キィインッ!!ガキィインッ!!チィインッ!!


ラストガーディアン内の道場に、金属と金属がぶつかり合う、鋭い音が飛び交う。
大柄な影と小柄な影が、刀と刀の衝突による火花を散らして、縦横無尽に駆け回っている。
ソレを正座しつつ眺める二人の少女と一人の男。
亜麻色の髪をポニーテールに纏めている少女、和菜・フェアリス・ウィルボーンと、
金色の髪をポニーテールに加えて、頭部右方向にまで結わえているエリス=ベル。
それに金髪を後に束ねたエリク=ベルを加えた3人だった。
影、といったのには理由がある。
その影の姿を、彼女達は捉えることが出来ないでいるのだ。

「ふわあ・・・」
「・・・」

影達の常軌を逸脱した超高速での攻防に、エリィは間の抜けた声を発し、フェアリスに至っては声すら出ない程に唖然としていた。

「〜♪」

エリクは見えているんだか見えていないんだか、読み取ることが出来ない表情でその攻防を眺めていた。


チュイイイイ・・・ン・・・ッッ


一際小気味のよい音が響き渡ると、大柄な影と小柄な影が、背を向けて斬心をとっている姿がはっきりと目に映る。
影達が、ぴたりとその動きを止めたのだ。

「ふう、今日はこの辺にしておきますか」
「そうですね」

くるりと向き合い、礼をする二人。
御剣剣十郎と、観崎葛葉。

・・・ラストガーディアンでも最高峰の剣術家たちである・・・



剣鬼と剣姫の妖乱舞


剣十郎と葛葉がフェアリス達の所へ近づいてくる。
二人が並んでいると葛葉が小柄に見えてしまうが、彼女は女性にしては長身である。
それでも2m近い剣十郎と比べると、やはり小柄に見えてしまうのだった。

「いやあ〜、やはり真剣で稽古をしないと感覚が鈍りますからなあ」
「まったくです」

フェアリスとエリィに渡されたタオルで汗を拭くと、はっはっは、と笑いあう二人。
エリィとフェアリスは、こめかみに汗を浮かべて剣十郎と葛葉を見つめる。

「その、『風呂上りには牛乳に限る』とか置き換えても差し支えない言い方、何とかなりませんかねえ?」

苦笑いを貼り付けた表情で、エリクは二人に言う。
ホカホカと上気した顔。汗をタオルで拭いている様。
更に先ほどの台詞をすりかえると、エリクの苦笑いも納得できるというものだ。

「「何を言う、エリク殿。それは違うぞ」」
「はい?」

声を揃えて否定されたエリクは首をかしげる。

「風呂上りには・・・コーヒー牛乳だ」
「風呂上りには・・・フルーツ牛乳だ」

目を瞑りながら事も無げに言い放つ二人。
やがて口の端を吊り上げフッ・・・と笑いながら。

「「いける口ですな(ね)、葛葉殿(剣十郎様)」」

再びはっはっは、と笑い合う二人。
―――もはや3人は呆れかえるしかなかった。

「ふむ・・・やはりダメか」


バキンッ!


剣十郎がふいに呟くと、突然彼の持っていた刀が中ほどから真っ二つに折れ、音を立てて床に落ちた。

「魔法将軍剣と謳われた、アーサキャリバーと斬り結ぶとなるとやはりこうなる、か」

折れた刀の切っ先と、切っ先のない刀を相互に見つめて剣十郎は不満げに呟く。
折れた個所だけではなく、刀全体に大小さまざまな傷が見える。
葛葉の愛刀『アーサキャリバー』や、彼がその昔愛用していた神剣『轟雷剣』に比べれば、
そこらの刀など見劣りするのも無理はない。
それこそ、無名の刀を使ってアーサキャリバーとあれだけの攻防を繰り広げられたのは
ひとえに剣十郎の力量と、葛葉の絶妙な力加減のなせる技だった。

「しかし・・・それだけではないでしょう」

葛葉がアーサキャリバーを鞘に収めるのと同時に、床に落ちた刀の切っ先が
ジュワジュワと音を立てながら泡立ち始め、やがて蒸発してしまった。

「剣十郎さんが、ちょっと力を込めただけでこれですか」

やれやれ、と苦笑しつつ言うエリク。

「これでは刀代も馬鹿にならんな」

壁の修理代はおしくないのか、と聞くものは既にこの場にいなかった。

「おい志狼。購買で代えを買ってきてくれ」
「・・・あいよ」

いつものごとく壁にめり込んで背景と一体化していた御剣志狼は、のそりと這い出すと
道場の外へ向かってヨロヨロと歩き始めた。
そしてそんな志狼の後には、やはりエリィがちょこちょことついて回っていた。

「微笑ましいな」

葛葉は微笑むと、視線を志狼がめり込んでいた壁のすぐ隣に移す。

「・・・どうだ、今日は彼の気分を少しは味わえたか?」
「とてもよく・・・」

志狼のめり込んでいた横に、もう一つ軽いクレーターが出来ていた。
そこには群青色の騎士の甲冑・・・ロードがめり込んでいた。

「機能の復旧に、もうしばらくかかりそうです」
「やはり葛葉殿が指南しただけのことはありますな。・・・素晴らしい太刀筋だった」
「ありがとうございます」

剣十郎の言葉に、真面目にそう返すロード。
今日は志狼と同じメニューで、朝錬をこなしてみた彼だったが・・・
できれば二度と味わいたくない、非常に濃厚なフルコースだった。
実にお腹いっぱい、である。

「大丈夫?ロード」
「・・・とはいいがたいな」

今すぐにでも引っ張り出したいフェアリスだったが、あくまでロードは機械仕掛け。
しかも今は動きたくても動けない、半機能停止状態。
うかつに引っ張り出した所で、その重量が一気に倒れかかってくることは想像に難くない。
葛葉から「しばらく放っておけ」と言われているために、治療魔法をかけることも躊躇われた。
よって・・・遺憾ながら、言われたとおりに放っておくしかない、というわけだった。

