キィインッ!!ガキィインッ!!チィインッ!!
ラストガーディアン内の道場に、金属と金属がぶつかり合う、鋭い音が飛び交う。 「ふわあ・・・」 影達の常軌を逸脱した超高速での攻防に、エリィは間の抜けた声を発し、フェアリスに至っては声すら出ない程に唖然としていた。 「〜♪」 エリクは見えているんだか見えていないんだか、読み取ることが出来ない表情でその攻防を眺めていた。
チュイイイイ・・・ン・・・ッッ
一際小気味のよい音が響き渡ると、大柄な影と小柄な影が、背を向けて斬心をとっている姿がはっきりと目に映る。 「ふう、今日はこの辺にしておきますか」 くるりと向き合い、礼をする二人。 ・・・ラストガーディアンでも最高峰の剣術家たちである・・・
剣鬼と剣姫の妖乱舞
剣十郎と葛葉がフェアリス達の所へ近づいてくる。 「いやあ〜、やはり真剣で稽古をしないと感覚が鈍りますからなあ」 フェアリスとエリィに渡されたタオルで汗を拭くと、はっはっは、と笑いあう二人。 「その、『風呂上りには牛乳に限る』とか置き換えても差し支えない言い方、何とかなりませんかねえ?」 苦笑いを貼り付けた表情で、エリクは二人に言う。 「「何を言う、エリク殿。それは違うぞ」」 声を揃えて否定されたエリクは首をかしげる。 「風呂上りには・・・コーヒー牛乳だ」 目を瞑りながら事も無げに言い放つ二人。 「「いける口ですな(ね)、葛葉殿(剣十郎様)」」 再びはっはっは、と笑い合う二人。 「ふむ・・・やはりダメか」
バキンッ!
剣十郎がふいに呟くと、突然彼の持っていた刀が中ほどから真っ二つに折れ、音を立てて床に落ちた。 「魔法将軍剣と謳われた、アーサキャリバーと斬り結ぶとなるとやはりこうなる、か」 折れた刀の切っ先と、切っ先のない刀を相互に見つめて剣十郎は不満げに呟く。 「しかし・・・それだけではないでしょう」 葛葉がアーサキャリバーを鞘に収めるのと同時に、床に落ちた刀の切っ先が 「剣十郎さんが、ちょっと力を込めただけでこれですか」 やれやれ、と苦笑しつつ言うエリク。 「これでは刀代も馬鹿にならんな」 壁の修理代はおしくないのか、と聞くものは既にこの場にいなかった。 「おい志狼。購買で代えを買ってきてくれ」 いつものごとく壁にめり込んで背景と一体化していた御剣志狼は、のそりと這い出すと 「微笑ましいな」 葛葉は微笑むと、視線を志狼がめり込んでいた壁のすぐ隣に移す。 「・・・どうだ、今日は彼の気分を少しは味わえたか?」 志狼のめり込んでいた横に、もう一つ軽いクレーターが出来ていた。 「機能の復旧に、もうしばらくかかりそうです」 剣十郎の言葉に、真面目にそう返すロード。 「大丈夫?ロード」 今すぐにでも引っ張り出したいフェアリスだったが、あくまでロードは機械仕掛け。 「志狼さん・・・タフです」
艦内リニアに乗ってすぐ隣の駅で降りる志狼とエリィ。 「いらっしゃいませっす〜☆」 購買の前にたどり着くと、すぐに元気ハツラツな声に出迎えられる。 「ちわっす。ねーさん、刀見せてくれませんか?」 エリィが首を傾げて購買の主に尋ねる。 「『ねーさん』じゃなくって、私のニックネームを呼んでくれって頼んだっす」 しばらく腕を組んで考え込んでいたエリィだったが、ポンと手を打つと合点がいったようだ。 「さあ志狼君!ドドンと呼んで欲しいっす!!」 赤くなりながら頭を掻き、恥ずかしそうに言う志狼。 「いや〜、ゆっくり躊躇いつつ呼ばれると卑猥な感じがするっすね〜」 ―――勘弁してください 「いやん♪シローのエッチv」 ―――よければどのへんがエッチか教えてくれ 壁に手をついて目の幅涙を流す志狼だった。 「ま、それはともかく。いつもみたいに試し切りしていくっすか?」 どこか達観した笑顔で、洒落にならないことをさらっと言う志狼。 「あたしが選んでるんすから、ヘタなものはおいてないっすよ?」 胸を張って自信満々に言うお姉さんに、笑みを浮かべながら言う志狼。 「そうっすね。ん〜、今日はさる有名な人斬りが使っていたという逆刃刀を入荷したんすけど、いかがっすか?」 お姉さんから一振りの日本刀と、正方形の紙を手渡される志狼。
シュパッッ!!
