭を軽く叩きながら、剣十郎は自嘲気味に笑みを浮かべた。

「手の内の分からぬ輩に真正面から突っ込むのは、賢くないな」

指を刀身に滑らせ、血を滲ませると、刀身に血文字を描いていく。


我、今一度、雷神の力を解き放ち、魔を滅する者也


血文字を、更に縦一線の血で塗りつぶし、翳した左手の甲に真剣を突き刺す。

「!」

オルゲイトの目の色が変わる。
剣十郎は、根元まで突き刺された刀身を、更にゆっくりと引き抜く。

「ぬぅぅぅぅぅ…おおおおおおおおおあッ!!」

引き抜かれた刀身は、突き刺したそれ以前のそれとは異なり、太く、そして長い。

「轟雷剣、招来ッッ!!!!」

ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!!!!

四方八方から雷が発生し、真剣の刀身に収束していく。
それと共に、血に汚れた刀身が、神々しいまでの光を放ち始める。
剣だけではない。
剣十郎の全身から雷が迸る。
同時に左手の甲の傷は見る見るうちに塞がり、全く痕跡を残さず消える。

「おお…おおおっ!!そ、れは…!!」

オルゲイトが興奮して一歩前へと進み出た。

「なんと神々しい…!素晴らしい…!神の剣か!!血を媒体に…複製魔法を…ッ!」

興奮して何かを呟くオルゲイトを無視し、剣十郎は振り返り、巨大な扉と相対する。

「ここはワシが引き受けよう。君達は小型艇を頼む」
「しかし剣十郎さん…この扉」
「うむ」

ブリットの言葉通り、物理的に閉じているだけではないだろう。
剣十郎が轟雷剣を振るう。
しかし、耳障りな金属音を響かせ、扉は神の剣と呼ばれた轟雷剣を以ってしても一切の傷が付かなかった。

「傷一つ付かない、というのがこの力の正体だな…。この扉、『硬度』は関係ないのだろう。
 轟雷剣で斬りつけて、傷が付かないというのはやり過ぎだ」
「…」

釧は腰に差してある獣王の証―――炎鬣之獣牙に手を掛ける。
この刀の力であれば、扉を覆う力の正体が何であろうと関係ない。
『代償』さえ用意すれば、切り裂けないものなのないのだから。
しかしそんな釧に向かって、掌を掲げる剣十郎。

「『それ』は、使うべきではない。今君に倒れられるわけにはいかないからね」

剣十郎の言うとおり、炎鬣之獣牙を使ってしまえば、恐らく立っている事すら苦痛に感じる消耗をしてしまう。
釧自身も後の事を考えたら、使用は控えたいと思ってはいた。

「…では、どうする」

モタモタしていては、今は興奮してこちらを放置しているオルゲイトが、何かを仕掛けてこないとも限らない。
釧の問いに、剣十郎は不敵な笑みを見せた。
それは、彼の息子に良く似た、獰猛な笑みだ。

「先ほどの斬撃を、轟雷剣とワシの本気と見られては困る」

轟雷剣をゆっくりと振ると、そこに一瞬で雷が収束する。

「雷墜牙」

縦一文字に轟雷剣を振り下ろす。今度は耳障りな金属音は聞こえない。
キンッ、と澄んだ音が耳に響く。

「トーコ殿、仕上げを宜しく」

血払いのように轟雷剣を一振りし、剣十郎は振り返る。

「はいはーい!」

嬉々として腕をブンブンと振り、トーコが扉の前に進み出た。

「《ボルト・ナックル》ぅッッ!!」

ドゴォオオオオオオンッ!!

剣十郎にちなんだ異能力をチョイスしたのか。
雷を纏ったトーコの拳を受け、扉は、左右共々吹き飛んでいった。
恐らくは、先ほどのままでは破れなかったであろう扉が、いとも簡単に。

「っ!」

トリップしていたオルゲイトは、トーコが発した轟音を流石に無視できず、一行に振り向いた。

「…我が力を切裂くとは…」
「御剣の剣は、次元すら切裂くと知れ」
「…素晴らしい…っ!」
「…ちぃっ」

相変わらずのオルゲイトの反応に、剣十郎は舌打ちした。

「あー、ビックリした。いきなり扉が飛んでくるなんて、想像してませんでしたよ〜」

扉が吹き飛んだ拍子に発生した爆煙の中から、エリクが手をパタパタ振りながら現れた。

「死ぬかと思っちゃいましたよ〜」
「…お前がそんな事で死ぬタマか」」

剣十郎が呆れ顔で近づいて、耳元で囁いた。

「二段階目を開放する。頼む」
「…了解」

そこまでの相手か、と、エリクはオルゲイトを仰ぎ見る。

「…」

なるほど、とエリクは納得する。
プレッシャーに呑まれこそしないが、相当な魔力の持ち主だ。

「…代表者か…」
「…?代表者?」

オルゲイトはエリクを視界に収めた瞬間、そう呟いた。
しかし次の瞬間、怪訝な表情で首を捻る。

「…いや、違うな…何だ?」
「…」

エリクは答えず、無言でメガネを人差し指で押し上げつつ、掌に全マイトを集中する。
そこに現れた光の鍵に、オルゲイトの瞳が爛々と輝いた。

「…そそられるね…。何者なんだい…?君は…!」
「知るか。付き合ってらんねぇよ、一生やってろボケ」
「え!?」

一瞬、声の主が分からなくなる程に低い声色で吐かれたエリクの雑言に、普段の彼を知る鷹矢を始める一同が目を剥く。

「ちょっとくすぐったいぞ」

剣十郎に触れて後ろを向かせると、エリクは掌の鍵を、その背に差し込んだ。
一同の目に一瞬、剣十郎の全身を、幾重にも雁字搦めにしている、鎖のような物が見えた。


ガシャ、ガシャガシャガシャ、シャンッ!!


