彼らは悩む。
騎士として。
戦士として。
男として。

自分に足りないものを補う為に。
大切なものを護る為に。

大切なものを護りたいと願ったとき、突然強大な力を手に入れた少年。
己の一部を賭けてまで助けてくれた少女を今度は自分が護ると、心に硬く決意した鋼鉄の騎士。
何故自分は戦っているのか。分かっているのに、なぜかもどかしい少年。
時の歪みを修正すべく未来から飛翔し、その戦いの中でより大切なものを見つけた少年。

彼らは悩む。
より強くなる為に・・・
大切なものを護る為に・・・


ズダアンッ!!

一人の少年が床に叩き伏せられる。

「あ・・・!」
「近づくな和菜!・・・まだ終わっておらん」

一人の少女が駆け寄ろうとするが、長い黒髪をたなびかせ、木刀を構える美麗な女性が、それを制止する。
ユラリと・・・床に打ち付けられた少年は起き上がる。
既に全身アザだらけでまともに動けるはずも無いのに木刀を構える。

「まだやる気なのか・・・これではまるで実戦ではないか!?」

鋼鉄の騎士は驚きを隠せない。
その少年の鬼気迫る表情を見て。
彼の表情は、戦場の戦士そのものであった。

「次は・・・俺の番・・・です」

大上段に木刀を構え、右足を引いて半身になると木刀を胸の前で水平に相手に向けてまっすぐ構え・・・ようとして、力尽きて倒れこむ。

「シロー!!」

今彼は・・・
御剣志狼は、観崎葛葉との稽古中であった。






〜大切なもの〜






倒れた志狼のもとにエリィが駆け寄って抱き起こす。

「・・・!!今治療を!」
「やめろッ!!」

そして今まさに治療の奇跡を使おうとしていた少女に向かって志狼は一喝する。
ビクッと体を体を強張らせる治癒の少女、和菜・フェアリス・ウィルボーン。

「しかし志狼、君の怪我の具合は・・・」
「いらねえって言ってるんだ!!」

鋼鉄の騎士の申し出を乱暴に撥ね付けるとエリィの腕から抜け出して立ち上がる。
いつもよりもイライラしている志狼を、エリィは不思議そうに凝視してからフェアリスに視線を移す。

「!」

そこでエリィは何かに気がついたようだった。
苦笑いしてため息をつく。

「葛葉さん・・・ありがとうございました」

木刀を納めて葛葉に一礼をする志狼。

「うむ」

葛葉も木刀を納めて一礼する。
そしてふと志狼の手に目が行く。

「強く・・・強くならなくちゃ・・・」

志狼はそう呟くと、今度は同じ稽古場で木刀を振るっていた、神崎慎之介に声をかける。

「慎之介さん。稽古、つけてください」
「・・・その怪我でか」
「はい」
「・・・よかろう、かかって来い」

一礼すると志狼と慎之介は互いに距離を取る。

「師匠・・・手加減はしなかったのですか」

そんな光景をロードは、信じられない面持ちで眺めながら、葛葉に質問をした。

「今の志狼と師匠では明らかに腕の差がありすぎます。
指導剣術をしながら相手の成長を促した方が、より効果的だと思いますが」
「・・・手心を加えろ、というのか。たわけ」

木刀を壁に立てかけると、フェアリスとエリィを一瞥してから、稽古場の出口へ向かう。

「和菜とともに御剣の稽古でも見学させてもらうが良い。なにかしら、得られるものがあるであろうよ」
「得られるもの?それはいったい・・・」

ロードの質問に答えることなく、葛葉は稽古場から出て行ってしまう。

「シロー、怖かった?」

フェアリスの肩に手を添え、話し掛けるエリィ。

「・・・はい。正直、怖かったです」
「ごめんね。最近妙にぴりぴりしちゃってて」

うにゅうにゅとフェアリスの頬に自分の頬をすり合わせながら頭をなでるエリィ。
なぜか顔が赤くなっていくフェアリス。
と、エリィは急に小声になって、フェアリスの耳元で囁く。

「でも、これだけは覚えておいて。無理だけは絶対しちゃダメ。ね?」
「!」
「んじゃ葛葉おば様の言うとおり、シローの稽古でも見学しましょうか!ね♪ロードさんも!」
「・・・はい」
「・・・」