「「おお〜」」 手の中で刀を一回転させ鞘に収めると、ヒラリヒラリと真ん中から真っ二つに斬れた紙が舞い降りてくる。 「次の、見せてもらえます?」 照れ隠し気味に言った志狼の言葉に反応して、ゴソゴソと次の刀と紙を差し出すお姉さん。 「どわあっ!?」 思わず刀を放り投げてしまう志狼。 「あわわわわ!商品なんすから大事に扱って欲しいっす!」 慌ててソレをキャッチするお姉さん。 「ど、どしたのシロー!?」 慌てて志狼の背中をさするエリィ。 「ね、ねえさん、それ」 斬れ味もバッチリ保証するっすよ!とウインク付きで得意げに付け加えるお姉さん。 「どーして妖刀なんかが置いてあるんですか!?」 至極まともな質問をするエリィ。 「需要があれば用意をするのが、あたしのモットーっすから。 まあ呪われてても剣十郎さんなら扱えるかな〜、なんて思って渡したんすけど」 「じゅ、需要って」 ―――。 拳と拳を軽く小突き合わせると、この話題はここまでにしようと無言で語り合う志狼とエリィだった。 「賢明っす」 そこで傍と動きを止める志狼。 「どうしたっすか?」 もう何がきても驚かないぞと、心の準備をしていたにも関わらず、驚いてしまうエリィだった。 「でもなあ、並の聖剣とかじゃきっとダメだろうな」 ついさっき蒸発してしまった刀を思い浮かべて思案する志狼。 「伝説の刀みたいのがそうゴロゴロしてるはずもねぇし・・・。いっそ造っちゃったほうがはるかに楽なような気がするぜ」 「「ん〜・・・!」」 と唸る二人だったが、自然とその視線はお姉さんに注がれる。 「?なんすか?」 志狼とエリィの言葉に、少しずつ後ずさるお姉さん。 「け、剣十郎さんはお得意様っすからねえ・・・いやはや、ソレを手放すのも惜しいっす・・・!」
ピクリ
「うう・・・」
ピクピクッ
「・・・やっぱり?」
ニタリ・・・
「当然っす!」 渾身のガッツポーズをとる志狼とエリィだった。
そんなこんなで。 「剣十郎様専用の剣を造る、ですか・・・これを見逃す手はありませぬ」 剣十郎に微笑みかける観崎葛葉。 「私も見てみたいです」 エリィのすぐ傍を歩くフェアリスと、それを護るように付き歩くロード。 「そういえばお前の親父さんの刀代ってどこから出てるんだ?」 志狼の隣を歩く、テイト・アルバートの4人だった。 「本当にこっちでいいのか、志狼」 剣十郎の言葉に、購買のお姉さんからもらった地図を見ながら応える志狼。 「ねえさん、いつもこんな所に仕入れしに来てるのか?」 志狼の半眼の呟きに苦笑いで返すエリィ。 「ぼやいていても仕方あるまい。先に進んでみようではないか」 葛葉の言葉を受けて、止っていた足を動かす志狼達だった。 「・・・ちょっと・・・まて。ホントに、こっちで、いいのか!」 ぜえ、ぜえ、と息を切らしながらテイトが志狼に問い掛ける。 「・・・地図のとおりなら」 志狼は決して方向音痴ではない。 「ねえさん、いつもあんなアスレチックモドキな事してんのか」 ちなみに息を切らせているのはテイトとフェアリスの二人だけだった。 「こ、こんなに大変だとは思いませんでしたぁ」 はあ、はあ、と膝に手を当てて呼吸を整えているフェアリス。 「ま、もう少しみたいだから頑張ろうぜ?」 な、と苦笑交じりにフェアリスの頭に手を乗せる志狼。 「は、はい」 志狼の励ましに、フェアリスは笑みを浮かべて身を起こした。 「ぎゃああああああ」 突然悲鳴があたり一面に響き渡る。 「あっちだ!」 ロードが声の発信源を特定し、駆け出した。 「猪、ハブと来たからそろそろかと思ってはいたが・・・」 志狼は頭を抱えて唸った。 「もしかしてあいつが・・・!」 テイトの言葉を制し、ローディアンソードを抜き放ちつつ駆けるロード。 「セエエエイッッ!!」
カアアアアアンッッ!!!!