鎖が金属音と共に崩壊し、消えて無くなる。
それが、剣十郎に施された厳重な封印だったと理解したのは、次の瞬間だった。
彼の全身を取り巻いていた雷が、眩く光る白へと変色していく。
同系のマイトという力を使うブリットは、中でもその変化を敏感に察知していた。
轟雷剣が顕現した時、剣十郎の内在マイトが、爆発的にアップした。
そして今、エリクが光の鍵を剣十郎に差し込んだ瞬間。
果たして同じ人類なのかと疑いたくなる程の、爆発的な力の増大を感じた。
ブリットでなくとも、鷹矢や釧は無意識のうちにゴクリと息を呑む。
強い強いとは思っていたが、その力がまさか、これほど人間離れしているとは思っていなかった。

(しかも…、未だに底が見えていない…)

釧には確信にも似た予感がしていた。
剣十郎には、まだ先がある、と。
一人、トーコだけは茶化すように、口笛を吹いて賛辞を送るのだった。

「…神気!」

最早うんざりするほどに瞳を輝かせ、オルゲイトが乗り出して剣十郎を見ている。

「…と、いうわけで。君らは早々にここを離れるように」
「…了解」

ブリットは剣十郎の言葉の裏を読んでいた。
巻き添えを食うから、早くここから離れろ、と。

「後、エリク殿を連れて行ってやってくれ。先ほどのキーを精製して、もう彼は動けない」
「!」

全員の視線の先で、エリクがガクリと膝を付く。

「あ、俺が連れて行きます!着装っ!」

鷹矢が左腕のホークブレスのスイッチを押す。
蒼い閃光が辺りを包み込み、鷹矢は強化プロテクターである、ファルコンテクターを装備した姿―――ビークファルコンへとその姿を変える。
普段の姿よりも、より力を発揮できるこの姿ならば、エリクを担いで飛翔することなど造作も無い。

「しっかり掴まってて下さい」
「すまないね…あの鍵を生成するのに、全力を振り絞らないといけないから」

弱々しく笑顔を見せるエリクを、鷹矢は肩に手を回し、起き上がらせる。

「あと、分かった事があるから言っておくよ、剣十郎さん」
「分かった事?」
「彼の能力の一つは、空間支配にあります」
「…空間、支配?」
「それって、ジャンクの能力と同じってこと?」
「はい。ジャンクさんとオルゲイト…両者の能力を全て把握しているわけではないので、似ているかどうか、
 同じ物なのかどうかと言われれば、厳密には違うかもしれませんが、同系統の能力と見て、まぁまず間違いはありません」

それはかなり厄介な能力なのではないだろうか。全員の表情が苦い物になる。

「あの扉はお察しの通り、硬い訳ではなく、空間を固定していた物です。
 この部屋全体とあの扉は、同じ空間として地続き…一括りにされていたのですよ。
 志狼君は、器用にも『空間』をぶつけられたわけです」

よくわからないが、確かジャンクも同じような技を使えたような、とトーコは思い出していた。

「…ほう」

関心したように、オルゲイトは顎に手を当てた。

「…感付いたか。…面白い、…どう理解した?」
「貴方やジャンクさん程でないにしろ、僕にも空間を操作する術があるのでね…。
 扉を調べている内に理解しました」
「エンシェント…か。君はマイトを操るだけでなく、魔法にも精通しているのかね…?」
「…」
「…少し、違うな。精通している…では表現がおかしい…うむ、やはり面白い」

くっくっく、と喉の奥で笑うオルゲイト。

「君の魂を、じっくりと観察してみたいな…!」
「謹んでお断り申し上げるよ」
「…行きます」

鷹矢はプラズマウィングを展開し、部屋の外へと飛翔して飛び出した。

「剣十郎さん、くれぐれもお気をつけて」
「うむ」

ブリットも、釧と共に部屋を脱出する。

「さぁてと!」
「!トーコ殿」

その場に残って指の関節をパキポキと鳴らすトーコに、剣十郎は目を丸くした。

「いっちょやりますか!」
「出来れば、小型艇の方をお願いしたいのですが」
「あたしもアイツの顔に、一発と言わずに何百発かブチかましたいんだけど?」

彼女らしい発言に苦笑し、剣十郎は溜息をつく。

「ふむ、いいのかね?」
「っ!雅夫サン」

音も無く隣に立った雅夫に振り向くトーコ。

「何がいいって言うの?」
「わしの耳には、ラシュネス君の泣き声が聞こえたのだが…放って置いてもいいのかね?」
「なぁぁにいぃぃ!?」

くわっ、と剣十郎に勝るとも劣らない鬼の形相になるトーコ。
事、家族が絡むと、怖ろしく沸点が低い。

「アンタッ!ウチの子に何をした!?」

オルゲイトを睨みつけ、問い詰めるが、オルゲイトは口元を歪めたまま何も答えない。

「…テレポート出来ないっ」
「この空間は私の支配下にある…当然だ」
「《レビテーション》!」

オルゲイトの言葉を無視して、トーコはふわりと浮き上がる。

「後で絶対泣かすッ!《メテオ・フレア》ッッ!!」

出現した炎の塊をオルゲイトに向かって放ちながら、すぐさま踵を返すトーコ。

「覚えてろっ!!」

そしてそのまま飛び退って行った。
直後、オルゲイトの目の前で、炎の塊が大爆発を起こした。

「何とも物騒な置き土産を…」

雅夫は、やれやれ、と苦笑いする。
とても近距離で爆発させるような技ではないのだろう。
爆発の余波で、部屋の中がめちゃくちゃになってしまった。
とはいえ、剣十郎と雅夫はその爆発に晒される事も無く、平然と立っているのだが。