フェアリスもロードも口数少なめになりながらも、志狼の稽古風景を見学することになった。



「!葛葉殿」
「剣十郎様」

稽古場を出てすぐ、葛葉は志狼の父、御剣剣十郎とばったり出くわす。

「あれに、稽古をつけていただいたようで。ありがとうございます」
「いえとんでもない。しかし、少々お聞きしたいことが」
「?」



ロードたちの目に飛び込んできたのは、ボロボロになり地に倒れ付す志狼とソレを見つめる慎之介。
その脇には先に見学していた草薙咲也、神埼雪乃。
そして軽く汗を流しに来ていたが、そこで繰り広げられている光景に手が止まっている橘美咲と大神隼人。

「う・・・うううッ・・・!」

今にも骨がきしむ音が、こちらに聞こえてきそうなぎこちない動きで立ち上がる志狼。

「兄さんッ!もういいでしょう!?その辺で・・・」
「黙っていろ、雪乃。・・・手加減は無用なのだ」
「!」

あまりに凄惨なこの状況で、雪乃はついに耐えられなくなり声を張り上げたが、慎之介の答えは淡々としたものだった。
そんな中、ロードは慎之介の言葉に驚きを覚える。

(師匠と・・・同じことを?)

わからない・・・
葛葉も慎之介も、あのボロボロの少年を前にして『手加減無用』という。
志狼も慎之介も葛葉も、使っているのは竹刀ではない。
木刀なのだ。まかり間違えば、死を呼び込む危険性がある。
それでも葛葉も慎之介も手を抜くことは無い、というのだ。

(わからない・・・なぜ?わからない・・・私が、私が機械だから理解できないのか?)

ロードは頭の中で自問自答を繰り返す。
答えは・・・でそうにない。

「志狼!その辺にしておかないと体を壊してしまうぞ!」
「うるせえッ!!」
「!な、なぜだ?!たかが訓練だろう!
 もし今トリニティが攻め込んで来たらどうする?!本末転倒だろう!!」
「ああ・・・そうかもしれねえな」

咲也の提案を撥ね付けると、志狼は渾身の力を振り絞って立ち上がろうとするが
膝をついて、そのまま再び倒れこんでしまう。
ぜえぜえと荒い息を吐いて、なおも立ち上がろうとする。

「何がお前をそこまで駆り立てる」

隼人が志狼に声をかける。



「彼の実戦形式での訓練・・・鬼気迫るあの氣。アレは何がそう駆り立てるのか」

葛葉は剣十郎に尋ねる。
彼の戦う理由に付随するものなのだろうか。
だが、最近の志狼の訓練は、いささか度が過ぎているのを感じる。
葛葉に礼をした後、志狼は己の拳をこれ以上ないほどに握り締め、震えさせていた。
怒り。
そう、あれは怒りだった。

「あいつは・・・」

道場の中を一瞥し、語りだす剣十郎。




「俺の練習とか・・・訓練ってのはいつもこうだ。ほ、本番を想定する」

バンッ

手を稽古場の床に叩きつけ、それを支えに体を起こす。




「なるほど。しかし最近の彼はなにやら焦っているように感じますが」

場所を食道に移して茶を啜る二人。
コトリ、と湯呑を置く葛葉。

「ここ、ラストガーディアンにはあらゆる次元、異世界から選りすぐりの戦士たちが集まってきている。
 葛葉殿、慎之介殿、ジャンク殿・・・といった感じで達人級の者たちも多い」
「ふむ」
「自分よりも強いものが一気に現れた。一番身近で最強だった父親と同等かそれ以上の強者が」
「・・・」

さらっと言ってしまう辺り、よほど自分の剣に自信があることが伺える。
しかし葛葉は不快には感じない。
事実、彼のいた世界では最強であっただろうから。
剣十郎はさらに続ける。

「焦りもする。奴はこう考える」




「た・・・例えばぁ・・・ああ!こ、こんなことを想像する。
 敵に・・・トリニティに、オヤジや、慎之介さんと同等かそれ以上の使い手がいるとしよう」

いないと思うけどね・・・

この場の誰もがそう思ったが誰も笑えなかった。
志狼の、あまりに必死な様子を見て。
なんとか立ち上がることに成功した志狼だが、膝が笑い、まともに構えることもできそうにない。

「そ、そんでそいつらを前にしてお前・・・勝てそうにねえ、逃げよう。できると思うか?」
「それは」
「で、できるわけねえだろ。トリニティに唯一対抗できる戦力である俺たちは
 いわば最後の砦・・・万が一そういう事態になっても逃げるわけにはいかねえんだよッ・・・!」

左手を前に。右足を引いて半身になり、右手の木刀を自然に構えると深く腰を落し・・・
志狼は構えを取る。

「越えなきゃいけないんだ・・・!強くならなきゃいけないんだ!でなきゃ・・・でなけりゃよッ!!」

ドンッ

慎之介に向かって踏み込む志狼。

「最後の最後で・・・大切なものが護れないだろうがッ!!」
「「「!!」」」

雷に打たれたように体をびくつかせるロード、咲也、隼人。




「心の底から騎士道を、貫き通したいと思うているのですか」
「騎士道などという、大層なものではありません。奴自身の信念です。
 自分にとって大切なものを全て護ろうとする。・・・無茶な奴です」
「ですが・・・」
「?」




「・・・御影神明流・秘剣『星裂斬』ッ!!」

駆けながら木刀を振りぬき、志狼の体を一閃する慎之介。

ズダアアアンッ!!