ローディアンソードの『腹』で熊の頭部を思いっきり叩き倒す。 「ぐおおお・・・!!」 よろりと後ずさる熊だったが、すぐに持ち直し、ロードに敵意を向ける。 「くっ!引いてくれるか、気絶してくれればと思ったが・・・っ!」 老人に声をかけるロードだったが、今にも飛び掛ってきそうな熊に対してどう対処したものか、未だに考えあぐねていた。 「「去れ」」 強烈な殺気を放つ、二人の人間だった。 「熊を威圧で追い払うのかよ・・・」 こめかみに汗をかきつつ、改めて殺気を放った二人・・・御剣剣十郎と観崎葛葉を見る志狼だった。 「大丈夫ですか!」 すぐにフェアリスとエリィが老人に駆け寄る。 「ああ、どこも・・・いててっ!!」 あ〜、と大きく口を開ける老人。
ヒュカッッ!!!!
そんな老人の唇の、ほんの数ミリ越しに何かが通り過ぎ、すぐ傍の樹に突き刺さった。 「おっといけねえ、手が滑っちまったぜ」 どうやったらあんなに滑れる、と突っ込める人間はいなかった。 「志狼め、限界以上に投擲能力を発揮したようだな」 もとい、二人いた。 「がっはっは、冗談だ兄ちゃん!そんなに怒るない!!」 豪快に笑う老人だが、その右手はちゃっかりとフェアリスの尻をまさぐっていた。 「少し手を引けば・・・わかるな?」 葛葉の、後数ミリ動くとかなり危ない状態になるところで止っているアーサキャリバーと、 「あんまり黒コゲ死体ってのは見たくねえんだけどな」 テイトの掌だった。 「ったく、こんなに冗談の通じねえ奴等ァ初めてだな」 苦笑しながらちっと舌打ちしてから 「それに・・・手前ェらが持ってる剣は、どれもこれも洒落にならねえぐれェ、すげえモンばっかだ。真っ当に暮らしてる人間が持ってていいもんじゃねェ」 急に目つきが変わり、志狼、ロード、葛葉の持つ剣の性質を見抜く老人。 「それに一番驚ェたのがあんただ」 指を指された剣十郎が首をかしげる。 「あんたから神気を感じる。あんた神剣を握ってた事があるな」 鋭い眼つきで一行を睨み付ける老人。 「手前ェら・・・何モンだ?」
「なるほどな。あんた専用の刀を、か」 老人の名前は岩鉄といった。 「できますかな・・・?」 おお、と全員が声を上げる。 「では!」 剣十郎の言葉を右手で制して、岩鉄は軽く息を吐く。 「ただ、材料を厳選した方がいいだろうなァ。普通の鉱石じゃあ、 ふむ、と頷く葛葉。 「ま、お前さんがたの剣を溶かし込んで造るんが、いっちゃんは早ェだろうがな」 葛葉、ロード、志狼を順に見る岩鉄。 「な・・・!」 ロードと志狼は慌てて自分の愛刀と岩鉄を交互に見る。 「冗談だよ!剣士の魂にそんな無粋な真似するもんかい!」 がっはっはと豪快に笑う岩鉄。 「お前ェさんはもちっと驚ェてくれても、罰あたんねェと思うぞ」 苦笑しながら言う岩鉄に、微笑を浮かべて応える葛葉。 「通常の鉱石ではないもの・・・などそれこそすぐには手に入らないのではないか?」 ふむ・・・と顎に手を当てて考え込む剣十郎。 「あるぜ」 立ち上がり、出口に向かって歩き出す岩鉄の発言に、エリィは驚愕の声を上げる。 「心当たりがある。ついてきな」
30分ほど歩いただろうか。岩鉄の住まいの更に更に深い森の奥。 「なんか・・・幻想的だね」 エリィの呟きに、フェアリスが応える。
・・・岩に突き刺さる、二本の刀・・・