「志狼さん・・・タフです」
「・・・全くだ」



艦内リニアに乗ってすぐ隣の駅で降りる志狼とエリィ。
その頃にはヨロヨロとしていた志狼の足取りが、しっかりしたものに回復していたりする。
しばらく歩き、『刀が売っている』という、奇妙奇天烈な購買にたどり着く。
おいてあるものは仕方ないし、活用しない手はない。
なんといっても空飛ぶ戦艦ラストガーディアンで生活している者が全て、
身の回りの生活用品を補充するのに利用しているといっても過言ではない場所なのだ。
食品・衣類・電化製品なんでもござれ、といった感じだった。

「いらっしゃいませっす〜☆」

購買の前にたどり着くと、すぐに元気ハツラツな声に出迎えられる。
声のしたほうを振り向くと、やはり声通り、
全身から元気ハツラツっぷりがにじみ出ている女性が、ニッコリと微笑んでいた。
彼女が、この購買の主だ。

「ちわっす。ねーさん、刀見せてくれませんか?」
「宿題の成果を見せてくれたら、見せてあげてもいいっすよ」
「う」
「宿題?」

エリィが首を傾げて購買の主に尋ねる。

「『ねーさん』じゃなくって、私のニックネームを呼んでくれって頼んだっす」
「・・・ああ、はいはい、なるほどなるほど♪」

しばらく腕を組んで考え込んでいたエリィだったが、ポンと手を打つと合点がいったようだ。

「さあ志狼君!ドドンと呼んで欲しいっす!!」
「ま、ま・・・、マッコイ姉さん」

赤くなりながら頭を掻き、恥ずかしそうに言う志狼。
なんというか、素で呼ぶには恥ずかしいものがある名前のお姉さんだった。

「いや〜、ゆっくり躊躇いつつ呼ばれると卑猥な感じがするっすね〜」

―――勘弁してください

「いやん♪シローのエッチv」

―――よければどのへんがエッチか教えてくれ

壁に手をついて目の幅涙を流す志狼だった。
ゆえに・・・後でエリィと『マッコイ姉さん』が笑顔でサムズアップし合っているのは見えなかった。

「ま、それはともかく。いつもみたいに試し切りしていくっすか?」
「ええ、お願いします。ヘタな刀選んでいくと俺が斬られちまいますからね。すぐ壊すくせに」

どこか達観した笑顔で、洒落にならないことをさらっと言う志狼。
となりでエリィが哀れみの表情で、目の幅涙を流していた。

「あたしが選んでるんすから、ヘタなものはおいてないっすよ?」
「まあそうなんですけどね。その中からも良い物選びたいじゃないですか」

胸を張って自信満々に言うお姉さんに、笑みを浮かべながら言う志狼。

「そうっすね。ん〜、今日はさる有名な人斬りが使っていたという逆刃刀を入荷したんすけど、いかがっすか?」
「人斬りが逆刃刀?ん〜、ちょっと興味あるけど、真剣の方をお願いします」
「残念っすねえ。・・・じゃ、はいこれどうぞっす」

お姉さんから一振りの日本刀と、正方形の紙を手渡される志狼。
スラリと鞘から刀を抜き放つ。
左手にもった紙を上方に放り投げると、刀を持つ右手を踊らせる。


シュパッッ!!


「「おお〜」」

手の中で刀を一回転させ鞘に収めると、ヒラリヒラリと真ん中から真っ二つに斬れた紙が舞い降りてくる。
それを見たお姉さんとエリィが、手を叩きながら感嘆の声を上げる。
毎回毎回来て試し切りする度にこれである。

「次の、見せてもらえます?」
「あ、はいはい。これなんかどうっすかね?」

照れ隠し気味に言った志狼の言葉に反応して、ゴソゴソと次の刀と紙を差し出すお姉さん。
何気なしに刀を受け取った瞬間、志狼の背中をゾワゾワと凄まじい悪寒が走り抜ける。

「どわあっ!?」

思わず刀を放り投げてしまう志狼。

「あわわわわ!商品なんすから大事に扱って欲しいっす!」

慌ててソレをキャッチするお姉さん。
吐き気まで催したのか、口を押さえてうええ・・・と唸る志狼。

「ど、どしたのシロー!?」

慌てて志狼の背中をさするエリィ。

「ね、ねえさん、それ」
「よく分かったっすねえ〜、これ、呪われた妖刀っす」
「「よ、妖刀!?!?」」
「この刀を使ってちょっと斬り傷つければ、その相手をじわりじわりと呪い殺すことができるってぇ代物っす!」

斬れ味もバッチリ保証するっすよ!とウインク付きで得意げに付け加えるお姉さん。
悪寒の正体はそれか、と妙に納得してしまう志狼だった。
いや、それより。

「どーして妖刀なんかが置いてあるんですか!?」

至極まともな質問をするエリィ。

「需要があれば用意をするのが、あたしのモットーっすから。

まあ呪われてても剣十郎さんなら扱えるかな〜、なんて思って渡したんすけど」
ニッコリと笑いながら言うお姉さん。

「じゅ、需要って」
「いや、ほらまあ、色々あるっすよ」
「「―――・・・」」

―――。

拳と拳を軽く小突き合わせると、この話題はここまでにしようと無言で語り合う志狼とエリィだった。

「賢明っす」
「妖刀か・・・ん?」

そこで傍と動きを止める志狼。

「どうしたっすか?」
「もしかして・・・聖剣・・・とかは置いてないですよね?」
「あ、そっちの方が入り用すか?しまったなあ、それ来週辺りに入荷予定なんすよ」
「・・・入るんですね」