派手に壁に叩きつけられ、床に投げ出される志狼。

「兄さんッ!!」
「やりすぎだ、というか。雪乃?」

ス・・・と志狼を指差す慎之介。
そして雪乃がそちらに視線を移すと・・・
志狼はすでに立ち上がっていた。
頭のどこかを切ったのか、額から血が流れていた。

「う、うそ」
「ひ・・・!」

信じられない、というように呆然と呟く美咲。
あまりに凄惨な光景に息を呑むフェアリス。

「つ・・・強く・・・強くならきゃ・・・強く・・・」

ギラ

そう呟いて慎之介をねめつける志狼の視線は野生の獣そのものだった。
そして一歩、踏み出そうとして意識を失い、その体をぐらりと傾ける。

「ち・・・ちくしょ・・・う」
「よっと」

ポス

だが志狼の体が地面に倒れることは無かった。
エリィが、倒れそうになった志狼の体を抱きとめる。

「ベル・・・」
「いやん慎之介お兄様!エリィって呼んで♪」

一瞬の、間。
頭を抱える慎之介。ややあって、口を開く。

「・・・エリィ、何をするつもりだ」
「止血止血〜♪」

エリィはそっと志狼を床に横たえると、いつの間にやら用意された救急箱から
テキパキと物を取り出して、志狼に手当てを施していく。

「ふんとにまったく怪我が多い男だねい♪べべん♪」
「・・・」

口は止まらないが、その手も止めることなく治療を続けるエリィ。
どうも慎之介は、エリィの『ノリ』が苦手だった。
嫌っているわけでは、もちろんないのだが。

「・・・あ、い、今治療を」
「あ〜いらないいらない。ダイジョーブだよフェアリスちゃん」

はっ、となって治療魔法を施そうとするフェアリスを、手をブンブン振って制するエリィ。

「で、でも」
「ダイジョーブだから、ね♪」

ウィンクをして、やんわりとフェアリスを説得するエリィ。程なく治療が終わる。

「ちくしょ・・・負けちまったか」
「およ、目が覚めたかシロー」

そして、目を覚ました志狼は、のそりと立ち上がると慎之介に一礼する。

「ありがとうございました」
「ああ」

慎之介も一礼してそれに答える。
礼がすむと志狼はそのまま稽古場を出て行こうとして・・・

「くそッ!!」

ガンッ!!

出口付近の壁を殴りつけていった。
エリィも慌ててその後を追っていく。
雪乃と美咲はボーゼンとして志狼が出ていった出口を見つめる。

「ね、隼人く・・・」

呼びかける途中で、美咲は言葉を止めてしまった。
隼人が自分の腕に装着されているドリームティアを見つめたまま動かない。
美咲の呼びかけにも全く反応していなかった。

隼人だけではない。
咲也はクロノブレスを見つめたまま、ロードは腰のローディアンソードに手を当たまま、
全く動かなくなってしまった。
何かを・・・深いところで考えているようであった。