「なんだこの刀・・・」 一見何の変哲もない刀だが、何か・・・見ているだけで物悲しい気持ちになってくる。 「こいつァ俺のご先祖様が造った刀さ」 テイトの言葉に頷く岩鉄。 「ねえ!この刀・・・いわくつきなんでしょ?いろいろ教えてよ!興味あるなあ♪」 目を輝かせて言うエリィに、苦笑しながら岩鉄は刀にまつわる昔話を語り始めた。 「俺のご先祖様ァ、そりゃあ腕の立つ刀匠だった。 感心したように剣十郎が唸る。 「だがご先祖様はその娘にナマクラ刀を渡した。 志狼の呟きを一喝する岩鉄。 「その後、若者はメキメキと上へ上へと上り詰めていった。 エリィの言葉を否定したのは、岩鉄ではなかった。 「シロー・・・おじ様?」 否定した志狼はそれだけ呟き、剣十郎は目を瞑って腕を組んだ。 「感が鋭でェな。・・・当たりだよ。そんな幸せな結末じゃあなかったのさ」 ロードの促しに岩鉄は続ける。 「いい加減刀がさび付き始めた頃、娘の剣の腕はそこ等の男が束になっても勝てやしないぐれェに強く。男は全国の侍大将なら誰もが無視できない存在になっていた。 呟くように言った葛葉に岩鉄は頷く。 「久しぶりに娘が再会したあの若者は・・・別人のように狂気に包まれていた。 フェアリスが恐る恐る尋ねる。 「・・・男を斬り殺しちまった」 皆激しく動揺する。 「・・・しかたなかった。 比較的ショックの小さかったロードが先を促す。 「娘は悲しみの中、魔剣と聖剣を手に、ご先祖様に連れられてここを訪れた。 岩鉄は刀の刺さった岩を指差す。 「あの岩に、二本の刀を突き刺した。・・・ってわけだ」 言葉を無くした一同。 「しみったれた話ィ、しちまったぜ。ん?おいおい〜泣くなよ嬢ちゃんたち!」 苦笑して岩鉄が視線を向けると、エリィとフェアリスが大粒の涙を流していた。 「しかし・・・それが、ワシの刀と一体どういう関係が?」 岩鉄の言葉に更に驚く面々。 「あの刀から、強烈な聖気が漏れ出してる事は事実だしよ。 テイトの疑問を受けた岩鉄は、志狼に話を振る。 「お、俺?え、ええっと・・・」 じ〜・・・と目を細めると、志狼は刀を見る。 「・・・どっちが魔剣かわかんねえぞ」 ちょうど、Vの字に刺さっている刀の右を指差して言う岩鉄。 「さてと・・・んじゃ刀をもって帰ェるぞ。ええ〜っと・・・」 パシリ根性が身にしみているのか、剣十郎への催促に志狼が応じて刀に近づいていく。 「無駄だ」 岩に近づいたとたん、志狼はヘロヘロとその場にへたれこんでしまった。 「シロー!?ちょっと、シローってば!」 地面に降ろし、パチパチと志狼の顔をはたくエリィだったが、志狼の顔はだらしなく緩みきったまま元に戻らない。 「ど、どうしたんだ志狼!?」 ちらりと志狼を見る岩鉄。 「こうなってしまうわけか」 その場の全員が志狼を見る。 「うふふふ・・・」 幸せそうに微笑む志狼。なんというか・・・かなり不気味だ。 「しばらくすりゃあ元に戻るだろうさ。それよりも、あの刀を引き抜けるとしたら、だ」 岩鉄の言葉に続けて葛葉が言う。 「ロードなら大丈夫なんじゃないか?」 テイトの言葉に岩鉄は首を振る。 「確かにこいつは機械だし、神気に近ェもん持ってるが・・・機械的な回路ってよりか、 なんとはなしに一歩さがってしまうロードだった。 「ふむ」 スタスタと何事も無く岩に近づく剣十郎。
・・・キンッ・・・
「・・・」 澄んだ金属質の音を立てて聖剣を引き抜ききると、剣十郎は柄頭を額に添え、黙祷を捧げた。 「律儀な男だ」 岩鉄の呟きに、葛葉は頬笑みを浮かべる。 「さて、早速そいつをもって帰るか。ついでにお前ェらの剣も鍛えなおしてやる」 ナイトブレード、ローディアンソード、アーサキャリバーのことを指差して岩鉄が言う。 「お前ェらの剣を鍛えながら集中力を上げていって・・・そんで最後に剣十郎の刀だ」 スタスタと歩き出した岩鉄だったが、くるりと振り向く。 「最高の剣を造ってやるぜ」 その顔は今までのどの表情と異なる、『凄腕の刀匠』の顔だった。