もう何がきても驚かないぞと、心の準備をしていたにも関わらず、驚いてしまうエリィだった。

「でもなあ、並の聖剣とかじゃきっとダメだろうな」

ついさっき蒸発してしまった刀を思い浮かべて思案する志狼。

「伝説の刀みたいのがそうゴロゴロしてるはずもねぇし・・・。いっそ造っちゃったほうがはるかに楽なような気がするぜ」
「造るって言ったって、いくらラストガーディアンでも刀作れる人なんていないだろうしね」

「「ん〜・・・!」」

と唸る二人だったが、自然とその視線はお姉さんに注がれる。

「?なんすか?」
「来週入荷するって言う聖剣・・・どこから入荷するんですか?」
「え」
「もしかして、凄い腕の刀鍛治の事とか・・・知ってるんじゃですか?」
「う」

志狼とエリィの言葉に、少しずつ後ずさるお姉さん。

「け、剣十郎さんはお得意様っすからねえ・・・いやはや、ソレを手放すのも惜しいっす・・・!」
「「マッコイお姉さん!」」
「う・・・」
「「美人!」


ピクリ


「うう・・・」
「「グラマーッ!!」」


ピクピクッ


「・・・やっぱり?」
「「素敵ッッ!!」」


ニタリ・・・


「当然っす!」
「「いよっ!!大統領!!」」
「いや〜はっはっは!しょうがないっすね〜、分かったっす!教えるっす☆」
「「いよっしゃあ(やったあ)!!!!」」

渾身のガッツポーズをとる志狼とエリィだった。






そんなこんなで。
艦長である綾摩律子の承諾の下、刀匠の下を訪れる事になった志狼、エリィ、剣十郎。そして・・・

「剣十郎様専用の剣を造る、ですか・・・これを見逃す手はありませぬ」

剣十郎に微笑みかける観崎葛葉。

「私も見てみたいです」
「大勢の方が楽しいよ!きっと♪」

エリィのすぐ傍を歩くフェアリスと、それを護るように付き歩くロード。
そして

「そういえばお前の親父さんの刀代ってどこから出てるんだ?」
「ま、役職が上の方だからな。小遣い程度の俺らとは支給される額が違うってこと」
「なるほどな」

志狼の隣を歩く、テイト・アルバートの4人だった。
ちなみに志狼のパートナーヴォルネスは、ラストガーディアン内で精密検査兼データ収集のために、彼の持つナイトブレードの中には存在していなかった。

「本当にこっちでいいのか、志狼」
「間違いない・・・と思う、んだけど」

剣十郎の言葉に、購買のお姉さんからもらった地図を見ながら応える志狼。
ラストガーディアンから降りた彼らが向かった先は、人里はなれた山の中の、
鬱蒼と樹が茂った森の中だった。
熊か猪が、突然飛び出してきてもおかしくなさそうな雰囲気がある。
凄腕の刀匠が住んでいる、というからには『らしい』というか、絶好の場所のような気もするが。

「ねえさん、いつもこんな所に仕入れしに来てるのか?」
「ほんと、謎が多い人だねえ・・・」

志狼の半眼の呟きに苦笑いで返すエリィ。

「ぼやいていても仕方あるまい。先に進んでみようではないか」
「そうですね」

葛葉の言葉を受けて、止っていた足を動かす志狼達だった。
軽い崖を登り、蔦に捕まり川を飛び越え、ハブの大群を蹴散らし、猪を殴り倒し、さらにさらに歩く。

「・・・ちょっと・・・まて。ホントに、こっちで、いいのか!」

ぜえ、ぜえ、と息を切らしながらテイトが志狼に問い掛ける。

「・・・地図のとおりなら」

志狼は決して方向音痴ではない。
本当に地図のとおり進んでいるのだが、まるで宝捜しの冒険をしているような気分さえしてくる。
・・・剣探し、という意味ではある意味宝捜しのようなものかもしれないが。

「ねえさん、いつもあんなアスレチックモドキな事してんのか」

ちなみに息を切らせているのはテイトとフェアリスの二人だけだった。
予想通りというかなんというか、エリィは目を輝かせて誰よりも『冒険』を楽しんでいた。

「こ、こんなに大変だとは思いませんでしたぁ」

はあ、はあ、と膝に手を当てて呼吸を整えているフェアリス。

「ま、もう少しみたいだから頑張ろうぜ?」

な、と苦笑交じりにフェアリスの頭に手を乗せる志狼。

「は、はい」

志狼の励ましに、フェアリスは笑みを浮かべて身を起こした。

「ぎゃああああああ」
「!?」

突然悲鳴があたり一面に響き渡る。

「あっちだ!」

ロードが声の発信源を特定し、駆け出した。
志狼達もすぐに葛葉の後を追う。
そこに待っていたのは、巨大な熊と、木の陰に追い詰められている老人だった。

「猪、ハブと来たからそろそろかと思ってはいたが・・・」

志狼は頭を抱えて唸った。
その熊に追い詰められている老人は小柄で、白い髭をふくよかに蓄えていた。
『仙人』とやらがいるならば、きっとあんな感じだろうと思わせるいでたちだった。

「もしかしてあいつが・・・!」
「考えるのは後だ!今は・・・ッ!!」

テイトの言葉を制し、ローディアンソードを抜き放ちつつ駆けるロード。

「セエエエイッッ!!」


カアアアアアンッッ!!!!