「…」

剣十郎は周囲の気配を探る。
先ほど周りを取り囲んでいた、オルゲイトの兵と思われる者たちが、全員消えている。
今まで姿を消していた事から、雅夫が全て片付けたのだろう。
手間が省けてありがたい。
これで全ての力を、オルゲイトに向けることが出来る。

「…雅夫殿も退避して下さい。ワシが本気を出せば、居るだけで周囲に破壊を撒き散らす恐れが…」
「確か、剣十郎殿の能力は、半永久的に力を循環増幅させるものだと聞き及んでおりますが…」

雅夫は何故か、剣十郎の勧告を聞かずに、質問で返してきた。

「?ええ、それが何か…」
「ふふ、なるほど」

そして可笑しそうに笑い出した。

「雅夫殿?」
「うむ、我らのとっておき。その能力の相性は、どうやら最高のようです」
「なんですと?」

雅夫の発言の意味するところが理解できず、剣十郎は首を捻る。

「…」

そしてやはり、オルゲイトは爆風の中にあっても無傷であった。
雅夫は一瞬のうちに漆黒の忍び装束を身に纏い、口元をマスクで隠した。

「我ら風雅の忍…その頂点に立つフウガマスターの証を、ご覧に入れましょう」
「…!」

言うが早いか。
雅夫の周りを、目に見えない力の渦が囲い始める。

(…風…?いや、これは…生命力か!?)

徐々にその生命力の流れは、雅夫を中心として収束し始める。

(これは…!)

剣十郎は肝を冷やした。
雅夫は今まさに、周囲から強制的に、その力を奪いはじめたのだ。
剣十郎の全身から、生命力たるマイトが、根こそぎ奪われていく。

「…ぉお…っ!おお!!それが、欠片!!」
「風之貢鎖人…奪い尽くせ…!」

オルゲイトが再び興奮し始める。
凄まじい。
生命力の本流が、まるで風のように流れるさまを、肌で感じる。
そしてそれが、一気に雅夫に向かい、収束していく。

「…かぜのくさり…」

凄まじい能力だ。剣十郎は自らの腕に視線を落とした。

(…干からびてきている)

今の段階であっても、剣十郎には常軌を逸した再生能力が働いている。
この能力は、その再生力すらも根こそぎ奪っているのか。
恐らくは周囲から奪った生命力を全て、巫力へと変換する能力のようだが。
こんな、およそ人間の扱う領域を超えた力を使わなければならない戦いを、風雅の忍達は強いられているというのだろうか。
まるで彼ら自身を、重く、強く縛る鎖のようだと、剣十郎は思った。

「…あまり、他をとやかく言える能力ではないか」

人外の王に立ち向かうため、人を超える…いや、人を捨てる術を身に付けた自分が哀れむ力ではない。
自嘲気味な笑みを浮かべたその直後、剣十郎の身体が光に包まれ、そしてその肉体に変化が現れる。