「アクサス様・・・奴等を追っていたら、面白そうなものを発見いたしました」 謎の影が、木の枝の上から岩に刺さる一振りの刀を見て呟く。 「少し手を加えてやるか。それだけでこの剣は未だくすぶっているその禍々しさを大きくするだろう」 木の上の影が、刀に向かって黒い『何か』を放り投げる。 「くくくくく・・・さあ、楽しませてくれ」
ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・
聖剣を取りに行ってから3日目の朝。 ――一体何のために? 自分でもよく分からなかった。 ――かつて私は恋人を斬った。 岩鉄から聞かされた、あの娘のように。 ――女々しいな、この私ともあろうものが。感傷に浸るとは・・・ 魔剣が見える所まで歩いてくると、葛葉は木に背を預け、腕を組んで静かに魔剣を眺めた。 ――浅ましいな、我ながら・・・ 「葛葉殿」 突然の声に、肩をびくつかせる葛葉。 「おや、珍しいところを見る事が出来ましたな」 剣十郎の接近に全く気付く事が出来なかった葛葉は、本当に珍しく顔を赤らめた。 「・・・」 今の葛葉の仕草の方が、よっぽど珍しいものだった。 「アーサキャリバーの調整が終わったそうですぞ」 剣十郎が、鞘に収められたアーサキャリバーを差し出してくる。 「ついでに昼ご飯の支度が整いましたので、ご一緒にいかがかと」 調整がやけに早いなと思っていたが、気がつかない内に思ったよりも時間がたっていたらしい。
トクン・・・ッ
「!?」 胸の中を、何か黒いモノが通り過ぎ、葛葉は一瞬体を傾けた。 「・・・?気のせいか」 頭を振ると、剣十郎と並んで、岩鉄の工房に向かって歩き出す葛葉。 「娘のその後・・・」 無言で歩いていたが、葛葉はふと剣十郎にそう聞いた。 「娘というと、岩鉄殿の話された昔話の、ですな?ふむ・・・」 天を仰ぎ見る剣十郎。 「・・・むう、男性のワシでは、皆目見当もつきませんな」 少々拍子抜けする答えが返ってきた。 「そうですか」 ――強い? 「ちょうど、あなたのように」 くるりと向き直る剣十郎だったが、そこに葛葉の姿は無かった。 「・・・葛葉殿?」 すぐ近くには気配がしない。 「何も言わずに消えた、ということは」 しばらく一人にして欲しい。
「ねえ、シロー!おじ様と葛葉おば様・・・どうなるかな?」 エリィは丸太の上に腰掛けて、昼ご飯にと作ったサンドイッチをぱくつく志狼の隣で言った。 「ふむ。近頃何かと一緒にいることが多いな」 遠まわしに聞こえるロードとエリィの物言いに、ラストガーディアンから持参したスポーツドリンクを飲みながら志狼は半眼で問い返した。 「葛葉おば様が、お母さんになったらどうする?」 遠まわしに言われるよりもいいかもしれないが、志狼は口から噴水のようにスポーツドリンクを噴出してしまった。 「やー、見事なアーチを描いてたねぇ♪」 ついでに虹まで掛かっていた。あまり綺麗なものではない気がするが。 「いきなり何言い出すんだテメーはっ!!」 口の周りを拭いながらエリィに食って掛かる志狼。 「剣十郎さんと、叔母さまが…?」 フェアリスの隣に座るテイトが、サンドイッチを食べ終え、掌をペロリと舐めながら言った。 「どう思う?」 もう一度エリィに尋ねられたが、正直パッと想像できない。 「結婚したいってんなら、反対しねぇけどよ…ちょっと待て、じっくりイメージしてみる」 うーむと唸りながら志狼は考える。 「まず、フェアリスと血縁になる、ってことか?」 フェアリスをじっとみて、そんなことを考えた。 「え!?お、お兄ちゃん?…あ」 ついそんなことを口走ってしまい、フェアリスがかぁっ赤くなる。