ローディアンソードの『腹』で熊の頭部を思いっきり叩き倒す。

「ぐおおお・・・!!」

よろりと後ずさる熊だったが、すぐに持ち直し、ロードに敵意を向ける。

「くっ!引いてくれるか、気絶してくれればと思ったが・・・っ!」
「な、なんだてめえは!」
「敵ではありません!怪我はありませんか!?」
「あ、ああ。平気だが」
「よかった」
「ぐおおおお!!」
「!!」

老人に声をかけるロードだったが、今にも飛び掛ってきそうな熊に対してどう対処したものか、未だに考えあぐねていた。
と。
突然何の前触れもなく、熊が何かに怯え、体を振るわせ始めた。
熊が視線を巡らせ、その目が止ったもの。それは・・・

「「去れ」」

強烈な殺気を放つ、二人の人間だった。
その言葉を理解したのかどうかは定かではないが、飛び跳ねるようにあっさりと熊は逃げていった。

「熊を威圧で追い払うのかよ・・・」

こめかみに汗をかきつつ、改めて殺気を放った二人・・・御剣剣十郎と観崎葛葉を見る志狼だった。

「大丈夫ですか!」
「どこか怪我してない?」

すぐにフェアリスとエリィが老人に駆け寄る。

「ああ、どこも・・・いててっ!!」
「!ど、どこか痛むの?!」
「あ、ああ」
「どこ!見てあげるよ!」
「く、口の中」

あ〜、と大きく口を開ける老人。
口の中を切ったのかなと、中を覗こうと顔を近づけるエリィ。
すると老人はエリィの唇に自分の唇をすぼめて近づけようとする。


ヒュカッッ!!!!


そんな老人の唇の、ほんの数ミリ越しに何かが通り過ぎ、すぐ傍の樹に突き刺さった。
ビイイイ・・・ンと言う音を響かせながら細かく震える物体は、大剣サイズのナイトブレードだった。

「おっといけねえ、手が滑っちまったぜ」

どうやったらあんなに滑れる、と突っ込める人間はいなかった。
志狼は老人とエリィの間をスタスタと歩き、樹に刺さったナイトブレードを引き抜いて地面に突き立てると、指の関節をバキボキと鳴らし始めた。
志狼の顔は、これ以上ないというくらいの満面の笑みを浮かべていた。
目だけが笑っていないとか、そういう次元じゃない気がした。

「志狼め、限界以上に投擲能力を発揮したようだな」
「・・・外してしまったのでは?」

もとい、二人いた。

「がっはっは、冗談だ兄ちゃん!そんなに怒るない!!」
「きゃあああああ!!」

豪快に笑う老人だが、その右手はちゃっかりとフェアリスの尻をまさぐっていた。
と、今度は首筋に煌く刀と、頭のすぐ近くに当てられた掌によって老人はその動きを止めた。

「少し手を引けば・・・わかるな?」

葛葉の、後数ミリ動くとかなり危ない状態になるところで止っているアーサキャリバーと、

「あんまり黒コゲ死体ってのは見たくねえんだけどな」

テイトの掌だった。
が、翳している掌はただの掌ではなく、ヂヂヂヂ・・・という鈍い音と共に放電していた。

「ったく、こんなに冗談の通じねえ奴等ァ初めてだな」

苦笑しながらちっと舌打ちしてから

「それに・・・手前ェらが持ってる剣は、どれもこれも洒落にならねえぐれェ、すげえモンばっかだ。真っ当に暮らしてる人間が持ってていいもんじゃねェ」

急に目つきが変わり、志狼、ロード、葛葉の持つ剣の性質を見抜く老人。
すなわち・・・ナイトブレード、ローディアンソード、アーサキャリバーの事だ。

「それに一番驚ェたのがあんただ」
「ワシ・・・ですか」

指を指された剣十郎が首をかしげる。

「あんたから神気を感じる。あんた神剣を握ってた事があるな」
「!」

鋭い眼つきで一行を睨み付ける老人。

「手前ェら・・・何モンだ?」





「なるほどな。あんた専用の刀を、か」

老人の名前は岩鉄といった。
岩鉄の案内で、剣十郎たちは彼の家兼、刀工房に案内されていた。
中には様々な刀が立てかけてあった。
恐らくは製作途中のもの。完成し、神々しいまでの光を放つもの。
どこか、寂しさを感じさせる、錆びた刀などなど・・・
今は全員が工房内の椅子に座りながら、静かに岩鉄の話を聞いていた。
剣十郎はラストガーディアンなどの事は説明を省き、自分にふさわしい剣探しをしている最中だと老人に説明した。

「できますかな・・・?」
「できねえことはねえ・・・と思うぜ。
 あんたは悪いやつじゃねェから、剣も作ってやってもいいしな。
 神剣ともなると、ほんとは神殿かなんかで坊さんのお経やら護符やらが必要なもんだが、
 神気を纏うあんたが傍にいて、一緒に刀を鍛え上げりゃあ、それも必要あるめえ」

おお、と全員が声を上げる。
単なるスケベジジイではなかったらしい。

「では!」
「ただ、な」

剣十郎の言葉を右手で制して、岩鉄は軽く息を吐く。

「ただ、材料を厳選した方がいいだろうなァ。普通の鉱石じゃあ、
 お前さんの神気について来れずに消滅しちまうのが関の山だ。
 それじゃあいくら『力』を持たせても勿体ねェだけだろ?」
「確かに」

ふむ、と頷く葛葉。

「ま、お前さんがたの剣を溶かし込んで造るんが、いっちゃんは早ェだろうがな」

葛葉、ロード、志狼を順に見る岩鉄。

「な・・・!」

ロードと志狼は慌てて自分の愛刀と岩鉄を交互に見る。

「冗談だよ!剣士の魂にそんな無粋な真似するもんかい!」

がっはっはと豪快に笑う岩鉄。
冗談と知り、ほう、と息を吐くロードと志狼。

「お前ェさんはもちっと驚ェてくれても、罰あたんねェと思うぞ」
「なに、本気だとは到底思えなくてな」

苦笑しながら言う岩鉄に、微笑を浮かべて応える葛葉。

「通常の鉱石ではないもの・・・などそれこそすぐには手に入らないのではないか?」

ふむ・・・と顎に手を当てて考え込む剣十郎。

「あるぜ」
「え?」

立ち上がり、出口に向かって歩き出す岩鉄の発言に、エリィは驚愕の声を上げる。

「心当たりがある。ついてきな」






30分ほど歩いただろうか。岩鉄の住まいの更に更に深い森の奥。

「なんか・・・幻想的だね」
「はい・・・」

エリィの呟きに、フェアリスが応える。
耳を澄ませば聞こえてくる川のせせらぎ。
風に揺れる枝のざわめき。
木々の間から差し込む柔らかな日差しが幾重にも交差し、神秘的な美しさを醸し出している。
それらの風景の中心に、それはあった。