「ぬぅぅ…ぉぉおおおッ!!」

頭部―――額に一本、両こめかみに二本…計三本の角が生え、長く伸びる犬歯。

「ぉおおおおおああああッ!!」

縮小凝縮を繰り返す全身の筋肉。

「ぉぉぉぉぉ…ッ!!」

そして彼のマイトの影響を受け、着物が神衣《カムイ》と呼ばれる純白の霊衣へ変貌を遂げる。

「…ハァァァァ…!!」

先ほど風之貢鎖人の影響で生気が失われていた腕にも、当然のように白雷が迸っている。

「御剣流、真極・御剣之閃衣《みつるぎのひかりごろも》」

雅夫の目論見どおり、風之貢鎖人で吸収しても吸収しても溢れ出るマイトによって、生あるものが立つ事が適わないフウガマスターの隣に、鬼が一匹並び立ったのだった。

「…素晴らしいッ!このような光景…この広大な世界の中でも、目にしたのは私が初めてだろうッ!魔を討つための究極の至高がここにあるのだッ!!」
「黙れ」

言葉そのものが、剣で出来ている。
そう錯覚させる鋭い制止の言葉が、オルゲイトの口を閉ざす。

「貴様は俺の息子を愚弄した。よって…」

白き鬼は、轟雷剣の切っ先を静かにオルゲイトへと向ける。

「罵倒を吐いたその口を切裂き、見下したその目を潰し…地獄の底へ叩き込むッ」
「覚悟しろ」

常人であれば、その言葉、その視線だけで腰を抜かす所を、

「…」

オルゲイトは、ニヤリと、その口の両端を吊り上げた。

「面白い…!」






「オラァッ!!」
「せいッ!」

ミュージアムへの入り口付近でヴァルフウガ、エスペリオン、ヴォルネスを召喚した三人は、大量にゴーレムを切り伏せ、薙倒し、小型艇に徐々に近づいて行く。

「志狼!」
「ヨーヘー!止まって!」
「竜斗さん!ちょっと待って下さい!」

何故か動きを止めて傍観している周囲の仲間達の中から、拳火の紅麗、光海のコウガ、そして碧のシードペガサスが飛び出してきて、慌てて止めに入る。

「何だ拳火、邪魔すんな!」
「何するんだ、光海!」
「お、おい!?碧、なんだ、どうした!」
「そこまでだ…諸君」
「その声…」

ハッと気付き、三人は上を見上げる。
小型艇の上に立っている岩石巨人から、あの男の声がした。

「てぇめぇ…オルゲイトかッ!?」
「オヤジ達はどうした!!」

陽平と志狼の質問に、岩石巨人は器用に肩を竦める。

「君らの父親達とは、未だ戦闘中だ。やはり手強いな…。全く、楽しませてくれる」
「…っ!?」

剣十郎と雅夫を同時に相手にして、こちらにも意識を割く余裕があるというのか。

「魔法使いの基本戦術だよ…。魔術式の展開、発動、状況把握、場所取り、防御、回避…。常に複数の事柄を処理しなければならないからね…」
「…基本戦術だとぉ…?阿呆言ってんじゃねぇぞ…!」

志狼の背中に、冷たい汗が伝う。
あの2人を同時に相手にしながら、こちらに意識を割くなどと、常軌を逸している。
オルゲイトの実力は、一体どれ程のものだというのだろうか。

「とはいえ、手間は出来る限り省きたい。そこで、コレを見たまえ…」

岩石巨人が腕に捕まえた何かを、三人に見えるように掲げた。

「あれは…!」
「…エリィ!?」

岩石巨人の腕に捕らえられていたのは、紛れも無くエリィだった。

「なるほど…人質って訳か」

進路を塞いでいたシードペガサス―――碧の肩に手を置く竜斗。

「道理で皆が動かないはずだ…」

舌打ちする陽平に、光海は申し訳なさそうに俯いた。

「ごめん、ヨーヘー…守りきれなかった」
「光海のせいじゃねぇだろ。今はそれよりも、この状況を何とかして…」

自身の言葉を言い終わらないうちに、しまった、と陽平は顔を顰めた。

「おい、変なこと考えるんじゃねぇぞ」
「…」

陽平が諌めたのは、無論志狼だった。
エリィを人質に取られて、この男が黙っているはずは無い。


パチンッ


「…っ!」

ヴォルネスのボディで一瞬、紫電が弾けた。

(…あちゃあ…)

竜斗が眉を顰める。
あのマイトという能力は、感情を隠すには向かないな、とつくづく思う。
有り余る彼の激情が、雷として体外に溢れ出し始めている。

「!」

一瞬、ヴォルネスがこちらと、ヴァルフウガを振り返った。

「…」

しかし何を言うでもなく、彼らは小型艇の上へと飛び乗り、岩石巨人に近付いていった。

「それ以上近付かないでもらおうか…」

近付くヴォルネスに対して、岩石巨人はエリィを掴みあげている腕を向ける。
ヴォルネスは大人しく歩みを止め、棒立ちになって岩石巨人と対峙した。






「…ちっ、めんどくせぇ事になってきやがった」

小型艇の格納庫で、ジャンクがけだるげに呟いた。

「そんな事を言わずに…何とかなりませんか、現状」
「手一杯だ」

小刻みに揺れる船内。
イサムは苦い顔で『ジョーカー』と言っても過言ではない彼に頼み込んだが、肝心のジャンクにはピシャリと却下されてしまう。

「奴さんから仕掛けてきてる攻撃をなんとかしなけりゃ、今頃この小型艇原形とどめてねぇよ」
「!なにか、仕掛けられているんですか」
「ああ。野郎…空間攻撃と同時に、精神攻撃まで仕掛けて来てやがる」
「な…!」
「こりゃ少し…マジに行くか」
「…っ!」

イサムは焦りの表情で、天井を仰ぎ見る。
つい数分前、突如として小型艇の周囲に、大量の岩石巨人が出現した。
交渉は決裂したのだろう、と判断し、エリィは迎撃を指示した。
ラシュネスやグレイス、BDは勿論の事、勇者各機が発進したものの、小型艇が停泊しているドックは狭く、合体してしまうと身動きが取れなくなる。
合体してパワーアップする、という最大の利点を潰されてしまい、且つ初戦闘の岩石巨人達に有効打を決めあぐねていた勇者達の隙を付き、特別製と思われる巨人が小型艇ブリッジ付近の天井に突如として出現し、なんとエリィが掴み出されて人質状態となってしまったのだ。
敵に撃破の意志が無いらしく、勇者達の攻撃が停止したと同時に、向こうからの攻撃も停止した。
トリニティのように、問答無用で殲滅されない事だけが救いだが、このまま敵の思惑通りにさせるわけには行かない。
狙いが分からないが、何しろ人質を取られ、チップも盗られと、やられたい放題なのだから。

「これは、俺たちの出番かも知れないな」
「…かもね」

ユーキは右拳を左掌に打ち付ける。

普段は面倒くさ…、もとい、サイズによる質量差と、巻き添えを避ける意味で、積極的な参戦を避けていたが、スペシャル岩石巨人に奇襲を掛け、エリィを奪回するなら、現状自分達ほど適役はいまい。


ズゴォンッ!