「兄さん・・・志狼君、一体・・・」
「・・・悔しいのだろう」

木刀を道場の壁に立てかけ、雪乃に向かって呟く慎之介。

「悔しい?負けたことが?」
「違う。自分の弱さに、だ」

慎之介は、本当に珍しく、渋い顔をした。

「ああいう時は・・・手を抜いてはならんのだ」




「そんな息子を誇りに思っている・・・違いますか?」
「まあ・・・そんなところ、です」
「ふふふ・・・はっはっは!親馬鹿ですね」

食堂いっぱいに、葛葉の心底楽しそうな笑い声が木霊する。

「ふっ、誉め言葉として受け取っておきましょう」

そんな葛葉の態度に、剣十郎は不機嫌になることは無い。
と、顔から笑みを消し、剣十郎に忠告する葛葉。

「ただ・・・今少し、手綱を引いたほうが良いように思いますが?」
「うむ・・・」

剣十郎はうつむくと湯呑をもって中身を口の中に流し込む

「ふう・・・急に強くなれれば、誰も苦労はせん・・・」

そんな表情から剣十郎の過去を、少しだけ垣間見た気がした葛葉だった。




次の日。

ケロッとした顔で少量の洗濯物を干しに行こうとしている志狼と、それにちょっかいを出しつつ、
ついて歩いているエリィを発見して、ロードとフェアリスは目が点になった。

「あ、あの・・・お怪我の方は大丈夫なんですか?」

何となくためらいつつも志狼に声をかけることにしたフェアリス。

「ん?ああ、フェアリスか。だいじょーぶだいじょーぶ。いつもの事だろ」
「・・・いや、しかし昨日のは・・・」

ロードは呆然としつつ呟く。
普通の人間であれば、昨日の今日で歩き回れる怪我ではなかったはずだ。

「ある意味怪奇現象よねぇ」

エリィもしみじみ呟く。

「だいじょーぶ。その内すぐに慣れるって♪」

笑いをもらしつつ、エリィはロードの肩をポンポンと叩いた。
はぁ、と空返事を返すフェアリスとロードだった。

「そういえば志狼。君は昨日、何故フェアリスの治療を断ったのだ?」

ロードは昨日感じた疑問を口に出した。

「寝りゃあ治るから」

そっけなく返し、スタスタと甲板に向かって歩き出す志狼。
ロードは何となく釈然としない。

「それだけではないだろう!答えてくれ!」
「ンだよ、ヤケにからむじゃねェか」
「私がご説明しましょう!」

志狼と、志狼を追いかけようとしたロードの間に、にゅっと割って入ってエリィが得意げに笑っている。

「エリィ?」
「確かに最近妙にぴりぴりしてますが昨日のアレはそれだけにあらず!」

ビシ!!とロードの鼻っ柱に人差し指を持ってくるエリィ。

「・・・というと?」

少し気おされながらも先を促すロード。

「あなたの姫君のことサ」

ロードに向けていた指をフェアリスに向ける。

「フェアリスの?」
「そそ。シローはぶっきらぼうだったけど、気を使ったってワケワケよん♪」
「ンな恥い事言わんでいいッ!」

ゴッ

志狼がエリィに頭突きをかます。

「った〜!言わないからよけーな誤解をされるんでしょうが!!」

グリゴリグリゴリ

が、エリィはひるまず志狼のおでこと我慢比べである。

「つまり・・・どういうことなのだ」
「は〜・・・分かった、聞かせてやる」

エリィからひょいと、急におでこを離す志狼。
エリィは勢いあまって転びそうになり、頬を膨らませるが志狼は気にしない。

「フェアリスな、体中のマイトがにごってるんだよ」
「なに?」
「マイトってのは、精神力と体力を混ぜ合わせて具現化するオーラ、気のみてぇなもんだ。
 それがにごっているという事は体が不調だってこった。精神的にも、身体的にも、な」
「!エリィも気付いていたのか?」
「うん。私自身にマイトはないけど、見ることだけはできるんだ」

つまり、気付いていなかったのは自分だけ、ということになる。
ロードはうつむく。

「ここ最近、無理な力の使い方したんじゃねえのか?ただでさえお前の治癒魔法は苦痛が伴うってのに」

フェアリスの顔に自分の顔を近づける志狼。微妙に頬が赤く染まるのを見て、エリィはクスリと笑った。
そんな微笑ましい光景とは裏腹に、ロードの表情は翳る。

「・・・」

確かにここ最近トリニティの出現によって、主力級勇者であるヴァルロードの出撃回数も増えていた。
しかし、ヴァルロード合体には必要不可欠な、ゲイルフェニックスの召喚には多大なる魔法力が必要になる。
術者であるフェアリスが、不調になるのも無理はなかった。
分かっていた事だったのだが・・・。

「でも・・・私の力が皆さんのお役に立てれば・・・」
「ほらこれだ、全くこの性格のせいで、疲労も加速度的にアップだ」

ペシペシと洗濯物を持っていないほうの手でフェアリスのおでこを軽く叩く。

「あう、えう」
「いいか。例え今日出撃があったとしてもゲイルフェニックス禁止!いいな!」
「で、でも・・・」

フェアリスはまだ納得しない。

「き・ん・し!」

ペシッペシッペシッ、と言葉に合わせておでこを叩く志狼。

「は・・・はい」

折れるフェアリス。それをみてうんうん、と胸を張りつつ頷く志狼。

「よし。ロード、お前しっかり見とけよ。ホントにやばいからな、今のフェアリスは」
「・・・わかった」

なんとなく覇気が無い。
が、特に深く追求はしないで、志狼はエリィを連れ立って甲板に向かった。

「こんなことでは・・・私は・・・」

ロードの呟きは、フェアリスに聞こえる事はなかった。




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