・・・岩に突き刺さる、二本の刀・・・



「なんだこの刀・・・」

一見何の変哲もない刀だが、何か・・・見ているだけで物悲しい気持ちになってくる。

「こいつァ俺のご先祖様が造った刀さ」
「ご先祖様?」

テイトの言葉に頷く岩鉄。

「ねえ!この刀・・・いわくつきなんでしょ?いろいろ教えてよ!興味あるなあ♪」

目を輝かせて言うエリィに、苦笑しながら岩鉄は刀にまつわる昔話を語り始めた。

「俺のご先祖様ァ、そりゃあ腕の立つ刀匠だった。
 ある日ご先祖様の住む近くの村から一人の若者が旅立つことになった。
 その男は、村の長の娘に恋していてなァ。
 一百姓の家に生まれたその男と、長の娘は相思相愛になりながらも
 身分の違いのせいでこのままでは結ばれる事は決してなかった」
「うんうん」
「どこかの城で手柄ァ立てて侍にでもなれば、娘と結ばれる事ができるってんで張り切る
 その男のために、ご先祖様が刀を一振り与えたのさ。
 生涯で最高傑作といっても過言ではない、最高の刀をな。
 その男は先が楽しみな男だった。頭も切れるし剣の腕もたいしたものだった。
 いつかこの男の名が世に轟く時に、自分の刀も世に知れ渡るように、とご先祖様は思った」
「それでそれで?」
「残された長の娘は剣を習い始めた。戦乱が大きく広がり、野党が闊歩する世の中で、
 若者が侍になって帰ってくるその日まで村を護る為にと、自ら刀を取ったのさ。
 ・・・そして娘はご先祖様に頼んだ。男と同じような刀を鍛えてくれ、と」
「強い娘だ」

感心したように剣十郎が唸る。

「だがご先祖様はその娘にナマクラ刀を渡した。
 『こんな小娘に最高傑作を渡して何になる?村を護る為に使って我が刀の名が轟くものか』と」
「ジジイ・・・お前のご先祖様人でなしだな」
「やかましッ!」

志狼の呟きを一喝する岩鉄。

「その後、若者はメキメキと上へ上へと上り詰めていった。
 娘は村に自警団を結成し、野党らから村を必死に護った。
 いつの日か・・・あの人のもとへ。その一念でな」
「じゃあ、あの刀はその二人が結ばれた証ってこと?ロマンチック〜♪」
「「違う」」
「え」

エリィの言葉を否定したのは、岩鉄ではなかった。

「シロー・・・おじ様?」
「多分・・・そういうんじゃない」
「・・・」

否定した志狼はそれだけ呟き、剣十郎は目を瞑って腕を組んだ。

「感が鋭でェな。・・・当たりだよ。そんな幸せな結末じゃあなかったのさ」
「・・・というと?」

ロードの促しに岩鉄は続ける。

「いい加減刀がさび付き始めた頃、娘の剣の腕はそこ等の男が束になっても勝てやしないぐれェに強く。男は全国の侍大将なら誰もが無視できない存在になっていた。
 ある日、刀を鍛えなおそうとご先祖様の下を訪れた二人は、久方ぶりの再会を果たした。
 そして・・・悲劇が起こった」
「・・・悲劇?」

呟くように言った葛葉に岩鉄は頷く。

「久しぶりに娘が再会したあの若者は・・・別人のように狂気に包まれていた。
 それは彼の持つ、例の刀からの邪なる力のせいだった」
「!!」
「完全にご先祖様の誤算だった。いや・・・後から考えれば必然だったのかもしれねェが。
 上へ上へ。いつしかその目的が摩り替わっちまった男の思念を受け、
 ただその欲のために敵の大将の首を斬り、血を啜り続けたその傑作刀は・・・
 その負の感情を取り込み、魔剣へとその姿を変えていた」
「魔剣・・・!」
「逆に娘の持つ刀は・・・神々しいまでの光を放っていた。
 野党とはいえ・・・斬りつけ、殺すその瞬間まで躊躇い、
 殺人の深い罪の意識に苛まされ、悩み続け、それでもなお一人の男を思い続けた
 その一途な正の想念に触れ続けたそのナマクラ刀は、聖剣へとその姿を変えた」
「・・・!」
「毒された若者の目に娘は、自分を殺し、名を上げようとする下賎の者にしか見えていなかった。
 若者は魔剣を手に娘に斬りかかった。娘は否応無しにそれに応戦し・・・」
「応戦し・・・?」

フェアリスが恐る恐る尋ねる。
岩鉄は目を瞑り、首を振る。

「・・・男を斬り殺しちまった」
「!!!」

皆激しく動揺する。
中でも一番動揺していたのは、葛葉だった。
皆岩鉄の話に夢中なため、それに気がついたのは剣十郎だけだった。

「・・・しかたなかった。
 いくら腕が立つとは言え、魔剣の魔力に毒されすぎた男を・・・もう、元に戻す手立てはなかった。
 そのまま放っておけば、世は男の手によって地獄となっていただろう。
 それこそ、娘が護ろうとしていた村など、一瞬で焼き払われちまう所だったろうさ」
「それで・・・その後、どうなったのです?」

比較的ショックの小さかったロードが先を促す。

「娘は悲しみの中、魔剣と聖剣を手に、ご先祖様に連れられてここを訪れた。
 ここは周辺の聖なる気が流れ込んでくる聖域だ。
 長い長い年月をかけて、聖域と聖剣の聖気で、魔剣の魔気を浄化できればと思い・・・」