「!この振動は…!?」

突然の揺れに驚くイサム。
恐らくは事態を把握しているジャンクに視線を向けるが、彼はまるで直立したまま眠っているかのように、瞼を閉じたまま微動だにしなくなってしまった。

(驚いた。あの人でも余裕がないなんて…ね)

歩くチートキャラと形容するのが相応しいジャンクが、本腰を入れて相手をし始める姿を拝めるとは思わなかった。

「まぁ、拝んだところで、ご利益なんかは無いんだけど」
「え、何?」
「いや、こっちの話だよ。それより、状況把握のために動くとしようか」

向こうに関しては、自分達の能力では手が出せない。
大人しくジャンクに任せて、状況を把握するために移動する必要があるだろう。

「ん〜、いや、多分帰って来たんじゃないかなぁ?」

溜め息をつき、微妙な表情のユーキ。


ズズン!


続く振動。
イサムは、彼が言わんとしている事を理解して苦笑い。

「トーコさんらしい」

他の少年達はともかく、トーコに関して言えば、

『作戦?なにそれ美味しいの?』

とか本気で言い出しそうで怖い。

「奇襲、企画段階で頓挫、と」

戦場が静寂に支配されていた、ほんの数秒程前が最大のチャンスだったのだが。
イサムがやれやれと、苦笑いを漏らすのも無理はない。

(まぁ、囮としてこれ以上ない、か)

注意があちらに向けば、まだチャンスはあるかもしれない。

「行こうか。とにかく動こう」
「了解っと」

格納庫を後にし、外の情報を得るべく、イサムとユーキは通路を駆け出した。






「いよぉし、命中っ!」

小型艇近くの空中で、トーコがカラカラと笑った。
ドックに現れて突然彼女が放った炎の弾丸は、狙い違わずスペシャル岩石巨人に命中し、爆煙を発生させた。
いや、させてしまった、というべきか。

「ああああ…!」
「あわわわわ、と、ととと、トーコ…!」
「何ちゅう事を…!」

グレイスも、ラシュネスも、BDも、あまりの出来事に呆然としてしまった。
人間であったなら、彼らは顔面蒼白になっていたに違いない。

「「「こンの、ド阿呆ッッッ!!」」」
「え、何!?なんでブーイング!?」

状況把握も出来ていないトーコは、周囲からの怒声に小さくなる。

「やれやれ…まったく」
「!」

爆煙の中から、呆れを孕んだ声が聞こえる。

「…あらゆる意味で驚かせてくれるね…君は」
「…無事だとぉ!?トーコ姐ェの攻撃受けて!?」

BDが驚愕して叫んだ。
爆煙を腕で払いのけ、スペシャル岩石巨人は、ほぼ損傷なしといういでたちで姿を現した。

「諸君らにとっては、その方が都合が良かったのではないかな…?おかげで、この娘は健在なのだから…」
「!エリィ!?なんで掴まってるの!」

岩石巨人―――ゴーレムの腕に掴まれて顔を伏せているエリィを見つけ、トーコが叫んだ。

「トーコぉ! エリィさんが人質になっちゃってるんですぅっ! 気楽に攻撃しちゃだめなんですよぅっ!」

ぽろぽろとオイルの涙を流しながら訴えるラシュネスに、トーコは肩を震わせる。

「…てめェは…!!」
「トーコ」
「!」

いやに耳に届く声が、トーコを制止させた。

「志狼?」

決して大きな声ではなかった。
しかし、志狼の声は頭に血が上りかけていたトーコを制止させるのに、十分な効力を持っていた。

「…」

ヴォルネス越しではあるが、志狼は無言でトーコに視線を送る。
ほんの一瞬の視線の交わしあいだったが、ふぅ、と一息付いてトーコは頭をわしわしと掻いた。

「…分かったわよ」

何を汲み取ったのか、事の成り行きを見守る事にしたらしい。
トーコは空中で腕を組んで、視線をゴーレムとヴォルネスに注ぎ始める。

「…観念してくれたかね…?少年」
「…」
「ならば、武器を捨てろ…」

ヴォルネスは、手にしたナイトブレードの刀身を消滅させると、それを放り投げる。
弧を描き、ナイトブレードはゴーレムの頭上を越え、その背後へと落ちる。
その、ナイトブレードが床に落ちるまでの、ほんの一瞬であった。

「今だッ!!」
「それえッ!!」

膝関節の裏側から、右足をイサムの偃月刀が、左足をユーキの鉄拳がそれぞれ捉える。
膝カックンの要領で倒れこむゴーレムの両腕が、何かにしがみ付こうとしているのか、空を彷徨う。

「ナイスッ!!」
『竜斗、集中しろ!』
「分かってるッ!」


ドンッ!!!


次の瞬間、ゴーレムの手首から先が切断される。

「…紅の竜!」

素早い踏み込みから、紅竜刀を一閃したエスペリオンが、エリィを掴んでいたゴーレムの手首を正確に切断し、

「いただきッ!」
「蒼の竜!」

手と共に落下を始めたエリィを、蒼い影が掠め取る。
両掌の上にそっとエリィを乗せ、ヴァルフウガは素早く後方へ飛び退る。

「ぬぅ…!?」

重そうな身体を起こし、勇者達と対峙するゴーレム。
しかしその顔面に、眼前に、視界一杯に、拳がどアップで迫っていた。


ドグシャアアアアアアアアアアアアアッ!!