朝、志狼が起きると、台所から味噌汁のなんともいえない匂いが漂ってくる。 「…あれ?」 御剣家の台所を仕切っているのは自分だ。何もせずに味噌汁が出来上がるなんて事はありえない。 「あ、おはよう!お兄ちゃん」 そう、この間、剣十郎と葛葉が結婚してから、フェアリスもここに住むことになったのだ。 「顔洗ってきなよ」 微笑みながら言う従兄妹の…フェアリスの言葉に、志狼は何ともいえない幸福感を感じる。 「遅いぞ志狼!!」 ビクッ!!と体が反射的に跳ね上がる。剣十郎と、葛葉の声だ。
ズガンッ!!
「ぐはあッ!!」
ボスンッ!!
「げほうッ!!」
パッカーンッ!!
「ぺにょ!!」 際限なく繰り返される、剣十郎と葛葉の地獄の剣の稽古。
「い、いやだああああああああああ」 突然目から滝のように涙を流し始めた志狼に、エリィたちは顔を引きつらせた。 「ごめん、私が悪かったよ」 志狼が何を想像したかを察して、エリィは志狼の掌に新たなサンドイッチを乗せて背中をポンポンと叩いた。 「…。私もそれにつき合わされるのだろうか」 多分。間違いなく。 「お兄ちゃん…」 顔を赤らめて、ふふふと笑うフェアリス。
「私は・・・私は強くなど!あの話を聞いたとき・・・私は、過去を思い出し、体が震えた」 魔剣の目の前で膝をつくと、葛葉は独り呟いた。 「私は未だに後悔しているのか?未だにあの事を乗り切る事が出来ないのか」 拳を強く握り締め、地面に叩き付ける。 「私は・・・私は・・・ッ」
ドクン・・・ッ
――何を悩む必要がある
「!誰だ!!」
先ほどよりも、強く、禍々しい黒いモノが、胸の中を通り過ぎた。
――お前は知らないだけだ
「何を知らないと!?」
謎の声は囁く。
――他人を殺す快楽を
「ば、馬鹿な・・・ッ!?そんなこと!!」
――殺した相手は永遠にお前の中で生き続ける
「私のものに・・・?永遠に・・・?」
葛葉の目が、段々と虚ろなものになっていく。
――お前の中に、お前の愛した・・・あの者を感じるだろう? 『…葛葉』
胸を押さえて、心から歓喜する葛葉。あの人の声が聞こえる。
――私は人の生き血を啜り、人の肉を切裂き、人の命を断ちたい
私にはどうでもいい事だ。
――お前は好意持つ人間を、その手で葬り、永遠に我が物とする
「・・・」
悪くない。
――何を悩む?
「何も」 葛葉は目の前の魔剣を、躊躇いも無く抜き放つ。
――我は魔剣・・・いや、邪剣『痕喰(コンジキ)』・・・!
「そうか。では痕喰・・・行くとするか」 葛葉はユラリと歩き出す。
夕方になっても葛葉は帰ってこなかった。 「あ、いたいた。昼食に出てこなかったから心配したぜ」 突然の、艶を含んだ葛葉の言葉に、テイトは顔を赤くした。 「ど??どうしたんだ急に?」 言われて悪い気はしない。頭を掻きながらテイトは尋ねた。 「迷惑か?」
ブバッッ!!!
鮮血が、辺り一面に花を咲かせた。
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