岩鉄は刀の刺さった岩を指差す。

「あの岩に、二本の刀を突き刺した。・・・ってわけだ」
「・・・」

言葉を無くした一同。
シン・・・と静まり返ってしまう。

「しみったれた話ィ、しちまったぜ。ん?おいおい〜泣くなよ嬢ちゃんたち!」

苦笑して岩鉄が視線を向けると、エリィとフェアリスが大粒の涙を流していた。
剣十郎は、志狼とテイトとロードがオロオロしながら慰めている姿を見て一瞬目を細めると、岩鉄に向き直る。

「しかし・・・それが、ワシの刀と一体どういう関係が?」
「あの二本の内の、聖剣の方を材料に使おうと思ってな」
「え?!」

岩鉄の言葉に更に驚く面々。

「あの刀から、強烈な聖気が漏れ出してる事は事実だしよ。
 長い長い年月かかって、聖域の聖気を浴びつづけたこの刀なら・・・
 霊的にも材料として問題ねェだろ?」
「普通の鉱石じゃないってのは、そういう意味か。
 でもよ、『聖剣』と『聖域』の力を使って、魔剣を浄化している最中なんだろ?
 今、『聖剣』を持ち出しちゃって大丈夫なのか?」
「坊主の疑問も最もだがな。おい、黒髪の坊主。お前ェ、魔剣から邪な気を感じるか?」

テイトの疑問を受けた岩鉄は、志狼に話を振る。

「お、俺?え、ええっと・・・」

じ〜・・・と目を細めると、志狼は刀を見る。

「・・・どっちが魔剣かわかんねえぞ」
「と、まあそんぐれェ浄化されてるってこった。ちなみに坊主から見て右っかわが魔剣だ」

ちょうど、Vの字に刺さっている刀の右を指差して言う岩鉄。

「さてと・・・んじゃ刀をもって帰ェるぞ。ええ〜っと・・・」
「剣十郎です」
「剣十郎。お前が刀を取って来い」
「あんなもん、俺がとってくりゃいいだろ」

パシリ根性が身にしみているのか、剣十郎への催促に志狼が応じて刀に近づいていく。

「無駄だ」
「無駄ってどういうことにゃ・・・」
「し、シロー!?」

岩に近づいたとたん、志狼はヘロヘロとその場にへたれこんでしまった。
急いで駆けより、志狼を背負うと、その場から離れるエリィ。

「シロー!?ちょっと、シローってば!」
「うい〜・・・」

地面に降ろし、パチパチと志狼の顔をはたくエリィだったが、志狼の顔はだらしなく緩みきったまま元に戻らない。

「ど、どうしたんだ志狼!?」
「バカタレが・・・あの聖剣は魔気・・・つまり欲望を浄化してるんだぜ?
 『刀が欲しい』なんて欲もって近づいたら・・・」

ちらりと志狼を見る岩鉄。

「こうなってしまうわけか」

その場の全員が志狼を見る。

「うふふふ・・・」

幸せそうに微笑む志狼。なんというか・・・かなり不気味だ。

「しばらくすりゃあ元に戻るだろうさ。それよりも、あの刀を引き抜けるとしたら、だ」
「神気・・・とやらを身に纏った剣十郎様が適任・・・というわけか」

岩鉄の言葉に続けて葛葉が言う。

「ロードなら大丈夫なんじゃないか?」

テイトの言葉に岩鉄は首を振る。

「確かにこいつは機械だし、神気に近ェもん持ってるが・・・機械的な回路ってよりか、
 なんちゅうか心、みたいな『魂』を持ってる可能性も高い。
 どうなっちまうかわかんねえって意味じゃあ、誰よりも危険だと思うぜ」
「う」

なんとはなしに一歩さがってしまうロードだった。

「ふむ」

スタスタと何事も無く岩に近づく剣十郎。
目に見えるほどに、剣十郎の体が白く発光している。
そして、聖剣の柄に手を添える。
柄を掴んだ瞬間、剣十郎の体に心地よい聖気が充満する。
それを感じながら、ゆっくりとゆっくりと岩から聖剣を引き抜く。


・・・キンッ・・・


「・・・」

澄んだ金属質の音を立てて聖剣を引き抜ききると、剣十郎は柄頭を額に添え、黙祷を捧げた。

「律儀な男だ」

岩鉄の呟きに、葛葉は頬笑みを浮かべる。

「さて、早速そいつをもって帰るか。ついでにお前ェらの剣も鍛えなおしてやる」
「え?」

ナイトブレード、ローディアンソード、アーサキャリバーのことを指差して岩鉄が言う。

「お前ェらの剣を鍛えながら集中力を上げていって・・・そんで最後に剣十郎の刀だ」

スタスタと歩き出した岩鉄だったが、くるりと振り向く。

「最高の剣を造ってやるぜ」

その顔は今までのどの表情と異なる、『凄腕の刀匠』の顔だった。






「アクサス様・・・奴等を追っていたら、面白そうなものを発見いたしました」

謎の影が、木の枝の上から岩に刺さる一振りの刀を見て呟く。

「少し手を加えてやるか。それだけでこの剣は未だくすぶっているその禍々しさを大きくするだろう」

木の上の影が、刀に向かって黒い『何か』を放り投げる。
『何か』が刀に少しずつ少しずつ吸い込まれていく。
すると、刀はその刀身を震えさせ、黒い光を放ちながら共に生物のように胎動を始める。

「くくくくく・・・さあ、楽しませてくれ」


ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・






聖剣を取りに行ってから3日目の朝。
一日目にナイトブレードを鍛えなおし、二日目にローディアンソードを鍛えなおした岩鉄は、今まさに、アーサキャリバーを鍛え直している真っ最中だった。
切れ味の確認と称して、愛刀で薪割をさせられている志狼とロードを、
エリィは遠巻きにからかい、フェアリス、テイトの2人は苦笑を浮かべていた。
葛葉はというと、愛刀が無い寂しい腰元を気にしながら、森の奥に歩を進めていた。
目的は・・・あの魔剣である。
既に今日までの2日間の間に、何度ここまで来た事か。

――一体何のために?