紫電を撒き散らしながら、スペシャルゴーレムが宙を舞う。
小型艇の船首近くへと、轟音と共に落下する。

「…全く、驚かされる…打ち合わせなしでここまで動けるとは…」

ゴーレムはたいした損傷も無いのか、ゆっくりと身体を起こし始めた。

「舐めんなよ」
「どんだけつるんでると思ってやがる」

小型艇、ブリッジ付近の上部からゴーレムを見下ろし、竜斗と陽平は不敵に笑いながら言い放った。

「面白い…次は何を見せてくれるかね…?」
「天国と地獄、好きな方を選べ」

相変わらず全身から紫電を撒き散らし、ヴァルフウガ、エスペリオンの間からヴォルネスが進み出る。

「拝ませてやる」

先ほどよりも、身体全体から紫電を撒き散らしながら、射抜くような視線をゴーレムに注ぐ志狼。

「ふ…ははは…とても勇者の台詞とは思えない…」
『黙れ』
「!」
『貴様の様な外道に、我らの何が分かるというのだ』

ヴォルネスの怒りを孕んだ声に、オルゲイトは発言を阻害される。

「ベラベラベラベラうるせぇ。その口…斬り裂いてやろうか?」
「ふ、はは…、父上にそっくりな物言いだな…!しかし、君はその父上には遠く及ばない」
「関係ねぇだろうが」
「…何?」
「俺がテメェをブチのめすのに、それが何か関係あンのかって聞いてんだよッ!!」

スペシャルゴーレムに対し、無数の爆裂雷孔弾を放つヴォルネス。
しかし、

「…無駄だ」

弾丸はゴーレムに触れた瞬間、霧散して消滅した。

「志狼の雷孔弾が…!」
「消えた…!?」

驚愕の表情で固まる拳火と水衣。

「このゴーレムは特殊な鉱石を私が加工して作り上げた物だ…。先ほどの彼女の攻撃や、今の攻撃を見れば、効果の程は理解出来るだろう…?」

トーコの炎といい、志狼の雷といい、破壊力は折り紙つきである。
それが通用しない、というよりも無効化されている。
志狼と同じマイト使いのブレイブナイツの攻撃は、通用しないのではないだろうか。

「父上ですら、私に苦戦を強いられているという事実が、何を意味するのか理解出来ないかね…?」

更に続いたオルゲイトの言葉に、拳火、水衣、そして陸丸は、表情を強張らせた。

「自らの拳を見たまえ」
「拳…?」

拳火がヴォルネスの拳に視線を向ける。

「!な…!?」
「言っておくが、マイトタイトと、この鉱石…相性は最悪だよ」

拳から煙が上がり、スパークが走っている。

「触れただけで消滅するよ…。君の剣も、拳も、気弾も…効かない」

(…魔法的な力を、問答無用で消滅させるってのか…!?)

果たして忍術は通用するのだろうか。陽平はゴクリと喉を鳴らす。
伝家の宝刀である天翼扇すら、通用しない可能性が、あのゴーレムにはある。

「君は勝てないよ。私には…ね」
「ゴチャゴチャうるッせえんだよッ!!」

オルゲイトの言葉を遮るように、志狼は両拳を自ら打ち付ける。

「!」
「うわぁ…!」

拳火と黄華は揃って顔を顰める。
拳を主体に戦う二人には良く分かる。
あの拳の損傷は、痛い何処ろの騒ぎではない。
本来であれば、のた打ち回る程の激痛が走っているはずだ。
それを忘れるほどに、怒りに体中の血液が沸騰しているのか。

「テメェは…あの女を泣かせた」
「…女?」
「テメェはエリィを泣かせた…ッ!」
「!」

ヴァルフウガの腕の中で、ずっと俯いていたエリィが顔を上げる。
泣き腫らした赤い目に、今もまた涙の雫が溜まり始める。

「絶ッ…対に許さん…ッ!覚悟しろッ!!」
「…女…一人の女のために、神にも等しい力を持つ、この私を敵に回すと…?」
「ジョートーだこの野郎、天上の神様でも地獄の帝王でも連れてきやがれ」

雷が迸る拳を、ヴォルネスは勢い良く突き出した。
もはや損傷による物なのか、マイトによるものなのかは定かではない。
本人にとっても、最早そんなものはお構いなしなのだろう。

「俺が、ぶっ潰してやるッ!!」

その一念のみが、今の彼の原動力なのだから。

「『俺の女』、の間違いじゃないの?」
「ゴフッうるせえッ、茶化すんじゃねぇテメェッ!!」

ヴォルネスの肩にフワリと着地するトーコの発言に、志狼は思わず咳き込み始める。

「まぁ、そういう事だから」

ヴォルネスの肩に手を置くエスペリオン。

「俺らが言いたい事は、こいつが全部代弁したから、そのつもりでいろ」

頭を冷やせ、とばかりに頭を小突くヴァルフウガ。
両者の言葉が誰に当てたものかは、いわずもがな、である。






「…」

ドッグの入り口付近。
そこに釧、ブリット、鷹矢、そしてエリクの姿があった。
今までのやり取りを全て見ていた面々の中、釧が僅かに唇の端を上げた。

「何が可笑しい?」
「キサマには関係無い」

ブリットの問いを、ピシャリと撥ね付ける彼の顔を見て、エリクは微笑んだ。
少なからず、志狼のことを気に入っている節があるようだが、果たして彼の心情や如何に、である。

「トーコさんが飛び出していった時には、どうなる事かと思いましたが…」

苦笑する鷹矢。

「我々も続きましょう。これは好機です!」
「あ、少々お待ちを」
「え!?」

飛び出そうと構えていた鷹矢は、突然のエリクの制止に必死に踏みとどまった。

「何故止めるんです!?」
「今飛び出して言っても、君達の能力は半分も発揮できませんよ」
「え?!」
「先に戦っている彼らが何故合体していないか、疑問に思いませんでしたか?」