自分でもよく分からなかった。
ただ魔剣を眺めては、何をするでもなく引き返す、ということを繰返していた。

――かつて私は恋人を斬った。

岩鉄から聞かされた、あの娘のように。
結局、あの娘はあの後の人生をどう過ごしただろうか?
生きる目的を見失った彼女は・・・
自ら斬り殺した若者の事を思い浮かべながら、自殺でもしただろうか?
ただ抜け殻のように余生を送っただろうか?

――女々しいな、この私ともあろうものが。感傷に浸るとは・・・

魔剣が見える所まで歩いてくると、葛葉は木に背を預け、腕を組んで静かに魔剣を眺めた。
自分はあの娘のその後を聞いて、どうするつもりなのだろうか。
自分の方が不幸だと、自分を追い詰めてみようとしているのだろうか?
それとも、自分よりも不幸だと哀れみ、自分の方がまだましだと、自分を安心させる材料にでもするつもりなのだろうか?

――浅ましいな、我ながら・・・

「葛葉殿」
「!!け、剣十郎様」

突然の声に、肩をびくつかせる葛葉。
少し視線をずらすと、そこには剣十郎が立っていた。

「おや、珍しいところを見る事が出来ましたな」
「珍しいところ、ですか?」
「ええ、別段気配を殺して近づいたわけではなかったのですが・・・」
「!お恥ずかしい限りで」

剣十郎の接近に全く気付く事が出来なかった葛葉は、本当に珍しく顔を赤らめた。

「・・・」

今の葛葉の仕草の方が、よっぽど珍しいものだった。
一瞬、言葉も無く葛葉を見つめていた剣十郎は、咳払いを一つすると

「アーサキャリバーの調整が終わったそうですぞ」

剣十郎が、鞘に収められたアーサキャリバーを差し出してくる。
それを礼を言ってから受け取り、腰に修める葛葉。

「ついでに昼ご飯の支度が整いましたので、ご一緒にいかがかと」
「・・・もうそんなに時が経っておりましたか」

調整がやけに早いなと思っていたが、気がつかない内に思ったよりも時間がたっていたらしい。
最後に魔剣を一瞥する。


トクン・・・ッ


「!?」

胸の中を、何か黒いモノが通り過ぎ、葛葉は一瞬体を傾けた。

「・・・?気のせいか」

頭を振ると、剣十郎と並んで、岩鉄の工房に向かって歩き出す葛葉。

「娘のその後・・・」
「む?」
「娘はその後・・・どうなったのでしょう?」

無言で歩いていたが、葛葉はふと剣十郎にそう聞いた。

「娘というと、岩鉄殿の話された昔話の、ですな?ふむ・・・」

天を仰ぎ見る剣十郎。
上を見ながらも、岩だらけのこの一帯を危なげも無く歩く剣十郎を見て、何故か頬が緩む思いがした葛葉だったが、
今は剣十郎の出す答えの方が、無償に気になっていた。

「・・・むう、男性のワシでは、皆目見当もつきませんな」

少々拍子抜けする答えが返ってきた。

「そうですか」
「女性というものは、ワシの考えている以上に強いものだと、そうは思いますが」

――強い?

「ちょうど、あなたのように」

くるりと向き直る剣十郎だったが、そこに葛葉の姿は無かった。

「・・・葛葉殿?」

すぐ近くには気配がしない。
しばらく考えると、葛葉の行きそうな場所はすぐに見当がついた。
だが。

「何も言わずに消えた、ということは」

しばらく一人にして欲しい。
そういうことなのだろう。何か思う所があるらしい。
深く詮索せずに、剣十郎は工房に向かって戻り始めた。






「ねえ、シロー!おじ様と葛葉おば様・・・どうなるかな?」
「あん?どう・・・って?」

エリィは丸太の上に腰掛けて、昼ご飯にと作ったサンドイッチをぱくつく志狼の隣で言った。

「ふむ。近頃何かと一緒にいることが多いな」
「何が言いたいんだよ」

遠まわしに聞こえるロードとエリィの物言いに、ラストガーディアンから持参したスポーツドリンクを飲みながら志狼は半眼で問い返した。

「葛葉おば様が、お母さんになったらどうする?」
「ぶうううううううううううううううッ!!」

遠まわしに言われるよりもいいかもしれないが、志狼は口から噴水のようにスポーツドリンクを噴出してしまった。

「やー、見事なアーチを描いてたねぇ♪」

ついでに虹まで掛かっていた。あまり綺麗なものではない気がするが。

「いきなり何言い出すんだテメーはっ!!」

口の周りを拭いながらエリィに食って掛かる志狼。
志狼の隣に座るフェアリスも、飲み物を吹きこそしなかったが、内心かなり驚いていた。

「剣十郎さんと、叔母さまが…?」
「ああ、俺もそれ気になってたんだ。なーんか、妙に仲いいよなあの2人」

フェアリスの隣に座るテイトが、サンドイッチを食べ終え、掌をペロリと舐めながら言った。

「どう思う?」
「うーん…」

もう一度エリィに尋ねられたが、正直パッと想像できない。

「結婚したいってんなら、反対しねぇけどよ…ちょっと待て、じっくりイメージしてみる」

うーむと唸りながら志狼は考える。

「まず、フェアリスと血縁になる、ってことか?」

フェアリスをじっとみて、そんなことを考えた。

「え!?お、お兄ちゃん?…あ」

ついそんなことを口走ってしまい、フェアリスがかぁっ赤くなる。
悪くない。いや、むしろいい。志狼はぼうっと妄想にふける。


朝、志狼が起きると、台所から味噌汁のなんともいえない匂いが漂ってくる。

「…あれ?」

御剣家の台所を仕切っているのは自分だ。何もせずに味噌汁が出来上がるなんて事はありえない。

「あ、おはよう!お兄ちゃん」
「…フェアリス」

そう、この間、剣十郎と葛葉が結婚してから、フェアリスもここに住むことになったのだ。

「顔洗ってきなよ」
「ああ、わりぃな。朝飯まで用意してもらっちまって」
「いいのよ。まだ、全然下手だけど…」
「頑張って作ってれば、そのうち上手くなるさ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん!張り切って作ったから、早く食べてね」
「おう」