言われて小型艇を取り巻いている面々を観察する鷹矢。

「…そうか、戦場が狭いから…!」
「その通り。故に彼らは機を待っているわけです」
「あ」

獣王式フウガクナイを手にしながら、カオスフウガとガイアフウガを召喚しない釧。
焦れているのか、ルシファーマグナムを珍しく落ち着き無く、肩にカチャカチャと押し当て続けるブリット。

(さて、…では機を作るとしましょうか)

待っていても事態は好転しない。事このオルゲイトの支配する空間においては。

「聞こえてますね、ジャンクさん」
『聞こえてる』
「!」
「!この声…」

エリクの問いかけに対するジャンクの声が、直接ブリット、釧、鷹矢の脳裏にも響く。

『だが今は手が離せん』
「私の指示通りに動いていただければ、状況をひっくり返せます」
『!』

ジャンクに宛てたエリクの言葉に、彼のみならず、釧やブリットも驚いた。

『フカしじゃねぇだろうな』
「…」
「テメェ、俺様を誰だと思ってやがる?俺様の考えた作戦に、間違い・失敗その他なんて100%ありえねーんだよ」

エリクは無言で、眼鏡を押し上げる。

『若いな、エリクさん。分かったよ、聞こうじゃないか』
「…」

声には出さなかったが、エリクが何かをジャンクに言ったのだろうか。
眉根を寄せるブリット。

それにしても、エリクは何を仕掛けるつもりなのか。

「では、ご説明します…」






ボトリと、黒い塊が地面に落ちる。
それは剣十郎に斬り落とされた、忍び装束の男の首である。
時を置かずに、その頭は煙と共に消滅する。
次の瞬間、忍刀で彼の背後から斬り付ける、新たな忍装束。
しかし、その切っ先が剣十郎の神衣に触れた瞬間、一瞬閃光が走り、灰となって消えていった。

「…何時までこんな遊びを繰り返すつもりだ?」

轟雷剣を肩に担ぎ、オルゲイトを振り返る剣十郎。

「ふ、君らの手の内を探るつもりだったのだが…」
「参考になったかね?」

そんな台詞と共に投げつけられた忍装束の頭は、オルゲイトの目の前で見えない壁によって弾かれた。

「いいや…」

頭は直後に煙となって消えていく。

「手の内の底が見えない忍の頂点と…」

音も無く剣十郎の隣へと姿を現す雅夫。

「手の内が知れても、手に負えない鬼…。全く、敵に回すと厄介極まりないな…」
「ち…」

剣十郎は舌打ちした。
玉座に座り、肩肘を付きながら言われては、余裕をかまされているようにしか映らない。

「む?」

雅夫が何かに気付き、部屋の入り口へと視線をめぐらせる。

「…紙飛行機?」

奇妙な闖入者には、密室であるにも関わらず、風に乗り、スィーっと部屋の中へと流れ込んでくる。
程なくして推力を失い、落ちた事から、雅夫はそれが何ものかが風の特殊能力でこの部屋へと送り出した物だと判断した。

「これは…?」

オルゲイトに対し、隙を見せずに透牙で一気に距離を詰め、それを拾い上げる雅夫。

「中を開いて見て下さい。何分今の俺は物が持てない」
「承知しました」

剣十郎に促され、紙飛行機を解いていく。

「恐らくは、あの馬鹿の差し金でしょう」
「馬鹿?」
「エリクです。普段は紙も魔法製ですが、雅夫殿の存在と能力を見越して、わざわざ実物を用いたようですね」
「…」

見た目に精神年齢が引っ張られているのだろうか。
なにやら剣十郎の口調が、普段と違う事に若干の違和感を感じる。

「して、なんと?」

気を取り直して、雅夫は紙飛行機を解いていく。

「…一瞬で良い、隙を作れ、と書いてありますな」
「フン。言われずとも」

鋭い視線が、オルゲイトを射抜いた。

「そろそろ首を落とそうと思っていた所だ」

言うが早いか。
剣十郎は轟雷剣の鍔から剣先に向かって、ゆっくりと指を峰に沿わせていく。
それに従い、刃が強烈な閃光で覆われていく。

「雷墜牙」
「…」

剣十郎に合わせるかのように、雅夫は手の中に大型のクナイを出現させる。

「…ふむ、なるほど」

オルゲイトが関心した様に息を漏らした。

「シンプルかつ、最も効果的だろうな。その戦術は…」
「今の内に首を洗っておけ」

オルゲイトの言葉にも、最早動じずに剣十郎は彼に向かい、歩を進める。
しかしオルゲイトは姿勢を崩す事も無く、右手を掲げる。

「召喚、『ガーナ・オーダ 下忍』。我が命に従い、彼の者の歩みを止めよ」
「!やはりか…」

信じられない事態だが、先ほどまで自分と剣十郎が相手にしていたのは、自分の出身世界の敵である、『ガーナ・オーダ』の一味の下忍を召喚して戦わせていたようだ。
オルゲイトの性質から言って、ガーナ・オーダと共闘関係にあるわけではないだろうが。

「何故か、などという問いは意味がないのだろうな」

考えていても現実は変わらない。そういうものだ、と納得して戦うしかない。
剣十郎はここで首を落として、終わらせるつもりだ。
それで片が付けば、どういうカラクリなのかを判明させずに事は済む。