微笑みながら言う従兄妹の…フェアリスの言葉に、志狼は何ともいえない幸福感を感じる。
が、突然その場の空気が一変する。

「遅いぞ志狼!!」
「さっさと来い!」

ビクッ!!と体が反射的に跳ね上がる。剣十郎と、葛葉の声だ。
そういえば、朝錬の時間だ。顔を洗い、さっさと着替えて道場に向かう。
せっかくフェアリスが作ってくれたが、ご飯の前に朝錬をこなさなければ。
だが志狼は、道場に向かったことを激しく後悔する。


ズガンッ!!


「ぐはあッ!!」
「どうしたッ!!」


ボスンッ!!


「げほうッ!!」
「まだまだ!!」


パッカーンッ!!


「ぺにょ!!」
「立て、立たんか!!」
「ああ、ああああああ!!」

際限なく繰り返される、剣十郎と葛葉の地獄の剣の稽古。
何度も何度も何度も何度も叩き潰され、吹き飛ばされ、気絶し、気付けに水をかけられる。


「い、いやだああああああああああ」
「!?!?」

突然目から滝のように涙を流し始めた志狼に、エリィたちは顔を引きつらせた。

「ごめん、私が悪かったよ」

志狼が何を想像したかを察して、エリィは志狼の掌に新たなサンドイッチを乗せて背中をポンポンと叩いた。
ロードも何かを察したらしく、動きが硬直した。

「…。私もそれにつき合わされるのだろうか」

多分。間違いなく。
エリィは言葉に出さなかったが、目線でそうロードに語りかけた。

「お兄ちゃん…」

顔を赤らめて、ふふふと笑うフェアリス。
どうやらこちらは満更でもないらしい。






「私は・・・私は強くなど!あの話を聞いたとき・・・私は、過去を思い出し、体が震えた」

魔剣の目の前で膝をつくと、葛葉は独り呟いた。

「私は未だに後悔しているのか?未だにあの事を乗り切る事が出来ないのか」

拳を強く握り締め、地面に叩き付ける。

「私は・・・私は・・・ッ」


ドクン・・・ッ


――何を悩む必要がある


「!誰だ!!」


先ほどよりも、強く、禍々しい黒いモノが、胸の中を通り過ぎた。


――お前は知らないだけだ


「何を知らないと!?」


謎の声は囁く。


――他人を殺す快楽を


「ば、馬鹿な・・・ッ!?そんなこと!!」


――殺した相手は永遠にお前の中で生き続ける 
永遠にお前のものになる


「私のものに・・・?永遠に・・・?」


葛葉の目が、段々と虚ろなものになっていく。


――お前の中に、お前の愛した・・・あの者を感じるだろう?

『…葛葉』
「ああ・・・ああ・・・」


胸を押さえて、心から歓喜する葛葉。あの人の声が聞こえる。
そうか、こんなにも近くにいたのか。


――私は人の生き血を啜り、人の肉を切裂き、人の命を断ちたい


私にはどうでもいい事だ。


――お前は好意持つ人間を、その手で葬り、永遠に我が物とする


「・・・」


悪くない。
いや。
・・・なんと魅力的な提案だろう。
自然に頬がニタリと緩む。


――何を悩む?


「何も」

葛葉は目の前の魔剣を、躊躇いも無く抜き放つ。
瞬間、左手に握り締めた魔剣は黒い光を放ち始め、その刀身を葛葉の身の丈程に巨大化させる。
続いてアーサキャリバーを右手で鞘から引き抜くと、その刀身が光り輝き、やはりその刀身を身の丈ほどまで巨大化させる。


――我は魔剣・・・いや、邪剣『痕喰(コンジキ)』・・・!


「そうか。では痕喰・・・行くとするか」

葛葉はユラリと歩き出す。
向かうは・・・






夕方になっても葛葉は帰ってこなかった。
岩鉄と剣十郎は昼食の直後、葛葉の帰りを待たずに刀の製作に取り掛かっていた。
その時の話では、今日の夜には完成するとの事。
それまでは何人たりとも工房には出入りするなと、厳しく言われていた。
ロードと志狼は愛刀で削りだした木刀を使って稽古をしていたし、フェアリスとエリィはそれにつきっきりだった。
テイトは特に何もする事が無く、森の奥に向かって歩いていた。
ついでに葛葉でも見つかればラッキーかも?位の気持ちで歩いていたら、幸運な事に葛葉には少し歩いた所で出会う事が出来た。
日もかなり落ちてきて、葛葉に丁度、影が射していてよくは見えなかったが。

「あ、いたいた。昼食に出てこなかったから心配したぜ」
「そうか。それはすまなかったな」
「いいって。腹へってるだろ?残しといたから食べたらどうだい?」
「いや、いい。すまんな、気を使わせてしまって。お前のそういうところが好意に値するよ」

突然の、艶を含んだ葛葉の言葉に、テイトは顔を赤くした。

「ど??どうしたんだ急に?」

言われて悪い気はしない。頭を掻きながらテイトは尋ねた。

「迷惑か?」
「い、いや、別にそういうワケじゃないけど!」
「そうか。なら」
「?」
「死ね」


ブバッッ!!!


鮮血が、辺り一面に花を咲かせた。




<NEXT>




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