「…」

剣十郎の目論見は分かっている。
彼はこちらが首を落とすチャンスを作ってくれる。
その一瞬で、全てを終わらせる。そのために、力を蓄える。

「…」

悠々と前進する剣十郎。
しかし、

「その…雷墜牙、と言ったか。その技は先ほど見せてもらった…。全身のマイトを剣に一点集中し、爆発的に切断力をアップさせるのだったな」
「…」
「その威力はたいしたものだが、実際、剣に全てを集中するあまり、スピード…そして防御力が著しく低下するのが弱点だな…?
 下手をすれば、耐久力は一般人以下…赤子にも劣る物となる。つまり…」

剣十郎の背後に、下忍がクナイを振りかぶり、迫る。

「この一手で、チェック…かな?」

下忍のクナイが振り下ろされる。
次の瞬間、なんと剣十郎の左腕が、肩から斬り飛ばされ、血液が大量に吹き出る。

「予想以上…。ただのクナイで腕が飛ぶとは」
「…スピード、防御力は皆無…そう、確かにそれが雷墜牙の弱所だ」

グラリと態勢を傾ける剣十郎。

「しかしな」

だが、鬼は倒れなかった。

「その弱所は…俺が人間だった頃の物だ」

剣十郎の『左手』が、下忍の頭を掴みあげた。

「!なに…?」

そう、剣十郎は斬り飛ばされたはずの左手で、下忍の頭を掴みあげているのだ。
そしてそのまま、下忍の頭を握り潰した。

「再生したというのか…ほんの一瞬で…!」

腕のみならず、衣服…神衣すらも再生している。

「悪を斬裂く神の鬼を…舐めるな…ッ!」

地面に倒れこむ前に、炭化してサラサラと流されていく下忍。

「斬り捨てる…ッ!」
「…!」

更に前進を始めた剣十郎の前に、複数の下忍が現れ、行く手を阻む。
だが、

「邪魔だッ!」

拳を床に打ち付けると同時に、下忍は全て、足元を突き破って出現した雷の鎖に捕縛される。

「雷縛鎖…ッ!」

本来捕獲が用途のはずの雷の鎖は、その捕縛力を強め、耐え切れずに下忍の全身を切裂く。
紫電を纏った灰がサラサラと流れ、煙となって消えていった。

「轟雷剣を抜刀している限り…我がマイトが枯渇する事はない」

剣十郎は更に歩を進める。
もはや行く手を阻む下忍は居ない。
剣十郎は、ゆっくりと轟雷剣を大上段に構え、そして。

「ふんッッ!!」


キン…ッ!!


振り下ろした。

「…ほう…!?」

突如として空気が流れる。
空間固定していたのは、おそらくはオルゲイトの前面の空気だったのだろう。
結界を破った事によって、固定されていた大量の空気が、風となって動き始めたのだろうか。
感嘆の息を漏らした彼は、すぐさま指を弾き、更に手前に空間結界を張る。
だが、

「やらせん」

眼前に、神剣の刃が突きつけられる。
結界として固定する空間に異物が入り込み、結界は完全形成を待たずに崩壊した。

「おお…!」

感心の声を上げるオルゲイト。
しかしその視点が、何故か自らの身体を映し出していた。

「その首、確かに頂いた」
「…!」

オルゲイトの回転する視界の中に、雅夫が玉座の上に立ち、クナイを一振りしているのを見た。

「な、んと…!」

結界崩壊と同時に、雅夫の一閃がオルゲイトの首を斬り落としていたのだった。






「はっ、さっすが。やってくれたな」

精神世界で、一部始終を見ていたジャンクは口笛を吹いた。
オルゲイトの空間と精神攻撃が、確かに一瞬途切れた。

「では、注文通り行くとしようか」

バンダナが消失し、光り輝く毛髪が、マントのようにヒラリと広まる。
そして首周りを羽毛の様な物が取り巻き、背中から翼が生える。
それは彼がウツホとしての力を、若干解放した姿だった。

「行くぜ、エリクさん。上手くガキ共を纏めてくれよ…?」






「皆さん!小型艇の周囲に集まってください!なるべく近くに!!」
「!エリクさん」
「急いで!!」

ドックの入り口から、エリクが叫んだ。
戸惑い
驚きながらも、動きが鈍ったゴーレムをあるいは殴り飛ばし、あるいは蹴り飛ばし、勇者達はそれぞれ、小型艇の周りへと集まり始める。
鷹矢に抱かれたエリク、そして釧とブリットは素早く小型艇の上部へと飛び乗った。
素早く視線を巡らせ、遅れている者がいないか、チェックする。

(いない!)

よし、いける。

「エリクさん、一体何を…?」
「戦場を作るんですよ。君達好みにね」

ニヤリと笑い、エリクは叫び声を上げた。

「ジャンクさん、頼みます!!」






「まずは…《フォース》」

ジャンクは、小型艇の周囲を四角形に空間指定する。

「《アイソレイション》」

そしてその空間の支配力を、オルゲイトから強奪し、自らのものとする。

「次…《フォース》」

次いで更に、四角形の空間指定を行う。
広く、広く、大きく、大きく。

「…!」

オルゲイトの支配下にある空間に手足を伸ばしていく。

(…なるほど、エリクさんの言う通りだな)

オルゲイトは、こちらの到着に合わせてドックを作った、と言った。

「つまりは、多少抉りとっても大丈夫なゆとりがあるってことだな」

指定が終わった。
あとは、

「《イクステンション》」

内容物を消滅させるだけだ。






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